ステージ10-28 名も無き女性
「一先ず……サイレンの分の攻撃は続ける!」
「君が積極的に仕掛けて来ても仕方無いんだけどな」
打開策は見つからない。なら見つかるまでただひたすら仕掛けるのみ。
白神剣を振り回し、的確に狙っているが全て避けられてしまった。
何故か俺はターゲットになっていないので反撃の心配はない。もし反撃されて俺がゲームオーバーになったとしても、その時はまた専用スキルにて打ち倒せる。
「まだまだァ!」
「助太刀します! “サンダー”!」
「私も手伝うよ!」
「当然……!」
「狙いは私なんだ。それなら私が参加しない道理はない!」
避けた先に斬り付け、ユメが雷魔法で牽制。ソラヒメも迫って拳や足を打ち付け、遠距離からセイヤとソフィアが狙撃。
近距離は俺達二人。中距離はユメ。遠距離はセイヤにソフィアとバランスの取れた連携が出来ていた。
当然その間に他のギルドメンバー達も仕掛けている。何十人の一斉攻撃。必殺スキルで駄目だったので決定打にはならないだろうが、1でもダメージが与えられればいつかは倒せる筈だ。
「人は無駄と分かっていても僅かな可能性に賭ける。これもおそらくフィクションの言葉だが、どうやらこの世界でも適用されているようだ」
「それについてはそうかもしれないな。人は意外と諦めが悪い」
「フム、フィクションのやり方や考え方。“現象”は起こり得ずとも“思考”は起こるのか。興味深い」
諦めの悪さ。それには確かに思い当たる節もある。
人について学んでいる様子の女性。思考出来るようになったとは言え自分の存在を理解し、積極的に学ぶのは珍しいな。
「俺にとってはアンタが興味深い。ミハクと同じような存在にして、俺達の敵。しかし完全な敵であっても完全な悪意がある様子じゃない。種族や名。アンタについて色々と知っておきたいところだ」
「それは告白というやつか。私が人間の子を産めるかは分からないが、性別や肉付きはヒトの雌を参考にしている。試してみる価値はあるかもしれない」
「何を言ってんだお前は。好奇心旺盛にも程があるだろ!」
訳の分からない事をほざくコイツに剣を振り下ろす。けど、一向に当たらない。
学ぼうと言う気概は伝わる。だが、少し歪な学び方をしようとしているな。単純な判断しか出来ないのも心が無い……もしくは最近芽生えたばかりの“NPC”だからか。
「まあ、それは追々考えるとして……私の標的はソフィアなんだが、何故君達は食い下がる? 最終的には何人か以外の全滅が目標だとしても、今のうちに何人かが逃げれば助かる命もある。粗末にする必要も無いと思うんだが……どうだろう?」
「それが人間って存在なんだよ。“NPC”のアンタも“AI”の進化によってある程度の思考は出来るようになった筈。アンタが生き物の定義に当てはまらないにしても、様々なデータを調べているなら、その答えも分かると思うんだけどな」
「フム……益々興味深い。確かに私が意思を持てるようになったのはほんの一月前……この世界に馴染むに連れて思考の幅は広がるか」
興味、関心、好奇心。それらを有する女性は世界に憧れを抱く。しかし女性は、だが、と言葉を続けた。
「それでは私の目的は遂行されない。この世界は悪くないが、私と君達には別々の居場所がある。存在意義がある。この不自然に混ざり合った世界では、それも失ってしまう。やはり相容れる事は出来なそうだ」
「そうかよ!」
目的の為、戦わざるを得ないとの事。
その目的が何かは分からないままだが、サイレンの無念。向こうのやる気。それがあるからこそ俺達も避けられない戦いだ。
雑談にも近い会話を終え、俺達は標的となっているソフィアを護る為に一気に嗾けた。
「そらっ!」
「やあ!」
「剣と拳。問題無いな」
俺とソラヒメが同時に仕掛け、前後から強襲。その全ては避けられ、俺の剣とソラヒメの腕が掴まれ、軽く放られるように投げ飛ばされた。
「……っ」
「痛~!」
それは攻撃ではなく守護。壁に衝突したがダメージは少なく、まだ戦闘を続行出来る程度ではあった。
「“ファイア”!」
「“火炎の矢”!」
「食らえっ!」
「中距離と遠距離の攻撃……問題無いな」
遠方からユメが炎魔法。セイヤとソフィアが矢を放ち、女性はそれらを最小の動きで躱す。
そしてソフィアの姿を視界に捉え、俺達が追えぬ速度で加速した。
「狙いが分かれば止められる! ──聖騎士道・“聖なる盾”!」
「おやおや。パラディンのラディンが止めたか」
守護スキルを使い、女性の動きを止めるラディン。
即座にその盾は粉砕されたが、ラディンもソフィアも守護の瞬間に移動したので二人は無事だった。
「「「“停止”!」」」
「……む? またか」
同時に何人かのギルドメンバーが専用アビリティを使用。女性の動きを数秒だけ完全に停止させ、俺を含めてユメ、ソラヒメ、セイヤ、ソフィア、シリウス、ラディン、クラウンの主力が嗾けた。
「食らいやがれ!」
「“ファイアボール”!」
「“竜拳”!」
「“風の矢”!」
「はっ!」
「“アイスボール”!」
「“光の槍”!」
「“ボムバルーン”!」
“SP”が回復していない俺とソフィア以外は通常スキルを使用。止められる時間が時間なので手頃なスキルを使ったのだ。
他のギルドメンバー達が仕掛ける時間もなく、俺達の攻撃のみが完全停止した女性を定めて吹き飛ばした。
「停止時間は三秒程……あの世界では半永久的だったが、かなり弱体化しているようだな」
「相変わらずの無傷かよ……!」
専用アビリティで動きを止めようと、スキルを使おうと無傷の女性。いくらレベルが高いからと言ってこれじゃ力に差があり過ぎるな。
と言ってもレベルの詳細が分からないんだけどな。レベルは変わらずERRORだ。
「……。今更だけど、一応ステータスを確認してみるか……」
無駄だと分かっている。しかし念の為、俺は女性のステータスを確認してみた。
『“???”──LvERROR』
「……ま、だろうな」
「……成る程。プレイヤー視点ではこういう風に能力が表記されるのか。しかしこの世界では……いや、この姿では私も名無し。本来の姿で名前が出るかは分からないがな」
表記は予想通り。名前もレベルも不明。積極的に仕掛けて来ないから攻撃方法も分からず、全てが不明のアンノウン。
当の本人は表記方法に興味を示しており、本当に生まれたての子供みたいな反応をするな。こうなってくると何で俺達の名前を知っていたのか気になる。
データベースに侵入出来るなら旧管理所から俺達の情報を拝借したのかもしれない。てか、本来の姿なんてものもあるのかよ。確かに今は人間の女性をモチーフにした姿って言っていたな。
「名無しが嫌なら、自分で名乗る名前でも考えたらどうだ? 俺達的にもアンタを何て呼べば良いのか分からないと不便だからな」
「ミハクのように私に名付けてくれないのか? 悲しいものだ。悲しい……この何とも言えない、やるせない感情が悲しみか……!」
「ミハクとアンタは立場が違うだろ。まあ、同じって可能性もあるけど、アンタは既に取り返しが付かない事をしているからな……!」
「成る程……確かに動物は自身のコミュニティを大事にすると聞く。人間も然り。それなら私が許されないのも仕方無い。……しかし、名か。……良し。ミハクに対抗して“ミコク”と名乗ろう。ミクロでも良かったが、ミクロは小さいという意味があるからな」
「そうかよ。少し前にソラヒメがミコクに対して考えた名前と同じだな」
「む? もう既にあったか。しかし、その言い方なら採用はされていない様子。それなら私はミコクで良さそうだ」
謎の女性、もとい、ミコク。
以前のコクア……まだ名前が無い鍵の黒龍の時にソラヒメが考えた名前と同じだが、確かに採用はしていない。それなら別に違和感はないだろう。
そもそも、コクアの存在はともかく名前の候補など俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤ、ソフィア、マイとリリィしか知らない事だしな。
「んじゃ、改めてミコク……アンタを滅ぼす!」
「さっきからそれ関連の事しか言っていないな。だが、まだまだ心が折れる様子は無さそうだ」
「そう簡単に折れてたまるかよ!」
白神剣を振り下ろし、それを躱すミコク。本当に俺には仕掛けて来ない。一度狙うと決めたらその存在だけを狙うと言う気概が大きく感じられた。
「けど、そうだな。君はまだ保留だけど、ちょっと邪魔な他のギルドメンバーは葬っても良いかもしれない」
「……遂に動くか……!」
が、どうやら動き出すようだ。
執着心はあるのだろうが、こだわりは無いのか? いや、こだわりがあるにしても……って感じか。
別にミコク自身が自分にルールを定めた訳ではない。まだ“NPC”としての判断力は残っていても、自分で考えて動けるので“NPC”時代には無かった“気分”という感覚で行動する事もあるようだ。
何で俺はまだ保留なのかも気になるが、今は一先ず、
「それも阻止する!」
「君は全部護りながら戦うつもりなのか? それは凄いな。やっぱり私が見込んだだけの事はある」
「見込まれた覚えは無い!」
踏み込み、音速を越えて加速。ソニックブームを身に纏い、爆音と共にミコクの眼前へ迫る。
俺を見込んだ。それが意味する事は何か分からないが、俺にそんな覚えは無い。連続して仕掛け、ミコクは言葉を続ける。
「私の記憶でだからな。一応最初に知った時から見込んでいた。君に直接話したのは今。君に覚えがないのも当然だ」
「まるで全部知っているかのような口振りだな!」
「ある程度は知っているな。だが、それを話す必要はない。それも、」
「この世界の為って事だろ!」
「分かっているじゃないか」
ある程度の調べは付いている。確かにそれはそうだな。少なくとも俺達の本名くらいは知っているし。
だが、今回の戦闘にそれは関係無い。他のギルドメンバーも標的になったならそれを阻止するだけだ。
「だから必要なんだ。この世界の為に消え去る人材がな」
「……!」
仕掛け続ける俺の横を通り過ぎ、刹那にソフィア達の元に迫る。それを踏まえて既に居る護衛としてのギルドメンバー達が構え、ミコクは嗾けた。
「なるべく主力は残しておきたいんだけどな。私とは別件に、単純な魔王までの攻略には何人かが必要だ」
「「「…………!」」」
そう告げ、主力を除いた何人かを吹き飛ばして打ち沈める。
主力は残しておきたい。それなら何故ソフィアを執拗に狙うのか。また新たな疑問。だが、そんな事を考えている暇はない。犠牲を阻止しようとした矢先のこれだ。
「……ッ。ここまでか……!」
「サイレンさん……今行きます……!」
「後は任せたわ……」
【【【GAME OVER】】】
「くそっ!」
「うん。少し心にダメージを負ったみたいだな。仲間思いだからこそ、他の誰が消えても心を痛めるらしい」
「ふざけるな!」
爆音と共に加速。しかしヒラリと躱され、俺の攻撃は通らない。
「“停止”──!?」
「遅い」
【GAME OVER】
そしてまたギルドメンバーが消される。アビリティを告げる間もなくの消滅。
消え去るまでラグがあったとしても、消滅の事実だけは変わらない。
「やめろォ!」
「やめないさ。どの道、君と彼女以外は全て消し去る」
「……!? なんだと……?」
「……おっと。口を滑らせたか。忘れてくれ」
「忘れられる訳無いだろ!」
たった今口を滑らせたミコク。
一体どういう事だ? 俺と“彼女”以外は全て消し去る……?
俺に彼女は居ない。なのでミコクが意味する“彼女”はおそらくここに居る女性の誰か。少なくとも狙われているソフィアは違う事が分かる。
ソフィアの言葉を聞くだけなら俺の彼女はソフィアという事になるが、そのソフィアを狙っているのでまた別の誰かだろう。
そうなると本当に誰だ?
「一体何を言って……」
「ゴメン。それは本当に言えないんだ」
「……!」
そう告げ、ミコクは俺の身体を吹き飛ばす。
まだゲームオーバーにはなっていない。本当に軽く、ただ距離を置かせただけのようだ。それでも残り体力は僅かにまで減ったけどな。
ミコクは高い場所から俺達を見下ろし、そこから全体へと言葉を発した。
「さて、これからが本番だ。君達全員、たった今から攻撃対象にする。元々の狙いはソフィアだけだったんだが、君達が邪魔をするから仕方無いな。まあ、元々君達全員を後々討ち滅ぼすつもりではあった。それが少し早まっただけだ。了承してくれ」
「ふざけるな!」
「そう簡単にやられてたまるか!」
全員を狙う宣言。それに対して何人かのギルドメンバーが悪態を吐くが、心なしか声に気迫がない。やはりこの存在、ミコクに恐怖を抱いているのだろう。
「そうだな。簡単にはやられないかもしれないな。見ての通り私の体力も半分以下。少しは苦戦するかも」
「「「……っ」」」
その半分以下以上にミコクの体力を減らせていない現状へ言葉を詰まらせるギルドメンバー達。
そう、序盤に半分以上のダメージは与えたが、所詮はそれ止まり。俺達の攻撃を全く受けないコイツにとって、消え去るまでは致命傷じゃないのだろう。
俺達ギルドメンバーと謎の女性、改め、ミコク。それらが織り成す戦闘は、ミコクの攻撃対象が全体に広がる事で継続するのだった。




