古巣、絶体絶命!(1/2)
「あんたたち、あたしがいつサボっていいって言ったんだい!?」
リーヴ王国の魔王城の厨房に怒鳴り声が響く。牙を剥き出しにしたドラティラの視線の先にいたのは、厨房の壁に落書きをしているオークたちだ。
「だってよお、四天王様、料理なんて飽きたからよお」
間延びした声でオークたちは返事する。
「でも一応は作っといたぜ」
オークが太い指で差したのは、生煮えの肉の塊だった。その他、具の入っていないシチューや、皮むきすらされていない野菜のサラダもある。
「こういうのは、料理って言わないんだよ!」
魔物族の中にも料理が好きな者はいるが、どうやらこのオークたちはそうではなかったらしい。
ドラティラは散々怒鳴り声を上げてもう一度オークたちを調理台の方に引っ張っていくと、ヒリヒリする喉を押さえながら厨房を後にした。
城の廊下で同僚のガストンやジンと落ち合う。両名とも、それぞれ別の場所の見回りをしていたのだが、どちらもぐったりとした様子だった。
「あいつら、駄目。倉庫の資材管理、向いてない」
「壊れた屋根の修理も終わらなかったぜ」
ガストンとジンがげんなりしながら報告した。
いなくなった主人――エレズの後を、彼の配下の植物性ゴブリンたちは追った。その数、およそ七百。この国の人口の実に九割にも上る数だ。
植物性ゴブリンは、このリーヴ王国の基盤を支える働き手だった。彼らがいなくなり、国は今や機能停止に陥りかけている。
ドラティラたちはその穴を埋めようと、あちこちから野良の魔物族を勧誘し、下働きの任につかせようと奮闘していた。
だが、その結果がこれだ。働き者の魔物族を捜すなんて、砂漠に落ちた小石を拾うくらい難しいことだと痛感せずにはいられなかった。
「もう限界! 私、出て行きます!」
窓の外から金切り声が聞こえる。翼を持った魔物族、ハルピュイアが仲間と共に大空を駆けていくところだった。
王国が凋落していくに従って、国民の数も目減りしていった。最初はドラティラたちも止めていたが、あまりにもしょっちゅう脱走者が出るようになってきて、最近は逃亡を阻止するのを諦めつつある。
「まったく……逃げるしか能がないのかい、あいつらは。どいつもこいつも本当に役立たずだねえ」
ドラティラがイライラして爪を噛む。『あいつら』とは、国を見限って出ていった者たちだけではなく、まるで使い物にならない、下働きには不適当な魔物族たちのことも指している。
ガストンが巨体を震わせながらため息を吐いた。
「連れてきた奴ら、どうせなら、もっと大きい国で働きたい、言ってた。ここ、小さい国。魔王もいない、住んでも、何の得もない、らしい」
「チッ……。勝手なことを……」
ドラティラは舌打ちする。ジンが厚手の毛皮に覆われた背中をボリボリと掻いた。
「ってことは、魔王様が復活すれば、少しは状況がマシになるかもしれないってことだな」
この最悪の状況の中で唯一いいニュースと言えば、魔王リーヴにかけられた封印の魔法が、最近少しずつ弱まってきているということだった。
ドラティラは、ガストンとジンと共に、魔王城の地下にある一室へと足を踏み入れた。
部屋の奥に置いてあるのは、透明な水晶のような巨大な物体だ。
表面には所々にひび割れがあり、水晶の中身が歪んで見えた。ラティーナとよく似た中年男性が、膝を抱えるような姿勢で目をつむっている。
かつての隣国との戦争時、魔王リーヴは敵軍に封印された。殺すよりも封印する方が簡単だったのか、それとも敵に他の目的があったのかは分からないが、とにかく彼はまだ生きているのだ。
閉じ込められたリーヴの近くに、別の割れた水晶が転がっている。少し前まではここに、彼の娘のラティーナがいた。先に割れたのが彼女の水晶だったために、娘の方が一足早く封印状態から解かれることになったのである。
「魔王様が復活したら、誰もここから出て行きたいなんて思わなくなるさ」
何せ魔王が健在だった頃のリーヴ王国は、周囲に名の知れた国家だったのだ。彼が復活すれば、きっとかつての栄光を取り戻すことができるだろうとドラティラは思っていた。
(そうなりゃ、あたしは大国の幹部の一員さ。その日のために、魔王が封印されて弱体化した国にわざわざ来てやったんだ)
きっと、他の四天王たちも同じようなことを目論んでいるのだろう。
(出て行きたい奴はそうすりゃいいんだよ。後で後悔したって遅いのさ。『頼むからリーヴ王国に戻らせてくれ』って泣きついてきたって、誰が言うことを聞いてやるもんか)
だが、そんな愉快な未来がやって来ることはないと、この時のドラティラはまだ知らなかった。




