ステージ1-7 戦士の墓場
「そらよっと」
『ギャ……!』
剣を振るい、それによって切断されたモンスターは短く鳴きながら絶命する。それと同時に星川のレベルが上がり、俺のレベルも上昇した。
「流星さん、回復します!」
「ああ。ありがとう、星川」
今現在、俺と星川は“戦士の墓場”の奥地に居る。入り口付近から暗かったが、奥へと進むうちに更に暗くなっており、荒れた岩肌からなる壁が俺達を見下ろすように立ちはだかっていた。
明かりは天井に空いた小さな穴から射し込むように注いでいるモノだけである。まあ、星川の使う光魔法のお陰で視界の確認は容易だ。
此処まで来るとステージ500前後──三桁中盤のボスレベルしか無かった敵モンスターの強さも四桁並みに到達している。流石の俺も少し疲れる程だ。
しかしここでかなりレベルの上がった星川が居るので、回復や消耗に対しての対策も出来ている。
成る程な。俺は基本的にソロプレイだが、他のパーティを見ると大抵の場所に魔法使いが居る理由が分かる。光魔法による視界の手助けに回復魔法。その他諸々のサポート役と攻撃魔法による援護。多種多様の魔法を使えるとなると、確かに一つのパーティに一人は欲しいな、魔法使い。
「随分と奥まで来たけど……まだまだ先は長そうだな。モンスターも手強くなってきた。星川もかなりレベルが上がったから多少は戦えるようになっているだろうけど、気を付けろよ」
「はい。けど、私は基本的にサポートしかしていませんね……それが一番の適役なのでしょうけど、やっぱり思うところはあります……」
「ハハ、それは悪かったな。けど、これが終われば星川のレベルはそのままで“AOSO”をプレイ出来るんだ。もしかしたら他のパーティに誘われてリーダー的な立ち位置になれるかもしれないぜ?」
「そ、そんな……けど、ありがとうございます。励ましてくれて」
ゲーム開始から数時間。外の世界ではとっくに日も暮れている事だろう。何か異変があれば同じ“管理者”の夜勤組みが何とかしてくれると思うが、何も無いって事はまだ来ていないのか? いくらなんでも遅過ぎる気がするな。
「しかし、本当に何も起こらないな。管理者の部屋には誰も居ないのか?」
思わず口に出してしまう俺。あまりにも反応が無いんだ。仕方無いだろう。
呟くように言ったその言葉が聞こえていたのか、隣の星川も頷いて返す。
「そうですね。確かにあまりにも反応がありません……。何かに気付く方が居れば助けが来てもおかしくない状況ですし……。あと、流星さん。私、一つ気に掛かる事があるんです」
「ああ、それは俺も思った。……何でモンスター以外誰も居ないんだ?」
俺の言葉に星川が無言で頷く。他の管理者が来ない理由はそれなりに思い付くが、いくら高難易度のステージだからといっても全世界の七割がプレイしているこのゲーム。“始まりの草原”から“戦士の墓場”まで人っ子一人も居ないのが気に掛かった。まるで、俺と星川以外のプレイヤーが隔離されたような、そんな感覚だ。
(……考え過ぎか?)
途中まで考え、思考を切り上げる。余計な事を考えても仕方無い。例え何かの陰謀に巻き込まれていたとしても、この仮想空間の世界から現実の世界に戻らなければ意味が無いからだ。
何はともあれ、今は“戦士の墓場”から抜け出して管理者用の部屋に移動する事が最優先。“何かあるかもしれない”という事については、いつ敵モンスターが現れるか分からないこの場所では無く、安全な現実世界で考えた方が良さそうだからだ。
「うし、早いところ抜け出そう。今のところ何も問題は起こっていないけど、もしかしたら既に何か起こっているかもしれないからな。事実、偶然かどうか分からないけど、このステージに他のプレイヤーが居ないしな」
「はい。異変ならば私達が意図せずにこの場に居る事自体が異変ですし、止まっている訳にも行きませんからね」
“戦士の墓場”を先に進む俺と星川。それなりに手強いモンスターも出てくるが、致命的なダメージは受けていない。それなりに順調な道中を進めていた。
『ギャア━━━━ッ!!!』
「……!?」
「流星さん!」
──筈だった。
【モンスターが現れた】
突如として現れた、ドラゴンの形をした──Lv10000のモンスター!?
いや、有り得ない。その形がでは無く、そのレベルがだ。いくら奥に進むに連れてレベルが上がり、今出てくるモンスター達がステージ四桁並みのモンスターだとしても、本来ならばLv3000~5000が関の山の筈。その倍以上のレベルであるモンスターなど、あってはならない。
『グギャアッ!!』
「危ない!」
「……!?」
驚愕し、固まっていた俺の前に飛び出る星川。守護魔法を用いてレベル10000の龍型モンスターが放った攻撃を受け止めるが、レベルに差があり過ぎた。
守護魔法は容易く打ち砕かれ、モンスターの巨腕が星川を打ち抜きステージの壁に吹き飛ばされてダメージを受ける。同時に鈍い音と共に星川の頭上に表れる“GAME OVER”の文字。たった一撃。それだけでかなりレベルの上がった星川がやられてしまった。星川の身体が光の粒子となり、消え去る。
「流星さん……! 後は任せます……!」
「あ、ああ!」
星川が消える前に、力強く俺に言う。それに返す俺は動揺していた。
いや、大丈夫だ。大丈夫。このゲームはゲームオーバーになるとランダムでゲーム内の何処かに現れるか、強制ログアウトが行われるだけ。何も心配は要らない問題無い。何も……。
しかし何故か嫌な予感がする。言葉で表すのは無理だが、嫌な予感がするんだ。何かが抜け落ちるような、そんな予感が。そんな訳ある筈が無いと分かっているが……。
『ギャアアアァァァァッッッ!!!』
「……ッ!!」
耳を劈くような絶叫。ゲーム内なので鼓膜が破れる事は無いが、聴覚などのような五感はゲーム内でも健在。その五月蝿さに思わず怯んでしまった。
ゲーム経験豊富な俺には分かる。いや、初心者でもそのレベルから分かるだろう。コイツはヤバい。始めから全力で挑まなければ、容易くゲームオーバーになってしまうだろう。
「──伝家の宝刀、“星の光の剣”!!」
空間から剣を取り出すと同時に光輝き、俺自身の能力が大きく膨れ上がる。何倍かは分からないが、確実に百倍は容易く超越している事だろう。
「一気に決めるぜ!!」
気を紛らわし、気合いを入れる為に掛け声を叫び、俺はLv10000の龍型モンスターに光の速度で直進する。一瞬にして距離を詰め、畳み掛けるように剣尖を振るうった。
縦斬りと思えば横斬り。斜めに振り下ろしたと思えば突きを放つ。敵が反応し切れない程の速度で斬り付け、回転斬りを放って停止する。
『ギャアアアァァァァッッッ!!!』
「ッ! まだか……!」
流石はLv10000。一筋縄では行かないようだ。先程だけで数十回は斬り付けたのだが、相手の体力ゲージは一割も削れていない。まだまだ余裕のある態度で俺を見ていた。
ハッ、上等だ。星川の仇、コイツを倒した後で戦利品を手に入れて討ってやる。多分どこかに居る筈の星川にその戦利品を渡した後、「簡単に倒してやったぜ」ってしたり顔で言ってやるよ!
「伝家の宝刀──“光速連鎖”」
剣の輝きが増し、俺の身体が自然と動く。最善の手を見出だし、Lv10000の龍型モンスターへと立ち向かう。
「光の速度で終わらせてやる!!」
『ギャアアア!!!』
俺の声に反応するかのように、ドラゴンも高らかな咆哮を上げた。
次の刹那に俺はドラゴンの身体を百回は斬り付けており、次に両腕に二百発。次いで両足に二百発。両羽に二百発ずつ。頭に百発。まだまだ続ける、光の連鎖。俺は更に加速し、首に千発。胴体に三千発。全身に四九九九発。ここまでの合計、九九九九発。無数に放った剣は残り一発。
「光の一撃ィ!」
『ガギャアアアァァァァッッ!!!』
駆け抜け、ドラゴンの頭から尾に掛けて身体を一閃。遅れて攻撃数のカウントが始まり、昼間の首謀者を相手にした時のようにヒット数上限の九九九九をオーバーフローし、“ERROR”の文字が記される。
ドラゴンの体力ゲージは一気に減り、残り二割程となった。
てか、まだ倒れないのか。
いや、Lv10000のモンスターを相手に、たった二回の必殺技で八割削れたなら上々だろう。厳密に言えば“星の光の剣”は自身の肉体強化だから“光速連鎖”しか必殺技らしい必殺技じゃないが。
取り敢えず、一応今も“星の光の剣”の効果は継続されている。後少しでこのモンスターを倒せるという事に変わりは無い筈だ。
『ギャアアアァァァァッ!!』
「っと!」
吠え、巨腕を俺に叩き付ける龍型モンスター。光の速度となっている俺はそれを見切って躱し、ドラゴンの攻撃で生じた隙を突いて数十回斬り付ける。体力ゲージはほとんど減らないが、残り二割程ならば一撃も受けずに耐え切れば何とかなるだろう。
しかし当然のように、常に無敵に近い状態になれる訳では無い。制限時間は数分。その数分しか“星の光の剣”は持たないのだ。そのうちにこのお化け体力を持つドラゴンのゲージを二割も削るとなると、かなりの労力を消費する事となるのは間違いない。
「オラァ━━ッ!!」
となればもうヤケクソだ。数分のうちに倒さなければならないのなら、考えている暇も無い。
俺は光の速度で駆け出し、ドラゴンに向かって更なる追撃を仕掛ける。正面から斬り付け、巨腕や尾が振るわれるのならば跳躍して躱し、それらに乗って斬りながら進む。腕の上で跳躍して頭を斬り、着地と同時に身体へ剣を突き刺す。そのまま真っ直ぐ進んで斬り抜け、振り返りながら斬り付けて狙う。この状態で既に数百回は斬っているが、まだまだゲージは減らない。腰の剣も抜き、二刀流となって光の速度で連続して嗾ける。
二刀流となった事で速度はそのまま攻撃数が二倍になっており、十回の攻撃が二十回。五十回の攻撃なら百回。百回の攻撃なら二百回の回数と同等になっていた。
「はあ、まだか……!」
『ギャアアアァァァァッ!!』
これだけやって残り二割のゲージがようやく一割減ったが、数千回は攻撃しているのにそれしか減らせないのは中々堪えるものだ。光の速度で攻撃をしているので時間的には数秒程度だが、肉体的な疲労がある。
このゲームは、そういった疲労なども感じる事が出来るのだ。
例えば携帯ゲームもVRも問わず、ゲームに置いてようやくクリアしたという事柄には程好い疲労が達成感を生み出す要因となっている。それを再現する為、その様に設定されているのだ。それはあまりに没頭し過ぎて私生活を疎かにさせない為の抑制も兼ねている。
だがしかし、今回ばかりは達成感を得るよりも疲労が勝りそうだな。結構……いや、かなりキツいな、これ。
『グギャアアアァァァッ!!!』
「休ませてはくれないか!」
少々疲労を覚えた俺に向け、残り体力の割に疲労など感じていない雰囲気のドラゴンが炎を吐き付けて嗾ける。俺はそれを跳躍して躱し、壁を蹴ってその反動でドラゴンに向かう。光の速度で動けるのもあと僅か。基本的に“光速連鎖”だけで何とかなっていたが、“星の光の剣”に合う他の必殺技も練習しておくんだったと今更になって後悔する。
通常のままなら使える“伝家の宝刀”も多数あるんだが、今の状態で使える技は一つだけだ……。
うん。俺はこの戦いが終わったらもう少し特訓しなくてはならなそうだ。まだ強くなれる。強敵が相手でも、怯まずに向かえばきっと倒せるからな。
この戦いを終えて、特訓して更なる力を得るとしよう。俺、この戦いが終わったら特訓するんだ!
──っと、死亡フラグ染みた事を思ってしまったが……まあ今となっちゃもうどうでも良い。勝たなきゃ意味が無いからな。しかもこれはゲームだし特訓=遊びみたいな方程式があってもおかしくない。
疲労を誤魔化す為にも余計な思考をしつつ、壁の反動でドラゴンに近付いた俺は着地する前に切り裂いてから地に足を着け、即座に身体を動かしてドラゴンの視界から消え去る努力をする。一撃食らうだけでも堪らない。残り一割程の相手の体力。死角に移り攻撃を食らわないように気を付けて減らすとしよう。温存していた“SP”も高レベルモンスターとの連戦でそろそろ底を尽きそうだ。この戦闘を終えたら回復しよう。
そう考え、永劫に感じる程に遠い一割を削る為に構える。
『ガアァッ!!』
その瞬間にドラゴンはこちらを見やり、巨腕と尾を俺に放つ。俺はそれを躱し、一度距離を置いて様子を窺う。
「見えているみたいだな。まあ、Lv10000なら普通か……いや、普通か? 気にしなくて良いか……」
確かにかなりレベルの高い奴だが、だからと言って光の速度を見抜けるものなのか?
“AOSO”のモンスターならデータの存在なので俺達のような人間で言うところの視覚はあまり関係ないのだろうが、ゲームのシステムとして命中率などのデータもある。
俺の必殺技である“星の光の剣”は一撃一撃が必殺技並みの破壊力を持ち、それが相手に必ず当たるという事以外にも、俺がさっきやったように回避力を高める効果もある。つまり、光の速度で避けている俺をコイツは見切っているのか? という事だ。相手の反応を見る限り見切ってはいるが、身体が俺に追い付かないといったところだろうか。
「まあ、ゴチャゴチャ考えても意味は無いな。残り数秒。そのうちに全ての攻撃を躱し、一割の体力をゼロにするのが目的だ!」
今一度気合いを入れるように叫び、残り数秒の貴重な時間を有効活用する為にも自身の速度を光の領域に到達させる。泣いても笑っても後数秒という事実は変わらない。だったらその数秒に全力を注ぎ込むだけだ!
「そらそらそらそらァ!!!」
『ガ……ギ……ギャアアアァァァァッ!!』
光の速度で二つの剣を打ち込む。縦に斬り付け横に斬り付け、上段下段左右に斜面を切り裂き中心に突き刺す。
対するドラゴンは俺の動きを予想して狙い、巨腕や巨脚、炎に巨躯の肉体を用いて嗾ける。
上から来る巨腕に剣を突き刺した状態で俺が躱していなし、横から来る尾は跳躍して避ける。同時に切り裂くように剣を抜き、炎を吐こうとしている頭目掛けて落下し、二つの剣をドラゴンの頭に突き刺した。
『ギャアアアァァァァッ!?』
それによって生じた苦痛で大きく揺れるドラゴン。先程までは必殺技ですら堪えた様子が無かったのに突如として反応を示した。
これはつまりと、俺はある事を確信する。それと同時に、腰の剣を戻し一つの剣のみをドラゴンに構えた。
「これで終わりだ!」
残り時間、0.001秒。その時間を最大限に活用し、最後にドラゴンを斬り付ける。正面に居たドラゴンを通り過ぎ、今では側面を斬られたドラゴンが背後に佇む。
次の瞬間には“星の光の剣”の効力が切れた。それと同時に荒い呼吸をしつつ、剣を支えにして膝を着く。
先程までかなり軽かった身体。今では副作用というべきか、その身体がかなり重く感じる。疲労も募っており、心なしか視界も歪む。ドラゴンの体力ゲージを確認する気力すら残っていなかった。
しかし背後から聞こえる軽快なリズム。そして下に表記される【ライトはモンスターを倒した】の文字。その事から、確かにドラゴンを倒したと確信した。
──そして次の瞬間、俺の目には絶望的な事が映り込んだ。
【倒したモンスターが進化しました】
【次いで、“エクストラステージ”に移行します】
その瞬間、目の前で倒れるドラゴンが目映い光と共に姿を変化させた。