ステージ2-6 蜘蛛皇帝
「よくも……エーデルさんを……!」
『ほう? 中々の跳躍力だ』
視認した瞬間、俺は感情に任せてスパイダー・エンペラーへと嗾ける。木刀を掲げ、そのまま振り下ろして見張り場所ごと粉砕させる勢いで仕掛けたが、それは鋼鉄のような強度を誇る脚によって防がれてしまう。
成る程な。コイツは他のモンスターとは一線を画す存在。耐久力も相応って事か。
「一先ず狙うか……!」
「“ファイア”!」
俺の一撃が防がれた瞬間、セイヤとユメが遠距離から狙い撃つ。スパイダー・エンペラーは蜘蛛の糸を用いて俺達の造り出した谷へ移動する。ネズミ返し式の足場だが、糸を使われたら逆に足場を与える事になるか。
「ライト! 敵の数も減ってきたし、そろそろこの地形は戻しても良いかもしれないよ!」
「ああ、その方が得策みたいだ……! けど、地形生成!」
ソラヒメの言うように谷は消し去り、平坦な道を形成。しかしそれだけでは終わらせず、今一度その力を使って“レコード”の街を大地で囲んだ。
まだ蜘蛛型モンスターの群れは残っている。なので念の為にせめて街は護ろうとした。エーデルさんは守れなかったけど……いや待て、そもそもエーデルさんは“NPC”でしかない筈だ。もしかしたら今回の戦闘も含め、ストーリーの一部なのか? いや、それも分からない。
『奇っ怪なスキルを操るようだな。ならば我も仕掛けよう。“毒液”!』
「……っ。猛毒を分散するスキルか……!」
口から猛毒の液を吐き、辺り一帯が毒の大地と化す。
俺達は地形生成のアビリティで毒の届かぬ範囲に移動し、スパイダー・エンペラー。これも長いな。略して蜘蛛皇帝。蜘蛛皇帝の様子を窺った。
『フッ、逃げ場が少なくなっただけだな』
「そうかな?」
飛び掛かり、急襲。狙われた俺は地形生成を空中にて行い、また新たな場所に避難した。
管理者専用のアビリティなんだ。ある程度の場所には自由に行ける。
『小癪な。“鉄糸”!』
「もはや生き物が吐ける糸じゃないな。どうなってんだ?」
蜘蛛の糸は、本来はタンパク質の一つであり、口からは吐かず腹部で生成してそれ使う。しかし蜘蛛皇帝の場合は体内に鉄分を多く含んでいるのか、肉体が鋼鉄のようであり鉄の強度を誇る糸を使っていた。
それが勢いよく射出され、俺の乗っていた大地を貫通して粉砕する。俺はまた跳躍して避けたが、糸に毒。この蜘蛛、案外近接戦より遠距離や中距離戦闘が得意なのかもしれない。
「案外素早いな。狙いを付けているけど確実には当たらない」
「私もです……残りの魔力問題もあるので確実に当てられるタイミングじゃないと……」
「じゃあ、やっぱりライトと私で蜘蛛の注意を引かなくちゃならないみたいだね!」
自身の生成した大地を踏み砕き、ソラヒメが蜘蛛皇帝に向かって加速する。同時に拳を打ち付け、その身体を浮き上がらせた。
『……っ!?』
「重っ……!」
同時に回し蹴りを放ち、そのまま蜘蛛皇帝が転がるように砂塵を舞い上げて吹き飛んだ。
オイオイ……何言ーパワーだよ。ソラヒメ……。あの蜘蛛の大きさは一般的な車並み。そこに多分の鉄を含んでいるなら、質量自体は大型トラックの10~25tを優に越える筈。それを数十メートル吹き飛ばすとか……肉体が強化されているゲームの世界だとしても、感覚がほぼ現実と同じこの世界。……何だろう。化け物は失礼だな。取り敢えずヤバイ。
『何と言う力の娘……お主、本当に人間か?』
(ごもっともだ……)
「失礼な蜘蛛さんだね。私はヒト科ヒト属ホモ・サピエンスのヒト! 生まれも育ちもこの星のれっきとした人間だよ!」
流石の蜘蛛皇帝も、今のスキルも何も使っていない一撃を受けて困惑と同時に動揺を見せる。ソラヒメは既に新たな大地に立っており、毒の大地と化した地面からは離れていた。
それはともかく、蜘蛛の使う毒は大きく分けて二つ。神経毒と組織毒。その何れも噛まれたりする際に及ぶものだが、今現在の周りの様子を見る限り撒き散らされた毒はそれらとは異なるモノ。直接触れる事で作用する毒ってなんだ? 生き物より植物に多い気がするな……。蜘蛛のみならず、動物は基本的に刺されたり体内に侵入した時に毒を分泌するから、今回の毒とはどれも違うや。
『直接仕掛けるのは危険なようだな。“鉄糸”!』
「はあっ!」
『……!? 馬鹿な!?』
近接戦は危険と判断した蜘蛛皇帝が鉄の糸を槍のように放つ。そしてそれをソラヒメは拳で粉砕した。……マジかよ。
『ならば毒だ! “毒液”!』
「当たらないよ!」
毒の液体を躱し、蜘蛛皇帝の頭上からカカト落としを叩き込む。それによって蜘蛛皇帝は大地に沈み、ソラヒメは跳躍して飛び退いた。
『ならば……!』
「隙が出来たな!」
『……っ! 小僧!』
注意はソラヒメに向いた。その瞬間に俺が踏み込み、下から振り上げるように木刀を叩き込んだ。
それを受けた蜘蛛皇帝は仰け反り、ユメとセイヤが力を込めた。
「今です! “ファイア”!」
「言われなくても。……はあっ!」
『……ッ!』
炎の初期魔法と複数の矢が放たれ、大地の毒を消し去ると同時に蜘蛛皇帝へ確実なダメージが入る。
けど成る程な。炎魔法を使えば熱分解させて広がった毒を無効化出来るらしい。毒液が毒ガスになって空気中を漂っているけど、熱によって生じた上昇気流で全て天空に消え去った。
「取り敢えず、今までで一番のダメージは入ったんじゃないか? 体力を見る限りまだまだ元気みたいだけどな」
「じゃ、今のうちに敵のレベルを確認しておこうかな。本当は最初に確認した方が良いだろうけどねぇ」
そう言い、ソラヒメがステータスを開く。俺も見ておくか。追撃するのもいいかもしれないが、硬い肉体に毒属性。警戒を高めているなら追撃されない為に毒を撒いて近付けさせないようにもしているかもしれない。
万が一を考えても、下手に手は下さず相手の能力を確認していた方が良いだろう。
「レベルは……。……っ。まあ、大方予想は付いていたけど、Lv35か……。かなり高いな」
蜘蛛皇帝。スパイダー・エンペラーのレベルは35。軍勢を倒して一気にレベルが上がった俺達でも、今現在はソラヒメがLv30。俺がLv29。ユメがLv26。セイヤがLv27。昨日から10ずつ上がっている。
俺は昨日の時点でLv20の蜘蛛を倒してレベルが上がったので合計なら11上がっているが、それでもレベル35の前ではまだ足りないだろう。
「一気にレベルが上がったって思っていたけど、案外そうでもなかったみたいだな。俺達」
「いや、基本的にレベルが上がりにくいこの世界で10レベも上がったんだ。成長自体は順当だと思うよ。けど、僕達じゃ足りないのは否めないね」
「そうだね。なんやかんや迫ってはいるし、このまま押し切れば勝てると思う」
「はい。ダメージが通りにくいだけで物理攻撃も攻撃魔法も両方効くみたいですし、周りのモンスターにも注意しつつ仕掛け続ければ勝てそうですね!」
『グッ……侮るな……!』
八本の脚をワサワサと動かして起き上がり、八つの目で俺達を睨み付ける。
そしてその脚を研ぐように擦り、勢いよく飛び掛かってきた。
「糸や毒があまり意味無いって判断したから近接戦闘に移行したみたいだな……!」
『“鉄足”!』
「そらっ!」
スパイダー・エンペラーが鋭利な脚を用いて振り下ろし、俺はそれを木刀で逸らすように受け流した。
まともに受けても完全に受け止められる自信はない。なのでわざわざ受け止めなくても良いだろう。そのまま脚を背に伝い、裏拳のような要領で木刀を叩き込んだ。
「……っ。相変わらず硬い身体だな……!」
『相変わらず人間にしては重い一撃だ……!』
蜘蛛の身体から火花が散り、俺は飛び退くように距離を置く。怯んだ蜘蛛に向けてユメとセイヤが追撃。矢に貫かれて炎で焼かれる。その上からソラヒメが降下し、その拳を打ち付けた。
「はあ!」
『……ッ!』
その一撃で大地が拉げ、陥没してクレーターが形成される。……って、相変わらずの力だな。
この世界じゃ俺達の身体能力が強化されているとは言え、感覚は現実世界とほぼ同じ。いや、今はこれが現実か。ともあれ、物の重さとかもしかと感じる。そんな中でソラヒメのこの破壊力。物理攻撃力の補正などを踏まえたとしても、この世界に置いての“レベル”や“ステータス”の能力値というものはかなりの影響を及ぼすものらしい。
『グッ……まだだ……まだ……!』
「終わらせてやるよ! ──伝家の宝刀、“居合い斬り”!」
『……ッッ!!』
今の“SP”で使える必殺スキルは少ない。だが、これを使えるくらいに回復したのは上々だろう。
隙を突いて通り過ぎ様に切り裂いた俺に続き、ソラヒメ達も力を込めた。
「行っくよー! ──奥の手、“貫通拳”!」
『……ッ!』
ソラヒメは直進し、そのまま拳で身体を貫く。
実際に貫通した訳ではないが、その速度故に貫いたように見えた。
「──究極魔法、“圧縮火球”!」
『……!』
ユメは魔力を込めて圧縮された熱の塊を放ち、熱が直撃と同時に発火。爆発のように炎上させる。
「トドメだ。──リーサルウェポン、“貫通弓”!」
『……』
連続して放った必殺スキル。それによって徐々にスパイダー・エンペラーの動きが無くなり、その身体を最後にセイヤの矢が貫いた事によって完全に停止する。
体力ゲージを見れば空になっており、スパイダー・エンペラーが光の粒子となって消え去った。それに伴い、俺達の脳内に声が響き渡る。
【ライトはレベルが上がった】
【ユメはレベルが上がった】
【ソラヒメはレベルが上がった】
【セイヤはレベルが上がった】
スパイダー・エンペラーを倒した事によるレベルアップ。
俺達のレベルは俺が【29→31】。ユメが【26→28】。ソラヒメが【30→32】。セイヤが【27→29】と2レベずつ上昇した。
ボスモンスター。それの上位種と言えるスパイダー・エンペラーを倒したにしては上がり幅が少ない気もするが、俺達のレベルが順調に高くなっているのでそう感じるだけだろう。
「やったのか……?」
「……。そうみたい?」
イマイチ倒した実感はない。だが、レベルも上がったしおそらく倒したのだろう。徐々に緊張が緩み、俺達は一息吐く。
「……! そうだ。エーデルさんは!」
「あ!」
そして一息吐くのも束の間、スパイダー・エンペラーによって貫かれたエーデルさんに視線を向ける。
周りの蜘蛛型モンスターは既に必殺スキルの余波で消滅しており、力無く横たわるエーデルさんの周りには何もなかった。
「取り敢えず運ぼう。粒子になって消えていないのを見るに、まだ生きている筈だ」
「は、はい! 手伝います!」
「運ぶのは私に任せて!」
「僕も処置は施そう」
「運ぶのは頼んだ。ソラヒメ。俺達も回復アイテムとかを用意しておこう!」
スパイダー・エンペラーはおそらく倒したが、まだ油断は出来ない。この世界の存在に自分の意思があるかないかはともかく、怪我人を放置する訳にはいかないだろう。
“農地の守衛”というエーデル・ワイスさんからの依頼。襲撃の指示を出していたスパイダー・エンペラーは倒したので後はエーデルさんを助けるだけ。俺達はこのクエストを完遂させる為の行動に移った。




