ステージ1-17 ボスモンスター
「じゃあここから離れて探してみるか!」
「ああ、任せた。ライト。僕達は少しでもモンスターの進行を食い止める」
「私も行くよー!」
「任せましたソラヒメさん! レッドスライムを倒してレベルが上がったので私も少しは力になれます!」
事が決まれば善は急げ。俺はスライム達を薙ぎ払いながら蹴散らし、一気に群れの中心地に向かって駆け出した。
後続にはソラヒメもおり、少しずつ進行しながらユメやセイヤも援護射撃を続ける。
それでも群れの数は一向に減る気配が無く、次々とスライムが襲い掛かってきた。スライム自体は一撃で倒せるが、ゲームシステムである疲労機能によって少しずつ動きが鈍くなってきた。
【ライトはレベルが上がった】
【ソラヒメはレベルが上がった。新しいスキルを獲得。NEW SKILL・“連撃”】
【ユメはレベルが上がった】
【セイヤはレベルが上がった】
しかし、それとは別にレベルも向上していく。少ししか上がらないと思っていたが、レッドスライムの存在が大きく結構な速度でレベルが上がるのは嬉しい誤算だろう。
現時点で俺のレベルが8。ソラヒメのレベルが10。ユメが6でセイヤが7。まだまだ低いが、レベルアップによる恩恵としてスタミナと体力も少しは回復するので悪くない。まだステータスに割り振りは出来ない状況だが、それとは別にその職業としての上昇もあるので戦えられていた。ソラヒメも新しいスキルを覚えたのでより強力になった事だろう。
「よーし、早速使っちゃうよ! 奥の手・“連撃”!」
『『『……!』』』
踏み込み、襲い来るスライム達を目にも止まらぬ速度で打ち抜いていく。
“連撃”。文字通り通常のコンボよりも素早い動きで敵を打ち倒すスキル。
それなら俺も負けていられないな。
「──伝家の宝刀・“連続斬り”!」
『『『……!』』』
レベル5の時点で覚えたスキル、“連続斬り”。“連撃”の剣バージョンみたいなもので、高速の斬裂で敵を切り捨てる技。
低レベルなのでそこそこの“SP”を消費してしまうが、スタミナの消耗を抑えながら多くの敵を倒せるので今は使った方が良いだろう。
「それで、ボスに当てはあるの?」
「無い! けどまあ、多分他のスライムとは違うだろうから分かる筈だ!」
「行き当たりばったりだねぇ。けど、嫌いじゃないよ、そう言うの!」
ボスがどこにいるのかは全く分からない。ただ闇雲に探しているだけである。
どんどんモンスター達を打ち倒し、どんどん先に進む。近場に居る事は分かっている。それなら当てが無くとも何れ到達するかもしれない。
【──モンスターが現れた】
「……!」
「……!」
「……!」
「……!」
その直後、俺達の脳内に一つの声が掛かった。
もう既にモンスターには囲まれている。にも関わらず響いた声。これが意味する事はつまり、また別の存在であるモンスターが現れたという事。
「成る程な。親玉の登場って訳か……!」
「そうみたいだね……!」
『~~~~~~!!』
「……ッ! なんて絶叫だ……!」
声にならぬ声を上げ、辺りには地響きが轟く。スライムっていうモンスターのどこに声帯とかの音を発する気管があるのか分からないが、まあ、現れたって事だな。
「ライムスレックス……!」
スライムの王。ライムスレックス。
ラテン語でスライムの王という意味の言葉だが、何でそこだけラテン語にしたのか開発者の意図が分からない。
とにもかくにも、確実にボスモンスターである事だけは分かった。
「この世界になった時点で敵のステータス確認とかを挟まないで戦闘が始まるようになっているけど、確認は出来るのか?」
叫び声を上げただけのライムスレックス。まだ臨戦態勢に入っていないのを見るに、もしかしたらこの世界でも敵の主なステータスを見れるかもしれない。
俺は素早く操作を行い、自分のステータス画面から設定を変更。当然のように選択画面が現れる事はないが、色々弄っているうちに“確認”の項目が現れた。どうやら相手のステータスを見る事は出来るらしい。
と言っても“AOSO”内のように厳密な能力は見れないらしく、主にレベルのみのようだ。滅茶苦茶不便になっているが、おそらく難易度を調整しているのだろう。
「そうなると……どうするか。あ、自動表記もあるな。これを使おう」
元よりレベルは現れた瞬間に表示されるもの。何が目的でわざわざ調べなくちゃいけないようにしたのかは分からないが、自動で表示させる事も可能な様子。俺は設定を変え、敵モンスターのレベルが自動的に映し出されるようにした。
そして確認したところ、ライムスレックスのレベルは──15。
それなりに高いレベル。初期のボスなら妥当なレベルだが、今の俺達は最大でもソラヒメのレベル10。加えてまだまだ群れは居る。考えるまでもなく面倒極まりない存在だった。
「ソラヒメ……どうやって戦う? 一番レベルが高いソラヒメに合わせてみる……!」
「どうもこうも、正面突破しか無いんじゃないかな……! 幸い、回復アイテムは十分にあるし、周りのスライムを倒しながら戦えばいつかはレベルも上がっていってやられない限り強くなれるからね……!」
「よし、乗った……!」
作戦など、今の状況にはあまり関係無い。スライムの数もある程度は減ったし、無限湧きじゃないみたいだから何れ尽きる筈。
それなら一気に嗾けるだけだ。
「行くか……!」
「オーケー!」
俺とソラヒメがライムスレックスに向けて駆け出し、周りのスライムを蹴散らして打ち倒しながら一気に攻め立てる。
その柔らかな肉体を木刀で打ち抜き、ソラヒメが拳を叩き込む。同時に回り込み、前後から木刀と拳によってその身体を押し潰す。刹那に周囲を駆け、あらゆる箇所に攻撃を与えた。
まだ“SP”が完全に回復していないので“伝家の宝刀”や“奥の手”は使えず、ただひたすら叩く事しか出来ない。ライムスレックスはその弾力のある肉体故に物理的な攻撃が効きにくい存在なので、このままではじり貧だろう。
「二人とも! 援護します! “ファイア”!」
『……!』
次の瞬間、ユメがライムスレックスに向けて炎魔法を放出。そのまま身体を焼き払い、確かなダメージを負った。
「効いてるぞ……! ユメ! 魔法は効果がある! 魔力を温存しつつ援護を頼む! セイヤはユメの分も他のスライム達を片付けてくれ!」
「わ、分かりました!」
「ああ、分かった!」
俺とソラヒメじゃイマイチ決定的な一撃を与えられない。だがユメならそれも可能。
しかし、最初のボスで物理攻撃があまり効かない存在が出てくるなんてな。始めたら何となく剣士や闘士を選ぶ人も多い筈。なのに序盤でぶつけてくるか、普通。
そんな敵も居るって意味のチュートリアルかもしれないけど、あの首謀者が考えている事は分からないからな。まあ、確かにライムスレックスは序盤に当たる存在ではある。問題は別の場所にあった。
「なんか、ゲーム内より堅い……いや、肉質は柔らかいんだけど、体力が多いな……いくら俺達のレベルが低いにしてもこの耐久力はなんだ……?」
「確かにね。序盤のボスで物理攻撃は効きにくい存在だけど、Lv5くらいの差があっても物理攻撃で倒せない敵じゃないのに……!」
「存在が強化されているって事か?」
ライムスレックスは、物理攻撃が効きにくい存在だが、序盤のボスだけあってレベリングを疎かにする初心者でも倒せるように設定されている。
なので現在の俺達のレベルは討伐目安のレベルに達しているのだが、何度か仕掛けているのにまだ倒れない。
この事からするに、VRMMOとしての“AOSO”よりも強化された個体という事が窺えられた。
「……まあ、それでもダメージは通っている筈。完全な物理攻撃無効じゃないからな。後はとにかく手数で攻めるか……!」
「賛成。敵対はしているけど、動きは鈍いからね……!」
『……!』
その瞬間、ライムスレックスが肉体を変化させ、鋭利な槍のように伸ばして近場に居た俺とソラヒメに狙いを定めた。
俺達はそれを見切って躱し、ライムスレックスが次々と肉体を鋭利にして伸ばす。雨のような槍だが、俺とソラヒメの速度なら避け切れる。元々スライム自体が素早くないので攻撃を流すだけなら簡単ではないにせよ遂行出来ていた。
『……! ……!』
「……っ。どんどん数が増えてきているな……!」
「あーもう、焦れったいなぁ!」
だが、動かないからこそ読みにくい攻撃もある。基本的に身体を伸ばすだけなので対処は簡単に思えるが、通常のスライムよりも広い面積を持つライムスレックス。そこから放たれる槍は更に数を増し、何がなんでも寄せ付けさせないという気概を感じた。
「本当、あの身体のどこに思考回路があるんだ? モンスターはあくまでプログラムの存在だけど、AIでも埋め込まれているのか?」
「そうじゃないかな。今の時代なら小指の爪くらいの大きさに色んな機能を植え付けられるし、それくらいの大きさをあのゲル状の身体に入れれば思考も視野も五感も全て作られるよ多分」
「へえ、結構詳しいんだな。意外だ」
「ちょっとー、意外って酷くない? 私も少しは考えているんだからね!」
「確かに、頭の回転が早くなくちゃ色んな悪戯や揶揄いは思い付かないか」
「あ、そっち方面に持ってっちゃう?」
ソラヒメの考えが正しければ、確かにあの身体でも最適解とまではいかないにしても思考は出来るかもしれない。
プログラムされた存在だからこそ、AIに俺達プレイヤーを敵と認識させ、攻撃や防御の思考ルーチンを組み込む事も出来る筈だ。
「けどまあ、私はもう見切ったよ。ライト。ちゃんと着いて来てよね♪」
「ソラヒメ!」
次の瞬間、ソラヒメがライムスレックスに向けて一気に駆け出した。当然肉体からなる無数の槍が降り注ぎ、その身体を貫こうと試みる。
しかしソラヒメは、あろう事かその槍。ライムスレックスの肉体を踏みつけ、槍を足場にして眼前に迫った。同時に力を込め、重い拳を叩き込む。
「はあ!」
『……!』
それによって巨大なライムスレックスの身体が拉げて凹み、その重みで大地が沈む。
一体どれ程の力を込めたのかは定かじゃないが、物理攻撃が効きにくいライムスレックスにも確かなダメージを与えられたようだ。
「取り敢えず、着いて行ってみるか……!」
ソラヒメに着いて来いと言われた以上、行かない訳にはいかない。
俺は木刀にて肉体の槍を粉砕し、ついでに周りのスライムも打ち砕きながら加速。そのまま距離を詰め、ライムスレックスの身体に木刀を叩き込んで吹き飛ばした。
「……っ。結構質量あるな……! そもそも、コイツの身体は他の動物みたいなタンパク質なのか?」
「さあね。柔らかいけど、従来のスライムみたいなホウ砂や洗濯糊で作れるのかな?」
ライムスレックスのみならず、このスライム達全般の肉体を作り出している物質が何なのか気になるところ。
しかし確かな手応えはあり、その身体が外的要因による攻撃を危険なものと判断しているようだ。
「まあ、モンスター達の身体はデータの集合体。俺達の攻撃を数値で表してそれに対応した反応でも示すのかもな……!」
「そうだね。取り敢えず、あと少しで倒せるかもしれないから早いところトドメを刺そうか!」
「ああ、案外レベル差もなんとかなったみたいだしな」
何はともあれ、ライムスレックスの体力はあと僅か。体力ゲージも設定を変更する事で見えるようになったのでわざわざ行動パターンから残りの体力を選定する必要は無さそうだ。
「ライト、ソラ姉。こちらも大方終わったよ。まあ、ライト達の攻撃で巻き添え食らって過半数が倒れたんだけど」
「私もまだ魔法を使えます!」
どうやらセイヤとユメの方も終わった様子。あの群れの影響で今の俺達は俺がLv9。ソラヒメがLv11でユメがLv7。そしてセイヤがLv8。全員1ずつ上がった。これならライムスレックスを倒せば更にレベルが上がるな。
周りの敵ももう居ないので今度は全員で仕掛けられる。もう少しだとしても体力があるので、特効性の高いユメの魔法が使えるのは有利に働く事だろう。
『……!』
「向こうも本気みたいだな……!」
俺達が構え、ライムスレックスが全身から危険信号を出して警戒をより高める。
ここからが本番だ。より厳しい戦いになるかもしれない。そして仕掛けた、その瞬間──
『シャァッ!』
『……!』
「……!?」
──ライムスレックスが蛇型のモンスターによって捕食された。……って、え?
『……』
「た、食べられちゃいました……?」
「お、美味しいのかな……?」
「いや、そう言う問題じゃない。それに蛇は味覚を感じないよ」
蛇らしく丸飲みし、満足そうにボーッと佇む蛇。
その光景に俺達が呆気に取られた次の瞬間、空中に文字が映し出された。
【オーガ・スネークはレベルが上がった。オーガ・スネークは首領・スネークに変化した】
「な……!?」
オーガ・スネーク。それが突然現れたあのモンスターの名らしく、それが光に包まれてドン・スネークとやらに変化した。
倒される事で変化する進化モンスターとは違い、自身のレベルを上げる事で進化するモンスター。
「こんなの見た事無いぞ……少なくとも“AOSO”内のデータにそんなモンスターは居なかった……!」
「ああ、僕も見た事がないよ。他のモンスターを取り込む事で進化するモンスターなんて……!」
「ドン・スネーク……ドンスネ……」
「略している場合ですか……!?」
ドン・スネーク。今はまだ食べたばかりで動かないな。データの身体に消化機能があるのかどうか分からないけど、本物の蛇っぽいな。取り敢えずレベルを確認してみ──
「……っ! レベル25……!?」
「……!? ちょっと待て! さっきまでのライムスレックスが15だろ!? レベルが10も上がるなんて……!」
そのレベルに、珍しくセイヤも声を上げて驚愕する。
冗談半分で旅立った瞬間にボスが現れたらそれは敗北イベントだと言っていたが、それが現実になろうとしているのだから当然だろう。
「けどまあ、あの蛇は捕食者って感じか。まさか、ゲームの世界でも生態系が形成されているとはな。さて、どうする? レベルは25だけど」
「どうするもこうするも、逃げられないみたいだからね。ほら、いつの間にか“逃げられません”の目印になる壁が出来ている」
「本当だ。となるとコイツが正式なボスモンスターって事か。まあ、ライムスレックスの時点で正式なボスモンスターだった可能性もある。ライムスレックスの時は周りを確認しないで戦っていたからな」
レベルにかなり差がある。しかし逃げる事は出来ないらしい。
これはライムスレックスよりも遥かに苦戦しそうな相手だな。けどやるしかない。
俺達とライムスレックスの戦闘。それはライムスレックスがオーガ・スネークに捕食され、ドン・スネークとなったボスモンスターと相対する事になった。




