短い夢だったわね(4/4)
「うわっ、何だこれは!?」
部下たちから悲鳴が上がる。見れば、何やら透明の液体を頭から被っていた。
木の中から壺を持った赤い髪の人型の魔物族たちが降りてきて、ルーシーのもとへと駆け寄っていく。エーテル王国があらかじめ配置しておいた者たちだろうか。
「くそっ、狼狽えるな!」
戸惑う部下たちにギースは声を上げた。
「こんなもの、ただの水か何か……」
だが、自分も頭からその液体を浴びたことで、ギースはそれが水ではなかったと知った。少々粘度のあるそれは、どうやら油のようだ。
「覚えてるかしら? 私が、『精霊なら、小さな火種から三日三晩消えない炎を作ることもできる』って言ったの」
ルーシーが片手を挙げる。先ほど油が降ってくる前にしたのと同じ動作だ。また何かが来ると直感したギースは叫んだ。
「全軍てった……」
「遅いわ」
ルーシーの後方から火矢が放たれた。
やけにゆっくりと飛んでくるような錯覚を覚える。火矢は、足下の油が溜まった場所に落ちた。途端に、そこから高い火柱が上がる。
「まあ、安心はしてくれていいわよ。『三日三晩消えない炎』なんておこしたら、山火事になっちゃうしね」
ルーシーの冷徹な声を合図としたように、壺を持っていた魔物族が動いた。彼らが振り上げる手の動きに合わせて、火が段々と高くなる。彼らは火の精霊だった。
部下たちがおぞましい悲鳴を上げながら焼け焦げていく。中には、先ほど這い上がってきたばかりの水辺に近づいて火を消そうとする者もいた。
だが、彼らも残らず、今度は壺の代わりに武器を手にした火の精霊によって倒されていく。火の精霊は、炎の中でも問題なく活動ができるのだ。
「くそぉっ!」
ギースは火に揉まれつつ、悪態を吐いた。炎の向こうに見えるすまし顔のルーシーが憎たらしくてたまらない。今すぐにでも、その喉を裂いてやりたかった。
だが今突撃していけば、彼女に辿り着く前に自分が焼け死んでしまうだろう。ギースは歯ぎしりながら、踵を返した。
激流を目指すギースに、火の精霊たちが攻撃を仕掛けてくる。ギースはそれを死に物狂いでかわしながら、何とか岸辺まで辿り着いた。
その時だ。耳を覆いたくなるような破壊音が鳴り響いたのは。内臓が震えるような衝撃を受けたと思った瞬間、ギースの体は宙を舞っていた。
どうやらまだ仕掛けがしてあったようだ。逆茂木が粉々に飛び散っている。ギースはその爆発に巻き込まれたのだ。体中に木の破片が刺さっている。
近くの木に体を叩きつけられ、ギースは仰向けの状態で四肢をだらしなく地面につけた。体から命があふれ出し、ゆっくりと死に向かっている感覚がする。
生い茂った木の葉の隙間から、青い空が見えた。そこを横切る影。ギースは、あれはタロス王国軍の生き残りだと直感した。真っ直ぐ、エーテル王国がある方向へと向かっている。
(だめだ……行くな……)
自分たちではこの国には到底勝てない。初めから無謀な戦いだったのだと今ならはっきりと分かった。
こんなことになるなら、『エーテル王国を倒して自分がタロス王国の魔王になる』なんて恥ずかしくて言えなかっただろう。
空を駆けていた味方の兵が、突如、四方八方へと分かれる。それを追っている影も見えた。きっとあれはエーテル王国の兵だろう。今に、上空のタロス王国軍は殲滅されてしまうに違いない。
「あら、あれはゴブリンたちかしら。随分仕事が早いじゃない。やっぱりグリフォンの乗り方を教えておいて正解だったわね。ラエゴブ王国民って、うちの自警団よりもずっと頼りになるわ」
ルーシーの声が聞こえて、ギースは戦慄した。
どうやらエーテル王国は、どこかの国と手を組んでいたらしい。
『ラエゴブ王国』という名前に聞き覚えはなかったが、あのルーシーが、『うちの自警団よりもずっと頼りになる』などと表現するくらいなのだ。きっと、とんでもない国家に違いなかった。
エーテル王国と謎多きラエゴブ王国……そんな強大な二国が手を結んだ戦争に、きっと初めからタロス王国は勝ち目などなかったのかもしれない。
「私が自警団員に逆茂木を設置させたときだって、皆全然やる気を出してくれなくて困ってたのに、湖に堤防を作ったゴブリンたちは、それはそれは熱心に働いたらしいし……。水を流すタイミングだって、完璧だったわ。エレズは本当にすごいわね。あんなに忠実な部下たちを従えてるんだから」
ルーシーが漏らす独り言に、ギースはさらに衝撃を受けた。まさか、あの洪水さえも仕組まれたことだったというのか。
ルーシーの言う『エレズ』なる者が、ラエゴブ王国の魔王なのかもしれない。どんな恐ろしい人物なのだろう。ギースは、角と牙が山のように生えた巨人を想像して震え上がった。
悪鬼のような幻の『エレズ』の姿に心底怯えを感じていたギースだったが、その頭も次第に働かなくなり、虚ろになった瞳は、何も映さなくなる。
やがて呼吸も止まって、タロス王国軍の生き残り、将軍ギースは完全に息絶えた。




