ステージ2-2 依頼主
「馬車なんて初めて乗るよ。まあ、“AOSO”の世界なら乗った事あるんだけどね」
「ソラ姉、はしゃぎ過ぎ。一応僕達のリーダーなんだから」
「アハハ。ゴメンゴメン!」
女性に案内された馬車に乗り、俺達は“レコード”の街を進んでいた。
ソラヒメとセイヤはいつも通り。俺とユメも街を軽く眺めていた。
「けどまあ、乗り物の有無について。その謎は一応解けたみたいだな。やっぱり基本的に馬車移動になっているみたいだ。モンスターでもないこの馬がどこから現れたのかは不明だけど、ノン……ああいや、“NPC”の一つなのか?」
「うーん。どうでしょうね……けど、本来の存在じゃないのは確かだと思います」
「NPC? 本来の存在? それに馬車についてあまり知らないとは珍しいですね……」
「ハハ、生まれた地域の差ですよ」
「ふむ……」
ノンプレイヤーキャラクター。通称“NPC”。
馬車内での位置は俺とユメと使いの女性の三人が同じ列に座っており、その向かいにソラヒメとセイヤが居るという形が形成されていた。
その形自体は別に重要ではない。使いの女性の存在があるので、プレイヤー目線での会話は一応控えている。まあ、パールさんの前ではもう話していたけど、ノンプレイヤーキャラクターという事はあまり指摘しない方が良いかなと考えたので少し濁して雑談している状態だ。
取り敢えず気になっていた乗り物関連の話題。ノンプレイヤーキャラクター達の街や村以外での疑問点だったそれについて知れたのは上々の収穫だろう。
「そろそろお着きになる頃合いです。皆様、準備をお願いします」
会話についてあれ以上言及される事はなく目的地に近付いたらしい。それについては助かった。
けど、果たして“NPC”に思考する力があるのかは分からないところだ。
本来の“NPC”は定型文を話したりするけど、AIを使っていれば会話を学習して新たな挙動を得、本物の人間らしく行動が出来るようになるかもしれない。
しかしそう言った事は分からないので深く考えるのはやめた。
そして数分後に馬車が止まり、俺達四人は依頼主であるエーデル=ワイスの屋敷に到着した。……というか、普通に豪邸に住んでいたんだな。エーデル=ワイス。もはや領主とかその域だ。
「大きな屋敷だね~。この街で一番の大きさじゃないかな?」
「無論です。エーデル=ワイス様。ワイス家は代々この“レコード”の街にて領主を努めていますから」
「へえ。“代々”か……」
本当に領主だった。
しかし、それよりも“代々”という部分が気に掛かる。この世界自体は昨日出来た世界であり、この街の名前も“AOSO”内では見た事がない。それなのにこの世界では領地に受け継がれているという様な事柄もあるらしい。
昨日のドン・スネークとライムスレックスの生態系と言い、まるで“AOSO”とはまた違う、本物の異世界と融合したみたいな感じだ。
「では、御案内致します。足元に気を付けて」
「あ、はい。これはご丁寧に……」
淡々とした様子の使用人。確かに段差みたいな階段はあるけど、基本的には定型文を言う“NPC”という事か。
そうなるとますます先程の俺達の言葉に対してこの女性が持った疑問について気になるが、前述したようにその辺の分野は分からないので置いておく。
何はともあれ、俺達はエーデル=ワイス。ワイス家の屋敷へと入るのだった。
「「「ようこそソラヒメ様御一行。ワイス家へよくぞいらっしゃいました!」」」
「ハ、ハハ……農地の守衛って依頼にしては随分と大層なお出迎えだな……」
「そ、そうですね……。何だか緊張しちゃいます……」
「へえ。まるでお姫様かお嬢様にでもなった気分! 悪くないね!」
「ソラ姉は強かだな……。僕も結構緊張していると言うのに……」
屋敷に入るや否や、仰々しいお出迎えが俺達を待っていた。
パッと見るだけで三十人以上の使用人。執事とメイドが俺達を迎える形で左右に並んでおり、俺達は少し肩を竦ませながらレッドカーペットの上を進む。いや、実際かなり緊張するぞ、この雰囲気。
「では、此方がエーデル=ワイス様の御部屋となります。くれぐれもお気をつけて下さいませ」
「何を気を付けるんだよ……。怖いな、オイ」
レッドカーペットを進み、絵画や彫刻を余所に階段を登り、数分間歩いて依頼主の部屋に到達する。
使用人の“お気をつけて下さい”が得も言えぬ恐怖だが、怖じ気付いても仕方無い。俺達は意を決して部屋へと入った。
「よく来てくれた。冒険者の方々。依頼文にもあったように、私の名前はエーデル=ワイス。待っていたよ」
「ど、どうも。ライト。ライトと言います」
「ユメです」
「ソラヒメです!」
「セイヤと申します」
部屋に入るや否や、依頼主本人が挨拶をしてくれた。
見た目は西洋風。少し長めの金髪に青い目。性別は男だが、西洋風の人を描いてと言われたらこの人物に近い絵が六割を越えて描かれるだろうという者が居た。
辺りを見渡せばフィクションの世界でしか見た事がない端まで届くロングテーブルが視界に映り、一般的な成人男性三人分くらいの高さを誇る大窓から光が差し込む。
部屋には豪華絢爛な装飾が施されており、絵画や日本にも関わらず置いてある西洋の鎧。そして観葉植物も見える。これまた依頼主と同じように絵に描いたような貴賓室がそこにはあった。
いや、貴賓室にこんなロングテーブルがあるか? 普通……。
「ハハ。そう畏まらなくても良い。楽にしてくれたまえ。君達は大事なお客様なのだからね」
「は、はあ……」
そして実は良い人っぽいというこれまたテンプレな性格。こんなに想像通りの存在が居るとは、ある意味一番の驚きだった。
この人もあの首謀者が生み出したのか?
「さて、取り敢えず率直に話そう。依頼内容は依頼書の通り、農地の守衛を任せたい。最近は魔物や野盗が農地を荒らしていくんだ。その姿も確認されている。農業を行う為の土地は広さ的にもどうしても街の外になってしまうからね。街の管理がそこまで行き届かないんだ。一応のバリケードとして有刺鉄線や頑丈な壁で囲んでいるけど、それでも荒らされてしまうのさ」
「成る程」
要約すると色々と対策はしていたようではあるが、それでも効果が無かったので守衛という依頼を出したようだ。
その辺の厳密な事柄を説明し、改めて依頼内容を話してくれたという事みたいだ。
「ところで、君達のレベルは?」
「え?」
そして、唐突にレベルを訊ねられる。まあ、依頼を受けた俺達のレベルを知りたいのは分かる。
「えーと、私がLv20で弟のセイヤがLv17。ライトがLv18。ユメちゃんがLv16です」
「フム……必要基準推定レベルより遥かに上だが……頼もしい限りだね」
それについてはリーダーであるソラヒメが答えた。指ではなく、マナー的にも開いた手を用いて俺達を指し示す。
それを聞いたエーデルさんは一瞬訝しげな表情をしたが、最後に言葉を付け足した。
思い過ごしかもしれないけど、何か気になるな。
「よし、では着いてきてくれ。守衛して欲しい農地に案内するよ。基本的に昼間は問題無いんだ。魔物が活発になる夜の時間帯が一番荒れる」
「はーい」
「夜か。夜のモンスターとはあまり戦っていないから良い機会かもしれないな」
「そうですね。夜行性のモンスターも居るかもしれません」
「特定のモンスターを倒す事で入手出来るスキルもあるからね。朝や昼以外にモンスターを倒すのも悪くないと思うよ」
依頼主曰く、基本的な行動は夜になるらしい。
何でもモンスター。“NPC”が口に出すのは魔物……は、農地を夜襲する事が多いようだ。
野盗の話題は出していないが、おそらく野盗は例はあるが被害自体は魔物に比べて少ないという事だろう。なので今回はあくまで魔物に着目したという事か。
「ハハ、良かった。夜にまで働かせる事に懸念があったけど、君達としても利点が多いようだね」
「あ、はい。基本的に昼間にのみ活動していたのでいい機会です」
尤も、ゲームが始まったのは昨日なので基本的には昼も夜も関係無いが。
そしてエーデルさんの印象は、何か裏はありそうだが、少なくとも悪い人ではないと言った雰囲気だ。善人だとしても悪人だとしてもこの性格は素みたいだからな。
まあ、勿論そのどちらも思い過ごしの可能性はある。そもそもエーデルさんが“NPC”なのは揺るぎない事実。管理者専用能力に相手の思考を読むモノはないが、今現在のエーデルさんの行動も全て予め思考ルーチンに組み込まれたデータでしかないからだ。
何はともあれ、俺達はそのまま指定場所となる農地に進むのだった。
*****
「着いたよ。ここがその農地だ」
それから数分後、俺達は街の外にある農地に到着した。
そこは周りの土と違って整地された跡があり、既にいくつかの野菜なども植えられている。感想を述べるなら見本のような畑。と言ったところだ。
「結構綺麗にしてありますね。荒らされた形跡は無さそうですけど……」
「そりゃ当然さ。街の皆のお陰で荒らされても数日で元通りにはなるからね。けど、だからこそ魔物や野盗には困っているんだ。せっかく整えてもまた荒らされる。このままでは食べ物が取れなくなり、街の人々が餓えてしまう。だからこうして依頼を出したのさ」
依頼を出す程困っているという割には綺麗な農地だったが、それは街の人々の手によって“数日掛けて”直されているらしい。
昨日作られた筈の世界。この人達はずっと前からこの世界に居るかのような言い回しだな。
「成る程。俺達は夜にそれをさせなければ良いという訳か。何日くらい守衛すれば?」
「そうだな……今日を含めて二、三日くらいかな。神出鬼没って程じゃないけど、侵入する日にはバラつきがあるんだ。けど必ず二、三日のうちにやって来る。どうか頼んだよ」
「了解! 私達に任せて!」
守衛期間は二、三日。こりゃ寝れないかな。まあでも、この世界になってから一日だが、あまり睡眠は必要としない体になっているっぽいのでそこまで苦痛は無さそうだった。
夜は暗くて見えにくく、寝ようと思えば眠れるので昨日は睡眠を取ったが、疲労回復などは各々で何とか出来るからそんな体になっているらしい。そう考えるとこの世界になってからずっと攻略している人も居そうだな。
「一応見張り用の仮拠点もあるから、欲しいモノがあったら言ってくれ。夜に始まるから、今のうちに寝ていた方が良いかもしれないな」
「分かりました。ありがとうございます。けど、あまり寝なくても平気なので問題は無いと思います」
その言葉からするに、“NPC”は普通に睡眠を取るみたいだ。従来の“NPC”は基本的に朝から晩まで彷徨いているゲームが多いからその辺も少しは気になっていたが、よりリアルに近いという事か。それと拠点は用意してくれているらしい。
けど、そうなると睡眠が要らない俺達の方が人間離れしている感覚もあるな。元々本来の世界より身体能力は上がっているけど、睡眠関連も問題無さそうだしな。
「それじゃ、夜まで仮眠するか“レコード”の街で寛いでくれると良い。食事が欲しいなら私の屋敷に用意してある」
「わあ、それいいね。私お腹ペコペコ~」
「確かに小腹が空いてきたかな。僕も行くよ」
「あ、じゃあ私もついでに。モンスターを倒すと結構お腹が空くんですよね」
「ハハ、確かにな。じゃあ、俺も行くよ。少し腹が空いてきた」
されど腹は減る。睡眠と食事。三大欲求の二つであるこれについての差。この辺の違いが何なのかも新たな疑問点だな。
取り敢えず場所は分かった。
“レコード”の街の領主であるエーデル=ワイス許可の元、俺達は一旦屋敷に戻り、昼間のうちは“レコード”の街を探索する事にした。




