恥ずかしいじゃないですか……(2/3)
「明日もたくさん飛ばないといけないし、今日はもう寝たらどうですか? 面白い話はできませんけど、子守歌なら……あっ、俺、昔から歌は得意じゃなかったんだった……」
「昔から? そう言えばエレズって、リーヴ王国に来る前はどこにいたの?」
何気なくエレズが漏らした台詞に、ラティーナは興味を引かれたようだ。「そうですねえ……」とエレズは幼少の頃の記憶を頭の片隅から引っ張り出してくる。
「俺は小さな集落で生まれました。国って言うよりも、住民のほとんどが人間族や混血児で占められた共同体って感じのところですね」
魔界では人間族や混血児は多くの場合差別対象であり、魔物族の国に行ってもろくな生活が送れないことは目に見えている。そのため、同胞と肩を寄せ合って暮らすことを選択する者たちも多かった。
「小さい集落だけど、いいところでしたよ。近所の物知りなおじいさんに勉強を教えてもらったりとか、ルーっていう幼なじみと一緒に、毎日近くの山に山菜採りに行ったりとか……」
「でもエレズは十年前にリーヴ王国に来たのよね? 家出でもしたの?」
「違いますよ。ただ……集落がなくなっちゃったから」
ふと、エレズは暗い顔になる。
「タロス王国って知ってます? ここから東、ドミニク大渓谷を越えたところにある国なんですけど、そこの軍がうちの集落に攻めてきて……」
当時、タロス王国はある国と交戦中だった。エレズたちの集落は、その国に向かう通り道にあったのだ。
「集落の住民たちが何かしたわけじゃなかったんです。何て言うか……そうですね。本命と戦う前の肩慣らしって感じで、あいつらは俺たちの集落を蹂躙していきました」
建物に火をかけ、無抵抗の住民を切りつけ……悪夢のような光景だった。エレズは両親や友人の生死を確かめる暇もないまま逃げ惑い、やがて帰り道が分からなくなってしまった。
そうしてしばらく彷徨った挙げ句、辿り着いたのがリーヴ王国だったのだ。
当時は今よりも人口が少なく、国の再建のために人手を欲していた王国は、ほとんど仕方なしだったが、迷い込んできたエレズを受け入れてくれたのである。
その人手不足っぷりは想像以上であり、エレズは混血児でありながら、人数合わせの目的で四天王の末席の座を与えられていた。そしてその状態が、十年以上もズルズルと続いていたのである。
エレズの中ではリーヴ王国は仮住まいのつもりだった。他に行くところもなかったから留まっていたにすぎない。きっと、王国を出て行く時に大して未練を感じなかったのはそのためだろう。
「リーヴ王国に逃げてきて……生活が落ち着いてきた頃に集落に行ってみたんですけど、煤と灰しか残っていませんでした。住民がどうなったのか、今も分かりません」
「……ごめんなさい。嫌なことを思い出させたわね」
好奇心からエレズの過去を尋ねてしまったことを、ラティーナは後悔しているようだった。
「いいんですよ。もう十年も前の話ですし」
「よくないわ」
ラティーナの白い手が伸びてくる。気が付けば頭を撫でられていた。
「ラティーナ様……?」
「あなたのいた集落には敵わないかもしれないけれど、私、女王として、ラエゴブ王国をもっといいところにしてみせるわ。エレズの第二の故郷よ」
ラティーナがこちらをじっと見つめてくる。
「だから泣かないでちょうだい」
「……泣いてませんよ」
エレズは苦笑いした。あまりに残酷な出来事に、涙は十年前に涸れ尽くしていたのだ。
(でも……ラティーナ様の手、暖かいな……)
この温もりは十年前に欲しかったかもしれないと思った。あの時の自分は本当に傷ついていた。誰かに慰めて欲しかった。
いや、もしかしたらその傷は今も癒えていなかったのかもしれない。頭を撫でられている内に、胸の奥にジクジクと疼くような感覚が蘇ってきたのだ。
だが、広がりかけた傷はラティーナの温かな体温に触れてすぐに塞がっていく。エレズはひっそりと唇を噛んだ。
(ああ……まずいな。本当に泣いてしまうかもしれない……)
傷が治りかけた頃に感じる、あのムズムズとした感覚。こんな気持ちになるのは久方ぶりで、エレズはひどく動揺した。
「大丈夫よ、エレズ」
ラティーナが笑いかけてくる。やけにその表情がまぶしく見えた。心臓が大きな音を立てるのが分かる。
(ラティーナ様の笑顔って……こんな感じだったっけ……)
エレズは確かにラティーナの笑った顔が好きだった。けれど、その笑顔がこんなにも輝いていたなんて、今まで気が付かなかった。
エレズは、どうして急にこんな発見をしてしまったのか分からずに戸惑った。感傷的な気分はどこかに消えていったが、その代わりに、何故だか猛烈に恥ずかしくなってくる。




