ステージ2-7 街の図書館
「いやいや、すまなかったね。私は大丈夫だ。君達の迅速な処置のお陰だね」
「そうですか。良かった」
スパイダー・エンペラーを倒した後、“レコード”の街にあるワイス家の屋敷に戻った俺達は、ベッドの上にて平気そうにするエーデルさんと共に居た。
時刻は日が昇り始めた頃合い。周りには使用人達がおり、全員が心配そうな面持ちだ。
主が大怪我を負ったので当然だが、使用人達に信頼されているのを見る限り本当に良い人なのだろうとつくづく思う。
「それで……つかぬことを聞きたいんだが、君達はこの街についてどれくらい知っている?」
「……え?」
唐突に、エーデルさんが俺達にこの街について訊ねてきた。
なんの脈略もないが、何か考えているのだろう。特に深く考えないで応えるか。
「いや、深くは知らないな。街自体がそれなりに発展していて、エーデルさんに教えて貰ったようにこの世界の歴史を知る街……って事くらいだ」
「私もそんな感じですね。三日前に来たばかりという事も踏まえてそれくらいです」
「私もそうかな。雰囲気の良い街だけどね♪」
「同じく。僕もライト達と同じような事しか知らないけど……何故急にそんな事を?」
何はともあれ、知っていることは少ない。まあ、昨日今日。三日四日とは言え、この世界に変わったのが本当に最近。どんなに勉強熱心な者だとしても分からない事の方が多いだろう。
俺達はそれについてのセイヤの言葉に対する返答を待つ。
「そうだね。君達は謂わばこの街を救ってくれた英雄だ。だから……この街の図書館にてちょっとしたサプライズの褒美を授けようかと思ってね」
「褒美?」
「ハハ、それを今言ってはサプライズにはならないだろう。案内したいんだ。良いかな?」
「あ、エーデル様。動いてはなりません!」
「大丈夫だ。彼らのくれた回復薬はかなり効く。どこで手に入れたのか気になるくらいだ」
ベッドから起き上がるエーデルさんを止める使用人。しかし俺達のあげた回復薬。即ち自動販売機のジュースを飲んだ事で大分回復したらしい。
「ハハ……あのアイテムはその辺に置いてある物で、ちょっとした金銭で購入出来ますよ」
「その辺に……成る程。あの箱か。確かに大量のアイテムが置いてあった……今度詳しく調べてみるのも良いかもしれない」
「へえ……成る程」
どうやら自動販売機の使い方は分からないらしい。お金を入れてボタンを押すだけの単純な作業だが、この様にモンスターの溢れている世界。何らかの罠が張られていると勘繰り、中々行動に移せない感覚も分かる。
「まあいい。取り敢えず図書館だ。そこで見せたいものがある」
「そんなに急ぐモノなのか?」
「……。ハハ、そりゃあね。早いところ褒美を授けたいんだ」
「ふうん?」
妙に急いでいる気がするが、まあいいか。いや、普通は怪しいなら警戒した方が良いだろう。
だが、警戒したところで行ってみなくては分からないこと。なので何かがあったとしても確認するに越したことはない。
「じゃあ、行ってみるか。褒美って言うなら貰っておいて損はない。……と思う」
「そうですね。何かがあるなら確認した方が良さそうです」
「そうだねぇ。何がどうあれ、一度は行ってみたかったし。図書館!」
「本当に街を散策していただけだったからね。僕も図書館には興味がある」
エーデルさんの様子にユメ達も警戒はしている面持ち。だが、おそらく俺と同じような感覚みたいだ。何かがあるとしても行ってみなくちゃ分からない。元々この、数日前に出来たばかりの街で。この世界にどの様な歴史が刻まれているのか。管理者として知っておきたいところだ。
俺とユメ、ソラヒメにセイヤ。そしてエーデルさん。その他に二人の使用人。その七人で“レコード”の街の記録保管所。図書館に向かうのだった。
*****
──“レコード・国立図書館”。
上の文字を他所に進み、俺達は図書館へと入った。
しかし“国立”か。この国が日本という国名のままなのかは分からないけど、どこの国で設立されたのか気になるところだな。
「ここだ。ここに褒美を置いてある」
「ここって……本が置いてある棚か」
エーデルさんの案内で辿り着いたのは大きな本棚。まあ、隠し通路があるなら王道の場所だな。こう言った場合の褒美とかは封印された何か。とかがベタ。見た感じ今回はそれに近いようだな。
しかし本は厳重に保管されている。中世の本は盗まれない為にテーブルで鎖に繋がっていたり本棚自体にも細工があったりと厳重らしいが、正にそれだろう。
「それで、これは機密事項で使用人にもこの二人にしか教えていない事なんだが……」
「隠し通路でもあるってところか」
「……! おお、凄いな! よく分かったものだ! 流石はギルドの一員。冴えているみたいだね」
大袈裟に驚くエーデルさん。
何だろうな、この感覚。初対面に会った時も依頼に関して裏があったから違和感があったが、今回はそれとは少し違う違和感もある。
「じゃあ、早速開けてみよう」
エーデルさんは本を何らかの手順通りに動かし、しばらくして本棚が轟音と共にズレた。
うん。予想通りの動きだな。後は予想外になりうる事柄。“褒美”が何を示すのか気になるところだ。
そこから地下へ続く階段を降り、大広間のような場所に出た。
「あそこにある物。見れるかな? 本と箱がある。本はこの世界の歴史を記す書物。そして箱にある物は謎。本は必要無いから、謎の箱を授けようと思う」
「謎の箱……そんな怪しいものをそう簡単に受け取れるかと言われたら……」
謎の箱。エーデルさんにも分からないその箱をくれるらしい。
そんなものを簡単に受け取る訳にはいかない。必ず何かあるだろ、これ。
「ハハ、まあそうだろうね。けど、その箱は私には開けられないみたいなんだ。だから、君が今ここで開けてみてくれないか?」
「……え?」
話が急展開した。
いや、待てよ。何か方向性が変わってないか? 開けてみてくれってなんだよ。
「えーと、くれるんですよね? それをこの場で開けてくれと……?」
「ああ、そうだ。中身が分からない状態ではあげる側としても問題がある。だから一旦確認して危険な物でなければ授けようかと思ってね。大丈夫当てはあるからね。君達にとって必要無い物ではないと思うんだ」
「いや、」
「大丈夫さ問題無いさあ受け取りたまえ決して無駄ではない必ず必要になるものだ私が保証しよう」
「……っ」
どんどん早口になっているな。息継ぎ無しで長文を話している。その様子からするに、滅茶苦茶先を急いでいるという感覚は伝わってきた。
「何をしている? 早く受け取ってその中にある武器を 見せてくれ!」
「……!」
今、エーデルさん。……いや、コイツ……!
「アンタ……何で中身が分からないのに“武器”って知っているんだ? 何が入っているのか分からないなら、武器って事も知らないんじゃないか……?」
「おっと、口が滑ったか。これだから人間は操りにくい。まあいい。最悪、城に持って帰れば人間以外に開ける方法が分かるかもしれぬからな」
「その口調……!」
次の瞬間、エーデルさんの身体が糸が切れたように倒れ伏せた。それと同時に一人の使用人の身体が裂け、中から蜘蛛型のモンスターが姿を現す。
「他にもモンスターが……!?」
【モンスターが現れた】
脳内の声が答えてくれた。親切だな。って、それどころじゃない! 使用人の身体が割れた!? つか昨日と同じタイプのモンスター……!
「あ……ああ……」
「貴女は……最初に案内してくれた使用人さんか。貴女は無事みたいだな」
「あ、はい……アイビーと申します……」
「アイビーさんか。取り敢えず、どこかに隠れた方が……いや、ここは広いけど逃げ場がない室内。俺達の側に居た方が安全か……!」
アイビー。これまた花の名前がモチーフだが、それは特に置いておいていいか。取り敢えず俺達でアイビーさんを護る為に四方を囲む。
しかし蜘蛛のモンスターとなれば思い当たる節は一つだ。
「まだ生きていたのか……──スパイダー・エンペラー……!」
『フフ……ああ、そうだな。あの時は大変だった。傀儡が直ぐに壊れてしまったからな』
「その口振り……成る程な。あの時はあの場に居なかったって考えるのが妥当みたいだ……!」
現れた敵、昨日倒した筈のスパイダー・エンペラー。現れたと言っても姿は見えず、声のみがこの大広間に響いている状態。今この場に居て姿が見えるのLv25の蜘蛛型モンスターくらいだ。地味にレベル高いな。この雑魚キャラ……。
しかし相手が蜘蛛となると、天井に隙間。どこから現れてもおかしくない。屋外での戦闘より苦労しそうだ……!
『フッ、そうだな。あれは我の脱け殻だ。我のスキル“操り人形”にて我の脱け殻を操ったに過ぎない』
「随分丁寧に説明してくれるみたいだな。それ程余裕があるって事か……!」
『フフフ……』
笑って返事がない。しかし生きている。
とまあ冗談はさておき、ゲーム進行に伴ってスキルの説明は必然的に入るって感じか。
取り敢えず、昨日の蜘蛛皇帝は本物ではあるが偽物だったって訳だ。昨日感じた、倒した実感が湧かない感覚……考えてみたら、モンスターを倒した証明になる【モンスターを倒した】の表記が出ていなかったな。それが原因か……!
『……!』
そんな事を話しているうちに一匹のモンスターが飛び掛かってきた。ボスの姿が見えないので不安はあるが、目の前の敵を倒すのが先決だろう。
「じゃあ、私がやるよ。ライト達はアイビーさんを護ってて!」
「ああ!」
そのモンスターにはソラヒメが迎え撃つ。飛び掛かってきた蜘蛛の眼前に拳を叩き付け、一撃で打ち倒した。……マジかよ。確かにレベル差はあるけど、それでも一撃って。
「フン、使えぬ者だ。それならこの身体でやるとするか」
「……っ。エーデル様……!」
「エーデルさんの身体を操ったか……!」
蜘蛛皇帝は倒れたエーデルさんの身体を使い、人間離れした脚力で加速。一気に迫って拳を放った。
「肉弾戦なら任せて!」
「フム、本当に強い肉体だ。その肉体を貰い受けようか」
「……! ソラヒメ! 何かする気だ!」
「……!」
エーデルさんの拳を受け止めるソラヒメだが、何かを目論む様子の蜘蛛皇帝に向けて俺が木刀を振るう。それによってエーデルさんの身体を吹き飛ばし、大広間の壁に叩き付けた。
「エーデル様……!」
「いや、もう無駄かもしれない……おそらくあの蜘蛛野郎……!」
アイツ……アイツの操るってそう言う事か……確かにエーデルさんに“操り人形”を使ったって言っていなかった。ただ操りにくいとしか言っていない……! つまりアイツは……!
「ほう? 気付いたか。小僧。主の思っている通りだ。我はこの者の肉体を使っている』
「エーデル……様……」
「……っ」
メキメキと、関節を鳴らしながらエーデルさんの顔から自分の目を見せ、エーデルさんの口を使って笑う。
つまりそう言う事だ。コイツは……エーデルさんを殺してその肉体のみを乗っ取った……!
「ふざけやがって……!」
『……!』
怒りに任せ、俺は大広間の床を粉砕して加速する。そのまま木刀を振り下ろすがスパイダー・エンペラーはエーデルさんの片腕を自身の脚に変換させ、そのまま受け止めた。それによって足元から陥没して沈み、木片を空中に舞い上げた。
『そう怒るでない。たった一人、死んだだけだ』
「使用人も一人殺してるだろ!」
木刀を振るい、その全てがいなされる。
……っ。怒りに身を任せ過ぎたか。そう、この世界の“NPC”は本来の人間と違う。情は移るが、感情的になって俺が“GAME OVER”になったら元も子もないだろう。
「落ち着いて冷静に処理するか。一度は倒した相手だ……脱け殻だけどな……!」
『人をゴミのように扱うでない』
「人じゃない奴が何を言ってやがる……! しかもアンタの方が雑に扱っているだろ……!」
冷静に対処する。しかしエーデルさんの仇は討つ。相手が相手だが、倒せない事はない筈だ。
俺達とスパイダー・エンペラーの戦闘。それは脱け殻ではなく、本物とのボスバトルが開始された。




