ステージ1-5 リサーチ
資料室から戻った俺と星川は、まだログインはせず一旦現実世界の方の管理者用の部屋に向かった。
そこで俺は“AOSO”内から現実世界に戻っていた仕事仲間の男達に拉致され睨まれていた。
「オイてめぇ。本当に星川さんと何も無かったんだな!?」
「そう言ってるだろ……」
「だったら何故長時間あそこに居た!?」
「それは今から説明するよ。犯人の見当が大体付いたって言っただろ?」
「潔白なんだな?」
「ああ、俺は無実だ。てか、あんな美人なら彼氏の一人や二人居るんじゃねえの?」
「いや、二人はマズイだろ。星川さんはそんな恥女じゃねえ」
「知らねえよ。てか恥女って……何でそっち方面でしか考えられねえんだお前は。普通に仲良い男友達くらい居るだろ」
「お前が彼氏って言ったんだろ!」
「声がデカイ! 近距離なんだから叫ばなくても良いだろ!!」
「お前が言うな!!」
「悪かったな!! ……まあ、浮いた話は聞いた事無いし、彼氏の有無がどうかは分からねえけどな。居ない可能性もあるだろ」
「そうか、それを聞いて安心した」
「俺達にもチャンスがあるという事だ」
「年齢的にアウトだ。後二、三年待て」
内容はまあ、資料を見るだけにしてはかなりの時間星川と居た事に対して。年齢的な意味ならば殆ど同じである俺と星川だからこそ、もしもの可能性を考えられて俺が攻められている。主にソッチ方面で。
全く、欲の塊だな、コイツら。まあ、俺的にもワンチャンあれば良いなとは思っている。男なんだ。美人に惹かれるのは普通だよな、普通。
「ねえねえ、流星君とは何もなかったの? あんなに長い時間二人っきりの個室に居て」
「あ、ありませんよ……」
「本当にぃ?」
「はい。本当です」
「嘘を吐いていない事も?」
「本当ですよ!」
「何かあった事に対しては?」
「本当です!」
「ほら、やっぱり何かあったんだ」
「え? あ、それは違くて……」
向こうでは星川が女性陣に聞かれていた。てかコイツら、いい年して中学生みたいな事してるな。事は思ったよりも深刻なのに。まあ、何やかんや居心地の良い職場ではあるが……。何だかなぁ。
取り敢えずその件は置いておき、管理者仲間達は俺の周りに陣取るように集まった。ある者は椅子に腰かけており、ある者は壁を背凭れに寄り掛かっている。そしてある者は腕を組んで立つ。各々の取りやすい姿勢を取って俺の話を聞く体勢に入っていた。
「──って事で、“AOSO”内に色々仕込んでいた犯人は、十中八九、数年前に“AOSO”。“アナザーワン・スペース・オンライン”のPVを作成した奴だろうな。信じて貰えるか分からないが……俺と星川が資料室に居た時、使われなくなったかなり古いタイプのパソコンから“AOSO”の映像が流れていた。その後に作られていない筈のPVが流れたんだ。そのタイミングを狙ったのか分からないが、あまりにも唐突過ぎたからな。つまりそういう事だ」
「成る程な。確かにその線は有り得るが……まだ確信には至っていないんだろ?」
「ああ。過去のPVを流した事自体がミスリードの可能性もあるし、その部屋に居た俺か星川が首謀者の可能性もあるって事だ」
「え!? わ、私……容疑者候補になっているんですか!?」
驚いた表情で話す星川。まあ当然だろう。俺を手伝ったばかりに容疑者となってしまったんだ。
それに俺と星川が資料室に居たのは紛れもない事実。候補としてならかなり上に来る筈だ。
「ハハ、気にするなよ星川。ぶっちゃけ、この中じゃ俺が一番怪しいんだからな。首謀者が仕掛けた際に片付けたのは俺。資料室に行ったのも俺。俺は俺が犯人じゃないって確信しているけど、他の連中は俺が怪しいと思ってるだろ?」
「ああ、そうだな。色々とタイミングが悪いんだよ、光野」
「ええ、そうね。不幸にも、光野君が行動した場所に何かが起きている。一番怪しいのは貴方よ」
「知ってる。だから何とか疑惑を晴らしたいな。はてさて、どうしたら良いものか……」
さて、どうするか。マジでどうするか。ガチでどうするか。言動に不審点は生まれていないだろうけど、タイミングが悪い。悪過ぎる。
こうなるなら、“AOSO”が攻められている時に俺が名乗り出なきゃ良かったなー。それか分裂しないで他の人にも手伝って貰えば良かった。このままじゃ数週間の謹慎処分。下手すりゃ、アカウントやアバターまで無くなっちまうよ。
「ハハ、マジでどうすっかな……」
俺は乾いた笑いと共に、ため息を吐いて話す。態度では余裕のフリをしているが、状況は最悪。早く真犯人を見つけなくては免罪で俺が犯人となってしまう。
「わ、私は流星さんがそんな事をするとは思えません! き、きっと犯人は別に居る筈です!!」
珍しく声を張り、少し涙を浮かべながら庇ってくれる星川。良い奴だな、自分も容疑者になっているにも関わらず。
まあ、お陰で少しは気が楽になった。俺も違うと言いたいが、必死になれば益々怪しまれる可能性もある。なので、第三者が干渉すればそれによって疑いが晴れる可能性もあるからだ。
「そんな事、分かってるよ。俺もそれなりの古参だ。光野にそんな度胸はねえ。ゲーム内なら強いんだけどな」
「そうよ。光野君にそんな度胸があったら、星川さん。貴女の貞操はさっきの資料室で失われていたわよ」
「え? ……って! 何言っているですか先輩!? わ、わわ、私がり、りり、流星さんに襲われてたかもって……」
とまあ、こういう事だ。俺が一番怪しいのはこの場に居る全員が分かっているが、この場に居る全員は俺を潔白だと確信してくれている。
そう、俺はゲームだと生き生きするが、現実だと引きこもりだからな。高校にもほとんど行かず、ずっと籠って“AOSO”をプレイしている。そんな奴が大きな計画を立てて唯一の娯楽である“AOSO”を停止させる可能性がある行為などする訳がないからだ。てか、何だろう。自分で思って悲しくなってきた……。
「んじゃ、取り敢えず全員を尋問するから並んでー。男は男に、女は女に調べて貰え~」
「「「はーい」」」
「え!? 尋問!?」
ある程度纏まったところで、話を静聴していた一人の女性──名を七姫空。ユーザーネーム・ソラヒメが提案する。
その見た目は栗色の髪を持ち、柔らかそうな髪質だ。整った顔立ちをしており、赤いつり目と悪戯っぽい笑顔を浮かべている口元から覗く八重歯がその性格を表していた。
肌の色は少々褐色寄りで、無邪気な顔に似合わぬグラマーな身体付きをしており太り過ぎず痩せ過ぎずでスタイルも良く男性陣からの人気も高い。しかしファッションに力を入れておらず、腹部にポケットのあるシャツに赤いジャケット、ホットパンツとラフな格好をしていた。余談だが、そこがイイという者もちらほら。
そんな七姫が、何処からか何かの道具を取り出した。それを見た星川は再び驚愕の表情を浮かべる。明らかにポケットにも収まらなさそうな棒状の物を取り出したのだから当然だろう。
「す、すみません……それってなんですか? あと……どこから……?」
「んー? 女の子にはね、男の子には無い隠し場所があるのよ。ほらウチのってそれなりに大きいじゃん? 伸縮自在の“嘘発見器”だけど、最小に縮めてもポケットには入らない。バックには既に色々入っている。だからそこに入れてたのよ」
「嘘発見器!? いやいや……それよりも仕舞った場所って……ええ!?」
「そ、この“女の子用の服”についている前ポケット。大きくて色々入るから便利なのよね~」
七姫が着ている服の大きなポケットに手を入れ、笑いながらヒラヒラと動かす。それを見た星川が叫び声に近い音量で声を上げた。
「ぽ、ポケット!?」
「あれ~? 何か変な勘違いしちゃった? まあ、男の子の服にも前ポケットがあるのはあるけどねぇ。女の子にしか無いってのは間違いだったかな?」
「……っ」
様々な情報が七姫から言われ、赤面しつつ更に困惑する星川。
話している当の本人は星川の反応がピュアなので面白いようだ。七姫は元々Sっ気もあるし、星川は揶揄いやすい対象なんだろうなと、俺は同情するように内心で思う。
「その辺にしておいてやれ、空。取り敢えずそれを使って此処に居る管理者達の無実を証明するんだな?」
「せいかーい♪ 我が弟ながら賢いねえ。けど、空って呼び捨ては無いんじゃないかな? 双子とは言え、私はお姉ちゃんなんだからね?」
「やめてくれ。数分早くお前が生まれただけだろ。空姉」
揶揄う七姫を止めるように、七姫の弟である七姫静夜。ユーザーネーム・セイヤ。静夜が口を挟む。
姉の七姫空と同じように柔らかな質を持った栗色の髪を持ちつつ整った顔立ちをしているが、その表情は固い。眼鏡を掛けており、姉とは違った青い目を眼鏡が覆う。常に口元を緩ませないポーカーフェイスで、隙を見せる事など無さそうな顔付きだ。肌の色も七姫空とは違った色白なもので、格好は適当に買い揃えたようなシャツにジーンズ。双子にしては殆ど姉と正反対の静夜だが、ラフな格好という点では似た者姉弟だろう。
弟に対しても変わらず揶揄う七姫は静夜の頭を撫でるが、静夜は鬱陶しそうにそれを払った。
そんなやり取りを終え、すっかり蚊帳の外に置かれた俺も含めてこの場に居る管理者を調べられる。その結果──全員が無実だった。
*****
「結局犯人は見つからずか。声紋のデータも無いし、資料に書かれていた事も少なかった。“バグ・システム”を使用した記録も何故か消えている。管理者は管理者でも、元・管理者だったって事か? あの膨大な量。有り得ない話だけど、管理者システムを全て記憶している奴が居れば色々と弄れるだろうからなぁ……」
「そうですねぇ……。流星さんや私の疑いが晴れたのは喜ばしいのですけど、更に謎が深まってややこしくなってしまいましたね……」
「そうだな。まあ、首謀者の正体が分からないなら、首謀者に雇われて仕掛けてきたチーターとかも居るし……首謀者について聞き出す事くらいは出来そうだな」
「あ、そっか。今日現れたチーターは普通の人で、首謀者に雇われている身だから現実世界でも首謀者と会っているんだ……」
「そういう事」
納得したように返す星川。素直で良い奴だ。
しかしまあ、出会ったところでどう転ぶかは分からない。ゲームの中でだけ気性が荒いなら良いけど、現実世界でも気性が荒かったら大変だからな。現実にコンテニューは無いから、怪我したら具合次第で完治まで数日から数ヶ月。死んだら終わり。
何はともあれ、現実世界で攻撃されたらゲームのように早く回復出来ない。現実世界では大人しい奴という事を祈るだけだ。
「じゃ、そろそろ昼と夜の管理者交代の時間だ。最終確認を終えたら俺達も帰ろう、星川」
「はい。そうですね! 色々あって、今日はとても長く感じました」
笑顔を向ける星川。俺達のように“AOSO”を監視する管理者は、現実世界に管理者用の部屋が用意されている。これも仕事なので夜勤の者と代わる時、ある程度の確認をしなくてはならないのだ。
夜の担当者が来るのは後数十分程。それまでこの部屋は空になるので、最後に出た者が戸締まりなどを確認しなくてはならない。
そして今回、それを担当するのは俺と星川という事だ。
「忘れ物は無いな、今はゲーム内にて不正も無い」
「全員のロッカーにはちゃんと鍵が掛かっています」
「オーケー。アレもよし、コレもよし」
最終確認というものは基本的に単調な作業である。忘れ物の有無や、一時的に管理者の大多数が部屋から離れるので“AOSO”で不正プレイヤーが居ないかを確かめる。その他に他の管理者のロッカーを調べたり、管理者の中に何かを企む者が居ないかを確かめる為に専用の道具を使う。プライベートな事には踏み込まないのでその点は安心できる。
「最終確認も終わりだ。後は夜勤組みが来るのを待つだけだな」
「はい。気儘に待ちましょう」
確認を終え、夜勤の者達を待つ俺と星川。数十分と言えど、流石に“AOSO”を放置する訳には行かない。その数十分間は問題が起こらない限り何もせず、静かに待機する必要があるのだ。はっきり言って退屈である。
なので雑談などをして過ごす。男女が個室で二人っきりなのは問題かもしれないが、何かをする度胸が俺にある訳では無いので下らない雑談などをしている。
「流星さんってお付き合いしている方とか居られるんですか?」
「俺? 無い無い。星川は?」
「私も特には居ませんね」
「へえ、意外だな。星川程のルックスなら一人や二人居てもおかしくないのに」
「そんな、褒めても何もでませんよ。……って、二人居たら不味いんじゃないですか!?」
「ハハ、ジョーダンジョーダン」
学生の話と言えば学校、勉強、部活、恋愛など定番のものがほとんどだ。学生時代は一瞬とよく言われるが、基本的に不登校気味の俺には関係無い。が、星川は普通の学生なので普通の学生が何をして過ごしているのかは気に掛かる。
その様に下らない歓談を続けているうちに時は過ぎ、気付けば夜に近い夕方の時間帯となっていた。
「遅いな、夜勤組みの奴ら」
「そうですね。暇潰しの課題も終わらせてしまいました」
「ああ、時折黙々と何か書いてたけど、課題持って来てたのか」
「はい。流星さんって学校には行かないのですか?」
「学校か……。どうしよっかなぁ。とは思ってるんだけどな。最低限の出席日数は確保してて、テストも留年しない程度の点は取ってるけど……今後は何も決めてない。基本的にここで働いているからな。ちゃんとまともな職に就けるかすら分からないや。完全に俺の自業自得だけど」
星川に言われて悩む。高校くらいは卒業した方が良いとは思うが、実際将来の事など全く考えていないからだ。卒業したらここで働くという方法もあるが、所詮はゲーム管理。いつまでこのゲームのサービスが残っているかは分からない。
したい事を出来ないなんて世知辛い世の中だな、本当に。隣では星川が苦笑を浮かべていた。
「何というか、自由人なんですね流星さんは。悩みとかも無さそうで羨ましいですよ」
「悩み?」
悩みが無いだと? 星川め、皮肉っぽく言いやがって。俺にだって色々あると言ってやろう。
「失礼だな星川は。俺にだって悩みくらい……」
「……?」
「悩みくらいな……」
「……。えーと……流星さん?」
「ま、そうだな。色々あるんだよ」
「アハハ……」
思い付かなかった。
将来のへの不安とか色々あるが、基本的に気の向くままに行動しているからな。相変わらず苦笑を浮かべる星川だが、悪意のある笑みでは無い。なまじ顔が整っているので鼻につくが、逆に穏やかな気分にもなれた。
「そう言えば、八つ目となる人工衛星が打ち上げられたらしいですね」
「ん? ああ、たまにテレビやラジオでやってるな。基本的に流し見してるから詳しくは知らないけど、宇宙開発にも積極的になってきたんだな」
話題も少なくなり、最近ニュースでやってた事について話す。
八つ目の人工衛星。地球を囲むように打ち上げられたらしいが、頭良い人達の考えている事はよく分からない。そもそもどんな用途があるのかも詳しくは知らないや。
取り敢えず宇宙関連に力を入れているのだろうと話、星川は俺の言葉に返した。
「そうですね。人類が発達するとどこに行き着くのでしょうか」
「さあ。けどそろそろ火星くらいには行って欲しいな。百年くらい前に月に行ってから色んな実験はされているみたいだけど成果とかをニュースでやる事は無いからな」
「へえ、結構詳しいんですね。まあ、探査船も宇宙程の場所になると時間も掛かりますでしょうし、これからですね」
「そのうち異世界への扉とか見つかったりしてな」
「わあ、良いですね。ファンタジー。色んな方法は古くから都市伝説にありますけど、全部信憑性は低いですもんね」
「そうだな。けどまあ、昔から言われていたフルダイブ型のMMORPGも作られたし、世界ももう少しだけ進歩するかもな」
案外盛り上がった宇宙談義。人工衛星の打ち上げから二転三転と話が変わったが、それでも結構楽しかった。
だが、夜勤組みが来る気配は相変わらず無い。一体何をしているんだか。そろそろ痺れも切れてきたな。
「それにしても、本当に遅いな……夜勤組み。何してんだ? 今は丁度午後六時か……」
「そうですね……いくらなんでも少し遅い気が……」
「だよなあ? だって──」
──次の瞬間、管理者用の部屋にある全てのコンピューターが一斉に光を放った。
赤、青、黄色、緑、白。ありとあらゆる光が部屋に満ち、俺と星川の視界を包み込む。そしてそのまま、俺達は目映い光の中に飲み込まれた。
「──……え?」
──LOG IN──