建国、始めます(1/1)
「ええと……ここは?」
王国を出て一時間半あまり。エレズは山中にある、開けた場所に立っていた。
「私の秘密基地よ」
エレズをこの場所に連れてきたラティーナが、竜の姿から人型に戻りながら答えた。
ちょっとした広場くらいの大きさの土地には、テントが一つだけ建っており、その近くには火を焚いたような跡もある。大きな木のテーブルも設置されており、秘密基地と言うよりはキャンプ場のような雰囲気だ。
「ラティーナ様……姿が見えなくなる時があるなって思ってましたけど、もしかしてここにいたんですか?」
「ええ」
ラティーナが頷く。
「私ね、前からここに国を作ってやろうと思っていたの。私を馬鹿にする奴らなんていない国よ」
「く、国を!?」
エレズは目を丸くした。
よく見れば、テントの傍らに『魔王城』と書かれた立て札が設置されている。その『表札』の側には、この国の完成図らしい地図のようなものも貼ってあった。どうやらラティーナは本気らしい。
(ああ……。ラティーナ様、相当悩んでたんだな……)
『劣化姫』と呼ばれる日々に、ラティーナは心底うんざりしていたようだ。だが、その解決策として『自分を馬鹿にする者のいない国を作ること』を考えつくなんて、中々スケールの大きな話である。
「本当はもっとちゃんと建国してからエレズを招待しようと思ってたんだけど……。それで、エレズもこの国に住んでくれればいいなって」
「えっ、俺も?」
「……嫌かしら? だって、ここにはエレズを見下す奴らもいないし……」
まさかの発言にエレズは仰天したものの、ラティーナが不安そうな顔でこちらを見つめているのに気が付いて黙った。普段は強気なラティーナがたまにこんな顔をすると、いつもエレズは動揺してしまうのだ。
(それにラティーナ様は、俺のことを心配してくれてたんだよな……)
優しい人だと思った。きっと彼女自身が『劣化姫』という弱者だから、同じく弱い立場の者に配慮できるのだろう。
だったら、その『配慮』を無駄にはできない。どの道、今のエレズには他にするべきこともないのだ。
「じゃあ、俺はこの国の国民一号ですね」
エレズはラティーナに向けて微笑んだ。
「頑張って建国しましょう、俺たちの国を」
「エレズ……」
ラティーナの顔が華やぐ。今までエレズが見たラティーナの笑顔の中で、一番嬉しそうな顔だ。エレズは少し胸が温かくなった。
エレズはラティーナの笑顔が好きだった。だが、残念なことに、リーヴ王国では彼女は辛そうな表情ばかりしていたから、中々そんな顔を拝む機会はなかった。
自分といる時は、少しは楽しそうにしてくれていたとエレズは信じていたが、これからはそんな期間限定ではなく、彼女がずっと笑顔でいられるような国にしなければ、と意気込む。
「よし、じゃあ、あなたたちも一緒にやるわよ!」
ラティーナはその辺りで大人しく棒立ちしていたゴブリンたちを相手に、腰に手を当てながら話している。
「じゃあエレズ、何か命令を!」
「そうですね……」
エレズは頷いたが、国を作るのは初めてなので、何をすればいいのかよく分からない。
そこで、見知らぬ土地で急にキャンプをすることになったという体で、話を進めることにした。
「じゃあ……この辺りの地理の把握、それから食料の確保。とりあえずそのくらいかな。ああ、それから、リーヴ王国にまだいるゴブリンたちに、ここの場所を教えてやってくれ」
エレズの命令を聞いた働き者のゴブリンたちは、早速、めいめいの方向へと散っていく。ふと、エレズは他にもいるものがあったと思い出した。
「水もないと困るな……」
「川ならあるわよ。近くに流れてるの」
エレズの呟きが耳に入ったラティーナが言った。さすがに多少の土地勘はあるようだ。
「じゃあ、後でゴブリンを向かわせますね」
「そうね。……あっ、でも雨くらいなら私でも……いいえ、やめておく方がいいわね」
ラティーナはちょっとした提案をしたかったようだが、すぐに思い直したようだった。
ラティーナたち竜人は、天候を操る魔法を得意としているのだ。
だが、ラティーナはどうもその手の術の扱いが不得手だった。小雨を降らそうとして嵐を呼んでしまったり、少し太陽の顔を拝みたいだけなのに、何日も続く日照りを起こしてしまったりするのである。
それに対し、彼女の父親である魔王は竜人らしく、完璧に天気を操ることができた。
そんな二人を比べれば、ラティーナの実力が魔王の足下にも及んでいないのは明らかだ。だからラティーナは、皆に『劣化姫』と呼ばれていたのだった。
「大丈夫ですよ、ラティーナ様だって、いつか上手く天候を制御できますよ」
先ほどの笑顔から一転して落ち込んだ顔になってしまったラティーナを、エレズは慰めた。
エレズは、ラティーナがそんな現状に甘んじていたわけではないとよく知っていたのだ。
「いつも魔法の練習していたの、俺、ちゃんと分かってますから」
「ありがとう、エレズ」
ラティーナが少しだけ笑った。
「よし、気を取り直すわよ! 私も頑張って、建国作業しちゃうから! 何もかもゴブリンに任せたら可愛そうだもんね」
置かれていた環境ゆえなのか、ラティーナは他の魔物族と比べて、他者――特に弱者に対する配慮ができる方だとエレズは思っていた。
その相手はエレズだけではない。王国だと誰も顧みなかったゴブリンにさえも、彼女は気を配ることができていた。
ゴブリンはエレズにとっては大切な部下だ。その部下を丁重に扱ってくれる姿勢にも、エレズはラティーナに対して好感を抱いていた。
(やっぱり、ラティーナ様についてきてよかったな)
勢いに任せてしまった形だったが、自分の選択は正解だったとエレズはあらためて思った。彼女なら、少なくともリーヴ王国よりはずっといい国を作れる……何となくそんな予感がしたのだ。




