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ステージ3-10 山崩し

「いっくよー!」


 “空裂爪”を装備したソラヒメがマウンテン・クロコダイルの足元に駆け寄り、そのまま勢いよく拳を放つ。そして──マウンテン・クロコダイルの身体を傾けた。

 ……マジかよ。重さは推定、数千万tから数億t。本物の山より質量がないにしても、それくらいはある筈。前のスパイダー・エンペラーとは比較にならない重さだぞ……。


『……グル……ッ!』

「あちゃー、流石に堪えたかぁ。そう簡単にはいかないね」

「傾けただけでかなりの力だと思うけどな……ソラヒメ」


 流石にひっくり返りはしなかったが、その力は凄まじいモノだろう。

 本人はあの攻撃を放ったとは思えない程に結構軽い調子だけどな。


「まあ、隙は出来たね。僕も試してみようか」


 弓を引き、セイヤが怯んだ山鰐に矢を放った。

 それが手の肉を抉り、指を弾き飛ばす。やっぱりこの武器は強いな。セイヤ達のモノも一撃が初期武器の必殺スキル並みにあるみたいだ。


「私も……“ファイア”!」


 隙を突き、ユメも試し撃ちを兼ねた初期の炎魔法を放った。

 それによって周りの木々が燃え盛り、炭と化してその勢いのままマウンテン・クロコダイルを包み込む。

 あのワニが本物の山なら山火事を起こしていただろうな。新しい武器の性能。中々良い感じだ。


「俺もやるか!」


 三人に感化され、俺も踏み込んで駆け出す。同時に指を切り裂いた。

 これで山鰐の指が三本減ったな。この世界ならそのうち再生するんだろうけど、上々の成果だ。

 今のサイレン達の必殺スキルも合わせた連撃によって体力ゲージが更に減り、三分の一にまで達した。このままの調子なら押し切って倒せそうだ。


「効いてるな。俺のスキル以上の攻撃をあっさりと出されて悔しいが、これならイケる!」


「本当だよ! 通常攻撃でスキルを超すってあり!?」


「ハハ、まあ武器の性能とレベル差もあるからな。いやむしろ、スキルを使っているとは言え初期の武器で俺達のレベル差を埋めるような攻撃力を出しているんだ。サイレン達も流石の実力だよ」


「ハッハ! フォローしてくれんのか? 素直に誇っても良いんだぜ。その力をな!」


 サイレンとスノーも、冗談半分の言葉。どうやら素直な称賛をしてくれているらしい。

 ありがたいモノだ。心の広い二人が仲間で良かった。


「じゃあ、勢いそのまま一気に仕掛けて終わらせるか!」


「うん!」

「はい!」

「ああ!」


「よしきた!」

「モチ!」


 他のギルドメンバーは別の場所を仕掛けている。ここに居るのは俺とユメとソラヒメとセイヤ。そしてサイレンとスノー。足へのダメージも体力に反映されるのは良いな。比較的安全な場所から攻められる。


『グガギャアアアアア!!!』

「……っ。体力の三分の一削られて向こうも本気か……!」


 次の瞬間にマウンテン・クロコダイルが足踏みをし、大地を大きく揺らす。それによって俺達のバランスが崩れ、思わず膝を着いた。

 この感じ、そう言うスキルみたいだな。


【スキル“地響き”】


 “地響き”。揺れによって動きを止める系のスキルか。

 そうなると、そのまま仕掛けて来そうだな……!


『グギャア!』


 その予想通り、マウンテン・クロコダイルが片足を踏み込んで豆粒よりも小さな俺達にけしかけた。

 しかし震動の影響は直前まで。なので仕掛けてきた際には動けるようになっており、ワニの巨大な足からは何とか逃れられた。

 足だけでもかなりの範囲を押し潰す存在だが、強化されている身体能力の俺達ならギリギリで避ける事が出来た。おそらくギリギリでなら避けられるように調整されているのだろう。

 もし避けられなくても“転移ワープ”や“地形生成”がある俺達ギルドメンバーなら問題無いが、それでも威圧感はあった。

 そして次の瞬間、俺達目掛けて無数の岩が飛んで来る。


【スキル“岩礫”】

「反応さえ出来れば問題無いか……!」


 その全てを叩き落とした。

 今までは不意を突かれていたので避けるしか出来なかったが、目視出来るなら問題無い。俺は剣の腹で弾き落とした。

 一刀両断しても良いが、それではただ弾が二つに増えるだけ。威力は落ちるとしてもダメージは負うだろう。なので一度切り裂き、剣を横に逸らす事で当たらぬように防いだのだ。


『ガワッ!』

「……! 本体が来たか……!」


 その瞬間、マウンテン・クロコダイルの頭が俺達の姿を捉え、大口を開けて噛み付いて来た。

 俺達は互いに距離を置いて他のギルドメンバーの邪魔にならないように行動しているが、その程度の距離、このワニの巨体の前では無意味。大口は俺達全員を捉えていた。

 大きさからしても噛み砕かれる事は無さそうだが、丸飲みされる可能性は高い。俺達は全力で走り抜け、何とか大口の脅威から逃れられた。


「本格的に行動してきたな……デカイ図体の割には随分と素早いじゃねえか……!」


「全くだ。あの巨体だからこそテキトーに噛み付いても広範囲を狙えるんだろうな……!」


 サイレンの言葉に返す。

 実際、マウンテン・クロコダイルの強みはあの巨体にあるだろう。一挙一動で山岳地帯を平野に変える破壊力。本人? 本鰐? ……からしたら本当に軽く動いただけなんだろうけど、それがかなり迷惑だな。


「本当に厄介な存在だな……これに加えてレベルは75……まだまだ俺達じゃ足り……あれ?」


 違和感を覚えた。

 いや、この違和感は間違いないものか。認めたくない現実が心境を貫き、それに伴って冷や汗が背中を伝う。


「Lv……75……!? ……っ。ま、まさか……さっき破壊した山岳地帯に居た動物モンスターが死に……マウンテン・クロコダイルのレベルが上がったのか……!」


「なんだと!? マジかよそれ!?」


「ああ、マジも大マジ! 超絶マジだ! そう言やこの世界、モンスターも普通にレベルが上がるんだった! 山一つ分のモンスターを倒して一気に10レベも上がったのかよこんちくしょーッ!」


 思わずパニックに陥る。

 いや、慌てちゃ駄目だ。パニックは人の思考をその一つの事柄で埋め尽くし、冷静な判断が出来なくなる事。つまり慌てれば慌てる程に事態、状況、今が全て負の方向に向かってしまう。冷静沈着。泰然自若に虎視眈々と行動に移さなくちゃならない!


「……。よし、少し声を張り上げて落ち着いた。いや、まあ滅茶苦茶焦っているけど、ある程度は冷静に判断出来る……!」


「ああ、俺も冷静になった。レベルが高くなったとは言え、攻撃も避けられない事はない。んで、どうする、ライト? 俺達の要はレベルが高いお前達の存在だ」


「どうするも何も、やる事は一つだ。攻撃を仕掛ける! 反撃されたら避ける! 俺達なら逃げる事も出来るけど、手負いの猛獣は危険って言うからな。ここで倒しておかなきゃ街に被害が及ぶ!」


「オーケーだ……!」


 レベルが高くとも、やる事は一つしかない。

 一挙一動で山岳地帯を更地に変える程の力を有するボスモンスター、マウンテン・クロコダイル。こんなものが山岳地帯を離れ、街に出たら他のプレイヤーや“NPC”に甚大な影響が及ぶのは火を見るより明らか。いや、それ以前に、おそらく存在するだけでこの世界が飲み込まれるだろう。戦闘態勢に入っていたから危害は無かったが、戦闘終了と同時に山々を崩していくかもしれない。最悪、近辺が荒野となり草木も残らない場所が生まれる。

 そうならない為にこの場で倒し、安全な環境を提供するのが俺達ギルドメンバーだ。


『グギャアアアアア!』

「あの初動……地響きが来るぞ!」


 向き直った瞬間にマウンテン・クロコダイルは片足を大きく上げた。その事から敵が“地響き”を使用すると判断した俺達は跳躍して地面から離れる。

 空に居れば地面に直接干渉する技は当たらない。常識だな。


【スキル“地響き”】


 跳躍と同時に声が響き、地面が大きく揺れた。しかし俺達には当たらない。

 改めて考えるとあの巨体。獲物を捕るのも一苦労する筈。だから拘束系のスキルを使えるんだな。常識じゃ考えられない事が起こる世界の割に生態はちゃんとしているって訳だ。


「本来は動けない空中でも、足場を造り出せるのは俺達ギルドメンバーの特権だな」


 空中に逃れた俺達はギルドメンバー専用アビリティの“地形生成”にて空中に足場を出現させて停止し、揺れが収まるのを待つ。

 次の瞬間にマウンテン・クロコダイルは俺達の居場所に向け、岩からなる槍を突き出した。……こんな事も出来るんだな。


【スキル“岩槍”】


「まんまだな。スキル自体は土属性感もあるけど、土属性ではないマウンテン・クロコダイル。名前からして色々と紛らわしいな」


「そんな事言っている場合じゃありませんよぉ!」


 近距離はもちろん、遠距離や中距離からも仕掛けられる様子。

 山鰐の属性で考えれば水。そう考えれば、足から地面に水を噴出して土を盛り上げてそれを槍のように放ったって感じか? いや、やっぱり水だけじゃなくて普通の大地も操れるって考えた方が良さそうだ。原理は分からないけどな。

 それと、ユメの言うように余計な事を考えている暇はない。Lv75になったマウンテン・クロコダイル。さっさとやるか。


「取り敢えず、仕掛けるしかないな!」


 空中の足場を操り、マウンテン・クロコダイルに向けて直進。後少しで俺の“SP”は全快する。それがあれば勝てる可能性がグッと高まる。

 玉砕覚悟で加速し、そのまま空中の足場から飛び降りた。


「ライトさん!?」

「ライトー!?」

「全く、無茶するね。ライトは……!」

「じゃ、私も無茶しちゃおっかな!」

「スノーも……まあいい。俺も続くか!」


 俺に続き、スノーを始めとしてサイレン。そして他のギルドメンバーとユメ達も近くに寄ってけしかける。

 狙いは頭、腕、足。とにかく皮膚が見えている場所は全てだ。危険という理由で頭を狙うのは避けていたが、もうそんな事を言っている暇は無いだろう。


「そらっ!」

「やあ!」

「“ウィンド”!」

「はっ!」


「そいやー!」

「ハアッ!」


「ふっ!」

「はあっ!」

「えい!」


『グギャラ……!』


 全員による一斉攻撃。レベルが上がったとは言え流石にダメージはあるようだ。

 体力の減り具合は先程よりも遅くなったが、1撃×19の攻撃。言ってしまえば一回の攻撃が19回分の力という事。

 当然反撃はされ、無数の岩が盛り上がって貫き、大口が迫り巨腕によって押し潰されるが、その全てをかわして仕掛ける。

 その様な攻防が続き、次第にギルドメンバーに疲弊の色が見える。


「てか、どんだけタフなんだよ。このワニ……! もう倒れても良いんじゃないか?」


「本当ですね……! しつこいのは嫌いです!」


「ああ、全くだ……!」


 ユメの嫌いなタイプはしつこい奴か。俺、当てはまってないよな? ……ってそんな事考えている暇はなかった!

 この世界にもある疲労機能。それによって息が切れ、動きが鈍くなる。ただひたすら攻撃し続けるってのも大変だな。


『ガギャア!』

「ライトさん! 危ない!」

「……っ!」


 しまった……油断してた……! いや、緊張の糸が疲労で切れてた。

 思わず止まってしまい、ワニの足が俺の上から降り注ぐ。仕方無い……この一撃……一撃を何とか耐えるしか……! だが、果たして耐えられるのか……俺に……?


「……ったく、やっぱり無茶してんな。ライト! ──最後の力・“防衛前線”!」


「……! サイレン!」


 次の瞬間、サイレンが前に飛び出し、空間干渉型防御力強化のスキルを使用した。

 ワニの足は触れる事なく空間によって止められ、俺達の周りにはその重みによって巨大なクレーターが形成される。


「……うぐっ……! ああ……! 持って数秒だ……早く離れろ!」


 山岳千鳥などを倒して少しはレベルが上がったサイレンだが、一撃とは言えLv75の力を抑えるか。流石の頼れるリーダーだな。

 本来ならさっさと離れた方が良いんだろうけど、もう問題無い!


「じゃあ、その数秒で終わらせてやるよ! ──伝家の宝刀・“星の光の剣スター・ライト・セイバー”!」


「……!」


 俺の“SP”が全快したからな……!

 俺の身体が光を発し、その速度が理論上は宇宙最速のモノに到達する。

 サイレンが耐えられる時間は数秒。多分十秒も無いだろう。少なく見積もって三秒くらいか。……十分過ぎるな!


「ライト……お前……!」

「一瞬でケリを付ける。皆がダメージを与えてくれたお陰でそれも可能だ!」

「……!?」


 既に俺の姿はサイレンの前から消えている。丁度……今くらいか。先程言った言葉が届いている事だろう。

 そしてこの一瞬でマウンテン・クロコダイルの全身を五十回は斬り付けた。後……五十発で十分か。


「終わりだな」

『……? ……ッ!? …………────』


 刹那にその目的数の攻撃を与え、ヒットカウントが始まる。そう言や、伝家の宝刀を使った時しかヒット数はカウントされないんだなと今更ながらに思う。

 そしてカウントが終わり、現在のヒット数は一〇〇。上々だ。


【ギルドはモンスターを倒した】

【ギルドメンバーはレベルが上がった】


 次に俺達の脳内に声が響き、レベルアップの声も響く。一瞬だな。有言実行は出来た。

 それと、今回のような勝ち方だと“ギルド”として扱われるのか。レアケースだな。このパターンは。


【ギルドは“山鰐の瞳×2”を入手した。“山鰐の牙×80”を入手した。“山鰐の爪×20”を入手した。“山鰐の鱗×999”を入手した。“稀少な土”を入手した】


 遅れてマウンテン・クロコダイルの身体が光の粒子となって消え去り、また色々なアイテムも入手した。山鰐表記か……俺の略称はあながち間違っていなかったみたいだ。

 というか、数の暴力がヤバイな。大きさが大きさだから当然っちゃ当然だけど、かなりのアイテムを手に入れたな。ギルドとして。

 何はともあれ、山鰐。マウンテン・クロコダイルには勝利した。幕切れってのは案外呆気ないものなんだなと思い、俺達ギルドメンバーは集まるのだった。

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