ステージ12-5 魔王の日記
どこまでも綺麗な。どこまでも美しい。まるで生きているみたいな。芸術性の高い装飾品を見やり、俺はマホへと訊ねた。
「なあ、マホ。何でマホはこの装飾品がこの屋敷の住人という事と、それが魔王の仕業って分かったんだ? あと、子供達はこの事を……」
「知らないよ。教えられる訳がないからね。あと、これが魔王の仕業って分かったのは魔王本人と思える日記があったの。それは怖くてチラリとしか見ていないけど、それで確信した」
「魔王の日記……!? オイ、つまりそれって……この屋敷は元々……!」
「ええ。ここは元々──魔王が住んでいた屋敷。宝石になった主は多分、魔王の親が主人だと思う」
「……っ」
思わず口を噤む。何も言える訳がない。
ここが魔王の居た屋敷。
当然、あくまでそう言う設定という事は分かっている。だが、感覚も全て現実と同じこの世界。得も言えない感覚が常に俺達を包み込んでいた。
「……読んでみる? 魔王の日記」
「……読みたくないけど、読んでみたさはある。いや、せっかくの手掛かりだ。読んだ方が良い」
読みたくないが読んでみたい。そんな矛盾を抱えて脳が混乱するが、読まなければ先に進まないという根拠のない理論が覆い被さって俺の行動を決めた。
実際、“恐怖”と同時に“興味”がある。“恐怖心”と“好奇心”は紙一重みたいだな。十数年ヒトをやっているけど、自分の行動すらよく分からないや。
「それなら着いてきて。いつもは一人だったから怖くて読み進めなかったけど、君達が居てくれるなら私も読んでみようかな」
「それもアリだな。わざわざ好奇心を止める必要もない。見て後悔するかどうかは今の時点の自分が決める事だからな。限度はあるけどなるべくやりたい事はやった方が良さそうだ」
「うん、そうだね。私も読んでみるよ」
謁見の間の奥へと案内され、マホも勇気を振り絞って魔王の日記を読んでみるらしい。
一人じゃ怖くて読めない。分からなくもない。この世界とはジャンルが違うけど、ホラーゲームとかだと日記とかを読んだら直後に変貌を遂げた持ち主が現れる事もあるからな。
何が起こるか分からないこの世界。加えてここには子供達も居る。一人でリスクを背負う必要も無いだろう。
「はい。これが魔王の日記……正直、触るのも怖い」
「古い日記だな……まあ、この屋敷の年代から考えてもおかしくはない……か」
マホに再び案内され、俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤの四人とミハクにコクアは謁見の間の更に奥。寝室と書斎が兼ねられた部屋にて、机の上に置かれた魔王の日記を見ていた。
まだ開いていない。本当に表紙を眺めているだけだ。
見た感じの第一印象は普通の古い日記。材質はただの紙みたいだな。魔王も馴染みのある紙を使っていたって考えると親近感が湧く。
俺達は一度互いに顔を見合わせ、ここは俺が日記に触れた。
「読むぞ……!」
「はい……!」
「オッケー……!」
「ああ……」
「うん……!」
自然と力が入る。当たり前だろう。何が起こるか分からないアイテム。それを読むとなれば相応の覚悟も必要になる。
しかし力を入れても意味がない。俺は日記を開いた。
【─年─月─日─時─分─秒
この屋敷に仕えてから数年。今日から日記を付ける事にした。
何を書こうか。今日は特に何もなかった。僕を拾ってくれた主人の為に魔法をより練習しよう。】
「……。無駄に細かいな……それに、見たところ好青年だ」
「どう言う経緯で魔王になってしまったのでしょう……」
年月と日時。全てが細かく記されているな。かなりマメな性格みたいだ。
主人の為に魔法を練習しようとしたり、この第一印象。1ページ目の印象はとてもこの屋敷の住人を装飾品に変えたり一つの村を沈めたり、世界征服をしようとしているようには思えないな。
俺は2ページ目を捲った。
【─年─月─日─時─分─秒
今日も特になし。いつものルーティンを繰り返し、魔法、魔術、剣術、拳法の訓練。もっと強くなって主人の為になろう。】
「この“いつものルーティン”ってのは使用人としての行動だろうな。ここまでも変化はない。まあ、二日目にして魔法だけの特訓から魔術や剣術、拳法まで鍛え始めている」
「ここまでも特に何もなさそうだねぇ」
「そうだな。重要そうなページだけを見て行くとしようか」
2ページもよくあるような内容。まあ、この“よくある”って言うのはこの世界での話だ。
元の世界で剣術や拳法はまだしも、魔法や魔術の訓練を日記に書いたらただの痛い奴だからな。
軽く流し見するが序盤はこう言った内容が殆どなので俺は重要そうなページだけを読む事にした。
【─年─月─日─時─分─秒
今日は主人の一人娘さんと行動を起こす。
ワガママではあるが、案外言う事は素直に聞いてくれる。しかし魔法に魔術。今の自分がやっている事を教えるのも大変だ。しかしこれも主人の為、僕は今日も忙しい一日を過ごした。】
「主人の一人娘……屋敷の重要人物だな。一人娘なら溺愛されていただろうし、そのお世話を任されたのは大変そうだ」
「だけど特に情報は無さそうだね。使用人としてなら別に変じゃない」
「ああ、そうだな」
セイヤに言われ、またページを捲った。
【─年─月─日─時─分─秒
最近、主人の奥様の様子がおかしい。どうやら病を患ったらしい。心配だ。
しかし僕の力ではどうにも出来ない。こうなるならもう少し回復スキルを覚えておけば良かった。】
「主人の奥さん……これもまた何かの切っ掛けになりそうだね」
「ああ。特に主人のって部分が気になる。魔王が誕生した理由は主人が原因って事があるかもしれない」
【─年─月─日─時─分─秒
主人の奥様が他界された。主人と娘。随分と世話になった他の使用人達は泣き喚き、悔やんでいた。しかし生き物はいつか死ぬもの。愛する者が死んだくらいで何故そこまで悲しむのだろうか。自分には分からない。】
「主人の妻が亡くなって淡白な反応か……この頃から他者の死には興味が無かったのかもしれないな」
「そうでなくては一つの村を簡単には滅ぼしませんものね……」
【─年─月─日─時─分─秒
今度は娘が病に掛かった。奥様と同じ症状だ。主人は焦り、他の使用人や兵士達も慌てふためく。面倒臭いな。】
魔王はこの辺りから更に冷淡になる。重要なページだけ抜擢しても中々進展が無いなと考え、俺はページを捲った。
【─年─月─日─時─分─秒
どうやら娘ももう死ぬらしい。だが、死ぬ前に一つだけ命令してきた。曰く、“私の美を永遠に保って欲しい”との事。面倒だな。しかしまあ、自分は昨年から調子が良い。そんな願い容易い事だ。
自分は他者を保存する魔法を使い、娘が消え去る前に美しい宝石に変えた。】
「……! 他人を装飾品に変える魔法……!」
「これでマホさんは魔王が実行したと分かったのですね……!」
「そう。私が読んだのはここまでと、最後のページだけ……その最後のページでこの日記の持ち主が魔王って分かったの」
他人を変える魔法はここが初出。しかし、既にその力は使えていたのか。この一年前に急成長が起こって強大な力を手に入れたみたいだな。
【─年─月─日─時─分─秒
娘を宝石に変えたと知り、主人は激昂した。
既にもうダメな命だったと告げたが、更に怒られた。何故怒られたのか分からない。自分はただ娘の言うことを聞いただけと言うのに。
もう受けた恩の分は返した。見限るのもそろそろだな。】
ここら辺から主人への恩が消え掛かっていた……というより、既に消えているな。この感じ。
【─年─月─日─時─分─秒
今日一日考えた。そして実感した。自分の実力はかなりあると。試しに屈強な兵士を殴ったら即死だったからな。それならもう既に、アイツに仕える必要もない。俺は一人で生きていける。明日、辞表を出して最後の恩を返そう。喜ぶ顔が思い浮かぶ。ニヤニヤが止まらない。】
「……。恩を返す……」
「今の屋敷の惨状を見るに……嫌な予感しかしませんね」
どんどん雰囲気は不穏になる。日記からでも伝わる程には不穏だ。
俺達は既に結末を知っているからな。……と、辺りの装飾品を一瞥。視線を戻し、次のページを開いた。
【─年─月─日─時─分─秒
俺の仕事は終わった。人は宝石や金銀。宝物が好きだからな。最大限の恩返しとして、屋敷に仕える全員を装飾品に変えた。とても綺麗だ。好きな物になれて全員とても嬉しそう。
ついでに力試し。この大陸を持ち上げ、一つの崖を造った。皆高所が好きだったから、永遠に装飾品として存在し、高いところから見下ろせるのは素晴らしい事だろう。俺も自立した事だし、高みを目指すか。】
「これが魔王流の恩返しか……」
「自分の好きな物にさせて、屋敷を高所に移す事で良い景色を与えたつもりなんでしょうね……質が悪いのは、魔王は善意でそれを実行したという事……」
「あまり良い気分じゃないね……」
「ああ。日記ももう薄い。終わりかな」
苦虫を潰したような顔で俺達は最後のページを捲った。
【─年─月─日─時─分─秒
高みを目指す方法を一日中考え、思い付いた。俺は誰よりも強大で偉大。誰よりも強い。それならこの世界も手中に収められる筈。手始めに近くの大陸を沈めてみよう。その大陸が存在の証明。俺のスタートラインになる。天候魔術も覚えた。せっかくだし色々試そう。他の島も潰そう。空に浮かぶ小さな星も破壊しよう。ああ、これからが楽しみだ。俺は今この瞬間、世界を統べる王になる。世界の中心へ行こう。】
そして俺達は日記を閉じた。その結果が“イサリビ村”及び近辺の国々に大陸。
この屋敷に子供達が住み始めたのは書かれていなかったが、魔王が去った後で戦争か魔王の進撃か。何かがあってここに避難して来た……と考えるのが妥当な線だな。
「この日記から分かったのは魔王の性格くらいですね……」
「ああ。……いや、待てよ? 最後の一文……“世界の中心へ行こう”。それってもしかして……」
「……あ!」
日記を見やり、俺の指摘を受けてユメ、ソラヒメ、セイヤ、マホの四人は反応を示した。
世界の中心。それは、星の中心にある内核とはまた違う存在だろう。わざわざ“世界”って書いてある訳だからな。内核は星の中心であっても世界の中心ではない。
「ヒントは分かったな。数十年前の日記だから今もそこに居るのかは分からないけど、少なくともこの当時は“世界の中心”を目指したらしい」
「そうですね。世界の中心……比喩的な可能性も含め、拠点の位置に対して様々な可能性が生まれそうです」
詳しい事はあまり分からなかったが、魔王の日記を読む事で魔王が居る可能性のある場所は分かった。
そして魔王が使う魔法や魔術も一部は分かった。それについての対策を行う必要もありそうだ。
マホの案内によってやって来た、今はマホと子供達が住む屋敷。崖の上が魔王の拠点である可能性は無くなったが、魔王の拠点の位置。その可能性という、別の大きな収穫を得るのだった。




