ステージ1-9 ニューゲーム
──夜が明け、俺はけたたましいアラームによって目が覚めた。
あの後の俺は普通に帰宅し、自宅で夕飯を食べて風呂に入り、寝間着に着替えてベッドに潜った後で少し首謀者の事を考えながら眠りに就いた。
うん、寝起きだがある程度は思考が回るらしい。いや、余計な事を考えているだけだから意識が朦朧としているのか? まあどうでも良いか。
そんな事は気にしない。一先ず寝間着を脱いで私服に着替える。俺は起きたら直ぐに服を着替える習慣だ。
【ライトは普通の服を装備した】
……。ん? アレ? 今なんか聞こえたような……。聞こえていないような……。
声が聞こえたような気がした。だが、人の気配は無い。まあ、仮に気配があっても漫画みたく“誰だ!?”とかは出来ないけどな。脳内に届いた気がしたが……。何だろうか。
結局何も分からなかったので俺はあまり気にせず、二階にある自分の部屋から出た後で階段を降りてリビングへと向かう。今日は休日。元々両親は居ない。高校生にして一人暮らしって訳だ。
とまあそれはさておき、リビングにある椅子に腰掛ける。俺一人しかいない家は静寂だ。静かなのも悪くないが、寝起きに迎える静寂は妙な孤独感を覚える。それを消す為、取り敢えずリモコンに手を伸ばしてテレビを点けた。
『──────────』
──そこには、何も映っていなかった。
アレ? 壊れたか? 確かに昨日はテレビも点けずに、ある程度の事を済ませたらさっさと眠りに就いた。仮に昨日のうちに壊れていたとしても気付く事は無い。けど、何でこのタイミング……。
まあBGMの無い朝食ってのは普通の朝食だ。本来食事ってのは静かな環境で行うものだからな。簡単に済むような食パンと目玉焼きで良いか。先ずフライパンを火に掛け、暖めているうちに食パンをトーストする。タイミングを見計らって卵を投入。油の弾ける音が耳に届く。
数分のうちに目玉焼きとトーストした食パンが完成し、皿に盛ってリビングのテーブルに置く。野菜ジュースでも置き、これで手軽な朝食の完成だ。それをさっさと食し終え、食器を洗った後、暫しボーッとする。
「暇だな……」
テレビも点かないし、ネットとかもやる気にならない。“AOSO”にログインするのも良いが、昨日の今日だからな。ログインするには少々気が引ける。何となくだが、また何かの面倒事が起こるかもしれないからな。
「オイ! 来たぞ!」「うわあ!」「逃げろォ!」「クソッ!」「何で……!」「ギャアアア!」
そんな風に退屈していると、何だか外が騒がしくなってきた。
何があったんだ? 尋常じゃない騒がしさだ。てか、余程治安の悪い所じゃなきゃ悲鳴なんて聞こえる訳が無い。まあ、治安が悪過ぎる所だと自然と慣れて悲鳴を上げないかもしれないけど、それはさておきだ。有名人とかが来たら騒がしくなるかもしれないからな。こんな平和な世界だ。多分それだろう。
まあ逃げろという言葉や悲鳴が聞こえた時点であまり良くない事が起こっている可能性もあるが。
そんな事を考えつつ、どうせ暇だからと俺は玄関に向かう。基本的に休日は家から出ないが、やはりこの騒ぎに気になるのが人としての性分だ。国によって違うかもしれないけどな。
そんな野次馬根性を引き下げながら、俺は特に大きな事は起こっていないだろうと楽観的に玄関のドアを開けた。
『ウバラシャアァッ!!!』
「ヒイィィ! 化け物ォ!!」
──そして、閉めた。
「…………」
ゆっくりとドアから離れ、リビングに戻る。ソファに腰掛け、深呼吸をする。次に立ち上がり、リビング近くにあるキッチンへ向かって冷蔵庫を開けた。
何かあったかなぁ。と、そう思いながら冷蔵庫を漁る。あったのは牛乳。朝から牛乳を飲むと腹を下す者は多い。俺は大丈夫なのでそれを飲んだ。さっき野菜ジュースを飲んだばかりだが、それを気にせず一気に飲み干す。
【ライトは牛乳を飲んだ。体力が回復した。既に体力は全快している】
「…………!?」
そして、また脳内に響く声。
何だ!? 今度ははっきり聞こえたぞ……!?
辺りを見渡し、人の気配を探る。しかし気配は見つからない。
やはりおかしい。この家には俺以外誰も居ない筈……。なのに何で声が聞こえるんだ? つか、直接脳内に響いている時点でおかしい。
流石に気のせいで済ませる事はほぼ不可能になった。なので改めて耳を澄まし、声を探る。
「助けてくれぇ!」
『ギシャアアア!』
「……ッ!?」
聞こえてきたのはさっき外に出た時に聞こえたもの。となると、やはりアレは気のせいじゃなかった。
ああもう。分からない事が多過ぎる。クソッ! どうすれば良いのか分からない。もう良い。覚悟を決めて玄関を開けよう。
「オラァ!」
気合いを入れた声を上げ、玄関に駆けて勢いよく扉を開ける。一瞬、家の中と外の明るさの変化によって視界が真っ白に染まった。それは直ぐに晴れ、俺の視界には外の様子が映りこんだ。
『ウバラァアアア!!』
──そして現れたのは、毛玉のような怪物。その手には鋭い爪があった。
「……は?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。仕方無いだろう。爪のある毛玉など、生まれてこの方十数年見た事が無かったんだからな。けど、どこかで見た覚えもある。
考えている時、その毛玉が爪を鋭くし、真っ直ぐ俺に向けて飛び掛かる。
「うわっ!」
慌てて飛び退き、倒れるように転がって毛玉を躱す。毛玉の爪は虚空を切り、俺は傷を負わなかった。
すぐ様起き上がってふと視線を逸らすと、襲われていたであろう人が倒れていた。生きているかどうかは分からないが、かなりマズイ状況らしい。
『ウバラシャア……』
言語とは掛け離れた言葉で低く唸り、起き上がったばかりの俺に視線を向ける。全体的に茶色い毛が生えており、鋭く白い爪と牙がある。眼は赤く、足はない。この様な生物、この世界では見た事無いが……新種か?
ん? この世界では……? やっぱどこかで見た事が……。デジャヴ?
『シャア!』
「うわあ!」
また飛び掛かって来、咄嗟に俺は勢いよく駆け出して逃げる。一瞬にして数十メートル程離れた場所に逃げ切り、先の毛玉に視線を向けた。
(つか、アレ? 俺って……こんなに足が速かったっけ……?)
その動きを見、気に掛かる俺。当然だろう。運動はどちらかと言えばしていない方。こんなに速く走れる訳がない。緊急事態の土壇場なので火事場の馬鹿力の可能性もあるが、それにしても何かがおかしい。
『バラシャア……』
此方を見、鋭い爪を向ける毛玉。何かがおかしいが、その何かを考えている暇は無さそうだ。何はともあれ、早く倒れている人を連れて安全な場所に向かった方が良さそうである。
朝の眠気は完全に覚め、思考が回る。これならば何かの解決策を見出だせるかもしれない。
毛玉はこちらを見る。二度の攻撃を避けた事で、完全に俺に狙いを定めたようだ。いい迷惑だが、負傷しているあの人から注意が逸れたならそれで良い。
何がどうであろうと、俺だけが無責任に逃げる訳にはいかない。もしかしたら、さっき外から声が聞こえた瞬間に向かっていればまだマシな状況になっていたかもしれないのだから。
慌て過ぎて一旦落ち着く為に冷蔵庫を漁っていた俺にも多少の非はある。なので責任を感じているのだ。何とか毛玉の注意だけでも引かなくては……。
【──モンスターが現れた】
「…………まさか!?」
そして、次に俺の脳内に聞こえてきた声によって俺はこの毛玉が何か。そして何故こんな事になっているのかを理解する事となった。
この表記。いや、声は、幾度となく目にして耳にした言葉。俺がやり込んでいる一つのゲームのものだ。次いで、その言葉によってある記憶が甦る。
【“世界と繋がるもう一つの世界”は一つの世界ともう一つの空間が繋がる事で完成する、MMORPGだ。“現実”と“仮想”。VRMMOとARMMO。それらが融合する事で一つの大規模なゲームとなる……我が追放されようが、貴様ら全人類に元の世界は残っていないぞ……!!】
それは昨日“AOSO”で起こった、他のプレイヤーで知る者は少ない小さな事件の首謀者が言い放った言葉。
もしかしたら、あの言葉はそういう意味だったのか? いやしかし……フィクションの世界ならばどんな事が起きてもおかしくないが、ここは現実世界だぞ!? 事実は小説よりも奇なりとは言うけど、流石にそんな事出来る訳が……。
『ウシャアアァァァ!!』
「うおっと!!」
どうやら考えている暇は無いようだ。しかしほぼ確定だろう。
今日。というより今朝、寝起きの数時間で数度響いた声。そこにあった名は俺のユーザーネームの“ライト”というものだった。
そして今さっき聞こえた“モンスターが現れた”という言葉。それは“アナザーワン・スペース・オンライン”にて敵モンスターとエンカウントした時表記されるもの。
つまりこれは────
「……まさか……本当に現実世界と仮想世界が融合したって事か……!?」
──“現実”と“仮想”。“VR”と“AR”の融合。正しく、あの首謀者が言っていた事だった。
つまりこれは、既にこの世界が大規模な“MMORPG”になったという事。
(いやそんなまさか……! いくらなんでもおかし過ぎるだろ……! そんな事を出来る奴がこの世に居たら、常識が狂う……!)
普段俺のやっている“AOSO”は、プレイヤーの脳のデータを元に記憶だけを別の身体にインプットする事で織り成せるやり方。だからこそゲーム内にて現実では不可能な動きも出来るのだ。
その為に特殊な機械を使っているのだが、どんなにリアルでもあの世界はあくまでデータの世界に過ぎない。現実世界と融合させる事など、ありとあらゆる天才にも出来ない所業だ。
『ギシャー!』
「うわっと!」
考えさせてくれる暇も与えず、俺に向かって飛び掛かる毛玉のモンスター。爪が道路に突き刺さり、そのままコンクリートを切り裂いて穴を空けた。
なんつー鋭さだ。あんなもの食らったら一堪りもない。
もし本当にゲームの世界と融合しているなら一撃で死ぬ事は無さそうだが、現実世界で目の当たりにするのと仮想現実で見るのでは大分違う。取り敢えず俺の強さは分からない。そして武器も持っていない。今は様子見が安定だな。
『グギャア!』
次いで飛び掛かる毛玉のモンスター。てか、爪以外は愛らしい外見だが声が絶望的に似合わねえ。すげえ重低音なんだな、このモンスター。
まあそれはさておき、様子見をしているのは良いが、負傷しているか分からないが人が倒れている。様子見といっても長時間避け続ければ相手のモンスターが痺れを切らして倒れている人にに向かってくるかもしれないな。
仮に“AOSO”のモンスターなら、攻撃していなくても生きているなら狙って来る事もあるからな。その頻度が少ないってだけで。
となると、欲しいのはやはり武器。ゲームでも強い武器があるからこそ強敵と戦えた。
俺のレベル的には初期の装備でもそれなりのボスクラスと戦えたが、仮に現実世界と仮想世界が融合していたとして俺がプレイヤーになり、どれ程のレベルがあるのかも分からない。せめて武器になりそうな物でもあれば良いんだけどな……。
「……ん?」
ふと視線を向けると、俺の家に生えている木から落ちたのか木の枝があった。そして玄関に敷き詰められた小石。
成る程な。原始人は手頃な物から武器を作っていた。“アナザーワン・スペース・オンライン”のみのらず、他のゲームでも初期装備は“かわのふく”や“ナイフ”。そして“ひのきのぼう”みたいな、これだけで魔王倒せとか正気かよ王様。せめて兵士達の着けている“鉄の鎧”でもくれと言いたくなるような装備が多い。
確か、朝服を着替えた時【ライトは普通の服を装備した】と表記された。前述したように“ライト”というのは俺の“ユーザーネーム”。そして“普通の服”は“装備した”と記された。つまり、俺はもう既に“普通の服”という防具を装備している状態という事だ。
それならば、そこら辺に落ちている“木の枝”でも装備出来ればある程度は戦えるという事になる。
『ギャア!』
「っと!」
思考を遮る、モンスターの爪。通常よりも身体能力が上昇している俺は前に飛び込むように前転して躱し、距離を置きつつ自宅の庭に駆ける。
隠れるのでは無く、敢えて俺の姿を毛玉のモンスターに見せて負傷者から離す。追跡してくるだろうから、あくまで俺とモンスターだけの一騎討ちに持ち込んだという事だ。
「良し。木の枝、入手したぜ!」
【ライトは木の枝を装備した】
再び脳内に流れてくる声。“拾った”ではなく“装備した”って事は、“道具”としてではなく俺の目論見通り“武器”として扱われているようだ。
何もないよりはマシ。ついでに遠距離攻撃をする為の石ころも拾う。すると【ライトは石ころを拾った】という声が聞こえる。
その事から、石ころはアイテム扱いという事が分かった。何はともあれ、これで初期の初期レベルだが、装備一式が揃った。本当に現実世界と仮想世界が融合したのか何が何だか分からないが、一先ずこの毛玉は倒させて貰おう。
「さて、少々心細い装備だが、今度はこちらから反撃と行かせて貰うぜ毛玉!」
言葉の意味を理解しているのか分からないが取り敢えず毛玉に話、俺は木の枝を片手に踏み込んで毛玉の方へと駆け出した。