宰相と交渉(2/2)
「労働力だな」
エレズはルーシーを真っ直ぐ見つめた。
「ルー……この国は働き手が不足してるんじゃないのか?」
エレズはこの城で見た光景を思い出した。
「魔物族で真面目に働く奴らを捜す方が難しい。だからルーは、人間族や混血児を積極的に雇ってる。それから、多分自分のスキル『分裂』も最大限に生かしてる」
ルーシーのスキル『分裂』は、自分の分身を作り出すことができる能力だ。十年前は三人くらいが限界だったが、今はもっと能力を上手く制御することができるようになっていて、さらに分裂数を増やせるようになっている可能性も高い。
「エーテル王国に、俺の植物性ゴブリンたちを貸す。俺が『エーテル王国の宰相の言うことを聞け』と奴らに命じれば、立派に役に立つはずだ。ルーだって、昔集落で見てたから、植物性ゴブリンが優秀な労働力になるのは分かるだろう? 後……」
エレズはやや迷いながらも付け足した。
「ルー、ちゃんと休めよ。疲れてるんじゃないのか?」
エレズは、彼女の目の下にクマができているのに気が付いていた。エレズが指摘すると、ルーシーは自然にこぼれ出たような笑みを浮かべた。
「ああ……あなたって鋭いわ」
ルーシーはエレズが渡した紙を折って矢のような形にすると、それを部屋の隅まで飛ばした。
「外交ごっこはお終いにするわ。あなた相手じゃ、どうやったって手心を加えてしまうから話し合いにならないし。それに優秀な大臣がいる国を敵に回すのは、馬鹿げてるもの」
ルーシーがポットから茶を注ぎ、ゆっくりとカップを傾ける。すでに宰相の仮面は剥がれ、ただの『ルー』に戻っていた。
エレズの中に安堵が広がっていく。エーテル王国の元首はキュアノスだが、恐らくこの国を実質的に動かしているのは宰相であるルーシーだろう。
ルーシーは明言こそしなかったが、エレズの要求を全て呑むと言ったのだ。エレズが要求したものは豊かなエーテル王国にとっては微々たるものであり、差し出しても支障のない『援助』の範囲を出なかったのも大きいのかもしれない。
何はともあれ、重たい肩の荷は降りたのだ。
「ねえ、エレズ。うちに来ない?」
嬉しさのあまり締まりのない顔になりそうになるのを必死に押さえていると、出し抜けにルーシーがそんな言葉を投げかけてくる。
「えっ……うち、って……?」
「エーテル王国よ。私の補佐官にでもなってくれたら助かるわ。そこまで悪い話じゃないと思うけど」
「エーテル王国の宰相の補佐官に……」
エレズは呆然とした。
魔界でその名を知らぬ者はいないような国の中枢に勧誘された。少し前まで、魔王四天王最弱などと馬鹿にされていた境遇から考えると、驚くほどの転身ぶりである。
「ごめん、ルー。それは無理だ」
だが、エレズは迷うことなくその申し出を断った。
「ラティーナ様、言ったんだよ。ラエゴブ王国をいい国にしたいって。他では馬鹿にされるような奴らがのびのびと暮らせるような国にしたいって。ラティーナ様は、俺が別の国で冷遇されてた時も、ずっと優しくしてくれてたんだ。そんな人の願いだから、叶えてあげたい。それに、俺にもラエゴブ王国をよくしたいっていう理想があるから……」
『劣化姫』と呼ばれていたラティーナと『農民』のエレズ。同じような苦悩を味わったからこそ、彼女を助けたいとエレズは感じていた。
「いい目標ね」
ルーシーはあっさり引き下がった。初めからダメ元で提案していたのかもしれないとエレズは思う。
「まだお祭りが始まるまで少しあるけど、よかったら会場を見て回らない?」
「うん、そうだな」
堅苦しい交渉はすでに終わっている。
幼なじみ二人は、故郷の話をしながら部屋を後にした。




