魔王の娘と一緒に追放された(2/2)
エレズたちが住んでいる魔界は、長年、群雄割拠の世が続いていた。多くの国家が乱立しては、それぞれの元首が勝手に『魔界を統べる者』という意味の『魔王』を呼称して争い合う。
その目的は力の誇示だった。
魔界の人口の大多数を占める魔物族は、自らの力を見せつけることに何よりも喜びを見い出す者が多いのである。
そんな中で、リーヴ王国は、かつてはそこそこ名の知れた大国だった。
だが、近隣諸国との戦争に負けた結果、領土が極端に縮小。元首である魔王リーヴも、娘のラティーナと共に封印されてしまい、現在ではかつての栄光など見る影もないような状態だった。
「ラティーナ様……。どうするんですか、これから」
ラティーナに手を引かれて城から出ると、エレズは遠慮がちに尋ねた。
「俺はいいですけど、ラティーナ様だけでも、この国にいさせてもらうように頼んだ方がいいんじゃないでしょうか?」
「エレズ、私に、あんな奴らに頭を下げろって言うの?」
やっと手を離したラティーナが怖い顔で睨んでくる。だが、次の瞬間にはしょげ返ってしまった。
「それとも……私、エレズにとっても邪魔なの?」
「いえ、そんなことは……」
どうやら四天王のドラティラとガストンに馬鹿にされたことが相当堪えているらしい。エレズは慌てて否定した。
敵の手によって封印されてしまったラティーナだったが、彼女は父親の魔王よりも先にその状態から解放された。今から二ヶ月前の話だ。
だが、この国に魔王の娘の復活を喜ぶ者はいなかった。古くからこの国に仕える者なら誰でも、ラティーナは父親ほど上手く魔力を制御できないことを知っていたからだ。
四天王のドラティラとガストンは、魔王たちが封印されてから新しくこの国に来た者たちだったが、人伝に聞いて知っていたのだろう。彼らはラティーナを魔王の下位互換である、『劣化姫』と呼んであざ笑っていた。
「ラティーナ様は俺にとって、この国に来てから初めてできた友人ですから。邪魔なんて思ってませんよ」
皆から馬鹿にされるラティーナは、とても辛そうだった。見ていられなくなったエレズは、ある日彼女に声をかけたのだ。
その時から二人の交流は始まった。
ラティーナは他の者と違ってエレズを見下したりせずにごく普通に接してくれて、二人はあっという間に友人関係となった。少なくとも、エレズは彼女を友だちだと思っている。
「友人、ね……」
だがそう言うと、いつもラティーナはちょっと不満げな顔になる。頬を膨らませて、こちらを睨んできた。
「……エレズの鈍感」
「……やっぱり、人間族の血が入った俺が魔王様の娘の友だちを自称するなんて、おこがましかった……ですか?」
「そうじゃないわ! ……もういい!」
ラティーナはそっぽを向いてしまった。魔物族の心は複雑だ。
そんな会話をしている内に、二人は城門の前まで辿り着いた。門番が話しかけてくる。
「お出かけですか、エレズ様」
緑の皮膚をした小型の二足歩行の魔物族――ゴブリンだ。
「早く帰ってきてくださいね」
ゴブリンは元気よく敬礼する。それに返事をしたのはラティーナだ。
「悪いけど、私たち、もうここには戻ってこないわ。さっき馬鹿な四天王から、出て行けって言われたから。……ねえ、エレズ」
「……そうですね」
「そ、そんな!」
エレズが頷くと、ゴブリンはショックを受けたような声を出した。丸い目を見開いて、エレズを見つめながらオタオタする。
「困ります! エレズ様が国を出るなら、自分も一緒に行きます!」
その声があまりにも大きかったものだから、辺りの見回りをしていた他の魔物族たちも集まってきた。門番と同じように、全員がゴブリンである。
「何だ、異常事態か」
「エレズ様が国を出て行かれるそうだ」
「な、何だと!」
「それなら自分もついていくぞ!」
自分も、自分も、と声が上がる。その内の一体――彼らのリーダー格の存在であるホブゴブリンが、「ここにいない仲間も誘ってよろしいでしょうか」と尋ねてきた。
「いいけど……」
ゴブリンの反応は予想通りのものだったので、エレズは特には驚かなかった。だが、懸念事項は別にあった。
「でも、まだ行き先を決めてないからなあ。それなのに、お前たちをゾロゾロと連れ歩くなんて……」
「あら、目的地なら、ちゃんとあるわ」
ラティーナが当然とばかりに話に入ってきた。
「さあ、行くわよ、エレズ。皆も連れて行っていいから」
言うが早いか、ラティーナの姿が変わり始める。変身したのは、エレズの二倍以上は身長がありそうな、水色の鱗を持つ竜だ。ラティーナは竜人なのである。
「出発よ」
長い爪の生えた腕が伸びてくる。ラティーナはエレズと、その近くにいたゴブリン二十体くらいを背中に乗せた。
「他の子には、着いたら伝令を寄越して場所を教えればいいわよね」
どうやらラティーナは、一刻も早くここから出て行きたいらしかった。エレズが何か意見する暇もなく、ラティーナは翼を大きく広げると、朝方の空気を切って空へと舞い上がった。
「ひゃあ! 高い!」
エレズの後ろでゴブリンが歓声を上げている。もはや下ろして欲しいとも言えない雰囲気だ。エレズはラティーナの背中にしっかりと捕まりながらも、眼下に目をやった。
(本当に小さい国だ……)
リーヴ王国。中央に魔王城がそびえ立つ以外は、特に目立った建物もないような王国は、ちょっとした町程度の面積しかない。
だが、その小さな国をこれまでエレズは懸命に守ってきた。いや、正確にはエレズが『作り出した』ゴブリンが、だが。
『農民』とエレズが呼ばれていたのには訳がある。エレズは『動物栽培』という変わった能力――『スキル』があるのだ。
『動物栽培』は、文字通り大地から動物を『栽培』できる能力だ。エレズはこの能力を駆使して、ゴブリンを栽培していた。そうしてでき上がるのは緑の皮膚を持つ、言わば植物性ゴブリンだ。
エレズは畑を耕し、そこから『作物』を得る。すなわち『農民』と言うわけだ。
だが、この能力をリーヴ王国で評価する者はほとんどいなかった。曰く、エレズの能力は地味なのだそうだ。
(リーヴ王国の人口は約八百……。その内の九割は、熱心に働いてくれる俺のゴブリンだ)
エレズは魔王城を睨みつける。
(その『九割』がいなくなったらどうなるか……なんて、馬鹿なあいつらは考えたこともないんだろうな)
十年間自分が守ってきた国なのに、あまりにもあっさりと追放されたせいなのか、そこを出て行くことになっても、不思議と何の感慨も沸かなかった。
エレズは愚か者が集う王国から目を離し、小さく鼻を鳴らす。それきり、眼下に目をやることはなかった。




