それぞれが立ち向かうもの(2/2)
「……行っちゃったわね」
空を見上げながらラティーナが呟く。すでにエレズを乗せたグリフォンは、小さな点のようになっていた。
エレズには発破をかけておいてこんなことを思うのも変だが、やはり彼がいなくなると寂しい。
だが、今のエレズにはやるべきことがあるのだ。そして、自分も乗り越えなければならない壁がある。
ラティーナはこの間、戦争の準備のために、湖へリーヴと行った時のことを思い出していた。
――じゃあ、とびっきりの大雨をお願いしますよ。
竜人であるラティーナやリーヴは、天候を操る魔法が得意である。エレズはその力を借りて、雨を降らせて欲しいと言ってきたのだ。
リーヴはその頼みに難なく応えた。辺り一帯が、バケツをひっくり返したような雨……などという言葉では生ぬるいくらいの、まるでバスタブを逆さまにしたような豪雨が降り注ぐ。
――よし、私も……!
エレズの力になりたくて、ラティーナも父の真似をして雨を降らせようとした。
だが、ラティーナが術を行使してもそよ風が吹くばかり。躍起になってあれやこれやと試す内に、仕舞いには暴風が吹き荒れ、父が呼び出した雨雲を全部吹き飛ばしてしまった。
――ラティーナ様、無理しなくていいですよ。
その光景を見たエレズは苦笑いして、その後の術の行使は全部リーヴに任せてしまった。
(忘れていたわ……。私、『劣化姫』だったんだ……)
今はなきリーヴ王国での忌まわしいあだ名。父親の劣化番。竜人のくせにろくに天候も操れない落ちこぼれ。
このラエゴブ王国は居心地がいいから、そんな自分の過去のことなんて、すっかり忘れつつあった。
エレズだって、同じだったに違いない。だから、ラティーナに今回の作戦の準備を任せようと思ったのだろう。
それか、ラティーナも魔法の練習はしていたのだから、さすがにもう雨を降らせるくらいわけなくやってのけるはずだと判断していたのかもしれない。
ラティーナは悔しかった。せっかくエレズに期待されていたのに、それに応えることができなかったのが、どうしようもないくらいに腹立たしい。
だから、ラエゴブ王国に帰ってきてからというもの、ラティーナはずっと魔法の練習をしていた。また同じことをエレズから頼まれたときは、完璧にその要望に応えてやろうと思っていたのだ。
リーヴ王国にいた頃も天候を操る魔法の練習はしていたが、それは自分のためだった。強くなって、自分を馬鹿にした者たちを見返してやろうとしか考えていなかった。
だが、今ラティーナが魔法を極めようとしているのは、他ならぬエレズのためだった。彼の期待には絶対に応えたい。それだけではなく、彼の役に立ちたいと強く思ってもいたのだ。
(よし……エレズだって頑張ってるんだから、私もしっかりやるわよ!)
『エレズが帰ってくる頃には、弱点を完璧に克服してみせる』と宣言してしまった手前、無様なところは見せられない。
次にエレズを迎えるときには、今までよりも強くなった姿で登場してやろうと意気込みながら、ラティーナはゴブリンたちが作った訓練場へと戻っていった。




