ステージ2-9 幹部との死闘
「……確か、蜘蛛の糸は縦糸に粘り気がなくて横糸に粘り気があるんだっけか。種類によって巣の張り型は様々。そしてこの蜘蛛が色んな蜘蛛の能力を備えているとして、多分だが最もポピュラーな巣が選ばれている筈。攻略方法……というより近付くには縦の糸を進んだ方が良さそうだな」
「そうだね。ユメちゃんやセイヤは基本的に動かないから、私達があの蜘蛛の意識を逸らそうか」
作戦は決まった。作戦という程大層なものではないが、俺とソラヒメが囮と陽動の役を担えば良い。要するに今までと同じだ。
物理的な力があまり効かないにしても意識を逸らし、俺達が堪えれば次第に“SP”も回復する。そこを一気に突く。
「まあ、縦の糸って言っても、割と滅茶苦茶な構造だから誤る可能性もあるな」
「その時はその時だよ。ライト!」
「ま、そうだな!」
『フン、馬鹿みたいに真っ直ぐ来るか』
その瞬間、俺とソラヒメがスパイダー・エンペラーに向けて駆け出した。
スパイダー・エンペラー。蜘蛛皇帝は余裕のある面持ちで俺達の姿を追い、そこに向けて八つの脚を動かしながら迫り来る。
厳密に言えば、巣のある状態の時はあまり視力を使わないとも言われている。なので糸に伝わる振動で俺達の姿を追っているようだ。
『“毒液”!』
「狙いは私かな!」
そして定めた狙いはソラヒメに向いた。
おそらく俺よりも速く移動しているので空気の揺れや地響き。糸へ伝わる振動が俺よりも多いのだろう。
それなら遠慮なく攻めさせて貰う。
「そらっ!」
『……! 邪魔だ!』
ソラヒメと蜘蛛皇帝の距離は中距離程の差。なので俺がその身体に木刀を振り下ろすと同時に意識が俺に向いた。
その瞬間にソラヒメが距離を詰め、跳躍と同時に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
『……! 今度は主か……!』
「あちゃー、これもあまり効かないんだね。蹴りの力はパンチより強いのに」
そんな後ろ回し蹴りも大したダメージにはならない。ソラヒメは距離を置いて縦の糸に着地し、頭を掻いて苦笑を浮かべる。
本来の世界に準じているこの世界の感覚からして、攻撃方法にも多少の差が出る筈。おそらくパンチよりキックの方が強いのだろうが、それもほぼ不発に終わった。
「じゃあ次!」
『ぐぬぅ……次から次へと!』
俺は木刀を両手で持ち、そのまま振り下ろす。
ダメージはかなり少ないが、それでも片手で振るった時よりは効いている。ソラヒメの蹴りと言い、木刀での握り方と言い、俺の推測が当たったみたいで何よりだ。やはり大半は本来の世界と同じ感覚だった。
ダメージが少ない蜘蛛にも煩わしく思わせる事が出来たらしく、囮や陽動としての動きならほぼ完璧に役割を果たしているだろう。
『“金剛糸”!』
「おっと、広範囲を狙ったか。本来の蜘蛛には出来ない動きだ。その辺はちゃんとゲームしてるんだな」
周りの俺達を薙ぎ払うべく、口や脚。腹部から無数の糸を放出して辺りを貫く。
本来の蜘蛛は腹部の部分にしか糸を出せる場所は無いが、ゲーム仕様というべきかあらゆる箇所から糸を放出できるらしい。
『この感覚、仕留めていないか。それならば“操り人形”!』
「……!」
次の瞬間、その糸が壁から何かを引きずり出し、そこからその何か──糸にくるまれた人間を操った。
繭のような糸の集合体を破り、既に死している人間達が文字通り人形のように操られる。成る程。既に仕込んでいたのか。
てか糸使いって、基本的に人を操るか糸で敵を切る感じだな。この蜘蛛皇帝にとっての糸は頑丈な身体のおまけみたいなものだけど。
「「「…………」」」
「死体とは言え、人型の存在を切るのは色々思うところがあるな……死んでいるだけ良心的だ」
この可哀想な人々を救う為にも、俺は心を鬼にして木刀で薙ぎ払う。
狙いはあくまで人々を操る糸の部分。肉体を狙ったら本当にバラバラになるまで動きを止めないから当然だ。
一番良いのはこんなやり方をするあの下衆野郎を倒す事だけどな……!
「……。“ファイア”……!」
「……!」
『……っ』
──次の瞬間、横から炎が放たれ、人々を操る糸を焼き切りかなりの強度を誇る巣を一部消し去った。その余波は蜘蛛皇帝にも届き、一時的に怯ませる。
「……。スパイダー・エンペラー……最ッ……低ッ……!」
「……!」
そちらの方向を見やり、ユメの顔を見たがすぐに逸らしてしまった。
怖っわ……! あの優しいユメがそんな顔するのか……侮蔑と殺意と怒りを秘めたあの表情。本能的に俺の中の恐怖が駆り立てられる。近くのセイヤとアイビーさんもユメから若干距離を置いていた。
『炎魔法……! ダメージは少ないが、厄介だな。先ずはあの小娘を仕留めるか……!』
「……! ユメ! 危ない!」
炎魔法によって俺とソラヒメの連続攻撃よりも多くのダメージを負った蜘蛛皇帝は一番危険と判断したのか、標的を俺達からユメに変えた。
咄嗟に後を追うが中々の速さ。このままじゃ間に合わ──
「──究極魔法、“轟炎乱火”!!」
『……!?』
「……。え?」
──ない、と思ったが、“圧縮火球”とは違う必殺スキルにて焼き払った。……マジかよ。……。女性陣に対して“マジかよ”しか思っていないな、そう言えば。だが、それ程驚かせられるのだから仕方ない。
炎魔法の必殺スキル“轟炎乱火”。乱舞するような火の渦を大量の炎が突き抜けて対象を焼き払うスキルみたいだが、ヤバイな。一気に敵の体力が残り僅かにまで減り、地下にある筈の大広間にトンネルを造り出した。無論、そのトンネルは大地が熱せられて溶岩のようになった地獄みたいなトンネルだけどな。
「ユ、ユメ……ちゃん……ナ、ナイスアシスト……!」
「……。ユメ、ご苦労様……です」
少し遅れ、ソラヒメが引きながらグッドサインをし、近くのセイヤが眼鏡を何度か直しながら言葉を絞り出す。俺は呆気に取られて何も言えなかった。
ま、まあ、何はともあれ、一気に体力は削れて巣も消え去った。結果オーライ……って事にしておくか。
「さ、さて。ユメのお陰で後少しに持ち込めた……一気に仕掛けるか!」
『ぐっ……おおぉぉぉ……! この我が……我の鎧が……肉体が……!! こんな……こんな小娘如きにィ!!!』
「随分とお怒りのようだな。けど、多分ユメの方が圧倒的に……いや、何でもない。取り敢えず倒す!」
かなり憤っている様子のスパイダー・エンペラーだが、さっきのユメを見たら大して何も感じない。体力は後僅か。テリトリーも傀儡もいない。完全に俺達が有利な状況になっていた。
『許さぬ……許さぬぞ……! 生かしては置けぬ……! 虫けら共が崇高なる我を虚仮にしおってッ!!』
「……。虫はお前だろ」
『黙れ小童がッ!!』
ありゃりゃ。本当に怒り狂ってるな。追い詰められた肉食動物は危険とはよく聞くけど、虫に感情があればこんな感じなのかもしれない。
「だが、許さないというなら俺もだ。エーデルさんを始めとして、使用人を一人。そしてさっきの人々……全部テメェが殺ったんだからな……!」
『案ずるでない……! 主も何れああなる……!』
「なるかよ! テメェはその存在すら消し去るけどな……!」
『やってみよ! “金剛糸”!』
「それはもう見切った!」
硬く鋭い糸が射出され、それを俺は見切って躱した。
そのまま踏み込んで加速。一気に距離を詰め寄り、懐と思しき場所に潜り込んで木刀を振り上げる。そのまま仰け反らせ、跳躍と同時に回転して威力を上げた木刀を叩き付けた。
『……っ。効かぬ! だが、この体力では厳しいモノがある……!』
「狙いは……そこだ!」
『……ッ!』
叩き込んだ攻撃には怯まない。しかし確かな手応えはあり、今度は脚に叩き付けてバランスを崩させる。
「その巨体じゃ、脚がやられたら大変だよな?」
『……ガキが……!』
「だったら私も狙うよ!」
『……!』
狙いは細長い脚。頑丈ではあるが、何度も攻撃されれば怯むかもしれない。動きを止めるだけなら管理者専用能力を使えばいいかもしれないが、コイツは正面から粉砕したい気分だ……!
まあ、もう既に地形生成のアビリティは使っているんだけどな。
「だったら私も! “ファイアボール”!」
「なら僕も便乗しようか……!」
『ぐっ……次から次へと……!』
火球が脚に直撃し、熱せられた場所に矢が当たってヒビを入れる。どうやら俺達の肉体と違い、蜘蛛皇帝の肉体は頑丈な割にダメージが外傷として残るらしい。
いや、頑丈だからこそか。首謀者はゲームを楽しませるのも目的。ちゃんとバランス調整などはされているって事だ。
「一気に仕掛ける!」
『……ッ! させるか!』
「……!」
追い詰めた次の瞬間、蜘蛛皇帝はエーデルさんの皮の中へと避難した。
考えたな。脚は剥き出しだからこそ狙われる。それなら剥き出しにしなければいいだけ。そのまま起き上がり、一心不乱に大広間の出口へと駆け出した。
『一時退却だ……! 傷を癒し、舞い戻る!』
「待て! キレてた癖に尻尾巻いて逃げてんじゃねえよ!」
『馬鹿め! 我に尾など無い!』
「そう言うことじゃねえ!」
言葉は返すが止まる気配はない。しかしこのまま逃がす訳にもいかないだろう。今までの償い、その命を以てして払わせなくちゃならないからな。
先程の言葉を訂正する事になりそうだが、俺達は管理者専用能力。“停止”を──
『……!? 何故だ……何故動かぬ……!』
「……!」
使用する前に相手が動きを止めた。
俺は周りを見渡してユメ、ソラヒメ、セイヤの様子を確認するが誰もまだアビリティを使っておらず、当然アイビーさんでもない。
そして次の瞬間、蜘蛛皇帝。スパイダー・エンペラーの方から声が掛かってきた。
「今だ君達! この身体は……私が止めた……!」
「……! まさか……!」
確実にスパイダー・エンペラーとは違う声。掛かる筈の無い声。もし意識があったとしても声帯は既に消化されている筈。だが、その声の主は一人しか考えられなかった。
『貴様らァ! 何をした!? 外せェ!』
「……! 蜘蛛野郎には声が聞こえていないのか……?」
身体を引っ張るように少しずつ動かすスパイダー・エンペラー。状況が状況なので自身が抜け出せば良いという事に気付いていない様子。
そしてその様子から、声が聞こえているのは俺達に対してのみという事が分かった。
「あ……嗚呼……エーデル=ワイス様……」
「すまなかった。私のせいで引き起こされた事態……私が止める……!」
その声はアイビーさんにも届いている。俺達にしか聞こえない声。
もしその意思が本当ならば、俺達に攻撃を止める理由は無い。
「恩に着るよ。エーデルさん!」
『エーデルだと!? 一体何を……!』
「あの世で聞いてみな!」
『……ッ……!』
踏み込み、加速。刹那に木刀を振るい抜き、エーデルさんの肉体ごとスパイダー・エンペラーを吹き飛ばした。
そこから追撃するようにソラヒメ、ユメ、セイヤが仕掛け、一気にトドメを刺す。
「はあ!」
「“ファイア”!」
「はっ!」
拳が打ち付けられ、大広間の床が抜ける。そこに炎魔法が放たれて炎上。エーデルさんの肉体が溶け、蜘蛛の顔が剥き出しになる。
そして次の刹那、セイヤが炎の隙間から的確に眉間。蜘蛛の無数にある目を貫いた。それによって絶命の声を上げるまでもなく、スパイダー・エンペラーは光の粒子となって消え去った。
【モンスターを倒した】
【ライトはレベルが上がった】
【ユメはレベルが上がった】
【ソラヒメはレベルが上がった】
【セイヤはレベルが上がった】
【ボス討伐ボーナスアイテム獲得。蜘蛛の金剛糸。強靭な脚。宝石の目。蜘蛛の毒牙。】
「まさか……そんな事があるのか……」
だが、スパイダー・エンペラーなどもうどうでもいい。レベルも上昇し、アイテムも色々と入手したが、そんな事は気にならない事柄がたった今起きたのだから当然だろう。
「“NPC”が自我を持って助けてくれた……この世界のノンプレイヤーキャラクターはデータの集合体なんかじゃなく、俺達と同じような存在なのか……」
「有り得るね……基本的にこの世界の存在は死すると光の粒子になる。肉体が消えても脳が残っていたからエーデルさんは自分の意思でスパイダー・エンペラーを止め、光の粒子になったからこそ声を届かせる事が出来た……って感じかな……」
俺が、俺達が気になった事は自分の意思で行動を起こしたエーデルさんについて。
もしも自分の意思があるのなら、脳以外の全てが無くなったエーデルさんの肉体の行動や先程の声について辻褄が合う。まあ、光の粒子になって声を届かせる方法は分からないが、それは置いておく。何はともあれ、この世界の存在には確かな意思があるのかもしれない。
「……。今はその話は止めておくか。エーデルさんのお陰でスパイダー・エンペラーを倒せた。その事実は変わらないんだからな。一先ずワイス家に戻ってエーデルさんの勇敢な死を話そう」
「そうだね。アイビーさんや“レコード”の街の人々にエーデルさんの事は関係あるけど、思考や意思の存在については僕達の問題だ。管理所……ギルドに戻ってこの話を纏めようか」
「うん、そうだね。なんか、今の私は明るく振る舞えないや……」
「……。なんだか気分が落ち込んでしまいますね……」
魔王軍の幹部、スパイダー・エンペラーは倒した。俺達内の問題はともかく、この世界に関する事で何らかの成果を得られただけまだ良い方だろう。
俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤの四人はアイビーさんと共に一度“レコード”の街のワイス家へと向かうのだった。




