恥ずかしいじゃないですか……(3/3)
「ラティーナ様こそ、何かお話、ないんですか」
突然湧き上がってきたおかしな気分を押さえるように、エレズはラティーナに話を振った。
「俺の昔話はしたんだから、ラティーナ様のことも聞かせてくださいよ」
「私の……?」
こんなことを言われるとは予想もしていなかったのか、ラティーナは少し困ってしまったようだ。
「えっと……じゃあ、私とお父様のお話を……」
ラティーナは昔のことをよく思い出そうとするかのように、首をひねる。
「私が小さい頃、寝る前にお父様がよくおとぎ話を聞かせてくれたわ。えっと……『お空のお花屋さん』とか」
ラティーナがエレズの頭を撫でるのをやめて、顎に手を当てる。エレズは、何故かそのことを残念に思ってしまった。
「あのね、お花屋さんに空のお城から注文が届くの。そのお花の色によって、次の日の天気が分かるっていうお話。黄色いお花なら曇りで、赤なら雷、白は晴れ。……そんな感じよ」
「へえ……初めて聞くお話ですね」
「うん。お父様がご自分で作ったって言ってたわ。私に聞かせるために」
「……ラティーナ様、もしかして、お父さんと仲がよかったんですか?」
エレズは驚いた。
リーヴ王国の国民は、口をそろえて「ラティーナは、父親である魔王よりも弱い『劣化姫』だ」と言っていたのだ。
魔物族は弱い者を軽蔑する傾向にある。そのため、エレズは勝手にラティーナは実父からも可愛がられていなかったのだろうと思い込んでいた。
「私を馬鹿にするのは国民だけよ。お父様がそんなことをしたことは、一度もなかったわ」
ラティーナは、エレズにとって衝撃的な言葉を口にした。
「お父様は何だか変わった方だったもの。その娘の私も多分そうね。だって私、混血のエレズのことをこんなに……あっ、え、ええと、な、何でもないわ!」
ラティーナははっとした顔になると、慌てふためいた。「俺が何ですか?」とエレズが尋ねると、真っ赤になって「違うわ! そうじゃないの!」と、意味の分からない返事をした。
「私、寝るわ! 寝不足で『武人コンテスト』に出たって、いい成績は残せないもの!」
転がるようにラティーナはテントの中に滑り込んでいった。エレズはちょっと呆気にとられた後、我に返る。
(ラティーナ様はお父さんの魔王様と仲が良かった。でも、魔王様は今もリーヴ王国に封印された状態のままでいる。それなのにラティーナ様は国を出て、新しい王国を建国してしまった……)
ラティーナはそのことをどう思っているのだろう。父親を見捨てたと罪悪感を覚えているのだろうか。
(……いや、ないな)
暗い方へと思考が傾きかけたが、エレズは一瞬にしてその考えを打ち消した。
(ラティーナ様のことだ。魔王様の封印が解けたら、きっとリーヴ王国にこっそり潜入して、『お父様もラエゴブ王国の国民になりませんか?』ってちゃっかり勧誘するに決まってる)
そんな様子がさも本当のことらしく頭の中に浮かんできて、エレズは一人で笑ってしまった。こういう時に物事を重く受け止めないのは、魔物族のいいところだなと思ってしまう。
(俺も、もう休もうかな)
何せ明日は大仕事が控えているのだ。エレズは「俺も寝ますねー」と言いながらテントへ入ろうとした。その瞬間、「きゃあ!」というラティーナの声がして、エレズの顔面に枕代わりのクッションが直撃する。
「ふごっ」
くぐもった声が出て、思わずよろけた。クッションは柔らかかったので怪我などはしていないが、突然のことにエレズは仰天する。
「どうしました、ラティーナ様!? 虫でもいましたか?」
「い、いないわ! だってエレズが……」
「俺が?」
「ここで寝るなんて言うから。ここには私しかいないのに……」
ラティーナは小さい声でそう言うと、毛布を頭からかぶって横になってしまった。どうやら、寝たふりをしているようである。
「あっ……」
ラエゴブ王国の魔王城がまだテントだった時代でさえ、中にはいつも何体かのゴブリンが一緒にいたのだ。二人っきりで寝るのは、これが初めてになる。
そのことに思い当たった途端に、エレズは頬が熱くなった。手のひらに汗がにじんでくる。
「お、俺、外で寝ますね。今日は別に寒くもないし……」
声が裏返るのを感じる。ラティーナは何も言わなかった。
今なら、自分と二人だけになったことに動揺したラティーナの気持ちがはっきりと分かる。
自分の心境の変化に戸惑いつつも、エレズは毛布とクッションを持ってテントの外に出たのだった。




