再び国を発つ(1/1)
「えっ……何だよ、これ……」
ドミニク大渓谷での戦いに決着がつき、エレズはラエゴブ王国に帰還した。
だが、そこでエレズが目にしたのは、変わり果てた第二の故郷の姿だった。
倒壊した家々と魔王城。石畳が張り巡らされた道は所々えぐれ、畑にはいくつもの足跡がついている。
(山賊か何かの仕業か……? でもこんな……。……そうだ、ラティーナ様!)
ただ事ではないと判断したエレズは、一緒に帰国したゴブリンたちに手がかりになりそうなものを集めさせたり、怪我人などがいないか確認させたりすることにした。彼らに交じって、エレズもラティーナの姿を探す。
だがエレズが見つけたのは、ラティーナではなく、彼女の父親のリーヴだった。
(竜石化してる……)
リーヴは水晶に包まれた状態で、眠るように目を閉じていた。
かつてラティーナが言っていた。竜人は力を使いすぎたり大怪我を負ったりすると、それを回復するために結晶の中に閉じ込められ、あたかも封印されたような姿になる、と。
つまりリーヴは、大きな力を使う必要に迫られたり、重傷を負ったりしなければならないくらいに追い詰められたということだ。
(これ……)
嫌な予感に胸がざわめいていたエレズは、リーヴの近くの地面に何かが書いてあるのを見つけた。
『タロス王国軍、ラティーナ、連れ去られた』
エレズは息が止まりそうになった。見れば、リーヴの指に土がついている。このメッセージは、リーヴが竜石化する前に書き残したものということだ。
「エレズ様! こんなものが……」
エレズが凍り付いていると、ゴブリンが一枚の紙を持ってきた。地図のようだ。ある一点に、大きく×印がついている。
その傍らに、走り書きがしてあった。
『小娘を助けたければ早く来い』
エレズは唇を噛んだ。
(ラエゴブ王国にタロス王国軍が攻めてきたんだ……。リーヴ様はきっと、ラティーナ様を人質に取られて満足に戦えなかったに違いない。それで、タロス王国軍は今この地図上の印がしてあるところにいる。……ラティーナ様も一緒に)
リーヴが残したメッセージや、地図に書かれたこと。それらを総合して何が起きたのかを推測したエレズは、拳を固く握った。
(油断してた。俺がゴブリンをほとんど連れて行ったせいで、ラエゴブ王国の警備は手薄になってた……)
この辺りは脅威になりそうな敵国もないので、どこかに攻め込まれるなどという事態を想定していなかった。あまつさえ、タロス王国軍がやって来るなんて考えてもいなかった。
(でも……どうしてだ? どうしてタロス王国軍がここに……)
ドミニク大渓谷での戦いで、タロス王国軍は壊滅したはずなのに。どこかに別の部隊を待機させていたのだろうか。
(それに、何故この国を?)
タロス王国軍が狙っていたのはエーテル王国のはずだ。それなのに、どうしてラエゴブ王国に侵攻したのだろう。
ラティーナを人質に取るような真似までしていることから考えても、ただの破壊活動が目的だったわけではなさそうだ。
(奴らの狙い……。……まさか、俺か?)
自分がタロス王国軍に狙われる心当たりならあった。
なにせ、先達っての戦いの作戦を考えた者の中にエレズも入っているのだ。その作戦が成功したために、タロス王国軍は全滅したのである。恨まれない方がおかしいだろう。
(……エーテル王国に援軍を頼んでる時間はないな)
地図の×印の傍に、日付が書かれている。きっと、その日までに通達した場所に来なければ、ラティーナの命はないということだろう。
指定された地点までの距離を考えると、のんびりしてはいられなかった。手持ちの戦力だけで何とかしなければならない。
(……あれ? これ……)
どんな手を打つのが最善か考えながら再び地図に目を落としていたエレズは、先ほどは見落としていたある点に気が付いた。
(この地図の走り書きの筆跡……どこかで見たことがあるような……)
この地図はタロス王国軍が残していったものだろう。あの国にエレズの知り合いなんていないはずなのに、と訝しむ。
「エレズ様……?」
エレズが唸っていると、ゴブリンが心配そうに話しかけてくる。我に返ったエレズは、今はそんな余計なことを考えている場合ではなかったと思い直した。
「皆、すぐに支度を。ラティーナ様を助けに行く」
辺りの様子を見てきたゴブリンたちによれば、この国はもぬけの殻になっていたとのことだった。植物性ゴブリンは、死ぬと土に還っていき、死体は残らない。国に誰もいなかったということは、残したゴブリンは全滅したということになる。
竜石化したリーヴだって時間経過でしか元に戻らないだろうし、エレズたちがここにいてもできることは残っていなかった。
ふと、これは何かの罠なのではないかという可能性が頭をよぎったが、そうだとしてもラティーナを見捨てるわけにはいかない。
一刻も早くラティーナを救わなければならない。彼女は大切な人だ。この国にとっても、自分にとっても。
こうしてエレズたちは、一息吐く間も、同胞の身に起きた惨劇に心を痛める間もなく、国を発ったのだった。




