ステージ4-10 三頭竜
『『『グルルルルル……』』』
三頭竜が低く唸って威嚇する。
さて、どうするか。正直言って絶望的だ。
俺達は全員が最後に必殺スキルを用いて先程の竜を倒した。つまり、もう既に“SP”は大きく減っている。
まだ空ではなく、必殺スキルも一回くらいなら使える“SP”は残っている。だが、今回の状況を唯一打開出来るであろう“星の光の剣”は使えない。
さっきの竜退治によって全員のレベルも少しは上がっているが、勝つ可能性は限り無くゼロに近かった。
ふと後ろを見れば、扉が開いている。これならまだ何とかなりそうだ……!
「チッ、皆! 俺が囮になる! いつの間にか扉が開いたみたいだ! 早く離れろ!」
「そんな、ライトさん……!」
「ライト君。貴方は残るつもり?」
「ライト君。君は……!」
「ライトさん。危険ですよ。ここは私の方が囮に……」
「大丈夫だ。ユメは先頭。ランスさんは後方。マイさんは中軸の指揮を任せる! ライフさんは自分の命を大事にしてくれ!」
三頭竜は今の状態でとても勝てる相手じゃない。俺なら何撃かは耐えられる筈。皆が逃げる時間を稼げれば“転移”で“トラベル”の街に戻る事も出来る。
分かってくれ。皆。ここは俺が適任だ。
「ライトさん……分かりました。死なないで下さい!」
「ユメ君!」
「ランスさん。ここは二人の意思を尊重しましょう。彼なら今回の状況を打開出来るかもしれないわ。私達は邪魔になるだけよ」
「……っ。何か策があるという事か……」
「おそらくね。彼なら大丈夫」
「おそらくか。そんな理由で置いていくのは気が引けるが……全員を逃がすチャンスが今しかないなら……仕方無いか……!」
「囮なら役立たずの私の方が……」
「そんな事は言うな。ライフさん。さっきも言ったように、自分の命は護らなきゃならない。こんな悪趣味な世界にした首謀者の思い通りになっちゃダメだ。マイさんの言うように、俺には策があるからな。自分の命は大切にしている!」
「……。分かりました。命を大事に。生き延びます!」
話はまとまった。
囮になろうとしている者が命を大切にと語るのは自分にも刺さる言葉だが、俺には生き延びる策があるという体でその矛盾を解消させた。
まあ、実際にギルドメンバー専用アビリティがあるから策と言えるモノがあるしな。行きは道中に様々なモンスターが現れたのでここに来るまで数時間掛かったが、帰り道が分かり全速力で走れる状態なら数十分で入り口に出られる筈。その時間を稼いだら俺も颯爽とお暇させて貰うさ。
「じゃ、気を付けてくれ!」
「ライトさんも! 私はライトさんを信じてます!」
最後に見届け、重鈍な門が閉まる。それを狙っていたのか、辺りがボスモンスター専用の空間になった。
成る程な。今回のエクストラバトルは良心的な方だったか。戦いたくない者は逃がすように出来ていたらしい。……必ず一人を残してな。
つまり一人が残れば全員が助かるって事か。最後のユメが行った瞬間に勢いよく閉まったし、どうやらその通りみたいだな。……全く、かなり有り難い設定だ。
「さて、三頭竜……今回ばかりは三流じゃないけど、やろうか?」
『『『ガギャアアアッ!』』』
言葉が通じているのか通じていないのか。ま、通じていないだろうな。ともかく三頭竜は三つの頭を俺に向けて放ち、俺はそれを跳躍して躱した。
かなりの速度だが、見切れない速さじゃない。石の大地は砕け散って粉塵を巻き上げ、その中から再び三つの頭が俺に向けて食い付いてきた。
「粉塵を煙幕代わりにしたか。頭は回るみたいだな」
その頭を踏みつけて避け、首を滑るように背を伝って降り立つ。正面から尾が放たれたがそれも避け、壁から壁を蹴って三頭竜を翻弄する。
いや、一つの頭が俺を見失っても他の頭が捉えている。残念ながら翻弄は出来ていないみたいだな。
(三つの頭に対して胴体と尾は一つ。足も変わらず四本か。三つの頭で吸収した食べ物や空気は全て一つの胴体に取り込まれるのか気になるな。それに、各々の頭が意思を持っているみたいだけど身体はちゃんとそれに合わせて動くのか……主頭に動きを委ねているのか……。三つの頭を持つ存在はフィクションによくあるけど、こんがらがりそうな作りだな。本当に)
壁から壁に移動し、三頭竜の生態を推測する。
基本的にフィクションの世界では三つの頭を持っていても不自由は無いが、現実ではそうもいかないだろう。
現実世界で近い生き物は脳が九つあるタコとか、遺伝子の異常で産まれてくる結合双生児とかか。
果たして三頭竜は身体を自由に動かせるのか。基本的に肉体は共有しているらしいからな。それでも主に主頭が身体を動かすらしいから、横の二つは身体を使わず頭だけで仕掛けて来る事の方が多そうだ。
それなら生態で言えば足に脳があるって言われているタコが近い。三頭竜にとっての残り二つの頭はタコの足みたいな感じ……って考えるのが妥当だな。タコの場合はそれに伴って脳は小さいが、この竜の頭は全部同じ大きさ。脳の大きさ次第じゃより厄介になるな。
「基本的に逃げの戦いだけど、意思がある三つの頭は厄介だな。簡単に言えばそれだけ死角も少なくなるって訳だし」
『ガルギャア!』
『グルギャア!』
『ゴロギャア!』
生態を推測しているうちにも三頭竜は仕掛けて来る。まだ身体を使った攻撃は尾の一撃くらいしかないが、主に頭を鞭のように使っていた。
やっぱり身体はそこまで自由に動かせる訳じゃないみたいだ。それでも長くて硬く、速い頭の一撃は危険だけどな。
たまに炎も吐いてくるし、重鎮のように佇んでいる身体のハンデなんてあって無いようなモノ。逆に、縦横無尽に仕掛けて来る頭は厄介だな。
(頭は三つ。レベルは150……。ん? 丁度50で計算出来るな。一つの頭がLv50だとすれば三つの頭でLv150なのに合点がいく。もしかして頭一つを倒すのはそんなに難しくないか?)
改めて三頭竜のレベルを考えれば、増えた頭に伴って上昇している。
もしその推測が正しければ一つの頭はLv50しか無いという事になる。それならまだ希望はあるかもしれない。
「……。試しに……仕掛けてみるか……!」
壁に張り付き、そのまま壁を蹴って加速。二つの頭を潜り抜け、中央の頭に木刀を叩き付けた。
「……。どうだ?」
『グ……ガギャア……!』
「……! 効いてるぞ!」
中央の頭が怯んだ。他の頭は変わらず攻めて来るので躱したが、どうやら推測は当たったみたいだ。
三つまとめて倒すのは至難の技だが、一つずつならやれない事も無い。
減った体力ゲージは微々たるモノ。単純に考えて三頭竜の進化前を倒した時の三倍のダメージは必要か。
そう思い、俺は着地した。
「……!」
──その刹那、そこに向けて尾が薙ぎ払われた。
マズイ、このままじゃ直撃──
「……ッ!」
──しちまった……!
一気に俺の体力が削られ、残り体力が僅かにまで減る。
ぐあっ、痛ぇ! 何だよこのイカれたダメージは……! ……ああ、そうか。頭一つ一つはLv50だとしても身体はLv150。つまり軽く払われた尾でも致命的な傷を負うのか……!
この激痛は効く……意識が一瞬遠退いたぞ……疲労回復の為に硬水を飲んで防御力が上がっていたから一撃でやられる事は無かったが、本来なら即死だった。
地味に運が良いな。俺。不幸中の幸いでしか無いけどな……!
『ガギャア!』
『グルギャア!』
『グゴォ!』
「休ませてはくれないか……!」
尾によって尾の届かない範囲まで吹き飛ばされた俺に向け、三つの頭が迫り来る。
後一撃でも受けたらGAME OVER。即ち死。雑魚モンスターの一撃ですら死に兼ねない体力しか残っていない。マズイな……何とかして体勢を立て直したいところだが……!
「“地形生成”!」
『『『……!』』』
ギルドメンバー専用アビリティを用いて三頭竜の動きを止める。しかし止められるのは一瞬。次の瞬間には造り出した地形が破壊され、俺は壁に避難していた。
「“停止”!」
『……!』
『『……?』』
そのまま主頭であろう中央の頭を制止。一つしか止められなかったか。まあ仕方無いな。
主頭が止められたなら身体も止まる筈。この隙をついて先ずは中央の頭を──
『ガギャア!』
「……!」
狙おうとした瞬間、また尾が放たれた。
今度は射程距離より離れていたので当たらなかったが、何故だ? 中央の頭が主頭じゃなかったのか? ……いや、成る程。そう言うことか。
三頭竜は主頭を行動不能にされた場合、他の頭が代わりを担うのか。普通に考えれば分かる事だったな。主頭が使えなくなっただけで動きが止まったら、生きていく事が出来なくなる。人間も同じ。目が不自由だったり耳が不自由だったりする場合、いざという時は他の部位が発達する。
だからこそ完全に倒さなくちゃならないって訳か。
「だったら……“分裂”!」
「「よし! これで行こう!」」
分裂のギルドメンバー専用アビリティを使い、俺を二人増やした。同時に俺と俺が残りの頭に向け、片手を翳す。
「「“停止”!」」
『『……!?』』
そして残りの頭も制止。完全に動きを封じる。
俺達は本体の俺よりは能力も低いが、ギルドメンバー専用アビリティは問題無く使える。
基本的には永続的に止められるが、三頭竜が微かに動いている事からこの世界じゃ止められる時間に制限がありそうだな。早いところ倒すか。
「よし、やるぞ俺達!」
「ああ。けど、俺達のレベルじゃ時間以内に倒せないぞ?」
「ああ。どうするんだ?」
「何も三つに分担させる必要は無いさ。三人で一つの頭を狙って一本でも数を減らすのが目的だ」
「成る程ね。確かにそれなら少しは有利になるか」
「ああ、乗った」
決まったなら事は急ぐべき。一先ず一番ダメージを与えている中央の頭。それを狙って俺達は駆け出した。
「……。やれやれ。そう簡単にボスモンスターを倒されたら堪ったものじゃない。しかも、ギルドメンバー専用アビリティを使うなんてね」
「「「…………!」」」
『ガャア!』『ギャア!』『グャア!』『ゲャア!』『ゴャア!』
次の瞬間、何者かの声が響き、走り出した俺達に向けてモンスターを放った。……つか、何だよこの不自然な鳴き声は……! まるで人造の生き物だ……!
だが、そんな事はもういい。コイツが今回の竜を仕組んだ首謀者か……!
「「チィ……!」」
「くっ……!」
あのモンスターを受け、俺の分身が消え去る。本体の俺は当たらなかったが、危なかった。後一撃でも食らったら終わりだからな!
『『『ガギャアアアァァァッ!!』』』
「……っ。三頭竜も復活したか……!」
次の瞬間に三頭竜も復活。こりゃ今の体力じゃ勝てないな。くそっ。色々と気になるが……もう既に他のプレイヤーは逃げた筈だし、一旦退くか……!
「“転移”!」
「おやおや。消えたか……」
最後に首謀者の言葉を耳に残し、俺はダンジョンの最奥から外へと移動した。
*****
「ハァ……ハァ……。マズイな。先ずは回復だ……」
入り口にはまだ移動しない。転移で移動したのがバレたら大変だからだ。
一先ずは真っ先に飲み物を手に取り、一気に飲み干して体力を回復。頃合いを見計らい、ダンジョンの外へと向かった。
「ライトさん! 無事でしたか!」
「ライト君。無事だったのね」
「ああ。何人か見えない様子だけど、他の皆は?」
「外で待機していてもやる事が無いからってランスさん達は落ちた橋の様子を見ているわ。そろそろ戻ってくるんじゃないかしら?」
どうやら全員無事に脱出できたらしい。それは良かった。しかも外で待っていてくれたのか。
マイさんの言葉とほぼ同時にランスさん。ライフさん、川の様子を見に行っていた他のプレイヤー達も帰って来た。
「おお、ライト君。無事だったか!」
「何よりです」
「ああ。皆も無事で何よりだよ。それで……」
「「……?」」
「「……?」」
改めて周りを見渡す。本当に全員が居る。となると最奥に行く術を持っているプレイヤーも居ないという事。首謀者は待機組の誰かか?
まあいいや。取り敢えず言葉を続けよう。
「さっき最奥で今回の件を仕組んだ首謀者と思われる人物に出会った。顔は隠していたけど、竜を使ってきたし間違い無さそうだ……!」
「「……!」」
「「……!」」
「「「…………!?」」」
俺の言葉を聞き、全員が驚きを隠せない様子。まあ当然か。やっぱり居たって事なんだからな。
「それについて街に戻って話したいと思う。一旦帰ろう」
「……。はい……」
「……。ええ、分かったわ……確かに今聞いたらパニックになりそうだもの……」
「……。ああ、心得た」
「右に同じです」
報告だけはした。詳しく話すと時間が掛かりそうだし、三頭竜が来る可能性もあるので取り敢えず“トラベル”の街に戻って話す事にした。
ユメやマイさん、ランスさんにライフさんのみならず、他のプレイヤー達も同意してくれている様子。ボスモンスターの危険もあるので乗らざるを得ないと言った状況だ。
ボスモンスターからは本来逃げられないが、全員が居なくなった後に逃げられない境界線が現れたので俺がどうやって戻ってきたのかなど、怪しまれる事も無いだろう。
何はともあれ、三頭竜と今回の件の首謀者から逃れた俺は、第一陣の他のプレイヤー達と共に“トラベル”の街に戻るのだった。




