ステージ17-14 ドミネ
「“マインドコントロール”!」
「……!」
洗脳スキルを放ち、周囲が歪む。
しかし触れれば操られるこのスキルも念波なのでこの世界での五感なら集中すれば辛うじて見る事が出来る。他の場所との違いと言えばほんの少し空間が歪み、波打つように見えるくらいだが、その辺の配慮も詰むのを避ける為の救済処置なんだろうな。
俺達はその歪みを避けて進み、ドミネを四方から囲むように攻め入った。
「私に死角は無いわ!」
「……!」
その瞬間、ドミネはその四方へ衝撃波を放出。大地ごと俺達を吹き飛ばした。
しかしダメージは少ない。手加減したのではなく、ドミネを中心に吹き飛んだ大地がそのまま壁の役割を担ったみたいだな。
「付け入る隙があるなら精神的な方面だろうけど、強請に掛ける事はしなくていいか」
「既に精神面で嫌という程疲弊しておりますからね……!」
「ああ。俺自身も何度か陥ったような状態だ。これ以上刺激するのは俺達的にも、ドミネ的にも良くない」
ドミネはもはや暴走しているような状態。その証拠に全員を狙った広範囲攻撃しかしていない。
実際、多人数相手には範囲技が有効ではあるが、ドミネ自身の足場が無くなったり砂を諸に被っていたり視界が悪くなったりと少なからず影響が及んでいる。結構繊細な性格のドミネだからこそ、この攻撃を見れば今の状態はかなりキテいるという事が分かる。
「私の物になりなさい!」
「それじゃ、僕と友達から始めようか」
「え……っ、そ、そういう事じゃないわよ!」
衝撃波がセイヤに向けて放たれ、その一言で紅潮させたドミネが否定しながら衝撃波の塊を放出させた。
やっぱり友人とか、そう言った言葉に弱いみたいだな。感情を刺激しないよう、その辺の際どいところを突いて見るか。
「オイオイ。セイヤ。抜け駆けするなよな。俺が最初に誘ったんだから」
「~~っ!?」
「ハハ、早い者勝ちだよ。ライト」
「え、ええっ!?」
そして当然、意外とノリが良いセイヤも乗ってくれた。ドミネは俺達を交互に見やり、困惑の色を浮かべる。
焦ったように大きく距離を置き、目にうっすらと涙を浮かべつつ慌てた様子でドミネは叫ぶ。
「ふ、ふざけないで! 何を一体……!」
「ふざけるも何も。さっきの事から俺はアンタを仲間に誘っていただろ? 説得とか説教とか、色々と段取りを踏むのは面倒だからな。アンタのやり方に反対だから抵抗もするけど、仲間に誘った時の気持ちは変わっていないさ」
「ば、ばかっ!」
それなりの近距離に寄った俺とセイヤだったが、俺達をコレクションにするつもりのドミネは洗脳スキルではなく衝撃波の方を放出した。
結構焦っているみたいだな。しかし今回は義理とかも無いし、ドミネは自分の意思で洗脳じゃない方法を選択した訳だ。
「これだから男の子は……。ねえ、貴女。あんな二人無視して、私達と仲良くならない?」
「貴女まで……」
そして次に切り出したのは、意外にもソラヒメやマイではなくリリィ。
そう言えばリリィにもシンパシーを感じているって言っていたな。だから俺とリリィは待遇を良くしてくれるらしい。まあ、操られたら意識が無くなるからどんなに待遇が良くても意味無いんだけど。
だが、俺とセイヤの若干の揶揄いが入った勧誘よりはリリィが誘った方が効果的かもしれない。俺達もちゃんと真剣ではあったけどな。
「何で……本当に分からないわ! 私はアナタ達を……! それに、リリィと踊り子の貴女! 貴女達は知らなくても、私は少し前と今、ライト達を始末する為に来たのよ……! 敵対組織であるギルドを消す為に色々とやったわ!」
「それはもう過去の出来事だ。過去の精算が求められるならアンタは既に一回命を落としてこの世界から消滅したからな。他に何を精算するんだ? それに、罪というならアンタが引き連れたモンスターを始めとして色んなモンスターを俺達は倒している。俺達の方が悪役かもな」
「それは……他の魔物がアナタ達を襲ったからでしょう! 私は自分の意思でアナタ達を襲っているのよ! 勝手が全く違うわ!」
「そう思っている時点でアンタの立ち位置はそこじゃないと思うんだけどな。そんな言葉が出てくるって事は、襲って悪いって思っているんだろ?」
「……っ」
一転してドミネは言葉に詰まる。
罪悪感を覚えているなんて、本当にただの人間みたいな感性だ。
基本的にフィクションの魔族は争いを好んでいたり悪魔と同義で扱われたりしているが、魔族が味方側だったりという事もある。
ドミネの言動はまさにその中立に位置しているな。何なら、最初に会った時からコレクションにしようとはしていたが殺そうとはしていなかった。コレクションにするから殺さないってのも建前に思える。本当の殺意を向けたのは最初の戦いのトドメの時とついさっき、情緒が不安定だった時くらいだ。
「……これを食らってもそう思えるのかしら!?」
言葉を返さず、ドミネは再び衝撃波を放った。今度も手加減などしていない。
殺すつもりの衝撃波なのだろうが、自棄になって放っているだけに思えるな。狙い自体が定められていないや。
「これを見てもって言われてもな。さっきからずっと見ていたような技だ。今更これくらいじゃ俺達の気は変わらないさ」
「本当に……生意気な子!」
踏み込み、俺が反応出来ない程の速度で加速。Lv1000の速度。反応出来ないのは当然だな。
その瞬間に俺の腹部にドミネの拳が突き刺さり、衝撃波を放出。そのまま俺は地面を擦りながら先程の場所から離れた。
「それで、これがアンタの思う非道な事か?」
「……っ」
正直、凄く痛い。上級装備のお陰で耐えられたけど、体力自体はごっそりと持っていかれたからな。
だが、それを見せてはいけない。俺は歯を食い縛って余裕のあるような面持ちで堪えた。生きてさえいれば、痛み自体はすぐに引くからな。ほんの数秒耐えるだけだ。
「そんなの、ただの痩せ我慢でしょう!」
「それはどうかな?」
その通りだ。滅茶苦茶痛かった。涙も出掛けた。
そもそも突然の衝撃を受けると意識せずに涙が出る事もあるからな。涙が出なかったのは良かったよ。
「だったら……“マインドコントロール”!」
「おっと、それは勘弁」
流石に洗脳スキルは躱す。これだけは気合いとか根性とかの問題じゃないからな。
フィクションにはよく気合いや根性で意識を保つって言うのがあるけど、この世界じゃこれは“概念”だからな。スキル以外での防御と解除方法はない。
状態異常無効の防具とかもあるけど、バランス調整の為かそれ系は軒並み防御力が低いからな。あまり使えない。
「私を想うなら、私の物になりなさい!」
「アンタを想っているからアンタの物になる訳にはいかないんだ」
「……っ」
また口を噤むドミネ。
さっきからそうだな。俺達が何かを返答する度に言葉を詰まらせる。つまり、図星だからこそ返す言葉が出ないのだろう。
けど、その感覚を自分で理解しているのかはまだ怪しいな。ある程度は既に分かっているだろう。それを表す事は出来ないかもしれない。
「ドミネさん。私も強要はしませんけど、貴女はどう致したいのでしょう」
「私も気になるな。貴女の気持ち! けど、この質問はこれで威圧している感覚があって少し嫌だねぇ。ドミネちゃんとも仲良くしたいかも!」
「ちゃん……!? わ……私は……」
次いで、ユメとソラヒメが屈託の無い笑顔を向け、俺達に接するような態度で質問をする。
今なら操り放題。だがドミネは動かない。動けないでいた。
「この戦いだけで貴女の色んな表情が見れたわ。貴女が言うように前までの貴女を私は知らないけど、今の貴女は分かり始めた。今の貴女なら大歓迎よ♪」
「…………」
マイが最後に話、ドミネは完全に沈黙した。
既に俺達に敵意は無い。それはいつ洗脳スキルを使っても操れる位置に居る俺達が証拠になっている。四方八方から囲んで圧を掛ける事もせず、全員が正面からドミネの目を見て微笑んだ。……まあ、ある意味この状況も見る人が見ればホラーだけど、ドミネがどう判断するかだな。
「アナタ達……本気なの?」
「最初からそう言っているだろ? ああいや、最初は滅茶苦茶警戒したから、ドミネの様子が少し変わった時からだな」
本気の疑問を浮かべ、訊ねる。まず返したのは俺。
最初は本当に警戒を最大限に高めたけど、感覚でドミネは大丈夫って分かったからな。
「私の見た目はアナタ達に近いけど、人間じゃないのよ?」
「種族なんて今更ですよ。私達は気にしません」
次に返したのはユメ。種族的な壁なら、ミハクとコクアが居る時点で既に砕いているからな。当たり前だ。
「私はアナタ達の命を狙ったのよ……? 表面上でだけ仲良くなって裏切る可能性もあるわ」
「本当にそう考えている人はそんな事言わないんじゃないかな? それがブラフだとしても、今のこの私達が隙だらけの状況で言う必要も無いからねぇ」
俺達を狙った事への疑問と、もし協力する事になったとしても裏切る可能性の事についても訊ねたが、それはソラヒメが返す。
今までも仲間に誘い、裏切るかもしれないって返した人が何人か居たな。俺達がその立場だった事もある。けど、今のところは何の問題も無い。この疑問を難しく考える事は無いだろう。そもそもドミネが現れた時、いつものように【モンスターが現れた】の表記が無かった。初めから敵じゃないとこの世界に教えられていたんだ。
「私はアナタ達をコレクションにしようと──」
「それはもう何度も聞いたさ。何なら、ここで僕に掛けてみたらどうな?」
「それは……」
これまた自分の行いについて。今度は行き過ぎた支配欲の事。しかしそれについてはもう飽きる程話した。
セイヤもそう返し、試しに自分へ掛けてみる事を促したがドミネにさっきまでの気力は既に無いみたいだな。
「……。魔王様に殺されちゃうのよ……」
「フフ、それこそ愚問だわ。私達の目的が貴女の言う魔王様だから貴女が派遣されたんじゃない」
魔王の存在だが、それはもう知っている。
マイが返したようにそもそもドミネと出会う切っ掛けになったのがこれだからな。
「種族だけじゃない……私はアナタ達と境遇も何もかも違うわ」
「それなら私もマイ達とは少し違うかな。虹彩異色症だし、性格も何もかも違うよ。けど仲は良い方だもん」
最後にドミネが話したのは自分自身の全存在意義について。
それにはリリィが返答し、元々他人とは違うのが普通と告げた。
確かにそうだな。同じ国の者同士だとしても厳密な生まれや育ちは違う。そもそも、同じ環境で育ったらそれはただ単に兄弟だしな。兄弟とかですら性格は違うんだ。
「本当に……本当に良いの? 私なんかがアナタ達と一緒に行くなんて……!」
「その答えはさっきから言っているさ。改めて言おうか。良い。構わない。問題無い。他にも色々と類義語はあるけど、どれで答えれば納得してくれるんだ?」
ふざけるように笑い掛け、ドミネを見る。
ドミネは数分間俯き、その数分後に目から水滴を垂らして笑顔を向けた。
「……そ……それなら……私……アナタ達と……!」
──次の瞬間、ドミネの胸を一つの宝石、ダイヤモンドが貫いた。
「……ぁ……」
「ドミネ!」
貫かれ、小さく言葉を途切らせたドミネが膝から崩れ落ち、貫かれた胸から光の粒子が漏れる。
俺は咄嗟にドミネを抱き寄せるが、既に全てが遅かった。
「オイ! しっかりしろ! アンタならあの程度の攻撃……!」
「ドミネさん! 今、回復を……!」
「ドミネちゃん!」
「ドミネ……!」
「貴女……」
「ドミネ!!」
俺が声を掛け、ユメ達も同時に名を呼ぶ。ユメの回復魔法ならまだチャンスが……──だが、
「……フフ……良いのよ……。これで……魔王様は……魔王は裏切りを許さないもの……アナタ達に攻撃の余波が及ばなくて……良かったわ……」
「ドミネ……」
既に声は精神的に弱っていた時よりも更に弱々しく、か細く、消え掛かっていた。
「ありがとう。ほんの少しでも……私のお友達になってくれて……」
「ドミネ!!」
腕から温もりが消え去り、光の粒子が月夜の向こうへ消えて行く。
この世界の残酷な仕様の一つかもな。死は存在の消滅。だから最期まで体温が残り、ふっと消え去る。ソフィアの時も、ドミネの時もそう。最期の言葉を話す猶予があると言うのもまた辛い仕様だ。言う側ではなく、言われる側にとって……!
「守れなかった……剣聖になって全員を守る強さを手に入れたつもりだったのに……」
「せっかく……救い出せそうでしたのに……」
「ドミネちゃん……」
「……っ」
「……なんで……」
「私の友達が……また目の前で……」
剣聖となり、俺の目の前では誰一人として犠牲者を出さなかった。しかし、ついに一人……プレイヤーではないが、確かな仲間を失ってしまった。
この消滅。ソフィアに続き、友人関係を築けそうだったリリィは俺よりも辛い気持ちだろう。自我を持ったNPC。無情になれれば機械が壊れたのと同義で扱えるけど、少なくとも俺にそれは不可能だ。
「魔王……姿は無いけど……ドミネを始末する為だけに……!」
「許せない……!」
この消滅。関与していたのは魔王。俺達のような装備をしていないとは言え、Lv1000のドミネが宝石一つでやられてしまった。
その強さはかなりのものだが、そんな強さにはもう興味は無かった。
「……。手掛かりは得られた。魔王の居場所は近い……」
「うん……行こう。魔王の元に……!」
珍しく感情を表に出すリリィの言葉は力強かった。俺達もそれに頷き、更地となったオアシスから離れる。
魔王軍のNo.3。ドミネとの戦闘。それは魔王によって強制的に終わってしまったが、確かに近くに居る事を理解した。
月と星が照らし、光の粒子の余波が舞う砂漠地帯。俺達は魔王討伐の為、世界攻略の為、新たな想いを胸に踏み出すのだった。




