宰相と交渉(1/2)
「いらっしゃい、エレズ」
ルーシーは、エレズたちが通された客間のすぐ近くの部屋にいた。巨大な窓を背に、紅茶が入ったカップをゆったりとした動作で傾けている。
その傍らのテーブルには、ポットの他にもう一つのティーカップが置かれていた。やはり、エレズが来ることが分かっていたらしい。
エレズを案内した使用人が部屋から出て行くと、二人きりとなった。エレズは勧められるままに、ルーシーの向かいに座る。
「十年ぶりね、エレズ」
口の端に笑みを乗せながらルーシーが言った。
「大臣になってるなんて、随分出世したじゃない」
「ルーこそ宰相だろ」
エレズは笑った。
「どうしてエーテル王国に?」
「偶然、かしらね」
ルーシーが少し考え込む。
「タロス王国軍が集落に攻め込んできた時、私、大怪我をしたの。でも、その場にいたら殺されるだけだから、必死に逃げたわ。それで……気が付いたらある方に拾われていたの」
「ある方?」
「キュアノス様よ。キュアノス様、放浪癖があるから。本人は『散歩』って言ってるけどね。……で、その散歩中に私を見つけたんですって。傷の手当てをしてくれて、治った後はエーテル王国に連れてきてくれたの。私、その時までキュアノス様が魔王様だったなんて全然知らなくて……」
「えっ、魔王様!?」
ルーシーの口からさらっと衝撃の事実が飛び出してきたものだから、エレズは驚いてしまった。ルーシーは「知らなかったの?」と目を丸くしている。
「キュアノス様、この国の国王なのよ」
「へ、へえ……」
エレズは冷や汗が出てきた。今まで自分が彼に取っていた態度のぞんざいさに、めまいがしそうだ。救いは、本人がそんなことは気にしていなさそうなところだろうか。
「まあ、昔話はもういいでしょ」
ルーシーがティーカップを置いた。
「そんなことを言いに来たわけじゃないでしょう? ラエゴブ王国の大臣閣下」
さすがにルーシーは聡い。目の前の幼なじみが大国の宰相の顔になったのを見て、エレズは背筋を正した。
「俺はラエゴブ王国とエーテル王国の間に、国交を樹立したいと考えている」
エレズは慎重に切り出した。
「もしかしたらキュアノス……様から聞いてるかもしれないけど、うちは出来たばかりで、まだ国としては不安定だ。特に物資が色々と不足してる」
エレズは一枚の紙をルーシーに差し出す。
「現時点でラエゴブ王国が必要としているものだ。これらをエーテル王国から輸入したい」
「貿易ってことかしら」
ルーシーは紙に一瞥をくれると、少し笑った。
「それで、あなたたちはその見返りに何をくれるの?」
「それは……」
エレズは言い淀んだが、交渉の場で弱気な態度を見せるべきではないと判断し、すぐさま考えをまとめた。
うちの将来性に賭けてくれ、というような言葉をラエゴブ王国を出る時は考えていたのだが、エーテル王国に入国してからその見解は変わっていた。
もっといい口説き文句があると気が付いたのだ。




