ステージ1-3 必殺スキル
「“管理者専用能力”────“バグ・システム”」
刹那、周りが大きく歪んだ。いや、俺が歪ませた。“バグ・システム”でな。
──“バグ・システム”。それは文字通り、このゲームに悪影響の与えるバグを逆に使う“管理者”専用の能力。
昔のゲームでは、チートを使うとデータが消えたり画面が崩れたりと様々な不調が生じたらしい。
つまりバグというものは、どんなにチートを使おうともプレイヤーの手が届かない所でゲームを破壊するウイルスのようなもの。
だからこそ、俺達のような“管理者”がチートに対抗すべく使っている。
まあ、一般的なプレイヤーのチーターには“管理者専用能力”だけで対抗出来るから本来はあまり必要としないが、相手も同じ“管理者”なら話は別だ。
悪用されない為に俺のような“管理者”の中でも信頼出来る古参の存在にのみ、限られた個数支給される物で対抗出来る者も限られている。
同じ管理者として、ゲームを荒らすのは許せないからな。だからこれを使う。
「……!」
次の瞬間、機敏に動いていた首謀者のアバターに乱れが生じ、動きがかなりぎこちなくなる。
バグったのだ。これは言わばバグの初期症状。これから更にゆっくりになり、そのまま処理落ちするだろう。
後は管理者部屋のデータベースにバグシステムが使われた証明が表記されるから、それを見れば誰が犯人だったのか分かるかもしれない。一〇〇パーセントって訳じゃないから、確実では無いが。
「これで仕事は終わりか? チーターやウイルスの相手は、滅多に出て来ないにしても戦った事あるが、同じ管理者が相手だったのは初だ。現実世界で会おうぜ、俺の元・仲間?」
「……」
決まった。ふふ、流石俺。決める時はビシッと決めるのがモテる男の条件だ。
まあ彼女とか居ないけど……。
……。それはさておき、取り敢えずその素顔を見てみるか。管理者の中に協力者が居ればデータベースの記録も消される可能性があるからな。現実世界と同じ顔って訳じゃないけど、その類似アバターでも見つかれば犯人の捜索はしやすくなる。誰よりも早く正体を知っておくのも仕事の一つだ。
「さて取り敢えず、ゲーム内では本来の顔じゃないが、一応その顔を確かめてやるか。それによって分かる事もあるだろうし。観念するんだな。ゲームを荒らした程度で逮捕はされないが、相応の罰は与えられるって考えた方が良いな。流石にクビにはされないかもしれないけど、長期の謹慎処分は覚悟しとけよ。……あー、さっきの言葉を否定するようだけど、最悪の場合はクビもあり得るな。どんな可能性も0じゃない」
「……」
相変わらずの無言。何を考えているか分からないな。顔が見えないから当たり前か。
俺は近付き、ゆっくりとそのローブを、
「バグ・システム、解除」
「何っ!?」
次の瞬間、首謀者はバグ・システムを解除した。
俺は思わず声をあげる。まさか、このシステムを解除出来るって事はコイツも古参の奴か!?
つうかしまった! 完全に隙を突かれた……!! だが、声は聞いた。バグってたお陰だ。変えられている声じゃなくて、本来の声をな! これで正体も、
「──奥の手、“連鎖乱舞”」
「……!? しまっ……!!」
次の瞬間、“バグ・システム”が解除された動揺で怯んだ俺の顔へ一つの重い拳が突き刺さった。頬を殴り、俺の顔が拉げる。レベルを上げたり一定の技術を極める事、そしてプレイスタイルによって使えるようになる、“必殺技”という奴だ。
“必殺技”を使うのには“ストライク・ポイント”通称“SP”というものが必要であり、それを実行したとしても外せばデメリットが多い。
レベルを上げる事で“基礎ステータス”と共に割り振る事が可能だが、強い技には色々と制約もある。強力な技を使用する制約として、“必殺技”に必要な“消費SP”は従来よりも高く設定されているのだ。なのでここぞという場面で使うのが重要である。
“格闘家の”ような己の肉体を使う者は“奥の手”と表記され、その他にもその職業によって必殺技と同義の言葉で威力の高い技が放たれる。
コイツが使った“連鎖乱舞”。それは文字通り、踊るように連続技を放つ必殺技。
たった今俺の顔に放たれた一つの重い拳は、連続技の一つでしかない。
「……………………」
「ッ!!」
次に放たれる、もう一つの拳。それを腹部に受け、俺の体力ゲージが減る。
本来、必殺技を行う時は台詞を自分なりに叫んだりする事で威力を高める事が出来る。詠唱とは違うが、そういうゲームの機能なのだ。まあ、隠し機能みたいなものだな。現実でもシャウト効果ってのがあるからそれを適用したって感じだ。
しかし台詞を発しない場合は何も示されず、高い威力の技を放てるのは変わらないが少々威力が下がったり盛り上がりに欠けてしまう。なので熟練者などで話さない者は少ないのだが、コイツは内密に活動したいので余計な事は言わないのだろう。
「…………!!」
「がっ……!!」
思案しているうちに、更なる拳が叩き付けられた。腹部に両拳が刺さる、これで三回目。先は長く、まだまだ連鎖する踊りは続く。
次に蹴りを放ち、俺の脇腹を打つ。そして跳躍し、最初の拳が叩き付けられた顔に膝蹴り。次いで逆方向に回転して回し蹴りを首に。それによって視界が悪くなる。“気絶状態”に入ったのだ。
“気絶状態”は文字通り気絶する。一定時間、視界が無くなり“アバター”の動きが停止する状態である。敵がそうなればその隙に回復したり追撃したりするのだが、必殺技を放たれている状態で気絶すれば通常よりも多くのダメージを受けてしまう。
空中で停止したまま気絶した俺に向け、脇腹に蹴りを放つ首謀者。
来る、これからが相手の必殺技“連鎖乱舞”の真骨頂だ。
「……! …………!! ………………!!!」
目にも止まらぬ速度で左右から拳が叩き付けられ、気絶状態が回復する。相手の攻撃を受ける事で回復するのは昔のゲームからあった機能だ。しかし、敵の攻撃は止まらない。
腹部に膝蹴り、前のめりになった俺の頭に踵落とし。大地にぶつけ、顔を蹴り上げて再び立ち上がらせる。立った俺に連続で拳が放たれ、一瞬停止した次の瞬間にその拳数十発のダメージが一気に来る。
それによって吹き飛び、背景の木を砕きながら俺は止まった。頭には必殺技が決まった証、“CRITICAL HIT!”の文字が表示されていた。
“一撃必殺”のチートは“管理者能力”によって防げているが、それでも大ダメージだ。
それなりにレベルを上げている俺のアバターですら、ほぼ無傷だった状態から後数撃で体力ゲージがゼロになってしまう程に減ってしまった。
首謀者が言葉を発さなかった事には助かった。少しでも威力を上げられていたらその時点でゲームオーバーだった可能性がある。コイツ、純粋なプレイヤーとしてもかなりの実力者だな……。なら、俺も使うか?
「ハッ! 効いたぜ元・仲間!! だったら俺の使う剣士の必殺技を食らわせてやろうか!?」
「……」
挑発するように話す俺だが、返事は無い。当然か。敵と親しく話すなど戦闘に置いて無駄でしかない。
まあ、これはゲームだから戦闘といってもゲームの機能でしかないんだけどな。一応挑発した方が気も紛れるし、それはどうでも良いだろう。
「…………」
俺を無視し、“世界の中心”にて何らかの操作をする首謀者。
透かしてやがる。ムカつくな。相手がその気なら──
「俺から行ってやるよ!!」
声を上げて大地を踏み込み、加速して首謀者に近付く。地面から抜いた剣を携え、瞬く間に距離を詰めた。
「オラァ!」
「……!」
次いで剣を振るい、首謀者に斬り掛かる。相手は咄嗟にガードを作るが、無敵チートも無効化出来る管理者の俺からすればあまり意味がない。まあそれでもガード自体はされたので敵に与えたダメージは少ないけどな。しかしそのまま剣を薙ぎ、敵を怯ませた。
「見せてやるぜ──伝家の宝刀、“星の光の剣”」
そして、俺としての必殺技を敵に放つ。これは技というより“肉体強化”の一つだろう。
自分の剣を星の光のように輝く剣に変え、光の速度で相手を斬り付ける技。
剣を変えた瞬間相手に駆け寄り、数センチの距離にまで詰め寄った。
「……!?」
「ハッハ! 動揺したな?」
今の俺は光、その速度を見抜ける敵は居ない。探せば居るかもしれないが、少なくともコイツは光を見切る事は出来なさそうだ。しかしそれも当然だろう。この必殺技は、全プレイヤーの中でも俺しか使えない技だからだ。
それは“管理者”だからでは無く、プレイヤーとして俺のみが極めた特殊な剣技。そう簡単に破れないだろう。
「奥の手──“神回避”」
光の速度で近付く俺。首謀者はもう一つの必殺技、“神回避”を使う。
それも文字通り、神掛かった回避力を見せる技だ。一定時間大抵の攻撃は躱し、当たらずに済む事が出来る。
「ハッ!」
「……!?」
次の瞬間、確実に躱せる時間の中、俺は必殺技の一撃目を当てた。それによって再び動揺を見せる首謀者。
そうそう。言い忘れていたが、この技の真骨頂は高い威力もあるがそれだけでは無い。
この技の、本当の真骨頂──防げない、ガード不可能の必中の攻撃という事だ。
相手がどんな力を使おうと、確実に命中させる事の出来る技。それが伝家の宝刀“星の光の剣”の本来の力だ。
そしてこの技は、光の速度で連続攻撃を当てる技である。
「一気に決めるぜ!!」
それが俺の設定した掛け声。光の速度で連続攻撃を放つこの技に相応しい、シンプルなものだ。
光の速度で放たれる攻撃は想像を絶する威力があるだろうからな。文字通り、一気に決められる程の。
「そら、そらそら、そらァ!!」
「……ッ!!」
掛け声は出来るだけシンプルである俺は身体全体を使って移動し、上下左右斜め突きと光の速度で首謀者に剣を仕掛けて相手の体力ゲージを削っていく。自動回復のチートも勿論使っているようだが、光の速度で放たれる攻撃はチートをも凌駕していた。
因みに掛け声の件だが、“暗黒の~”や“光の~”などという少々中二チックな掛け声も良い。だが、やっぱり恥ずかしさがある。
純粋なプレイヤーとしてならば画面の向こうの顔が分からず恥を掻く事も無いのでゲーム内で格好付けるのは問題無い。しかし“管理者”である俺はそうも行かない。このアバター名。いや、“ユーザーネーム”って言った方が良いか。俺のユーザーネーム“ライト”。もプレイヤーや同じ管理者に知られているからな。あまり痛い掛け声には出来ない。まあ、それなら“オラァ!”とか簡単な事を言っても良いんだけどな。
「伝家の宝刀──“光速連鎖”!」
そして放つ、もう一つの必殺技。
先程の“星の光の剣”はあくまで身体能力の向上を目的とした伝家の宝刀。この状態でも様々な必殺技を使う事が出来る。おそらくこのゲーム内に存在するアバターの中でも、上位に食い込む大技だろう。
「光の速度で終わらせてやる!!」
これもまたシンプルな掛け声。しかしこれで良い。光の速度で動ける俺だからこそ言える掛け声だからな。
言い終えると同時に踏み込み、ステージ全体を揺らす。そして秒も掛からずに敵の前へ到達し、光輝く剣を向けた。
「行くぞ……元・仲間。お前を追放する……!」
「……!」
一閃。光の速度で相手を抜き去り、敵を俺の背後に立たせる。次の刹那にUターンし、またもや秒も掛からずに到達した。
到達した瞬間首に斬り付け、次の瞬間に俺は腹部を斬っていた。瞬間、刹那に行われる攻撃。因みに俺はもう、既に百回は斬り付けている。
敵から見れば一度通り過ぎ、首と腹部に攻撃を入れられた錯覚しか無いだろう。それこそ狙い。これから更に斬り付け、数千ヒット以上のダメージを与えるつもりだ。
「はあ!!」
同時に放つ、光の斬撃。光の速度は残像すら残さない。残像を残すのは中途半端に速いだけだからな。光の速度なら相手には、太刀筋が消えて見えるだろう。
一瞬で頭に百発。胴に二百発。下段に三百発。上下に百五十発ずつ。速度は徐々に上昇し、頭に千発。腕に三千発。胴に四九九九発。これまでの合計、九九九九。後一撃で一万に到達だ。
「これで終わりだ!」
「……ッッ!!」
そして放たれた、シンプルな縦斬り。今まででの九九九九発も一撃一撃に通常の必殺技程の威力は秘められていたが、それとは比べ物にならない程の攻撃力を誇る。一瞬遅れ、攻撃数がカウントされてヒット数上限の九九九九をオーバーフローし、“ERROR”の文字が記される。ゲームの機能ですら図れない程の攻撃。それが俺にのみ扱える必殺技、伝家の宝刀──“星の光の剣”だ。
斬られた首謀者は膝を着き、自動回復や無敵チートも虚しく体力ゲージがゼロとなる。光が包み、粒子となりつつある者の上に記される“GAME OVER”の文字。
「ハッ、決まったみたいだな。この世界で何か細工をしていたみたいだが、それも無意味だ。お前の野望は分からないが、それは阻止されたって事よ。後でデータベースからお前を探し当てるから、後悔しながら待ちわびろ」
「……」
これで完全に決着は付いた。軽く笑い、首謀者に勝ち誇った顔で話す俺。しかし首謀者は依然として黙り込んだまま。
しかしローブから覗く不気味な目が俺を捉えていた。
何ともまあ、不気味な奴だ。
「フフ、我の目的は達成された。“世界と繋がるもう一つの世界”は一つの世界ともう一つの空間が繋がる事で完成する、MMORPGだ。“現実”と“仮想”。VRMMOとARMMO。それらが融合する事で一つの大規模なゲームとなる……我が追放されようが、貴様ら全人類に元の世界は残っていないぞ……!!」
それだけ告げ、そのまま消滅する首謀者。
つーかお前、一人称“我”かよ。いやまあ、ゲームだからおかしくは無いが……何だかなぁ。
色々と意味深な事言ってたけど、大きな野望を持っていたってのは分かったな。一先ず戻って、この事について報告するか。
俺は“転移”を使い、この世界の管理部屋に戻った。後は現実世界でさっきのアバターを調べてこの件は終了かな。
気になる事もあるが、取り敢えず一段落は付いたのだった。
三話目もお読みくださりがとうございます。
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