ステージ12-3 崖の上
「それで、ライト。その女性はどうするのかな? 何をするのも捕らえた君の自由だ」
「オイオイ……まともなセイヤまで悪ノリしないでくれよ。今回はまだソラヒメも乗っていないってのに」
「ちょっと~。それって私がまともじゃないみたいじゃーん! それこそ偏見だよ!」
「偏見も何度か体験したらただの事実だ。……とまあそれは捨て置き、どうするもこうするも、取り敢えずユーザーネームと、この崖の上に何があるのかくらいは聞きたいな」
改めて女剣士に向き直り、俺が聞きたい事を訊ねる。
“女剣士”って他人行儀では少し呼びにくいからな。まあ、他人ではあるんだけど。
それと、最も聞きたいのは崖の上にあるもの。物か者かその両方か。それが本題だな。
「ふん、知らないね。言いたくない。無理矢理にでも聞き出してみな。答える気は毛頭無いから」
「まあ、こう返すよな。普通」
当然、それについては黙止する。大方予想通りだな。出会った時からこんな態度なのでこう来るとは思っていた。
そうなると……仕方無い。少し意地悪な質問をするか。
「アンタは“上の子達”と言っていたよな? つまり、アンタには何か護らなきゃならない事があるという事だ。このまま何も言わないなら俺達は確認の為にも上へ行く事になるけど……それでも良いのか? アンタの見立てだと俺達は極悪人。大切なものの側に悪人が寄り付いたらどうなるか想像は難しくないだろう」
「……! 上の者達には手を出さないで! 私はどうなっても良いから……!」
「本当に俺達がただの悪人みたいだな。さながら人質を取った犯人の気分だ。今にも待ってましたとヒーローが駆け付けてくれるシチュエーションだな。……深い意味はない。何があるのか、何の為に門番をしているのかを教えてくれれば良いだけなんだ。見たところ、アンタは悪い人じゃない。どうだ?」
「……っ」
訊ねるが、口を噤む。
聞き方が完全に悪人のそれだが、本当に裏はない。他人を支配する事とかには興味がないからな。
例え俺が世界征服が出来る力を持っていたとしても、その力はちょっと便利な日用品程度にしか扱わない自信があるくらいには無欲だと自負している。
しかしまあ、そんな事を言っても信じられる訳ではない現状、困ったものだな。
「やっぱり駄目か。……俺達がギルドの一員って言っても話を聞いてくれないか?」
「ギルド? 貴方達が?」
この女性は“NPC”ではない。なのでギルドの名を信用しているかも分からないが、俺達は一応素性を明かし、ギルドメンバーという事を教えた。
反応は……悪いという訳じゃないが良い訳ではない。困惑って表現が適正かどうかは分からないが、疑問に思うような表情だった。
「ああ。ほら、ギルドの証もある」
「ギルドの証って……それはギルドマスターの……! 君、ギルドマスターなの!?」
「そうだな。俺はギルドマスターだ」
「ギルドマスターが何故ここに……?」
ギルド。そして俺がギルドマスターと聞き、より一層困惑する。
困惑はしていても慌ててはいない。となると別に崖の上に疚しい事がある訳でもないようだ。元々この女性は何かを護ろうとしていただけだしな。
「何故って……そうか。詳しい理由は話していなかったな。それは確かに不親切だ。自分の理由を話さずに相手へ理由を訊ねるのはマナー違反。……実は──」
「…………」
そして女性の疑問に対し、俺はここに来た経緯を話した。それを話す事で少しは気を許してくれるかもしれない。
嵐を通った事。ここに魔王が居るかもしれないので調査に来た事。他のギルドメンバー達も向かっている事。包み隠さず目的は話した。
「──って事で、要するにここに魔王が居なければ俺達は何の用も無いんだけど……魔王が居ないと当ても無くなるから居て欲しい気持ちもあるんだ」
「……。魔王は、居ない。けど、痕跡はある」
「……!」
それを話した事により、女性が気になる事を呟くように言った。
魔王は居ないが、痕跡はある。か。凄く気になる話だ。今ここで魔王関係以外の全宇宙の全てを知るのと、この情報を聞くのとの二択があるなら迷わずこの情報を聞くくらいには興味がある。
「魔王は居ない……それに痕跡って……」
「気になるの?」
「ああ、気になる。かなりな。……けど……多分詳しく教えてはくれないんだろ?」
「……」
「ハハ、今度は沈黙の抵抗か」
妙な沈黙。もしかしたら教えてくれるのか? いや、今までの態度からしてそれは無さそうな雰囲気だ。
まあ、思考が読める訳じゃないから何を思っているのか分からないけどな。
「……。もし何も教えないなら、君達はどうする?」
「今度は質問に対しての質問の返答か。そうだな……後々は崖の上に向かうけどまずは……」
「……!」
その言葉に対する返答として、俺は捕らえた女性に触れた。
「“治癒の書”!」
「……!?」
それと同時に、俺はスキルによって半分まで減った女性の体力を回復させた。
体力が減ると実際の気力も無くなるからな。ゲームキャラはどんなに体力が減っても今までと変わらないように行動するけど、この世界では多くのダメージを負ったら負ったなりに不利益もある。基本的に即死か即回復だった俺達にはその影響も少なかったけどな。
とにかく、そのままで放置するのも問題。なので俺は女性を回復させたのだ。
「何故傷を……? 私は君達の敵だよ?」
「プレイヤー同士の戦闘システムも本来の“AOSO”にはあったから、それについては特に気にしてないさ。そりゃ世間一般、多数決で悪人と定められるような人なら別の手段もあったかもしれないけど、アンタは悪い人じゃないって分かっているからな」
「お人好しなの? それともただのバカ?」
「その人に寄る。俺の評価を決めるのは俺じゃないからな。今回はアンタが決めてくれ。その評価に俺が異論は出さないさ」
「なら結論。私から見たら君はただのおバカさんだよ」
「ハハ、それも一つの俺だな」
小さく笑い、女性は俺の印象を決めた。
自分の性格は自分じゃ決められないからな。心の底から思っている事が性格になるなら本当の善人はこの世に殆ど居ないだろう。だからこそ、見る人によって俺はどんな人物なのか変わる。
心の底で善人でも行動に起こさなければ意味がない。心の底では悪人でも、行動に起こさなければ世間一般の評価は悪くならない。結局、相手がどんな人物なのかは自分自身で確認した情報でしか得られないしな。
「そのバカさ加減に免じて、教えて上げる。ううん。見た方が早いかな。案内して上げるよ」
「マジか! それはありがたい!」
「ふふ、本当に変な人……お仲間さん達も苦労しているでしょ?」
「ふふ、そうですね。ライトさん、しょっちゅうメンタルが崩壊しますから大変です♪」
「オイオイ……ユメ……」
訊ねるように告げた女性の言葉にはユメが笑って返す。
確かにユメ達には苦労しか掛けていないな。それも否定出来ない。
「へえ。情緒不安定なんだ……。確かに言い回しとかゲームキャラとかフィクションの存在っぽいもんね」
「それと情緒不安定は関係無いだろ……それはその、やっぱり一度くらいは主人公とか、活躍するヒーローになってみたいからな。要するに治った筈の中二病の後遺症だ」
「中二病だったんだ……」
「あ、えーと……この話はもう終わらせてくれ。黒歴史が蘇る……」
「ふふ、ごめんなさいね」
色々と痛いところを突いてくる。そりゃ、こんな現実離れした世界だと漫画っぽいセリフの一つや二つ言いたくなるものだよな。非日常特有のこの感覚に共感出来る人も多い筈だ。
とまあそれは捨て置き、少しは心を開いてくれたのかもしれない。実際、体力の回復はこの世界で重要だからな。何か裏がありそうな者相手だとしても、治してくれたら俺も気を許してしまうかもしれない。
「あ、そうだ。名乗り遅れたね。私はユーザーネーム・マホ。職業は“魔法剣士”。少しだけ君達を信じてみるよ」
「そうか、それは良かったよ。よろしくな、マホ」
気を許してくれた事で女性の名を知れた。
ユーザーネームはマホ。これは本名をユーザーネームにしたパターンかもな。
改めてマホを見やる。日本人だが肌は色白で目はつり目ともタレ目とも付かないもの。しかし大きく綺麗な目をしていた。どことなく包容力も感じる優しい目付きだ。
身体付きも一般的な女性のもの。しかし、剣士の装備だから身体のラインはよく見えないな。待てよ。剣士の装備でこれ程って事は胸は結構──いや、普通に考えて見る必要もないか。女性を観察って完全に変質者のそれだ。
俺は視線を逸らし、改めて崖の上へと移した。
「それで、この崖の上までどうやって登るんだ? いや、まあ俺達にも登る方法はいくつかあるけど」
「私はそのまま降りて来たから魔法で戻るかな。君達にも方法があるならそのやり方で向かってくれ」
「オーケー、分かった」
マホに言われ、俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤの四人とミハクにコクアは移動する。
マホは魔法によって空中浮遊を行い、俺達は地形を階段状に組み立てて進む。
何はともあれ、色々あったけど崖の上を見る事は出来そうだな。
*****
「着いたよ」
「ここが断崖絶壁の上か……」
移動からは特に何も起こらず到着した。雲や霧によって視界は悪かったが、本当に何も起こらなかったのだ。
逆に違和感があるな。あの霧は何だったのか。少なくともマホとは別件だろう。それにモンスター達が逃げていたけど、俺達を前に逃げなかったのにマホのレベル的にも逃げる程じゃない。確かにマホは強かったけど、あんなに必死に逃げるのはまた別の存在が原因かもしれないな。謎は深まるばかり。まだまだ多いな。
ともあれ、崖の上にあった場所。そこは全体に草原が広がっており、下にも上にも雲があるという高所。湖のようなものも見え、木々も生えている。自然は豊かみたいだな。
「君達は本当に何もしないよね? もしもの場合、私が刺し違えても君達を……!」
「大丈夫だ。俺達は生粋の平和主義者だからな。ガンジーも感涙の平和主義者だ。辞書で平和って引いたら俺の名前が出てくるぞ」
「それならそんなに強くなっていないでしょ。途中からハチャメチャな嘘になっているし……結構場数踏んでいるみたいだね」
「ハハ、まあな。けど、何かする必要が無ければ何もしないのだけは本当だ」
多少は認めてくれたが、やはりまだ不信感はある様子。つまり、今までここに来た者達はそれ程の者が多かったって訳だ。
それはプレイヤーか敵対“NPC”か。深くは考えないでおこう。
俺達はマホの案内の元、暖かな風の吹き抜ける草原を進み、ザワザワと葉の擦れる森を進み、静寂な湖畔を進んで森の中へ隠れるように建ててある一つの建物へとやって来た。
「ここは……」
「見ての通り建物。けど、普通の建物じゃないよ。建物その物じゃなくて中に居る子達がね。……もう察しは着いているかな。来て」
一つの、宿泊ホテルのようにも思える大きな屋敷。しかし外観はそれなりに汚れており、金銭的理由で建て直しが出来ないのだろうと分かった。
まあ、確かにある程度の察しは付くな。“~の子達”なんて表現、幼い子供達にしか使わない。そう思った矢先、建物の中から沢山の子供達が駆け寄ってきた。
「マホおねえちゃーん! おかえりー!」
「ちゃんと留守番してたよ!」
「ケンカもしなかった!」
「ホメてホメてー!」
「ふふ、そうだね、みんな偉いよ」
駆け寄ってきた子供達に対し、険しい顔を完全に消し去ったマホが聖母のような笑顔で子供達を抱き寄せる。
子供達と言ってもただの子供ではない。獣のような耳や牙が生えていたり、人間よりも耳が長かったり尾があったり、この世界でも珍しい獣人。エルフ。その他の種族の子供達がそこに居た。
「あれ? その人たちは?」
「わあ! なんかいっぱいいるー!」
「おじさんだぁれ??」
「おじ……俺はまだ十代なんだけどな……」
「ふふ、可愛いですね。この子達」
おじさん。まあ、確かに子供から見たら俺達はおじさんかもしれない。実際、身長も倍近く違うしな。
「あ、おねえちゃんも二人いる!」
「カッコいいメガネのお兄様も!」
「え? 俺だけおじさん……」
だが、子供という存在は残酷で、ユメやソラヒメにセイヤは普通にお兄さんお姉さん。てか、セイヤに至ってはお兄様って……。
俺って割と童顔なんだけど、やっぱりここまでの苦労で少し顔が変わったのか……? なんかショックだ。
「ラ、ライトさん! 気を落とさないでください!」
「ハハ……ありがとな。ユメ……」
しゃがみ込む俺に対し、ユメが同じ目線になって背中を擦ってくれる。本当に優しいな。俺の初恋の相手がユメで良かったよ。
「それで、マホ。この子達は?」
「見ての通り、親が居ない子供達だよ。“NPC”なのは分かっているけど、なんだか放っておけなくてね」
傷心的な俺に代わり、セイヤがマホへ訊ねるように話す。
マホ曰く親が居ない子供。大凡の予想通りだな。だからこそマホは必死に護っていた。
マホとの戦闘後、崖の上にやって来た俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤ、ミハクにコクア。そこで俺達は、マホが護る子供達と出会った。




