ステージ5-5 水龍
『ビュギャアアアァァァァッ!!!』
「まあ、先ずやるべき事はステータス確認だな……」
「はい……!」
龍がまだ威嚇して吼えている隙に、俺達はその龍のステータスを確認した。
『水龍──“Lv65”』
「Lv65の水属性龍か。マウンテン・クロコダイルと同じくらいだな」
「私達にとっては低い相手ですけど、油断は出来ない相手ですね……」
「レベルの差は何度も覆ってきたし、水龍が進化モンスターの可能性もあるからねぇ」
「実際、ゲーム内じゃ大きさによる差はあまり感じないけど、現実で目の当たりにするのは違うからね。相手の方がレベルが低くても、威圧感はある」
「我らにとっては普通に強敵だな。Lv65。一撃でも受けたら致命傷だ……」
「そうだな。即死は無いにせよ、気を付けて戦わなくちゃならなそうだ」
「今回のみならず、ゲームオーバーがそのまま死に繋がるこの世界……他のモンスター達も常に気を付けなくてはなりませんけどね……」
水龍。Lv65。俺達にとっては問題無さそうな相手だが、ラディン達にとってはかなりの強敵。
そしてソラヒメの言うように進化モンスターの可能性も考慮した場合、Lv50以上のモンスターは全てが油断出来なかった。……いや、何ならLv1から全てのモンスターが油断出来ないな。この世界に置いての進化モンスターの法則が“AOSO”とは少し違うかもしれないからな。
少なくとも“AOSO”……アナザーワン・スペース・オンライン内じゃLv50からLv500に上昇する進化モンスターは居なかった。まだまだ知らない事ばかりだな。
『ビュギャア!』
「仕掛けてきたか……!」
考えている直後、水龍が高圧で水を射出して仕掛けてきた。その水が足元の敷石を切り裂き、そのまま壁も切断した。
多分まだ何のスキルも使っていない通常攻撃。小手調べだろうな。
「進化するかは分からないけど、少なくともこのレベル差なら……簡単に倒せる!」
『……!』
露天風呂の敷石を踏み込んで跳躍し、木刀で殴り付けて水龍の身体を吹き飛ばした。
殴り飛ばされた水龍はそのまま露天風呂内へと落下し、大きな水飛沫を上げる。
見れば水龍の体力が残り僅かにまで減少していた。
「一撃でこのダメージか……我らが警戒するまでも無かったみたいだな」
「その様だな。Lv65を簡単に追い詰めるなんて……」
「何だか逆に申し訳無くなってしまいますわね……私達は何もせずに戦いが終わりそうなんて……」
今の水龍自体は大した相手じゃない。今の一撃でそれを確信した。
そうなると、残る問題は倒した後にどうなるかだな。ボスモンスターじゃないなら進化しないか? いやでも通常モンスターでも進化する種は居るからな……。
『ビュギャア……!』
「……!」
次の瞬間、倒れ伏せた水龍が露天風呂から起き上がり、鈍色の水を吐き出した。それが一気に全身に降り掛かる。
マジかよ……匂いもキツい……汚いな。俗に言う汚水だ。動きを封じるつもりか……?
【スキル“汚水”】
「そのまんまだな……」
「うっ……臭います……」
「くっさーい!」
「この寒さも相まって精神的に参るね……」
「口から吐き出されたが冷水だな……うむ、寒い……いや、今回の場合は仮に温水でもすぐに冷えてしまうか……」
「寒くて汚いって最悪のスキルだな……」
「うっ……吐き気が……」
案の定、それはスキルの一つらしい。
感覚が現実に基づいたこの世界ではそのスキルがかなりの威力のあるものと化していた。
あらゆる汚物が更に腐ったかのような悪臭。水による寒さの上乗せとキツい匂い。胃液か? それなら吐瀉物……うっ……こればかりは強化された身体能力でも意味がないな……。オエッ……。
『ビュギャア!』
「……またか……!」
次いで暴れ出し、露天風呂近くの地面に水を掛けて泥を形成。泥の波が汚水によって汚れた俺達の肉体を飲み込んで更に汚す。
ダメージは無いが、俺達の身体は悪臭に覆われ泥で汚れてしまった。何だよこの龍……。
「クソッ……! 龍ならもっと神秘的な攻撃をしろよな……!」
「ある意味ではこの廃旅館に合っていますけど……ダメージがほぼなくてもキツいですね……」
「泥も寒いね……風と雪が当たってより冷える……」
「このまま悶絶させて動きを止めようって魂胆なのかもしれないね……戦闘向きの龍というより、逃走に特化した龍みたいだ……」
「闘争心ではなく逃走心が高いのか……ううむ……確かに我らにもダメージは殆ど無いが、大ダメージを負うより苦痛だな……俺のせっかくの装備も泥塗れだ……」
「ラディンはお洒落に気を使っているからな……と言っても、装備とはいえ衣服が汚れるのは俺も思うところがある……」
「そして何よりこの匂いですわ……。汚水と泥。二つの匂いが絶妙に混ざり合ってより際立てています……」
正直言って、俺達はかなり参っていた。これなら少し強いボスモンスターと会っていた方がまだマシだ。
しかしながら一向に攻撃は仕掛けて来ない。攻撃らしい攻撃と言えば最初の高圧射出の水による通常攻撃くらいだな。本当に逃げる事に特化した龍種って感じだ。
「逃げに特化した龍……考えてみればこの場所も滅多に人は来ないだろうし、水場があるから棲み家にも困らない。食事はその辺の小型モンスター……あまり戦闘を好まない水龍にとっちゃ理想の場所だ」
「野生で生き延びるのも臆病な存在ですしね……ここを巣にしていたから廃水汚水を攻撃に用いるようになったのでしょうか……」
「モンスターがモンスターを倒してもレベルが上がるから、こんなにレベルが高くなったのかな?」
「そう考えると、僕達は侵略者みたいなものだね。勝手に僕達が入り込んで来たから迎撃している……そんな水龍を倒すべきかどうか」
「ウム……そうなるとやりにくいな……」
「ああ、勝手に侵入して侵略か……どっちが悪か分からない。いや、そもそもこの水龍は悪という感じでもないしな」
「迷いますわね……」
向こうは被害者のようなモノ。果たして本当に倒すべきか悩みどころだ。
最初に仕掛けてきたのは向こうだとしても、自分の領域に侵入されたら排除しようとするのは当然の姿勢。しかもそれが害のある存在と来た。
人間も自宅に侵入したハエや蚊は全力で殺生を試みる。巣に侵入するという事は、それだけで死罪という事だ。
しかし追い込んでしまった手前、どう対処するか。
「……! そうだ、これならやれるかもしれない……!」
「ライトさん?」
そして、一つの方法を思い付いた。
あまり戦いたくない相手に対してこの方法は有効的だろう。
結果的には万事解決という訳にもいかないが、少なくとも今は穏便に済ます事が出来る。
「──魔神操獣・“捕縛”!」
『……!』
次の瞬間、俺の身体から細長い縄のような物が放たれ、水龍の身体を拘束した。
そう、これは獣使いの必殺スキル“捕縛”。
俺は昨日、殺人を犯した。それによって新たなスキルを複数入手してしまった。そのうちの一つがこの獣使いの“捕縛”である。
縄が絡まった水龍は始めは藻掻いていたが徐々に力が無くなり、数分後には完全に停止。そしてそのまま光の粒子となってどこかに転送された。
【モンスターを捕らえた】
「……。成る程。こんな声が聞こえるのか」
「……?」
そして俺の脳内にはモンスターを捕獲した事を表す声が聞こえる。見た感じユメ達には聞こえていないみたいなので、捕らえた本人にしか分からないようだ。
当然、ライフの時がそうだったように経験値も入らない。
「ライトさん……今のはライフの……」
「ああ。“獣使い”の必殺スキルだ。弱らせたなら捕縛する事が出来る。本来なら自らで操らなきゃいけないんだろうけど、“召喚師”のスキルも使えるから敵意が無い状態でさっきのまま放てる。──神獣召喚・“召喚・水龍”!」
『ビュギャアアアァァァァッ!!!』
そう言い、俺は水龍を改めて召喚した。
水龍は一回だけ大きく吠えた後に細長い身体をくねらせ、俺達を見下ろすように静かに佇む。敵意は無くなっており、臨戦態勢からも脱した様子だ。
ある種の洗脳だな、これ。さながら獣使いは調教師で召喚師は催眠術師みたいなもんか。
「これでもう問題無くなったな。後は……この身体を何とかしたいな……」
「匂いは継続していますもんね……」
「汚れちゃったね……私達……」
「ソラ姉。誤解を招くような言い方は止してくれ……」
「ううむ……確かに……何とかしたいな」
「このままの姿で残りの階層を探索はしたくないな」
「同意見ですわ……」
俺達の身体は今もなお、先程のスキルによって匂う。それはもう、息をするのも辛い程にな。
何とかしてこの匂いを取りたいけど、一体どうしたものか……。目の前には露天風呂もあるというのに既に汚水。浸かる術無し。
「……! そうだ。水龍は水を司る筈……ここが廃旅館だったから今回の水攻撃は汚れていたけど、本来の水龍にはそれを浄化する事が出来るんじゃないか?」
「……! 成る程……確かにそうかもしれません!」
「水の浄化……あ、そう言うこと! それでこの露天風呂を浄化して汚れを落とそうって事だね!」
「ああ、そう言うことだ。ここをギルドの支部にするなら温泉があっても問題は無い筈だからな」
「へえ、良いじゃないか。この世界なら温泉の効能が元の世界より上昇していてもおかしくない。疲労回復と体力回復みたいな効果はありそうだね」
「ふむ、ギルド支部予定のこの場所に憩いの場を作る……悪くない」
「確かに良いかもな。俺達の民族は基本的に綺麗好きだからな」
「フフ、私も賛成です。あまり汚れない世界ですけど、お風呂に入れるのは嬉しい事ですからね」
『ビュギュ?』
思い付いた俺の提案にユメ達もピクリと反応を示す。しかしその事には全員が満場一致で賛成のようだ。
水龍は何の事だか分かっていない様子だが、ここを綺麗にするとなれば理解して協力してくれる事だろう。
「ここがゲームの世界なら、基本的に言葉が通じない筈の動物にも言葉が通じるよな……えーと、水龍。ここを綺麗にしてくれないか? 俺達は──」
俺は先程の事を軽く説明した。
元の世界で言うことを聞く動物は人間の言葉が分かる訳ではない。
飼い主が主であると教えるというのは立場上自分が上であると知らしめす事で他者に危害を加えぬように大人しくさせる為。芸などをするのは特定の行動をする事でその主が喜ぶから。言葉の意味を理解している訳ではないのだが、感情などは読み取れる。
しかしこの世界では飼い主が居る動物は人間の言葉を理解しているだろう。それがゲームの世界という訳だ。
『ビュギュー!』
俺の説明を聞いた水龍は大きく反応を示す。それは威嚇などではなく、今回の事について納得してくれたようだ。
水龍は大人しく暮らしていたみたいだが、別に他者が嫌いという訳ではない、ただ単に侵入者に驚いただけ。つまり今回の件で安全が保証出来るなら別にギルド支部になっても良いようだ。……あれ? 何で俺水龍の考えている事が分かるんだ? これも獣使いや召喚師の能力の効果か?
『ビュッギュー!』
「うおっと!」
「きゃっ……!」
「わわっ……!」
「……!」
「む?」
「おっと……」
「あら?」
その瞬間、水龍は身体を回転させ、露天風呂の水。湯を巻き上げた。
それによって湯が渦巻いて天に昇り、汚水だった露天風呂は見る見るうちに浄化されて透き通るような美しい温泉に戻った。
成る程な。その気になれば棲み家の水を綺麗にする事は造作も無かったという事か。
数分後、露天風呂から濁りが完全に消え去り、湯気が立ち上る。空から舞い降りる雪も相まり、露天風呂らしい光景が生み出された。
【スキル“浄化水”】
「……成る程。これもスキルか。確かにこんな超常的な力はスキルだよな」
どうやらこれも水龍のスキルだったらしい。まあ、考えてみたら当然だな。
見れば壁を隔てた向こうからも湯気が立ち上っている。つまり露天風呂を全体的に浄化したという事。広範囲の水源浄化など水属性に特化した存在のスキル以外じゃ考えられないな。
「ま、取り敢えずこれで身体の汚れを落とせるな。元々が旅館ってだけあって男湯と女湯に分かれているみたいだ」
「今は寒いですし、丁度良いですね。汚れも落とせて温まれて一石二鳥です!」
「早速入っちゃお!」
「ソ、ソラヒメ!?」
「ソラヒメさん!?」
「……。ソラ姉。ここは確かに露天風呂だけど、ここではまだ脱がないでくれ」
「む……ここは目を綴じるのが漢としての礼儀か」
「そうか?」
「貴方も目を綴じて下さい」
テンションが上がったソラヒメはこの場で衣服に手を掛けた。もとい、設定によって着ている衣服を脱ごうと試みた。
この場で脱いだらただの痴女だ。俺とユメは焦り、セイヤは冷静に対処する。ラディン達も対応は様々。
何はともあれ、浄化した露天風呂。俺達七人は身体の汚れを落とす為、男女で分かれるのだった。




