私と仕事、どっちが大切なの!? と聞かれなくて本当に良かった(1/2)
翌朝、草原で一泊したエレズとラティーナは、エーテル王国へ向けて再び出発していた。
「あら、誰かいるわね」
そろそろエーテル王国の国境線が近づいてくる頃だった。上空に一体の飛行している生き物がいるのを、ラティーナが発見する。
「ようこそ、ラエゴブ王国の方々ですか?」
段々こちらに近づいてきた飛行生物は、声が届く距離まで来ると挨拶してきた。
背中にトンボのような透けた羽が生えた人型の魔物族――恐らくは風の精霊だ。エレズの手のひらくらいしか身長がない。
「私はエーテル王国のネラ。宰相様のご命令で、ラエゴブ王国の賓客をお迎えにあがりました」
魔物族にしては珍しく、真面目そうな様子で精霊――ネラがお辞儀する。エレズは少し驚いた。
(宰相……?)
自分たちはキュアノスの招待でエーテル王国に行くことになったのだが、それでも彼が勝手にこちらを招いただけなので、出迎えなど期待していなかったのだ。
それが、予想外なことにエーテル王国の宰相にまで話が届いていたのだという。宰相がこの手の話題に敏感なのか、それともキュアノスが案外地位の高い人物だったのか……いずれにせよ、予想していなかった事態だった。
(でも、悪くないな)
エレズにとっての今回の訪問の目的は、ラエゴブ王国とエーテル王国の交易の足がかりを作ることだ。
向こうがラエゴブ王国からの訪問者を賓客と見なしてくれているのなら、一応こちらを気にかけてくれているということだろう。
幸先がよさそうなスタートに、エレズは安心感を覚えた。
「では、エーテル王国までご案内しますね」
ネラが軽やかに羽ばたく。ラティーナが、その後を上機嫌でついていった。
「賓客……ってことは、私たちを国賓扱いするってことかしら。中々見所がある判断じゃない。……ところでエレズ、その『宰相』っていうのは偉いの?」
ラティーナの質問にエレズは答える。
「そうですね。偉いと思います。首相って言ったら分かりますか? つまり、魔王を助けて政務をする役職についている人のことですね」
「なるほど、うちの国で言うところのエレズみたいなものね。これは高官だわ」
エレズの説明を聞いて、ラティーナは感心したようにしきりに頷いていた。
しばらくして、一行は小さな城のような建物に辿り着いた。ネラの説明によると、エーテル王国の国境線に建てられた砦らしい。
城門前の広場にラティーナは着地した。その瞬間を待っていたように、近くにいた一団がこちらに向かってきた。
「ようこそ、エーテル王国へ!」
団体の先頭に立っていたのはキュアノスだった。歓迎の言葉を投げかけながら、嬉しそうに手を振っている。
「よく来たな。何でも大臣に女王陛下」
「うん。出迎えありが……」
ラティーナの背中から降りたエレズは、礼を言おうとした。だが、その言葉が途中で途切れる。
エレズの視線は、キュアノスの後ろに立っている女性に吸い寄せられた。
エレズより何歳か年上だろうか。肩より少し長いくらいの茶髪、左右で色が違う切れ長の目。理知的な顔立ちの女性だ。
女性はエレズに笑みを向けていた。初めて会う者に見せるような笑顔ではない。しばらくぶりに再会した旧友を出迎える時のような表情だ。
エレズの心臓が大きく跳ねた。自分はこの人を知っている。
「どうしたの、エレズ?」
女性を見つめたまま固まっているエレズを、ラティーナが訝しむ。エレズは我に返った。
「いえ、あの……」
いざとなると、上手く言葉が出て来ない。そんなエレズを見て、女性がクスリと笑うと口を開いた。
「祭りが開催される都市まで、ここからすぐです」
女性の視線は、真っ直ぐエレズに向けられている。
「道中まで馬車をお出ししましょう。……ね、エレズ」
「ルー?」
名前を呼ばれたことに反応するように、思わず腹の中から声が漏れ出た。女性がにっこりと笑う。
「久しぶりね、エレズ。あなた、大きくなっても全然変わらないから、すぐに分かったわ」
「ルー! やっぱりルーだ!」
エレズの中に、爆発するような歓喜が湧いてきた。何事かと呆気にとられる周囲を余所に、エレズは女性に駆け寄って手を取る。
「ルー、元気だったか? それにしてもまさかエーテル王国にいるなんて……。こんなところで一体何を? もしかして、ルーも宰相さんが寄越した出迎えの一員なのか?」
「うん、そんなところ。って言うよりも、私が宰相なんだけど」
「えっ、ルーが!? すごいじゃないか! さすがだな!」
「ねえ、一体何の話をしてるの?」
エレズがびっくりしていると、困惑したようにラティーナが声を上げた。
「二人とも、知り合いなわけ?」
「あっ、そうか……すみません」
興奮のあまり、周囲をすっかり置き去りにしてしまったことをエレズは反省した。ラティーナだけではなく、他の者たちも説明を求めるような目をしている。
「彼女、俺の幼なじみなんです。ルー……ルーシーって言うんですけど」
「なるほど、そういうことだったのか」
合点がいったように、キュアノスが頷いた。
「私が何でも大臣の名前を出してからというもの、ずっとルーシーは落ち着かなかったのだ。幼なじみに会えるのが楽しみだったんだな。それから……」
キュアノスがさりげない仕草でルーシーの肩を抱いた。
「ルーシーのことなら、何でも大臣よりも私の方が詳しいぞ。私たちの可愛い宰相殿だ!」
「さて、後のことは町に着いてからにしましょう」
ルーシーはキュアノスを無視して話を進めた。
「ラエゴブ王国のお二人を馬車まで案内してあげて」
ネラに命じると「はい」という返事が返ってくる。何となく不満そうな顔のキュアノスの脇を抜けて、エレズとラティーナは近くに止まっていた馬車の中に乗り込んだ。




