ステージ19-19 地龍
『グギャア!』
「やあ!」
岩石が音速を超えて吐き出され、ソラヒメが拳で殴り付けて粉砕した。
岩石の欠片は周囲に散り、破片だけで散弾銃並みの破壊力となって背後の建物に穴を空けた。
「地には……安直だけどこれかな。“水の矢”!」
「龍も骨格と質量的に現代の地球の重力下じゃ活動出来ないんだけどね。それに加えて質量のある岩の身体なんて。“ダイナマイト”!」
「ハッ、ここは地球だが、元の地球とは違ェからな! “漆黒刺突”ゥ!」
『ギュオオオォォォォ……!』
地龍に向けてセイヤが水属性を付与した矢を放ち、マリンがダイナマイトを形成して爆破。シャドウが槍にて貫いた。
それらを受けた地龍にもそれなりのダメージはあったようだが、体力にはまだまだ余裕がある。レベル差は約300。それなのに上級装備での通常スキルを受けてこの様子。やはり予想通り、体力と耐久力の高いモンスターのようだ。
「これは長期戦覚悟かな。誰でも良いから専用スキルが使えるようになったらすぐに済むんだろうけど」
『ゴギャア!』
頭上から岩石を落とし、周囲に穴を空ける。それのみならず、無数の大岩が雨のように降り注いだ。
ただ落としているだけではなく、様々な属性を付与している。加えてLv999からなる大岩。その一つ一つに山河を粉砕する以上の破壊力が秘められていると考えれば、最悪この区画が消え去り、そのままパンゲア大陸の一角が沈むだろう。
「あれ全部防がなきゃね……!」
「チッ、面倒だ……! “雷神”!」
「私も……! “重力怨波”!」
ソラヒメが跳躍して大岩を粉砕し、キングが雷神を宿して雷で破壊。怨念を重力に変換させたクイーンも大岩を防ぎ、その全てを反射するように地龍の元へと返した。
「すごーい! クイーンちゃんは呪術で反射させる事も出来るんだ!」
「べ、別に貴女に褒められても……」
呪術も一種の魔術。なのである程度の物質や気体、概念に変化させる事も可能なのだろう。
そんなやり取りも束の間、大してダメージを負っていない地龍は更に嗾けた。
『グゴゴゴ!』
【“地割れ”】
「「「……!」」」
足元が割れ、奈落が形成。ソラヒメ達とキング達は即座に反応して建物の上に立ち、何とか躱したが、反応の遅れた他のプレイヤー達がその底へ沈み、
『グガァ!』
「た、助け──」
「ゃ……嫌──」
「キングさ──」
「クイーンさ──」
「……。……え?」
大地に圧殺された。
今のスキルは地割れを起こし、そのまま押し潰すもの。轟音と共に奈落が閉じ、その中から光の粒子が漏れ出る。クイーンは小さく呟き、何が起こったのか分からない様子だった。
【【【GAME OVER】】】
「なっ……」
「そんな……嘘……」
そして表記された、完全消滅の証明。
即死。あのプレイヤー達のレベルは定かではないが、Lv999のスキル。一撃でやられてしまうのもおかしくはないだろう。
『ギュオオオォォォォッ!!』
「呆気に取られている場合じゃないよ!」
「「……!」」
次いで地龍が動き出し、ソラヒメはたった今の光景を飲み込めない様子であるキングとクイーンの腕を引き、その場から飛び降りるように離れる。直後に三人の立っていた建物が崩落させられた。
そのまま勢いよく着地し、悠然と佇む地龍に向き直った。
「空は飛んでいないんだね……ただ単に大きいから見下ろしているだけ……」
「「…………」」
地龍は空を飛んでいる訳ではない。そもそも空を飛んでいる龍とはあまり出会っていない。
それではまるで岩石からなるただの蛇だが、その岩石を用いて浮遊する事も可能であり、様々なスキルも龍としての要因なのだろう。
『グゴォ!』
「“強拳”!」
突撃してきた地龍をソラヒメは拳で殴り返して受け止め、背後に大きな亀裂が入る。刹那に暴風にも近い衝撃波が散り、辺りの瓦礫を巻き上げた。
「ただの突進が上級装備のスキルと互角かぁ……!」
『グゴゴゴゴ……』
スキルを用いて相殺したが、流石のLv999。ソラヒメの手は衝撃で痺れており、体力ゲージも僅かながらに減っていた。
『グゴォ!』
「「……!」」
「あ……!」
受け止めたソラヒメだが、地龍の岩は遠隔で放てる。キングとクイーンの頭上には雷が付与された大岩が降り、未だに呆けている二人はハッとした。
気付いた時、既に眼前へと雷鳴轟かせる大岩が──
「っ危なぁい……」
「テメェ……」
「貴女……」
迫り、追い付いたソラヒメが感電しながらそらを受け止めた。
体力ゲージは更に減り、残り半分程。その痛みに冷や汗を掻きつつ、笑顔で二人に視線を向ける。
「大丈夫? ごめんね。怖がらせちゃった」
「どうして……」
「何で敵の俺達を助けた……?」
自分達を助けたソラヒメに対し、純粋な疑問をぶつける。ソラヒメは笑って続けた。
「プレイヤーには敵も味方も無いよ。消滅した私の仲間が言っていたんだけど、この世界じゃプレイヤーに優劣が無くて全員が主人公になれるんだって。だからこそ、それぞれの意思がある。当たり前だよね。それによる対立もあるでしょ? 偉そうかもしれないけど、出来る事なら私は全員を護りたいの……さっき消滅しちゃった人達も助けたかった……私がもっと早く気付いていれば……!」
「……っ。言動が矛盾してやがるぜ……さっきは妹を殴り、ぶっ殺そうとしたじゃねェか……」
「うん。無理矢理にも協力して貰う為にもね。だからアナタ達は怒った。今回の対立はそもそも私が原因だからね……。アナタ達が専用スキルを使えれば犠牲者が出る事もなかった……私達が来なきゃ平和だった……だから今はみんなを護るよ。私が消滅してもね!」
「……っ。わ、私達も元々入ってきたアナタ達をタダで返すつもりはなかったよ。入った時の言葉通り……凌辱する気満々だった」
「かもしれないね。けど、仕掛けたのはこっち。だから私がやらなきゃ……!」
そう言い、地龍の顔面を拳で殴り付ける。同時に蹴りを入れ、巨躯の身体を打ち倒した。
しかしダメージは少ない。故にソラヒメは更に仕掛ける。
「“疾風迅雷”!」
『……!』
疾風のような速度で雷を纏い、そのまま高速で通り抜けて連続した属性ダメージを与える。
変わらずダメージは少ない。瞬間的に力を込め、大地を踏み砕いて跳躍しながら天から嗾けた。
「“隕石落とし”!」
『……!』
空気を音速以上の速度で蹴り、落下速度を上昇。同時に踵落としを打ち付け、地龍の頭を大地へと叩き付ける。それによって周囲は陥没し、辺り一帯が少し沈んだ。
「硬いなら……脆くすれば良い! “アシッド”」
「脆くなった部分に硬度のある物質をぶつければ良いのかな。“硬質矢”」
「俺はいつも通りやるだけだぜ! “漆黒槍撃”ィ!」
地龍に酸。しかもただの酸ではない強酸を掛け、その肉体をほんの少しでも脆くさせる。そこにセイヤが頑丈な矢を撃ち付け、シャドウが黒い槍を貫通させた。
『ギュゴォォ……!』
「ダメージはあるね。あるだけだけど」
「硬さだけじゃなくて体力もあるみたいだからね。少しは物理防御力も下がったと思うけど」
「ああ言うモンスターは魔法とかが効果的なんだけどな。生憎俺達は魔法使いや魔術師じゃねェ」
「そんなもの居なくていいよ」
硬いだけで体力が少ないなら良いのだが、おそらくボスモンスターであろう地龍は体力もある。
その様なタイプのモンスターへの有効打は魔法や魔術のような魔力依存の攻撃なのだろうが、ソラヒメ達にその職業は居なかった。
この場に集ったプレイヤー達には神官や呪術師のキングとクイーンを含めて何人か居るが、
「なんだよあの化け物……」
「ボ、ボスモンスターだ……」
「勝てる訳がねェ」
「仲間達が一瞬で……」
「消滅したもんね……」
仲間達が一瞬で消滅した事実を前に動けずに居た。
いや、厳密に言えば動いてはいるのだが、地龍の攻撃を避けるのが関の山。かなり精神的に疲弊したようだ。仲間が一気に消え去ればそうなるのも当然である。
それを踏まえ、今のところ比較的まともな精神で戦えるのはソラヒメ、セイヤ、マリン、シャドウの四人だけだろう。
『ギュゴォォ!』
【スキル“隕石”】
「んなっ!?」
「当然隕石も鉱物扱いだよね……!」
地龍が吠え、空から直径数キロの巨大隕石が落ちてきた。
これが地上に落ちれば山河や街どころではない甚大な破壊が起こるだろう。何としても砕く必要がある。
「純粋な質量なら……山の方が大きいのかな!」
「テメ……!」
即座に踏み込み、空へ向けて加速。同時に拳へ力を込め、殴り抜いて秒速数十キロ。直径数キロメートルに及ぶ隕石を破壊した。
別におかしな事ではない。Lv700に迫るソラヒメなら一挙一動で天災規模の攻撃が出来る。
通常攻撃で複数の山河を破壊するのがLv500以上だとして、今のソラヒメはそんな段階とっくに飛び越えている強さだからだ。
「やれやれ。破片もあるから危険だね」
破片はセイヤが複数の矢を飛ばして貫き、更に細かく砕いた。
数キロの隕石は姉弟の攻撃によって砂塵と化し、周囲を覆い尽くす。
『グロゴォ!』
【スキル“山岩”】
「空の次は地面かよ!」
「大陸移動で盛り上がった山みたいなものだね!」
隕石の砂塵が降り注ぐ中、地龍が大地を振動させて岩を山のように突き上げた。
いつぞやのマウンテン・クロコダイルのスキルにも似ているが、あれはあくまでそのモンスターの身体に出来た鳥肌のような物。地龍のそれは大陸その物から突き出していた。
「うがぁ!?」
「痛ェ……痛ェ……よォ……」
「わーん! 下半身が切断されちゃったー!」
「私の身体……どこ……」
突き上げた岩はかなり鋭利なもの。他のプレイヤー達は身体をバラバラにされ、その苦痛に悶える。
この世界なら直ぐ様肉体は再生するが、
『ガウ』
「「「……ッ!」」」
【【【GAME OVER】】】
地龍によって消滅させられてしまった。
大陸その物を変化させるスキルはあくまで足止め程度。動けなくしたところで補食したのだ。
「く、食いやがった……」
「ヒィィ……!」
それによって恐怖が更に連鎖し、半数以上が全速力でその場を離れる。そのプレイヤー達を見やり、ソラヒメは叫んだ。
「ダメ! 私達から離れたら……!」
『グガァ!』
「「「……!?」」」
【【【GAME OVER】】】
「……。離れなくても護れなかったかな……」
引き止めようとした瞬間、プレイヤー達は巻き上げられて尾に打たれる。その一撃で頭や四肢がもがれ、そのまま瓦礫に叩き付けられるよう押し潰されて光の粒子が天に散る。この世界でなければ周囲は血みどろの悍ましい光景が広がっていた事だろう。
当のソラヒメだが、全員を護ると豪語したてまえ、次々と消え去るプレイヤーを前に意気消沈してしまった。
「結局……私は誰も護れないのかな……偉そうな事言って……私にライト達を励ます筋合いなんて無いのかな……」
誰に言う訳でもなく、呟くように話す。
手が震え、自然と涙腺が刺激された。しかし涙は堪え、歯を食い縛って目の前の地龍に構える。
「落ち込むのは後だよね……うん、そうだよ。みんなにカッコ悪い姿なんて見せられない……私がしっかりしなきゃ……私がみんなを守らなきゃ……全部私がやらなきゃ……! ライフの時も……エクリプス公爵の時も魔王の時も……私が一人で全部終わらせる事が出来ていたら今もみんなと笑えていたんだもんね……!」
「……? 貴女……」
誰にも聞こえない声でブツブツと呟き、近くに居たクイーンのみが異変に気付く。しかし既にソラヒメは地龍へ身体を向けており、一気に踏み込んで加速した。
「ちょ、ちょっと……!」
「体力を……削り切る……!」
クイーンの声は耳に入らず、地龍の身体を駆け抜け、通る箇所に拳や足にてダメージを通す。当然のように反撃はされ、自分自身の体力も減るがそんな事を意に介している暇もない。更に踏み込み、地龍の身体を踏み砕いてその眼前に迫った。
「──奥の手・“暗黒竜神拳”!」
『……ガ……!?』
迫った瞬間に闇の気配が拳に纏い、邪竜を生み出す。その一突きが地龍の頭を粉砕した。
シャドウと共に行動した事で得たスキル。頑丈な地龍の頭を砕く程の破壊力だが、
「……ッ! 痛ぅ……やっぱり上級職のスキルには代償があるよね……!」
通常職にて使用した完全なる上級職の必殺スキル。痛みは一瞬だが、通常スキルの時とは異なり、反動のようなダメージも放った方の腕に伝っていた。
「アハハ……良いね。ヒーローにでもなったみたい……代償がある攻撃……ちょっと痛いけど、これなら面倒な地龍にも少しは楽に勝てる……!」
『グルルルル……』
頭は砕き、顔の岩石は剥がれたが、頭が取れた訳ではない。しかし今までに与えたどの攻撃よりもダメージは多く、後数撃で仕留める事も可能だろう。
ソラヒメ達とキング達。織り成す地龍との戦闘は、諸刃の剣ではあるが有効打を掴めた。




