ステージ1-2 管理者専用能力
──“ステージ1110・奈落の渓谷”。
「お前……! プレイヤー同士の行う戦闘──“参加者対戦状態”を使わずに他のプレイヤーを襲うなんて……! そのアバターを“追放”されるぞ……! 新しいアバターを作っても“AOSO”に入れなくなるんだぞ……! それでもいいのか!?」
「ハッ、知らないね。つか、何で説明口調なんだ? ……が、まあいい。こんな遊びにマジになってる奴等がムカつくから俺はデータを解析してチートを使ったんだよ。ザマァないぜ」
「クズめ……!」
「幾らでも罵れ! それ以外に出来る事が見つからないんだろ!」
駆け付けると、一つのアバターが横に倒れておりそのアバターを見下すようにもう一人が見ていた。
さて、俺が駆け付けたのに全く気付かないなんてちょっと腹立つな。このままだと倒れているアバターも消されてしまいそうなので、取り敢えず話し掛けるとするか。
「オイ、何やってんだ?」
「「……!」」
俺が話し掛けた時、二つのアバターが同時に反応を示して立っていた方の者が俺に視線を向ける。
やっと気付いたのか。倒れている人は兎も角、普通なら近付いた瞬間に気付く筈なんだけどなあ。
特に“チーター”はモンスターの全位置を特定出来るように設定していると思うが。
しかし、見るからに頭悪そうなコイツがチート機能を作れるか? 万が一、仮に作れたとして、このゲーム内に持ってこれるのか? とまあ、疑問は色々あるが、今は“チーター”退治が優先だな。
「誰だテメェ。ま、丁度良い。こんなクソゲーを楽しんでいるお前達を全員ぶっ倒すのが俺の目的だからな!」
「話し方と言い、本当に頭悪そうだな……お前。どうやってチート機能を持ち込んだんだ……?」
「あぁ!? 誰が頭悪いだゴラァ! あんまりナメてやがるとテメェのアバターも消滅させてやっぞ!!」
聞いてもいない目的を話、思わず口に出てしまった俺の言葉を聞いて怒号の声を上げる“チーター”。
バグっているのか、透明な武器を掲げて俺の方へ向かって来る。まだ“戦闘態勢”に入っていないのだが、俗に言う“不意討ち”──“SA”というやつだろう。決してサービスエリアの事では無い。
まあ最も、この場合のサプライズは悪い意味でのサプライズだが。
このゲームには不意討ち機能というものもある。
それはモンスターにのみ有効な機能で、主に“ボスモンスター”の居る部屋に入った者がボスモンスターに気付かれる前に仕掛け、先にダメージを与える為に行われるものだ。
それによって戦闘が上手く進み、ボスが相手だろうと優位に戦える事もある。中にはそのような機能を無効化するボスや不意討ちされた事で怒り、難易度が跳ね上がるボスも居るが、それはまあ今は関係無いだろう。
この“チーター”は対人に対してもその機能を使う事が出来るらしく、そうやってプレイヤー狩りを行っていたと窺えた。
「“透明化”」
「……!」
“透明化”を使い、俺は身体を透過させた。
これに管理者は関係無く、元々ある“スキル”。敵のモンスターと遭遇率を下げたり、一時的に敵の攻撃を当たり難くするものだ。
無敵とは違うので命中すればダメージを負うが、当たらなければ良いだけの事。
自分が敵に攻撃を仕掛ければこの“透明化”は解除されてしまうが、回復アイテムなどを使って体勢を整える事が主な目的とされる。
そして相手モンスターはプレイヤーを見失うので、確実な一撃を入れる事も可能だ。
しかし強過ぎる“スキル”の為、戦闘では三回しか使えず透明状態でダメージを受ければ少し多めに食らうなどのバランス調整もされている。
「ハッ、そんな事か!! “探索”!」
俺が消えたのを確認した“チーター”は透明状態や諸々を見抜く“探索”を使用した。
これは文字通り何かを見つける“スキル”で、チートとは違う。透明化しているプレイヤーや見えない敵。隠しアイテムなどを探す時に使われるものだ。
このゲームを下らないと言っている割には、中々やり込んでいるようにも見えるがこれ如何に。あ、でもレベルは53か。
「見えたぜテメェの間抜け面!! 死ねぇ!!」
即座に俺の姿を捉え、そのレベルよりも圧倒的に速い速度で俺に向かう“チーター”は透明な武器を構え、瞬く間に俺との距離を詰めた。
成る程。まあ、当然だがステータスを強化する“チート”も使っているようだ。
それに無敵チートや常時回復。そして即死の武器と、見て分かる程の不正が多かった。
「面倒だ。“停止”」
「……!? な……!?」
なので俺は“管理者専用能力”を使い、“チーター”の動きを停止させた。
“状態異常無効化”の“チート”も勿論使っていたようだが、“管理者”である俺には関係無い。
文字通り、全ての管理機能が扱えるんだからな。
アバターはこの“AOSO”のプログラムだ。それを自由に出来るのが俺達“管理者”だからな。
「テメェ!! こんな状態異常聞いた事ねえぞ!! チート使ってんだろゴラァ!!」
「それはお前だろ。……俺は“管理者”だからな。お前がどんなチートで暴れてようと、簡単に阻止出来るんだ。取り敢えずお前をこの世界から“追放”する」
「クソがァ━━ッ!!」
一定の手順を踏み、俺は“チーター”を追放した。
まあ、アバター情報からプレイヤーの居場所は特定したし、明日にでも厳重注意のメールが送られるだろう。あとは、黒幕が居るのかどうかを問い質すか? ……いや、その必要は無いな。
今や世界中に広がっているゲームだ。あんな奴がこのゲームに“チート”を持ち込める訳が無いし黒幕が居るに決まってる。
「大丈夫か? 今直す。君の仲間達もな」
「あ、ありがとうございます!」
そして俺は倒れているプレイヤーを起こし、アバターを再生させこの場で消えた他のプレイヤーも全て元通りにした。
(さて、後は本物の俺が首謀者を捕らえられるかだ)
その様な事を考え、俺はチーター問題を解決して俺の元へ向かった。
*****
──“AOSO”、“世界の中心”。
「お前が首謀者か。分裂した方の思考が流れてきて分かったけど……このゲームを嫌いなのか何なのか分からないが、お前自身が適当な奴にチート機能を渡してプログラムを直接破壊しようとしていたようだな。おそらく“ウイルス”も“チーター”もフェイク。つまり囮や陽動だ。狙いの大元はお前自身が攻めているここ、“世界の中心”か。そこで何をしようとしていたのかは分からないけど、良からぬ事ってのは確かだろうな」
「……」
ここはこの世界の中心。穏やかな青空と綺麗な湖。そして道のように並んだ木々があった。
この場所で最も目立つのは、このステージの中心に存在する生命の息吹を感じる大樹。静かで穏やかな場所である。
そこで見つけた首謀者に向け、俺は淡々と説明する。顔も見えない程深くローブを被っている相手に反応は無い。どうやら無口なやつのようだ。
いや、罪を犯しているから自動的に無口になるのかもしれない。人は罪を犯し追及された時、無口になってしまう事がある。今は関係無いか。
「混乱は収束した。後はお前を“追放”するだけだ。もっと悪質な事をしていたら逮捕まであり得たからな。今回の騒ぎ的にはその程度で済んだ、有り難く思えよ」
「……」
返事はない、ただの屍って事は無さそうだが、ずっと後ろを向いた状態で佇んでいやがる。何だコイツ、中二病か何かか? 見れば“ユーザーネーム”も非表示だし。
まあ、確かに俺も中学の頃は誰も居ない場所に行ってローブか何かを身に纏いながら意味深気に佇んでみたりしたが、ソレに近い空気を感じるな。
「じゃ、早速そのアバターを……」
「……!」
「おっと、急に動くなよ」
俺がそいつのアバターに近付いた瞬間、そいつは突如として振り向き、俺に向けて回し蹴りを放った。
俺は仰け反ってそれを躱し、跳躍して距離を取る。
その者はローブで頭を覆っているので素顔は分からないが、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
成る程、戦闘をしようってのか。そいつの回し蹴りにより、“SA”の条件が満たされたのか周りはバトル専用の空間になっていた。となるとコイツも……まあ、不正を働いているよな。
攻撃を放った事から多分コイツが首謀者で間違いない。だが、よりによって参加者対戦状態──長いから通称“PBS”と略されてるな。取り敢えずそれか……それが始まってしまった。まあつまり、俺の得意分野だ。
「“無敵状態”“全て最大”“一撃必殺”」
「当然のように“チーター”でもあるか。“無敵チート”、“ステータスMAXチート”、“即死チート”。このゲームを攻略する。もしくは荒らすに当たって何れも便利なチートだ」
戦闘を開始するや否や、即座にチートを使う首謀者。どうやら変声機か何かで声も変えているようだ。
アバターのタイプは恐らく“格闘家”か何か……武器を使わない己の身一つで戦闘を行う職業だ。
数え切れない程数ある職業の中では、主に“剣士”や“戦士”、“魔法使い”の人気が高いが、武器を揃えるのにあまり費用のかからない“格闘家”もかなり人気の職業だ。
剣や杖より、格闘家専用の手袋などの方が安いからな。
攻撃パターンがプレイヤーによって多種多様なのは全ての職業に当て嵌まるが、格闘家は素早く手数の多い攻撃を得意とする。元々の攻撃力が低めなので速度で補うという事だ。特定のコンボや無限コンボは無いが、格闘ゲーム好きや格闘技経験者なら独学での素早いコンボで的確なダメージを与えられるな。
「……!」
「来たか……」
トンッと大地を蹴り、俺に向かい加速して拳を放つ。
俺は紙一重で躱し、首謀者の拳は風を切る。続いて首謀者は回し蹴りを放ち、俺は跳躍してそれを再び躱した。
次いで首謀者も跳躍し、空中で加速して蹴りを放つ。
(成る程、チートによって飛行機能も備えているんだな)
その蹴りをも避け、俺は着地して相手の方を見やる。
気付いた時、相手の姿はそこになかった。
(逃げた……? いや、違うな。これは)
次の瞬間、俺の背後が爆発する。
それに気付いていた俺は距離を置き、爆発した場所に視線を向ける。
そこには先程消えた筈の首謀者が唯一見える口元に不敵な笑みを浮かべながら依然として立っていた。
“瞬間移動”だ。主にステージを移動する際に行われる“転移”。それを戦闘に持ち込む事で恰も瞬間移動をしたように見せたという事だ。爆発が起こった理由は本来使えない所で“瞬間移動”を使ったバグの所為だろう。大きな影響は無いが、厄介ではある。
しかしそうなると、この首謀者。ステージ専用の機能も戦闘に織り交えている事になるな。
……厄介。それはかなり厄介だ。ステージの環境、ステージの時間、ステージ移動に使われる機能。その他諸々。それを全て熟知しており、戦闘……つまりアバターに食い込ませる事が出来る奴。
そこまで考え、俺は最悪の答えが脳裏を過った。
考えたくなかったな……まさか──この首謀者が同じ“管理者”の誰か。だなんて……。
「……!」
「……」
思考を続ける俺を余所に、その者は再び大地を蹴り抜きながら俺に向けて加速した。
拳が放たれ、俺は紙一重で躱す。次いで拳を放った手とは逆の手にてボディブローが放たれ、俺はそれも躱した。
二つの拳を躱された首謀者はまたもや蹴りを放ち、俺は手でそれをいなし、いなしていないもう片方の手で拳を打ち付ける。
首謀者はそれを避け、本来のアバターでは出せない程の跳躍力を見せながら高い木の上へと登った。
「随分と戦闘慣れしてるな。やっぱお前、“管理者”の誰かだろ? 長い事“チーター”や“ウイルス”と戦闘を行っていたからこそ身に付いた戦闘術って感じだな」
「……」
木の上に居る首謀者から返事は無い。しかしこれは好都合と、俺は腰ではなく無の空間から剣を取り出した。腰の剣は雑魚処理や手加減する用の物で、本来の剣は別の場所に仕舞っているのだ。ボスモンスターなどのような強敵と戦う時にのみそれを使う。
元々俺は剣士。さっきは拳を放ったが、剣士の素手攻撃はあまりダメージを与えられない。というか、格闘家や素手が得意な他の職業以外では大体がそうだ。本来の武器を扱えないのだから当然だろう。
なのでこれからが本番という事だ。しかし何故、“管理者”の誰かがこんな事をするのか気になる。不満があるなら直接言えば良いのに。
「……」
「来るか……!」
残念ながら俺の推測に言葉返さず、木を蹴って加速しながら飛び降りる首謀者。
他の“管理者”と俺は長い付き合いの者が多い。首謀者が喋らないのは格好付ける為とかでは無く、声で誰か当てられてしまうかもしれないからだろう。
今の首謀者は声を変えているが、声を変えていたとしても話過ぎれば声の波長から誰なのか特定されるかもしれないからな。だから今のところは自分が使っている“チート”名を言ったくらいだ。
となると面倒だ。このゲームは痛みを感じるが、余程の激痛という訳では無い。それによって脳が反応してしまい、ショック死してしまうかもしれないからだ。
それを防ぐ為にもモンスターやプレイヤーに攻撃された場合、切られたなら小さな刃物で傷付く程度のもの。撃たれたならエアガンで撃たれた程度のもの。その他にも刺されたり殴られたり焼かれたり痺れたりと他にも数え切れない程に色々なダメージの種類はあるが、基本的に一瞬の激痛のみで死ぬ程の痛みは無い。
最大の痛みでも精々小指をタンスの角にぶつける程か、爪と肉の間に針を突き刺す程度のものしかないのだ。
とは言ってもピンポイントでその痛みでは無く、全身にそんな痛みを感じるという事である。
一番の激痛は“プレイヤー”の体力ゲージがゼロになったり、ゲームオーバーになった場合にのみ起こる。良心的な機能だが、今は返って不都合を面倒なのはその点だ。
つまりそれは、痛みなどで尋問をして声を出させる事は出来ないという事。
痛みによって声を上げるかもしれないが、この首謀者がかなりの実力を秘めているという事から、それを実行させるのは中々骨が折れる作業となるだろう。
「……!」
「っと!」
色々思考を巡らせていたうちに眼前へと迫っていた首謀者は拳を放ち、俺のアバターを狙う。
俺はそれを見切って躱し、同時に死角へ剣を近付け切り上げる。首謀者はそれを避け、跳躍と同時にサマーソルトキックを放った。バク転の要領でそれを躱した俺は首謀者へ視線を向け、そのまま駆け出し剣を突き刺す。が、それも避けられてしまった。
避けると同時に俺の顎へ爪先蹴りが放たれ、俺は仰け反ってそれを躱す。次いで踵落としが来たが気にせず背後へ飛び退き、数メートル程距離を置いて相手の様子を窺う。
「成る程な。お前が格闘家を選んだ理由は攻撃の際、魔法使いとかのように詠唱する必要が無いからか。声を出さずに済むから無言でも戦える格闘家を選んだんだな?」
「……」
「まあ、剣士やスナイパーとかも声に出さずに事を済ませられるが、それを選ばないのは武器から誰か特定され兼ねないってのもあるんだろうな。どこの街で買ったか、どこかの鍛冶屋でオリジナルの武器を造ったのか、それらを特定されちまったらあっさり正体がバレちまうからな」
「…………」
「格闘家なら装備に必要な武具にあまり目立った物が無い。手袋は一見じゃ何処の物か分からないし、“チート”を使っているお前なら防具は初期の物で済むからそれも必要無し。……結果、一番痕跡を残さずに暴れられる職業が格闘家だったって訳だ。どうよ? 俺のホームズもビックリの推測は」
「………………」
「あら?」
淡々と綴られる俺の推測。首謀者は無言で返し、ローブに包まれている顔なのでどんな表情をしているかも分からない。
格闘家を選んだ理由はそれ以外にもあったり、偶々好きな職業が格闘家だったって事も有り得るが、俺の言った事の通りと俺は推測している。
しかしホームズを超えたっていうギャグすら相手にされず、無言のままである首謀者。なんてやりにくい相手だろうか。俺にホームズを超えるのは不可能だったという事か。まあ、このゲームは冒険RPGだから謎解き要素は推理小説よりも少ないが……。
それはさておき、一向に正体が分からないこの首謀者。恐らく俺の推測は殆ど合っているだろうが、答え合わせが出来ないので所詮は推測止まり。
「ノーコメント、か。となるとやっぱ、戦闘に勝利するしかないか。仕方無い。沈黙は是なりって言うが、お前にはそれも分からない。取り敢えず叩きのめして洗いざらい吐いて貰うぞ?」
「……」
喋る気など無く、というか話すら聞いていなさそうな首謀者。
(そろそろ俺も本気になって、本格的にコイツを倒した方が良いか)
適当に考え、俺は剣を構える。首謀者を相手に、手加減する事をやめる。ここまで話しても返してくれないんだ。相手の意思は本物という事だろう。
俺は取り敢えず、様々な問題の原因であろう首謀者をさっさと倒して“管理者”の仕事を遂行する事に決めた。
二話目もお読みくださりがとうございます。
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