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ステージ5-6 露天風呂

 ──“露天風呂”。


「成る程……浄化された事でちゃんとした場所になったのか」


「その様だね。そうなると、新たに何かを作ったりしたらその場所が正式なマップになるみたいだ」


「ふむ、そう言った仕様もあるのか。まだまだ分からぬ事ばかりの世界だな」


「本当にそうだな。実際、首謀者は割かし遊び心がある存在なのだろう」


「その遊び心が行き過ぎているけどな」


『ビュギュ~』


 カポーンと、桶が崩れる音でも聞こえてきそうな露天風呂の中で、俺、セイヤ、ラディン、ツバキの四人と水龍の一匹はくつろいでいた。

 と言っても水龍は全身浸かっている訳ではない。まあ、寛いでいる事には変わり無いな。

 ともかく、雪と温泉。灰色の空に雪の積もった木々などのような自然の景色。悪くない。卵でもあれば温泉卵を作れるのにな。半熟が苦手な人は食べられないけど。


「わあ、ユメちゃんって結構あるよねぇ。形も綺麗ー! そう言えば魔法使い向きの分厚い普通の服の上からでも分かるくらいはあったもんねぇ! フワフワしててマシュマロみたーい!」

「わ、や、止めてくださいよソラヒメさ……んっ……」

「やれやれ、下品ですわね……一体何をしているのでしょうか……」

「アハハー。エビネちゃんも色白で綺麗な肌だよ。スベスベしてるー!」

「きゃっ! き、急に触らないで欲しいわ……!」


「「「…………っ」」」

「やれやれ……ソラ姉は声が大きいな……」

『……?』


 隣から女性陣の声が聞こえてくる。壁が一枚隔たれているだけの露天風呂。声は鮮明に聞こえるんだな。ナニをしているのか分からないが、セイヤを除いた俺達三人は何となく。特に深い意味はないが、なんとなーく黙り込んでしまった。

 セイヤは割と慣れているんだな……と思ったが、姉が姉だから自然と慣れた……慣れざるを得なかったのか。


「そう言えば、全く関係ない事だけどこの世界だとセイヤの眼鏡曇ってないんだな。そもそも眼鏡掛けたまま風呂に入るのもどうかと思うけどな」


「眼鏡掛けた状態で湯船に浸かるという事については特に言及しないでおくよ。……曇らないというのは、おそらく眼鏡が装備扱いだからだろうね。けど、眼鏡が曇らない温泉は良いモノだよ。湯は肌で感じるモノだからあまり問題無いかもしれないけど、露天風呂は視界で楽しむモノでもある。それを楽しめるのは悪くないさ」


 根本的な部分は答えてくれなかったが、どうやらこの世界がゲームになった事によって風呂で眼鏡を掛けても問題無いらしい。

 風呂などで眼鏡が曇るのは、結露によって水滴がレンズに付着しているから。この世界の現象は割と元の世界に近い。なのでゲームのシステムでどうこう出来る問題じゃないと思うんだが、あくまで眼鏡も“装備”だから自動的に水滴が振り払われるのか? 考えても分からないな。

 まあ、遠くの景色を含めて露天風呂を楽しんでいるセイヤにこれ以上質問するのも悪いか。一先ず俺も深く湯船に浸かった。


「すっかり匂いは取れたな。元の世界だったら風呂に入ったりしたところで二、三日経っても消えなさそうな悪臭だったんだけどな」


「それ程までに露天風呂の効力が上がっているんだろうね。匂いの根元は鼻の嗅細胞……浄化された事で匂いも浄化されたって事かな。元々の露天風呂の効力か、疲れも無くなった。それに寒さも感じない。体力は元々減っていないから分からないけど、何はともあれ色々と良い方向に転がっているみたいだ」


「ハッハ! ここを支部にしたら人気の観光名所になりそうだな!」


「そりゃ良いな。北側とライト達の“ギルド共同観光温泉”的な感じだ!」


「ハハ、なんだよそれ。けど、確かにただクエストとかを受注するだけの支部じゃなくて、この世界でも戦闘以外の楽しみを与える空間を作るのはありだな」


 旅館を兼ねたギルドか。それは中々悪くないアイデアかもしれないな。

 元の世界の観光地や建造物がいくつ残っているのか分からないが、形があれば再利用も出来る。ま、その土地の所有者は誰なのかとか、そもそも国会みたいな国という上層部があるのかも分からないから勝手に改造する事は出来ないんだけどな。


「へえ! 良いじゃん! 温泉ギルド! 私も賛成だよ!」


「ハハ、ソラヒメも賛成か……って、ソラヒメ!?」


「「……っ!?」」


 声のした方を見るとソラヒメが壁から乗り出しており、俺達の会話に参加した。

 見せているのは顔と肩だけだが、微妙に谷間も見え、その下にはタオルを巻いていないのが分かる。ラディンとツバキは二度見して何かを噴き出していた。


「ちょ、ちょっとソラヒメさん! その案には私も賛成ですけど、何でわざわざ顔を出すんですか!?」


「貴女って人は……」


「えー? だって会話をする時はちゃんと相手の目を見なくちゃ! 失礼だからねぇ。それと、この壁くらいなら今の私の身体能力ならひとっ跳びだよ!」


「確かに相手の目を見て話すのにも同意ですけど、羞恥心とか無いんですか!?」


「本当ですわね。殿方に見られると恥ずかしいものだと思いますよ……」


 壁から覗くソラヒメに対して向こうではユメとエビネの声も聞こえる。

 流石に下方からであり、二人は乗り上げて来ないが、声の位置からしてユメはソラヒメのすぐ下に居るのか。壁一枚の先にユメ……いや、何を考えているんだ俺は。イカンイカン。もはやただのストーカー思考になっていたぞ……。エビネは少し遠い位置。湯船にいるままかな。


「羞恥心はあるに決まっているよ。だけど、温泉と言ったら“覗き”は外せないイベントでしょ!」


「それ、普通立場上逆ですよ……」

「そもそも外せるイベントです……」


 下方に居るユメと少し離れた場所に居るエビネに向け、ソラヒメはグッと親指を立ててサムズアップをした。サムズアップは中東とか西アフリカ、ブラジル以外の南アメリカでは悪いジェスチャーらしい。と、今の状況があまり飲み込めず関係ない事柄が脳裏をよぎる。

 そんなソラヒメに対して二人がツッコミを入れていた。

 確かに覗きは普通、俺達男性陣がするものだ。いや、普通はしちゃダメなんだが、その普通はあの普通と違ってそう言う普通ではない。

 何はともあれ、俗に言う定石を取り違えているな。ソラヒメ。まあ、ソラヒメの場合はわざとの可能性が九割九分九厘だけど。


「まあまあ! それは良いとして! また新しい目標が出来ちゃったね! ここが誰の土地かは分からないけど、今回の世界が元に戻るまでは使っちゃって良いんじゃないかな?」


「それも良さそうだな。本来は駄目なんだろうけど、元の世界に居た全ての人がプレイヤーになって“NPC”が国を経営するこの世界……戻すにしても、そう言う場所も必要だ」


 所有者が居た筈なので勝手に改造は出来ないが、この世界ではどうか。誰も所有していない土地は国が保管するらしいが、もはや国も機能していない。

 何はともあれ、一時的。この世界が戻るまでなら良さそうだ。


「……って、ソラヒメはいつまで覗いているんだよ。湯気で多少の熱気はあるかもしれないけど、湯冷めするかもしれないぞ?」


「アハハ~。ライトは優しいねぇ。それなら一緒に入る?」


「何がどうしてそうなった。ハッ、悪いが、俺はソラヒメの揶揄からかいに乗らないぜ? 今日の俺は一味違うんだよ」


「前は私の裸を見て興奮したのに?」

「……っ。そ、そこを掘り下げるなよ。あれはアレだ。そう、不可抗力!」

「アハハ~その様子、思い出したんだ。私の身体……今の壁一枚の先がそれだよー」

「……ッ!」


 その言葉に思わずソラヒメから目を逸らしてしまった。いや、まあ壁があるので完全には見えずなるべく見ないようにはしているからセーフ。


「やれやれ。ソラ姉。その発言は痴女のそれだから止めておいた方が良いよ」


「アハハ~。相変わらずクールだねセイヤは! 分かったよ。じゃあ、また後でね~」


 それだけ言い、ソラヒメが壁から降りる。やっぱりセイヤはソラヒメの抑制に慣れているな。いや、俺が乗せられやすいだけか。

 何はともあれ、落ち着いたならそれで良いか。良いな。助かった。

 ソラヒメが男湯を覗くという行為はあったが、一先ず落ち着いたので俺達は改めて寛ぐのだった。



*****



 ──“廃旅館・2F”。


「さて、次は二階か。この辺りから客室も出てくるな」


「そうみたいですね。今更ですけど、本当に心霊スポットにでも来たような感覚ですよ……薄暗くて不気味です……」


 露天風呂から上がった俺達はまだ少し火照っている身体で階段を上り、そのまま二階へとやって来ていた。

 パーティはさっきと同じ。俺、ユメ、ラディンにエビネの四人パーティだ。

 ここには幽霊型のモンスターも居るのでソラヒメ達にこのままで良いのか訊ねたが、曰く「大丈夫! 私達も遭遇したけど、何か倒せたから!」との事。

 その何かを聞いたら、雷属性を付与した拳で殴り付けたらそのまま消滅したらしい。

 やっぱり効果的なのは属性攻撃か。

 因みに水龍はずっと露天風呂でのんびりしている。今後召喚して縛ったりはしない予定だ。


『ァアア……』

【モンスターが──】

「“炎剣”!」

『アァァァ……』

【モンスターを倒した】


 また幽霊型モンスターが現れたな。炎の木刀で切り裂いて消し去った。客室というだけあってここから更に増えそうだ。

 レベルは42。一階の奴より少し高いな。一階な時もあれ以降に何度か出会ったが、基本的にLv40台は居なかった。階層を上がるごとにレベルも上がるのかもしれないな。


「属性付与攻撃なら木刀でもやれるか。あまり“SP”も使わないし、二階も簡単に突破出来そうだな」


「急にドーン! って感じで出てこないのは良いですね。ビックリ系ではないので冷静に対処出来ます」


「ハハ。まあ、フィクションみたいにわざわざ驚かす演出で出てくる幽霊が居たらそれはもはや芸人だしな。実際の幽霊は急に驚かせには来ないみたいだ。あと、フィクションは音を後から追加出来るし、無音の現実なら何か居るって感想しか残らないか」


「本当にそうですね。幽霊特集の番組とかが怖かったのはBGMが主な理由なんでしょうか?」


「そうかもしれないな。幽霊の見た目の感想で怖いって中々出てこないしな。人間なら見た目が怖い人も割と居るけど幽霊は見た目自体はあまり怖くないや」


 探索しながら進んでいるが、特に発見も無いので雑談が多くなる。今回は幽霊談義だな。

 ある物と言えば壊れたふすまに障子。ボロボロの畳と一階のスタッフルーム付近にあった物と変わらない。まあ、造りが造りだから仕方無いと言えば仕方無いな。

 廃墟になる前は同じ間隔の部屋が並ぶ事で“和”特有の静なる美があったんだろうなと改めて思う。


「しかし、和風か。何百年か前はこの光景……荒廃していないこの光景が当たり前だったって考えると思うところもあるな」


「国特有の光景はもう既に失われてますものね。この国のみならず、全世界でその様な……教科書に載っているような光景は見る影もありませんからね」


 周りを見渡せば情景が思い浮かぶ。世界中から過去の光景は消え去っているからな。こう言った感情をノスタルジーって言うんだっけ。

 けどまあ、俺達が過去に幻想を抱いているだけで当時も当時なりの苦労はあったんだろうけどな。手の届かないものに憧れを抱くのは人としての心情なのかもしれない。


「ハッハ、中々のロマンチストだな。ライト! 嫌いじゃないぞ、そう言う感情!」


「フフ、私も嫌いではありませんわ……。その時に存在した者にしか分からない過去の情景。考えると何とも言えない感覚に陥りますからね……」


 今は存在しない過去の痕跡。ラディンやエビネもそれに対する感情を分かってくれた。

 人は未来に進もうとしているが、過去も追おうとしている。随分と欲張りな生き物だが、そこから色んな世界に広がるんだろうなと染々思う。


「さて、ノスタルジーな気分も良いけど、そろそろスピードを上げて探索するか。本当にギルド支部にするなら、内装を詳しく知る必要もあるからな!」


「はい!」

「ウム!」

「勿論!」


 話を終わらせ、探索に戻る。と言っても元々探索は続けていたが、少し速度を上げるという事だ。

 ここは城ではなく、あくまで和風旅館。なので最上階でも三階くらいまでしかない。同じような光景と同じようなモンスターが続くが割と簡単に突破して二階を打破した。



 ──“廃旅館・3F・最上階”。


『アァアァァ……』

【モンスターが現れた】

「また幽霊か。レベルは……46。そこそこ高いな」


 そして到達した最上階の三階。二階ではソラヒメ達と会わなかったな。まあ、探索ルートがあるからそう言う事もあるだろう。

 そんな三階に居るのはLv46の幽霊型モンスター。これが最大レベルか? Lv38と始まってLv42からLv46。幽霊だからか偶然か、4ずつ上がっているな。何となく不吉な感じだ。

 4は死を連想するから不吉ってよく言われている。確か、日本と中国を始めとした漢字文化がある国では漢字で伝わるからそう考えられているんだったな。


『アァァ……』


 ともかく、さっさと片付けるか。


「“水剣”!」

『アアア……?』

「……あれ?」


 放ったのは水の属性を付与した通常スキル。だが、幽霊型モンスターは反応を示さなかった。

 おかしいな……幽霊は水場に集まりやすいって言われているから効かないのか?


「ライトさん! “ファイア”!」

『アァァ……』


【モンスターを倒した】


「お、悪いな。ユメ!」


 しかしそんな幽霊型モンスターはユメの炎魔法によって消滅した。

 効く属性と効かない属性もあるみたいだな。また一つ勉強になった。今後使う知識かは分からないけど。

 それから俺達は三階も探索する。しかし相変わらず得られる物は無し。アイテムの一つくらい落ちていてくれても良いのにな。何もないのか。そうこうしているうちに三階の最奥へと到達した。


「あ、ライト達だー!」

「お、ソラヒメ。数十分振りだな? 成果は……無さそうだな」

「そうだねぇ。中々見つからないや。……って、一階でも同じようなやり取りをしたっけ」


 当然そこにはソラヒメ達のパーティも来ていた。まあ当たり前か。残る一部屋。平等に分断しての探索なので、慌てたり必要以上に急いだりしない限り同じ時間で辿り着くものだ。


「ここは……大きな襖が扉か。なんか、ありそうだな。そう言うアレが」


「見るからに怪しいもんね~。露天風呂の時とはまた違った感覚~」


「そうですね……実際、嫌な気配も感じます……魔法使いになったからでしょうか……気配がより強く感じるというか……」


弓使い(アーチャー)の僕は気配には鋭い方だけど、ユメのような気配は感じないな……本当にユメだけが特別みたいだ」


「ふむ……エビネ。エビネはどうだ?」

「はい……何かを感じます……」

「成る程な。つまり職業によって感じる気配は違うみてぇだ。俺は特に何も感じない。何となく嫌な気配ってのは分かるけどな」


 魔法使いであるユメと、巫女であるエビネがより強く感じる気配。つまり、そう言った類いの何かがこの奥にあるって事だ。

 取り敢えず、開けてみなくちゃ分からない事だな。


「それじゃ、開けるぞ?」

「はい……!」

「オーケー……!」

「ああ……!」


「ウム……!」

「よしきた……!」

「ええ……」


 最終確認を取り、俺は両腕で勢いよく二つの襖を引き離して開放した。



*****



『──ウアァアァアァァ……』

『──ゲギャギャギャギャ!』


【モンスターが現れた】


「やっぱり何か居たか……!」


 そこに居たのは、先程の幽霊型モンスターよりも巨大な白い幽霊と、全身が黒く、先端が三つに分かれた槍の武器を持った悪魔のような存在。

 成る程な。この二体が居たから関連性が深いユメとエビネが反応を示したのか。何はともあれ、ほぼ確実に、十中八九この廃旅館の主だろう。

 廃旅館の探索。その最上階。俺達七人は二つのモンスターと相対するのだった。

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