恥ずかしいじゃないですか……(1/3)
「じゃあ、行ってくるよ」
祭りに参加するために、エーテル王国に向けて出発する日がやって来た。エレズは見送りに来てくれたゴブリンたちに声をかける。
「留守の間のことは頼んだぞ。計画表通りにやってくれればいいから」
「はい、お任せを!」
皆を代表して、ホブゴブリンの内の一体が返事をする。
リーヴ王国に置いてきたゴブリンたちがやって来てから、十日ばかり経っただろうか。七百体以上の熱心な働き手を得たお陰で、ラエゴブ王国は、今までの比ではないくらいの発展ぶりを見せていた。
今までちょっとした広場程度しか面積のなかった国土は、徒競走ができるくらいに広がり、小屋のようなものも何個か建っていた。
魔王城もテントではなく、いくつかの部屋に分かれた木造建築になっていた。まだ『民家』といった外観ではあるものの、周囲の小屋と比べれば、十分に凝った建築物だった。
井戸も掘られ、その近くには『動物栽培』専用のエレズの畑がある。耕された土からは緑の小さな苗がいくつか生えており、エレズたちが帰ってくる頃には、さらに住民が増えていそうだ。
ちなみに井戸の穴は掘ったのではなく、初日にキュアノスが洪水騒ぎを起こしたときに開けてしまった大穴を利用していた。
「じゃあ行きましょう、エレズ」
エレズと共にエーテル王国に赴くことになっているラティーナは、すでに竜の姿になっている。
エレズを背中に乗せると、ラティーナは女王専用に作られた簡易離発着場の地面を蹴って、大きく翼を広げた。
眼下でゴブリンたちが手を振るのが見える。まだ狭いが段々賑やかになっていくラエゴブ王国が小さくなり、やがて見えなくなった。
今日は気持ちのいい晴れの日だ。気候も悪くない時期だし、絶好の飛行日和と言えそうだった。ラティーナの背中から落ちないように気をつけながら、エレズは辺りの景色を楽しんだ。
「ねえ、エレズ。私、この日のためにたくさん魔法を練習しておいたのよ」
エレズが風景を見物していると、ラティーナが話しかけてきた。
「『武人コンテスト』、絶対優勝してみせるから期待しててね!」
「ええ……はい」
エレズは苦笑いをこぼす。
エレズが今回の祭りに期待しているのは、優勝賞品ではなくエーテル王国の要人との人脈作りだ。
だから、ラティーナが『武人コンテスト』で優勝しようがするまいが、あまり気にはしないのだが、すっかりやる気になってしまっているラティーナに水を差すのも躊躇われて、結局は何も言えないままだった。
「怪我とかしないでくださいね」
それでもエレズは、ラティーナの勝負の行方に全く無関心というわけではなかった。身内びいきというものだろう。優勝できるのならしてほしいとは感じていたのだ。
「あら、心配してくれてるの?」
ラティーナは少し嬉しそうである。
「ありがとう。私なら大丈夫よ。実はすごい作戦を考えついたの! まずは風の魔法を使って会場をね――」
ラティーナの『すごい作戦』の話はそれから何時間も続き、うっかり寝てしまったエレズが目を覚ます頃には日が暮れかけていた。
眼下には、人気のない小さな木立がポツポツと生える草原が広がっている。
今日はここで野宿することにした。下に降りてテントを張り、王国から持ってきた食料を二人で分ける。
「明日にはエーテル王国ですね」
エレズはラティーナがおこしてくれた火の明かりで地図を確認する。「そうね」とラティーナが返事した。
パチリ、と炎が弾ける音がする。一瞬、二人の間に沈黙が落ちた。
「……静かね」
ラティーナが呟く。
「ここにいるの、俺たちだけですからね」
ゴブリンの体力は無尽蔵だ。時々は休憩を入れつつも、基本的には昼夜問わずせっせと働いている。そのため、リーヴ王国でもラエゴブ王国でも、夜になっても彼らの活動音が何処かしらから聞こえてきていた。
「……そんなこと言われたら、急に緊張してきたわ」
ラティーナがこちらをチラリと見て、立てた膝に顔を埋めた。炎の色が反射したのか、ちょっとだけ頬が赤かった気がする。
一方のエレズは、今までずっと同じ国で生活してきたのに、どうして彼女が急にこんな反応を見せたのか分からずに首を傾げていた。
「エレズ、何か気を紛らわせるようなこと話してよ」
何となく気まずそうな声で、ラティーナが無茶ぶりをしてきた。「そんなこと言われても……」とエレズは頭を掻く。




