ステージ10-35 夜明け
「──……。また、人の姿に戻ったか。けど、今回は体力を残す事が出来なかったようだな」
「フッ……元々残せなかったさ。いわばあの姿になったのはたった一回のチャンス……最初で最後の命だ。私はモンスター……君達のようにやり直す事も出来ない」
「それが普通だ。やり直す事が出来るということ自体おかしいんだからな。人生をやり直せる生き物……確かそんな生き物も居たけど、俺達人間はやり直した時点で人間じゃなくなっている」
人の姿になり、既に体力が0になっているミコクへ向けて話す。
毒の壁も毒の波も消え去っており、俺は分身を消し去って白神剣を受け取った。現在、辺りには妙な静寂が訪れる。
「それで、何故わざわざ人の姿に? もうなる理由は無い筈だ」
「……。いや、この姿になれば変化の影響で暫くこの世界に留まる事が出来るからな。最期に……話をしたかっただけだ」
「……。そうか」
肉体変化の影響。それによってミコクは体力が0になっても暫くこの場に留まる事が出来るらしく、今はただ話をしたいようだ。
「まあ、聞きたい事も色々ある。目的についてはある程度分かった。その目的だけど、ミハク……アンタの言う万龍もアンタと共に、何か関係しているだろ?」
「……。さあな。それについては答えられない」
「それは関係しているって自白しているようなものだけど、それについては一先ず置いておくか。時間も無いしな」
本人は関係無いと言っていたが、やはり今回の件にミハクも一枚噛んでいる様子。だが、本人がこの調子でもうこの世界に留まる時間も無さそうなので保留する事にした。
今聞きたいのは別の事だ。
「答えられる範囲で良い。いくつか質問させてくれ。アンタも話がしたいんだろ?」
「……。良かろう。殆ど答えられなさそうだが、それくらいは構わない」
「アンタ達の目的、俺とユメを残して他のギルドメンバー達を全滅させていた暁にはどうしていたのか。アンタ達はどうやってこの世界に来たのか。首謀者との因縁は……大きく分けてこの三つだな。実際には他にも色々聞きたいけど、この三つのうち一つを聞くだけでアンタが消え兼ねないから絞らせて貰った」
「遠慮は無いんだな。まあいい。確かに何も言わずに消え去るのは礼儀がなっていない。私は君達の、多くの仲間達を奪った仇だ。少しくらい教えなくてはな」
聞きたい事は大きく分けて三つ。最低でもミコク達の本当の目的とこの世界に来た方法が聞きたいところだが、
「しかし、答えられるのは残り時間的に考えて一つ……私達が“別の空間”から来た方法くらいだ。後は簡潔にまとめて、ギリギリ間に合うか間に合わないかと言ったところだな」
「十分だ。話が長くなりそうなのは何となく分かっていた」
この世界に来た方法以外は本当に簡単にまとめて話すらしい。
まあ、目的の概要や首謀者との因縁は、全部が分からない訳ではない。ある程度の予想は付くので今回は静聴する。
「方法と言っても大きな事ではない。君達も既に実行した事だ。この世界と私達の世界が繋ぎ合わされ、私達の世界に一つの……次元の穴が生まれた……そこを通ったらこの世界だったという訳だな」
「成る程な。と言うか、俺達が“AOSO”に入った事まで把握済みか。まあそれはいいや。残りの質問に……答えられそうか?」
「そうだな……私ももう消える。残念ながら簡潔にでも言えるのは、君達二人だけが生き残ってとある場所に向かうのと、首謀者との因縁は私がこの世界に来る事を望んでいなかったというだけだ」
「……。そうか。とある場所……それは名前くらいは言えないか?」
「名前が無い。あるのは空の先に……だ──」
それだけ告げ、ミコクとなった紫翠龍が光の粒子となって消え去る。最期に空を見上げ、フッと笑っていた。
フィクションでは消滅前にも長々と語る事は出来るが、どうやら現実はフィクション程ヌルゲーじゃないらしい。
まあ、余計な会話を全て省いて本当に簡潔に答えていたらそれも分かったかもしれないけど、今回はせっかく意思を持ったミコクの心情を優先したかった俺の感情論だな。サイレンやソフィア。仲間の仇なのは変わりない。その仇に今、俺はケジメを付けた。
「空の先……」
「そこに何があるのでしょう……」
先程まで居たミコクが消え去った場所を見、俺とユメは呟く。
今回ミコクを倒したが、俺達のレベルは上がらなかったな。そう言えば前にミハクと会った時、本来の姿の万龍を倒してもレベルは上がらなかったな。まあ、それは進化モンスターだったので、万龍を完全に倒した事になっていなかったからだろうけど。
何はともあれ、これで俺達の残る敵は──
「君達。私の代わりにバグを一つ削除したようだね。ご苦労様」
「……。来たか」
──首謀者。
ミハクと戦っていた筈の首謀者が俺達の上から声を掛ける。全員がミコクの居た場所を見ていたがそちらの方向に視線を向け、その姿を確認した。
「もう一つのバグは……私の手には終えなかった。やれやれ。面倒な存在を引き入れてしまったよ」
「……!」
「──………」
そしてその姿を確認した瞬間、首謀者の身体は白い光の中に飲み込まれた。近くに居たのは無傷のミハク。
「今回も分身で良かった。本物の私でもこのバグには勝てない」
【GAME OVER】
「………」
そう言い、首謀者は消え去る。
やっぱり今回も分身だったか。まあ、飄々としている割にはかなり警戒心が強いからな。ローブ姿しか見たことが無いし、自分の姿はとことん隠すらしい。
そしてミハクの強さ。それは想像を絶するものみたいだな。まあ、上級装備を着込んでレベルが四桁中盤はあった俺も瞬殺だったんだ。やっぱり強さは“AOSO”と変わらないみたいだ。
「結局首謀者からは何も話が聞けなかったな。まあ、現状聞きたい事も特に無いけど」
「もう後は魔王を倒して首謀者の元に行くだけですもんね。その首謀者の居場所は不明ですけど……」
「それと、さっきライトが聞いた空の先って言うのが新しいイベントかな。一体何の事だろう……」
「いつの間にかこの世界の攻略が終盤に進んでいたけど、分からない事は相変わらず多いね」
俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤの四人が順に話す。本来ならここにソフィアやサイレン。他のギルドメンバー達も居たと考えると、何だかやるせない。
俺達と魔王軍幹部の戦闘。それに何人かの乱入があったが、ようやくそれが本当に終わった。
夜に要塞へ攻め入り、現時刻は朝方。月と星が俺達の視界から消え、戦いに疲れた俺達の身体を癒すかの如く朝日が昇るのだった。
*****
──“ギルド”。
「お帰りなさいませ。“ギルドマスター”ライト様。そしてソラヒメ様方御一考。既にシリウス様。ラディン様。クラウン様。そしてギルドメンバーの方々が集まっております」
「そうか……俺がギルドマスターになってしまったんだな……」
魔王軍幹部、紫翠龍ことミコク。そして一応首謀者との戦闘が終わってから数時間後、俺達は旧アメリカから関東ギルドに戻ってきていた。
“転移”は使わず、俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤ、ミハク、マイとリリィの七人で行動していたのでこれくらいの時間は経った。しかしレベルが高くなっている事もあり、何万キロの道のりもかなり短縮出来たな。
そこでは受付のパール=アマリリスさんが出迎え、俺は改めて消滅したサイレンの座を引き継いだ事を実感する。
「ラディン達の居場所は?」
「ギルドメンバー専用部屋で御座います。マイ様とリリィ様。お二人の冒険者様を招待致しますか?」
「ああ。マイとリリィとソフィ……ああいや、二人も頼む」
「かしこまりました」
もうソフィアは居ない。だけどつい数時間前まで共に居た仲間。消え方も光の粒子となるものであり、肉体すら残らないので実感が湧かない。
こういう部分も俺の情けないところなんだろうな。
俺達七人はアマリリスさん案内の元、各ギルドメンバー達が集っている場所に向かった。
「ライト。戻りました」
「ユメ。戻りました」
「ソラヒメ。戻ったよ」
「セイヤ。戻った」
「………」
「マイ。またお邪魔するわね」
「リリィ。同じく……」
「おお、戻ったか。ライト達よ」
「これで生き残ったギルドメンバーは全員集合かな」
「せやな。意思を受け継いだ者達は全員集合や」
ギルドメンバー専用の会議室に入り、ラディン、シリウス、クラウンの三人と他のギルドメンバー達が迎えてくれる。
場の空気は決して軽いものではないが、数時間経っているのもあって全員少しは悲しみから立ち直っていた。
そう言えば、いつも俺にわざとらしいノリで絡んでくれていたアイツらも居ないんだな。人数は多いのに、随分と静かに感じる。
「集まったばかりだが、先ずは戦いに疲れて眠っていった者達の為に黙祷を捧げるか」
「ああ、そうだな。科学的には何の意味もない行為だけど、もし科学でも証明出来ていないあの世があるなら、心の声は通じるかもしれない」
集まるや否やのラディンからの提案。俺を含めて他のギルドメンバー達も頷き、座っていた者達も立ち上がって頭の装備を外し、全員胸に手を当てた。
「では……黙祷」
「「「───」」」
目を瞑り、各々の想いを心で思考する。
時間にしてはほんの数分。だが、記憶の中になら消え去った者達の記録が残っている。語り掛けるには十分な時間だろう。
「うぅ……」
「……グスン……」
「えーん……」
その数分にて泣き崩れる者も何人か。今までの緊張がここに来る事で途切れ、感情が制御出来なくなったんだろうな。
色々と思う事があるのは分かる。だが、大きく取り乱さないのを見るにいつかこんな日が来る事は分かっていたみたいだ。
本当に全員、強いな。とても強いメンバー達だ。
「……。黙祷止め。では、これからについての話し合いを行おうか」
「そうだね。けど、今更だけど何故君が指揮を取っているのかは気になるよ。ラディン」
「ホンマやで。どちらかと言えば俺の方がサイレンと親しかったんやけどな」
「それは成り行きだ」
黙祷を止め、話し合いの態勢に入る。
シリウスとクラウンは仕切っているラディンへ少しのツッコミを入れつつも従い、ギルドメンバー達は席に着く者。壁に凭れる者。その場に立って静聴する者と各々の楽な態勢に入った。
「さて、本題だ。我らは……というよりは主にライト達の活躍もあって魔王軍のNo.2までを倒した。まだ他にも魔王軍が居るかもしれないが、この世界の一区切りとなるストーリーは完結が近い筈だ。それについてどの様な攻略を行うか話し合おう」
「魔王の居場所もまだ掴めてはいないからね。一先ずは見つかるまで世界の探索……同時に首謀者の拠点も見つけておきたいところだ」
「今の地球を隅々まで探索した訳やあらへんしな。この手のゲームやったら、空や海にも何かしらのマップがありそうや」
「それだけじゃなくて、俺とユメが行くべき空の先ってのも気になるな。あと、南極や北極みたいな世界の果てにも何かしらのギミックが仕掛けられているかもしれない」
俺を含めたギルドマスター達が今後の行動について話し合う。
残る探索ポイント自体は様々。空に海。その先。この世界での身体能力なら或いはと言った感じだが、現状方法は思い付かない。
「よし、その辺についても詳しく話し合うとするか」
「そうだね」
「せやな」
「ああ」
それから行われた数十分の話し合い。話し合いの時間は些か短いが、基本的に進展があった訳ではないのでそれも仕方の無い事だ。
これにて俺達ギルドメンバーの話し合いは終わりを迎えた。
*****
「さて、これからどこに向かうか。今ならそれなりの速度で走れるし、かなり遠出が出来るな」
「そうですね。当てはありませんけど、またどこかに向かえば何か起こるでしょうか」
話し合いを経て、俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤの四人はギルドの外に出ていた。
ギルドマスターの俺が出るのは問題かもしれないが、この世界でなら俺は動き回る方が得意。なので自ら行動に赴いた。
「それで、二人とも。聞きたいんだけど、付き合うのー?」
「「…………!?」」
いざ行こうとした時、悪戯っぽく笑うソラヒメは俺とユメが一番気にしている事を告げた。
さっきの話し合いでは茶化す空気ではなかったので今のタイミングで話したらしい。今も気分が晴れた訳ではないが、多分なるべく明るくしようというソラヒメなりの気遣いなんだろうな。
「えーとそれは……何かこう、タイミングがな……」
「そ、そうですね。改めて、私はライトさんが異性として好意を抱いておりますけど、それは元の世界に戻ったらの方向で……」
「あ、ああ。そうだ。ほら、よくフィクションじゃ作中で付き合っている描写があるカップルの死亡率は高いだろ? このタイミングじゃなくて、この世界をクリアしたらまた改めて気持ちを伝えようかなって」
「それも死亡フラグな気がするけど……まあ、その方が二人っぽいもんね! 私達はライトとユメちゃんを見守っているよ!」
「達って……まあ、僕も否定はしないかな」
ソラヒメがサムズアップをしてニコやかに笑う。
俺達はまだ付き合わない。俺に好意を抱いてくれていたソフィアが消滅してしまった矢先に付き合うというのも思うところがあるからな。断ったにしても、それじゃソフィアに申し訳ない。
と言っても早めに行動を起こさなくちゃユメか俺。どちらかが先に消えてしまう可能性もあるけど、その時はその時だ。
「私とソフィアの勝負……まだソフィアさんが一歩のリードを保ったままですね」
「……? どうした? ユメ?」
「ふふ、いいえ。何でもありませんよ♪」
小声で何かを呟いたユメだが、よく聞こえなかった。
ソフィアの名前は出ていたな。俺と同じような事を考えていたのかもしれない。まあ、本人が何でもないと言っているなら気にする事じゃないか。
「じゃあ、また世界の攻略に踏み出すか。ソフィアとサイレン。他の仲間達。今回のボス戦で失った者は多いけど……いつまでもウジウジしていたら俺達に託してくれた人達に笑われるからな」
「そうですね。私も自分の力不足を実感しました……。私が“調合”のスキルを使えたら万能草から万能薬に調合してソフィアさんを救えましたし、こんな事が二度と起きないように、精進したいと思います……!」
「そうだね。ミコクちゃんとの戦いはライトとソフィアちゃんだけがダメージを与えられたもん……“格闘家”ならもっと強く、みんなを護れるようにならなくちゃ!」
「同意見かな。僕には専用スキルは無いけど、“弓使い”も仲間を護れる職業……残機が残っている僕がもっと注意を引けていたら犠牲者は少なかったかもしれない……それも、僕の弱さが引き起こしたものだ。僕を敵に厄介だと思わせる事が出来れば他の仲間達に隙を与えられる……!」
俺達はまだ力不足。俺はレベルが400を越えたが、まだ少し前のボス、エンプレス・アントにすら追い付いていない。今回の戦闘は専用スキルがあったから勝てただけ。もっと皆を護らなくちゃならない。それがギルドマスターの役目だ。
ユメ、ソラヒメ、セイヤの三人も自分の力不足を実感し、強くなろうと心に誓う。
俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤ。そしてミハク。計五人の世界攻略の旅。
俺達は新たな目標。更なる先へ向かう為の一歩を踏み出すのだった。




