古巣の最後(2/3)
「魔王様!」
ドラティラは魔王リーヴへと弾む足取りで駆け寄った。
「よくぞお目覚めくださいました!」
「……何やら地上が騒がしいな」
リーヴは魔王にふさわしい、ゆったりとした低い声を出した。ドラティラは息巻きながら状況を説明する。
「魔王様、どうか我々をお助けくださいませ。今この国は、滅亡の危機に瀕しているのです」
「ふむ……」
自国が壊滅しかけているという、魔王にとっては衝撃的であるはずの告白。だがリーヴは、特に意に介した様子もなく、辺りを見渡していた。
この非常事態に一体何をしているのだろうと、ドラティラは不思議に思う。
「私の他に、娘も封印されていたはずだが……」
「劣化姫をお捜しなのですか?」
意外な言葉に、ドラティラは肩透かしをくらったような気分になった。
「あれなら、もういませんわ。この国から出て行っていただきました。さあ、そんなことより早く我々を……」
「追い出したというのか、ラティーナを!」
リーヴは目を剥いた。
「何ということをしてくれたんだ! 娘のいない国になど、私は用はない! 失礼させてもらう!」
「ま、魔王様!?」
まさかの台詞に、ドラティラはリーヴの服の裾に縋った。
「どこへ行くと言うのですか!? この国は今、タロス王国軍に攻められて大変なことに……」
「知ったことか!」
ドラティラを引き剥がすと、リーヴは地下室から出て行った。床に転がったドラティラは真っ青になったものの、すぐに跳ね起きてリーヴの後を追う。
「魔王様、お待ちください! 魔王様!」
必死の呼びかけ。だが、リーヴは振り返ろうともしなかった。外に出ると、間髪入れずに竜の姿になり、そのまま天高く登っていく。
その姿を見たリーヴ王国兵がざわめいた。
「あれは……もしやリーヴ様!?」
「本当だ! あの竜の姿……聞いていた話と一緒だ! 間違いない。だが、どこかへ行こうとしていないか?」
「まさか、王国を捨てる気では!?」
「な、何!? リーヴ様が逃げたのか!? つまり、魔王様が敵前逃亡してしまうくらい、この戦いは勝ち目がないのか!」
「ということは、俺たちが戦ったところで無意味じゃないか! た、大変だ! 皆、逃げろ!」
リーヴ王国兵は好き勝手に喚き散らした後、事態を悪い方に解釈して、戦意を喪失してしまった。そのまま、蜘蛛の子を散らすように持ち場を離れて逃亡を図りだす。
「逃げんじゃないよ!」
あまりの情けない光景に、ドラティラが絶望を込めて叫ぶ。
それと同時に、リーヴ王国を守る最後の城壁が破られる音がした。
「ぐああっ」
逃げ惑うリーヴ王国兵の合間を縫って、聞き慣れた声が悲鳴となって響く。ジンがタロス王国軍の将軍である、巨大なトロールに頭を握りつぶされ、断末魔の声を上げたのだ。
(くそっ……)
もはや残っている四天王は自分だけ。魔王すらもいないリーヴ王国軍に、勝ち目などない。
(もとはと言えば、あの農民のせいだ。あいつがいなくなってから、何もかもおかしくなっちまったんだ……)
エレズの追放に賛成したのは自分だということを都合良く忘れ、ドラティラは今はもういない、かつての同僚を罵った。そうやって現実逃避をしなければならないほどに追い詰められていた。
ドラティラは得意とする変身術を駆使して、コウモリの姿になる。
(タロス王国も農民も、今に見てな。このあたしに恥をかかせてくれことを、後悔させてやるからね……!)
ドラティラは空に向かって飛び立とうとした。このままリーヴ王国と心中する気など、さらさらない。
だが、逃亡は叶わなかった。何かがドラティラの視界を覆う。
大きな口を持った、タロス王国軍の魔物族だった。気が付いたときには、ドラティラはその濡れた口腔の中にいて、杭のように鋭い牙や、触手のように蠢く舌の感触を嫌というほど味わっている。
「おい、お前、何か食ったか?」
「あー。腹、減っててな」
四肢を切り刻まれ、意識が途切れる寸前にドラティラが耳にしたのは、『外』から聞こえてきた、そんな会話だった。




