ステージ1-4 ログアウト
首謀者を打ち倒し、一段落付いた俺は“AOSO”内に存在する管理者用の部屋へ戻って仲間達へ出来事を説明し終えた。
「──って事だ。声は聞いたし戦闘スタイルも分かった。データベース内を解析すれば誰か分かるだろうし、“バグ・システム”を解除した事からそれなりの古参って事が分かった。もしもデータが削除されていても、今日来ている奴を詳しく調べれば分かるだろうし……ここには居なくても今日休みの奴が何人か居る。そこから特定すれば見つかるかもしれない」
「まさか……私たちの中にそんな人が居るなんて……」
「世界が繋がる事で“AOSO”は始めて完成する……か。何ともまあ、回りくどい言い回しだな。この世界に“ウイルス”や“チーター”を送り込めたなら、それなりの頭脳は持ってるんだろうけどな……」
俺の説明を聞き、驚くように話す同じ管理者達。それもそうだろう。ゲームの環境を良くし、プレイヤーを楽しませる、もしくは安全にプレイ出来る空間を提供する為の管理者がそれを阻止するかのような行動をしていたのだから。
秩序を守るべき管理者が秩序を乱してしまえば元も子も無いだろう。たかがゲーム、然れどゲーム。野球でバット以外でボールを打ってはいけないように、サッカーでキーパー以外が手を使ってはいけないように、何事にも破ってはいけないルールというものがある。
それを同じ管理者が破ったのだから、許される行いでは無いのがハッキリと分かるだろう。
「まあ、プログラミングには優れているんだろうな。そいつが言った言葉の意味は分からないけど、何かを仕掛けてくるかもしれない。二十四時間、常に誰かが管理しているこのゲームだけど油断は出来ないな。プレイヤー達に安心と安全を提供するんだ。それが俺達、管理者の役目だからな」
「ああ!」
「うん!」
力強く頷く他の管理者達。自分の役目は理解しているようで、これ以上は言わなくても分かっている。そんな雰囲気だった。
「じゃあ、取り敢えず立ち会った俺が一度データベースを調べてみるよ。かなり厳重だから、それなりの時間が掛かりそうだな」
「あ、じゃあ私も手伝います。流星さん」
「……星川? 良いのか、手伝わせちまって?」
「はい! 私、新米ですけど何か手伝いたいんです!」
ニッコリ笑って手伝いを申し出たのは星川夢。ユーザーネームは“ユメ”。管理者の一人で、16歳の高校生。
ゲーム内では三角帽子に黒い服装と魔法使いの姿で、整った顔立ちをしている。現実では弄らずとも美麗な黒の長髪を持ち、大きく美しい目を持つ。子供のように愛らしい笑みを口許に浮かべているが、身体付きは確かに高校生のそれだ。“AOSO”内でも現実でも整った顔を持ち、見た目はお淑やかな美人と言ったところだろう。性格も悪くなく、男性陣から人気が高い。
まあ、高校生に大人が言い寄れば法に触れるので仲良くする程度で留まっている者達が多い。
管理者の職は割と誰でもなれるもので、星川夢はバイトとして来ている。
因みに俺は元々ゲーム好きで、それなりの実力があったから“AOSO”発売から数年で管理者に選ばれた古参である。古参と言ってもまだ十代。一応学校にも行っているが、基本的にこの仕事をしているので友人は少ない。
とまあそれはさておき、俺と星川は元の世界に戻り、データファイルのある部屋へと向かった。
──LOG OUT──
*****
「やっぱ現実世界は身体が重いなぁ……」
「ふふ、向こうは身体能力が強化されますからね。多分この世界でずっと動かなかったのもあると思いますけどね」
「ハハ、言えてる。向こうの世界では自由に動いているけど、現実世界ではずっと寝ているような状態だからな」
「本当に寝ているだけなら良いですけどね。仮想世界に入っているので肉体……主に脳には多少の負担が掛かりますから」
「ああ。ゲームは一日一時間ってのはよく言ったものだな」
星川と談笑しつつ、施設内を進む。
“AOSO”を全体で管理する施設は世界中にあり、ここは日本支部だ。その施設には中心に巨大コンピューターが置かれており、厳重故に造られてからただの一度もハッキングされていない。それに加え管理、調整、その他諸々の監視をしているので、世界一安全な施設と言っても過言では無い。
一人一人に専用の部屋が用意されており、内側から鍵を掛ける事で自身の安全も確保できる。プレイ中に問題が発生しても管理するコンピューターが適切な処置を施してくれるので、ここに居る者達は安心して“AOSO”をプレイ出来るのだ。
そして当然、管理者全員が現実世界から“AOSO”を見る為の大部屋もあるので現実世界・仮想世界から安全にゲームの管理を出来ている。
そんな施設の内部は複雑なので、古参の俺でも地図が必要な程。なので地図をインプットした機械を常に持っている。それは通信や情報収集にも使えるので、便利なものである。一昔前はスマートフォンや携帯電話と呼ばれていたみたいだが、それを強化した物と思ってくれて構わない。
とまあそれはさておき、談笑しつつ十数分歩いてデータが管理されている部屋に俺と星川は到着した。
この部屋には大事なデータがあるので、バイトや新人が入るには古参の同行が必要だ。そして何かを探すに当たり、先輩から離れてはいけないという決まりがある。個人情報を漁られては問題があるからだ。
「で、その方の特徴は何ですか?」
「ん? そうか、一部の管理者には話していなかったな。えーと、声質は男性だな。アバターは格闘家で、レベルもかなり高かった。後はまあ、管理者用のアイテムが使えたり、それを解除出来たり、管理者としての力くらいだな」
「成る程。古参の管理者ですか……。え? それってマズくありません?」
「ああ、かなりな」
苦笑を浮かべて星川に返す。
そういや、このデータベースを調べ終えたら“AOSO”にログインしてなかった者。していたとしても話を聞いていなかった者達にも詳しく話さなくちゃならないな。やる事はまだまだある。
首謀者の正体を知る必要もあるし、俺がここに入ってから最大の仕事だ。結構暇だった時が多かったけど、ようやく仕事らしくなってきた。
「あ、そこにあるファイル取ってくれ」
「はーい。でも、今時アナログですね。紙の資料なんて」
「ハハ、一応コンピューターにもインプットされてるけどな。今のところされた事は無いけど、ハッキングされたらデータが無くなる可能性もある。だからこそアナログとデジタルの両方を上手く扱っているのがここのやり方なんだ」
「へえ。やっぱり大規模な管理を行うにはセキュリティを整えなくちゃならないんですね」
興味津々で返す星川。バイトの身とはいえ、管理者である以上知っておかなくてはならない事も多い。何も“AOSO”にログインして不正を取り締まったり、プレイヤーの手助けをする事だけが仕事では無いからだ。
談笑しつつ作業を進め、俺と星川は物の数分で全ての資料を集め終えた。後は閲覧するだけ。
「さて、男性の管理者は……と。一応女性も調べてくれ、星川」
「はい、分かりました。声を変えられる者ならば、元に戻ったと思わせて実はまだ声を変えていた可能性もありますからね。それに、ゲーム内と現実の性別が違う方も結構居ますし」
「ああ。このゲームを管理する以上、念には念を入れなくちゃならないからな」
次々と資料に目を通す俺と星川。気付けば互いに集中しており、次第に口数が少なくなって無言になっていた。
因みにこの資料に書かれているのはプレイスタイルや職業と、“AOSO”内の事柄だけで現実世界の個人情報は現実世界の名前くらいしか書かれていない。個人情報関連は別の所に保管されているからだ。
読み進めるに連れて資料が数を減らす。主に“格闘家”を使っている者を調べているが、それでも数が多いので大変だ。
そして一時間が経とうとしていた頃、俺と星川は最後の一枚となった資料に手を伸ばした。
『ザザ……ザ……──アナザー! ワーン!! スペース!!! オンライ━━━━ンッ!!!!』
「……な、何だ!?」
「……え? ええ!?」
その瞬間、背後から“AOSO”のタイトルコールが聞こえてくる。それを聞いた俺と星川は慌てて音の聞こえた方にに向かい、音源を探す。
少し調べてみると、かなり前に使われていたであろう廃棄のパソコンから聞こえた音だと言う事が分かった。
「流星さん……これって……」
「……。昔のパソコンだな。かなり古い……2000年初期くらいの物か?」
警戒し、パソコンを見続ける。音が止む気配は無く、パソコンから流れる音は俺の耳に入って来る。そして、俺達の目にはパソコンに流れる映像が映し出されていた。
『世界初、大規模オンラインゲーム、“アナザーワン・スペース・オンライン”!! 世界に名を馳せるゲーム会社と様々な研究機関、大企業が共同で作り上げた、新感覚RPG!! 誰もが夢見た、自身がゲームの中に入ってプレイが出来る夢の機械だーッ!! そこの君、現実世界何て退屈、つまらないと思っていないかい? そんな時はこれ、アナザーワン・スペース・オンライン!! このゲームがあれば────』
「こ、これは……」
「ああ、“AOSO”発売当初に流れていた紹介PVだ。けど、なんでだ?」
今聞こえ、見えている物は“AOSO”が発売した時に流れていた紹介PV。
数年前、まだ小学生くらいだった俺がこのPVを使ったCMを見、幼い心に何かが揺らいだ記憶がある。おそらくそれが好奇心というやつだろう。未知への憧れ、感心。それらが刺激され、このゲームが欲しいと心から思った。
しかし、何故、今このタイミングでこのPVが流れているのか。それが気に掛かる。
『──世界は繋がり、二つの世界は一つとなる! それこそ“アナザーワン・スペース・オンライン”の真骨頂ッ!! お求めは全国のゲーム店で!!』
「……。終わったみたいだな……」
「はい……しかし……本当に何でなのでしょう……」
PVの全てが終わり、一昔前のパソコンは再び闇を映し出す。暫く眺めてもそれが変化する事は無く、俺と星川は作業に戻ろうとした。
その時、再び闇が光を映し出し、新たな映像が流れていく。
『──世界は別の世界によって二つに別れた。もう片方の世界は、一つの世界の中で生まれる。その二つが融合した時、初めてゲームが完成する』
映像に流れるのは俺達の住む星、地球。そして“AOSO”内の広大なマップ。その二つが合わさり、目映い光を放って融合した。
PV内ではこの現実世界に勇者の格好をした者、魔法使いの格好をした者。その他にも“AOSO”で就く事の出来る職業の格好をした者が現れており、街中に現れたモンスターを打ち倒している。そして暫く進み、一際目立つ建物においてボスらしきモンスターと戦闘を行い、勇者達のパーティは全滅した。
「何だこれ? 勇者がやられちゃPVとして駄目だろ……まあ、“この勇者の変わりにアナタが新たな勇者となるのです!”的な感じに解釈する事も出来るが……」
「アハハ……この状況でPVにダメ出しですか……」
横では星川が整った顔でコロコロと鳴るように笑っていた。苦笑とも取れるが、俺は気にしない。
しかし何だ? 何かが引っ掛かる……。この言葉……何処かで……。
【“世界と繋がるもう一つの世界”は一つの世界ともう一つの空間が繋がる事で完成する、MMORPGだ。“現実”と仮想。VRMMOとARMMO。それらが融合する事で一つの大規模なゲームとなる……我が追放されようが、貴様ら全人類に元の世界は残っていないぞ……!!】
「……! この台詞……! 少し違うが……まさか……」
脳裏に浮かび上がった、先程のPVの台詞と似た言い回し。それによって合点がいった。
先程までPVにダメ出しをしていた俺の変化に驚き、星川が覗き込むように尋ねる。
「ど、どうしたのですか!? 流星さん!? 尋常ではない顔付きですけど……」
「…………。俺が“AOSO”にウイルスやチーターを送り込んだ首謀者を倒した時……このPVと似たような事を言っていたんだ……」
「……え!? けど、それを知っているのは流星さんか首謀者の方だけでは……!?」
「ああ、その筈なんだがな……。このPVは長年ここに勤めている俺も見た事が無いし……考えられる線は一つだけ。このPVを作った者が首謀者だ」
「……っ」
星川は絶句した。当然だろう。思わぬ形で犯人が見つかったのだから。
しかし、これにも違和感。先程から違和感しか感じていないが、それ程までに何かが引っ掛かっている。何かが消え去るような、そんな不安な胸騒ぎが俺の鼓動を打つ。動悸か? 俺はまだ若いのに……。
「オーイ! まだこの部屋に居るのか? もしかして光野! テメー星川さんとよろしくやってんだろ!?」
「……! や、やってねーよ!! もう大体見当は着いた!! そろそろ戻る!!」
「そうか!? 本当なんだな!? 本当に星川さんに手ぇ出してねえんだな!?」
「そう言ってるだろ!!」
同僚から声が掛かった。
そうか、PVを見ていたし、思ったよりも時間を食っていたんだ。
気付けばパソコンの電源も切れており、先程の事は何だったのか分からなくなる。夢でも見てたのか?
「って事だ、星川。俺と星川にあらぬ疑惑が掛かっている。さっさと残りの資料を見て戻るぞ」
「は、はい!」
星川も何か考えていたのか、驚いたような返事をする。それは気にせず、残った資料を調べ終えた俺と星川は管理者用の部屋へと戻って行くのだった。