精霊の国の宰相(2/2)
「ラエゴブ王国はな、できたばかりで何もないから、うちとの交易をきっかけにして、国家を発展させたいのだそうだ」
キュアノスがルーシーの手からペンを抜き取ると、地図上のある一点にマーキングした。
どうやらここがその『ラエゴブ王国』らしい。エーテル王国の南に位置する国家のようだ。近くにあるのはリーヴ王国という国である。
「何もない国と交易って……うちには何の得もないでしょう」
ルーシーはため息を吐きながら、手近な椅子に深く腰掛けた。
「それでも小国とは言え、キュアノス様が相手をなさったのは、仮にも一国の女王と大臣……。今さら招待の取り消しをすると面倒なことになりそうですし、一応国賓として扱いましょう。ですが、お付き合いはそれまでです。後はどうにか手を回して、キュアノス様がかの国の民となってしまわれたという事実を揉み消さないと……」
いつもながらにうちの主君は問題ばかり起こしてくれる。ルーシーが地図を見つめながら独り言をこぼす傍ら、キュアノスは楽しそうに謎のラエゴブ王国での思い出を語っている。
「面白い場所だったな。あの国にはな、熱心な働き者で、命令を忠実に実行してくれるゴブリンたちが住んでいたのだ」
「それは夢のような存在ですね」
初めは上の空で話を聞いていたルーシーだったが、キュアノスの言葉に少しだけ興味をそそられた。
エーテル王国は大国であるにも関わらず、今まで国としての形を保っていられたのが不思議なほどずさんな運営しかされていなかった。
魔物族が治める国なんて皆こんなものなのだろうが、これではいつの日にか王国が滅亡するかもしれないと危機を覚え、ルーシーはあちこちに口出しをした。
その結果、ルーシーはいつの間にやら『宰相』になっていたのだ。面倒を押しつけられたとも言える。
元がそんな状態であった国家なので、ルーシーが命令を下したところで、真面目に職務をこなす者などほとんどいなかった。
それでもどうにか国を経営していくために、ルーシーは自分のスキル――『分裂』をフル活用していた。自身の分身を作ることで、ギリギリのところで人手不足を補っていたのだ。
だが、それでも限界というものはある。ルーシーは、いつだって仕事熱心な働き手を求めていた。
「そのラエゴブ王国とかいう国から労働力を輸入して、うちからは物資を輸出する。……ふむ。一応交易は可能かもしれませんね」
だが、一つだけルーシーには気がかりなことがあった。
「ところでキュアノス様。その『ゴブリン』というのは、具体的にはどういった者たちでしたか?」
いくら働き者とは言え、エーテル王国の気風に会わない者が来たら困る。
普通のゴブリンはそんなに高い労働意欲を持ち合わせている種族ではないので、きっと亜種か何かだろうと思いながら尋ねると、キュアノスは「ラエゴブ王国の何でも大臣の命令しか聞かない種族らしい」と答えた。
「何でも大臣? ……随分変わった役職名ですね。それにしても、大臣の命令しか聞かない……と言うことは、その大臣ごとうちに引き抜く必要がありますね」
素早く算段を巡らせてはみたものの、キュアノスの言葉だけではまだ分からないことが多すぎる。祭りの席で一度その大臣とやらと会って、色々と話を聞く方がいいかもしれない。それか、ラエゴブ王国に視察へ行くかだ。
「そう言えば、まだその大臣と女王の名前を聞いていませんでしたね」
一通り考えをまとめ終えると、ルーシーはメモを取るために、机の上に置いてあったいらない紙を手近に引き寄せた。
「名前か。何でも大臣は『エレズ』、女王陛下は『ラティーナ』だったな」
「エレズ……?」
ルーシーのメモを取る手が止まった。
「エレズってまさか、『動物栽培』のエレズですか? じゃあ、ゴブリンっていうのは、植物性ゴブリン……?」
「何だ。知っていたのか、ルーシー」
キュアノスは目を見開いていた。
「さすがは物知りだな、宰相殿」
「いえ、別にそういうわけでは……」
かぶりを振りながらも、ルーシーは思わず微笑んだ。
(またあなたに会えるなんて……)
何という偶然だろう。懐かしい思い出が胸の内に蘇ってくる。
「これはますます祭りの席で彼とお話をしないといけなくなりましたね」
謎多きラエゴブ王国の大臣と、ではなく、エレズと。怪訝そうな顔のキュアノスを余所に、ルーシーはそれから祭りまでの間、ずっと上機嫌で過ごすことになったのだった。




