ステージ1-13 全ての元凶
「オイ! 責任者は居ないのかよ!?」
「誰でもいいから説明してくれ!」
「この世界は何なんだ!?」
外から聞こえてくる声が激しくなり、俺達管理者は益々頭を抱えた。
説明も何も、俺達にも説明が欲しいところ。しかし手懸かりもヒントも掴めず、手詰まりの状態。
「……。ユメ、言うしかないか」
「はい……ライトさん……。混乱が広がらなければ良いのですけど……」
なので唯一の手懸かりかもしれない、昨日の出来事を切り出すかをユメと小さな声で話し合う。
今よりも更に混沌とした不安や焦燥、混乱を招くかもしれないと懸念していたが、そのリスクを払ってでも言った方が良いと考えたのだ。ここは男である俺が切り出すべきだろう。俺は軽く呼吸を整えて覚悟を決めた。
「あ、あのさ……──」
「──な、なんだアレは!?」
「「「…………!?」」」
そして言葉を放とうとした時、外の上空に大きなスクリーンのような物が現れた。それは周りにあるビルと同じくらい巨大な物で、縦二〇メートル。横三〇メートル程の長方形だ。
そのスクリーンに一人が反応を示し、他の管理者達の視線も会議室にある窓の外に向けられる。
スクリーンは吸い込まれそうな程に深い黒を映しており、次第にこの近隣に集まっていた全員の顔がそちらに向いた。
抗議するのに必死だった者達。それを抑制するのに必死だった者達。前述したように、会議室で話し合っていた俺達。自然に向くというのが人間の反射的な行動なのかもしれない。
そして何の変化も見せなかった黒は徐々に色を持ち、始めに音声システムかなにかによる音が発せられた。
《アナザーッ!! ワーンッ!! スペースッ!! オンライ━━━━ンンン!!!》
その音。いや声は、この状況に似つかわしくない弾けるような明るい声。この耳を劈くような轟音で話された声に俺は、いや、俺とユメは聞き覚えがあった。
というより、今その事についての、昨日話した事より詳しい情報を話そうと考えていた事柄である。
「“AOSO”の……紹介PV……?」
「なにっ?」
ボソッと呟く。誰に聞こえなくても良いように呟いたが、近くに居た仲間には聞こえていたらしい。
俺はそれに返そうと口を動かすが、それを待たずして上空に浮かんだ巨大なスクリーンからは声が届く。
《世界初、大規模オンラインゲーム、“アナザーワン・スペース・オンライン”!! 世界に名を馳せる──》
その内容は昨日聞いたモノと全く同じ。違いを挙げるならば、上空のスクリーンから発せられているので昨日よりも聞き取りやすいという事くらいだろうか。
しかし特に何も起こらず数分の紹介が終わり、本来のPVには無いあのフレーズが街中に轟くような大音量で流れた。
《──世界は別の世界によって二つに別れた。もう片方の世界は、一つの世界の中で生まれる。その二つが融合した時、初めてゲームが完成する》
大音量ではあるが、先程のPVとは打って変わった冷静な声。
そして昨日と同様、俺達の住む地球が映し出され、RPGの世界のようになった現実世界を勇者が進み、モンスターに倒されてPVが終了する。
成る程な。昨日のアレは、今日を予測していたのか。
しかしそうなると、倒されてしまった勇者のパーティ。ここがログアウトの無い現実世界ならば、考えるのも嫌な事をPVの中では示唆しているという事だ。
一通りの紹介と映像が終わり、スクリーンにはまた黒が映し出される。
「ライトさん……これって……」
「ああ。昨日見た映像と同じPVだ……!」
あのPVを知っているユメがいち早く俺に訊ねる。俺もそれに頷いて返した。
そう、おそらく俺とユメだけが知っている事。一応皆にも簡単な報告はしたが、ただの接触不良か何かだと思って詳しくは話していなかった。なので俺は仲間達全員に向けて言葉を続ける。
「昨日、皆にも話したよな? この紹介PVが流れたって。その内容があれなんだ」
「あ、ああ。聞いた。夜勤組みは聞いてないだろうが、俺達は確かにライトから聞いた事だ」
「それには……続きがあるんだ。PVじゃなくて、俺とユメが体験した事について……!」
「……!」
一同の顔が強張る。そして驚愕の表情となって俺とユメを交互に見渡していた。
今の俺が述べる詳しい内容は、誰もプレイヤーが存在しない“AOSO”で俺とユメがプレイした事。スクリーンが真っ黒である今ならば簡単に説明くらい出来るだろうと考えたので話し掛けたのだ。
「昨日あの後、俺とユメは残って後片付けや忘れ物がないかの確認をしていた。何の変哲もない、いつもしている事だ」
滔々と流れるように話す。概要を説明するには、俺とユメの状況がどこまでも普通だったという事を強調しなくてはならない。
何も変わらなかった日々、それが急に変わったのだからその異常性は知っておかなくてはならないのだ。如何に不思議で奇妙な事か。それを知らせる事で話に入りやすくなる。
「それで──」
その後数分間。俺は他の管理者達に俺達が体験した事を淡々と話した。
全てのコンピューターが突如として目映い光を放った事。気付いたら“AOSO”にログインしていた事。“戦士の墓場”での出来事。俺とユメはそこに現れたモンスターに敗れた事。そして強制ログアウトで現実世界に戻った時、時間が経過していなかった事。隠す事無く全てを話した。
それを聞いた他の管理者達は、絶句。驚愕。疑心暗鬼。様々な心境が読み取れる表情で、しかし真剣に話を聞いてくれた。
「──って事だ。強制ログイン。それはある意味、今の俺達に置かれた状況と似ていないか?」
話を終わらせ、そのまま流れるように質問する。
強制ログイン。それは、気付いたらゲームの世界に居たという事。つまり、正しく今と同じ状況という事だ。ここが現実世界である事は変わらないが、状況的には似ていると言って良いだろう。
そんな強制ログイン。どちらかと言えば強制スタート。似たような状況ならと、周りの管理者達は各々で口走る。
「ああ。確かに似ている。今の状況が現実なんだ。ライトとユメの話が嘘とは言えない」
「けど、どうすりゃいいんだよ!? ライトとユメみたいに“GAMEOVER”になればいいのか!?」
「今のPVからしても、“GAMEOVER”はマズイ気がするなぁ……。どうなるのか分からないよ……」
「まあ、生者には死後の世界が分からないし、そこは現実とほぼ同じか」
「じゃあ、やっぱりそれがイコール“死”に繋がるなら“GAMEOVER”は避けた方が良さそうね」
どうすれば良いのか。それが分からずに困惑する皆。斯く言う俺も分からないので、こうなるかもしれない。ああなるかもしれない。という推測を考えるしか出来なかった。
先程の映像の事もあって困惑する波が全体。下に居る人達にも含めて広がり始めた頃、真っ黒だったスクリーンの映像に一つの変化が起きた。
「あ! 皆さん! あれ!」
それに気付いたユメが指を差して全員の視線を向けさせ、釣られるように俺達もそちらを振り向く。
そこには、謎のローブを羽織った例の首謀者が映し出されていた。映し出された瞬間、再び轟音で声が響き渡る。
《ごきげんよう、諸君。私だ》
(いや、誰だよ)
俺は思わず口に出しそうになったそんな言葉を飲み込み、そいつの言葉に集中する。
イカンイカン。冷静にならなくちゃな。唐突に現れて突然言い放った第一声。俺達はさっき話したから少しは知っているが、正体は分からないままなので私と言われても困るものだ。
《今、誰だよと思った者が多数居た事だろう》
(……っ。読まれてた……)
《しかし、それも当然だろう。私はこの世界内じゃ一人称で“我”と言っていたからな》
「それは大した問題じゃねえよ!」
思わず口に出してしまう。駄目だ。俺は相手のペースに飲まれてしまっていた。
他の皆も呆れ顔が多数。苦笑を浮かべる者まで居た。現状は先程の映像の事もあって息が詰まる程の雰囲気だったが、次第にそんな雰囲気が消えていく。これがコイツの作戦だとしたら大したもんだ。
《さて、無駄話をしないで本題に入ろうか》
おそらくこの場の全員が“お前の事だよ!”と思っただろう。しかしようやくこの訳が分からない世界についての説明が行われようとしているのだ。余計な口出しをして時間が掛かるのは得策じゃないと全員が分かっているのか、スクリーンに映し出された者の話を静聴する。
《──ようこそ! 楽しい楽しいゲームの世界へ!》
全員の毒気が抜かれた。
声は加工しているのか低く重い。全身は正体を明かさない為か、漆黒のローブで包んでいる。
そんなモノが、楽しげな声音で歓迎するような事を話したのだ。
いや、この状況がコイツの目論見通りならば、確かに俺達は歓迎すべき客なのかもしれない。そんな思考の横で、首謀者は言葉を続ける。
《此処は“現実世界”と“仮想現実”が混ざり合った、誰もが幼き日より夢見た世界! 此処では身体が弱い老人や子供も。働き盛りの若者も! 老若男女がプレイヤーになれる世界だ!》
明るく、無邪気。夢を語る子供のような口振りだが、俺達にとっては突然作られた危険な世界。身勝手も良いところである。
なのでそんな言葉に下方の人々は皆憤り、騒ぎ立てるように首謀者へ言葉を放つ。
「ふざけるな! 元に戻せ!」
「そうだ! こんな世界に居られるか! 俺は何としても元の世界に戻るぞ!」
「ゲームは好きだけど自分の命が大事だ!」
「どうせゲームオーバーが死に繋がるとか言ってデスゲームを楽しむ感じなんだろ!?」
「そうだ! そうだ! そんな魂胆は目に見えてるんだよ!」
「この国に置けるポップカルチャーのヒストリー舐めんな!」
ワーワー、ギャーギャーと各々の鬱憤を晴らすように文句を言う下方の人々。
この様なデスゲームというものは、この国では数十年前からありとあらゆる作品にて作り出された物。“AOSO”が発売された時その様な懸念を抱く者も居たかもしれない。この国のフィクションの歴史はそれ程までに深くて長い。なので非現実的な事柄に対する耐性は割とある方だと思う。
そんな人々の言葉を聞き、首謀者は弾けるように笑って、笑ったような声音で言葉を続ける。
《まあ、言いたい事は分かる。このスクリーン越しに君達の声も届いているからね。けど、心配する事は無い。確かにこの世界での“GAMEOVER”は=死に繋がる。だが、ゲームには自分の命を増やす物が多いという事を知って欲しい。私は人の死を見たいだけだったり、自分の思い通りの世界を創りたがるようなケチな者ではない。あくまでプレイヤーがゲームを楽しめるのが大前提だ。そう、つまり己の命は自分で増やせるという事さ!》
「「「…………!」」」
怒号が止み、辺りにザワめきが広がる。
確かに昔のゲームでは命。俗に言う“機”を増やして物語を進める物が多かった。今でも大手会社のゲームにはその機を増やす物がある。
その言葉で手応えを掴んだのか、始めからその反応を予期していたのかは分からないが、首謀者は言葉を更に繋げる。
《言い換えれば、一つしかない命を守らなくては生きて行けない現実世界と違い、腕次第で永遠の命が手に入るという事だ!》
──永遠の命。苦痛が多くなるなどと言う理由から欲しがらない者は一定数居るが、過去から現在にまで研究されている人類の夢である不死。この世界ではそれが手に入ると告げられ、文句を言っていた者達は完全に黙認した。
《フフ……どうやって手に入るのか知りたいようだね。当然か。こんな危険な世界だからこそ、自分の命は幾つか欲しいだろう?》
「そもそもアンタがこんな世界にしなけりゃ危険な世界にはならなかっただろ……」
建物の中からスクリーンを見て俺は呟く。この世界にされたからこそ命はより惜しいモノになる。しかし下方の人達は永遠の命という言葉に引っ張られているのか、誰も俺と同じような事を言わなかった。
自分の悪行を棚にあげて他の者達が欲しいモノを言う。危険な世界と理解しているからこそそれを欲しがり、それによって思考が書き換えられる。結果、首謀者の言うことはごもっともだと錯覚してしまう。よくある手口だ。
《さて、百聞は一見にしかず。どうせなら見てみるのが早いだろう。此方を見てくれ》
それを言い、スクリーンの映像が切り替わる。そして、そこに居た者を見た人々。そして俺達は言葉を噤んだ。
《クソッ! 離し……やがれ!》
ガチャガチャと、手錠を掛けられロープで縛られた者。その者と上にある体力ゲージを見た瞬間、俺の身体には寒気が走った。
そして首謀者は縛られた者に近付き、その者の頭を押さえて言葉を続ける。
《この者には昨日、チートを渡して“アナザーワン・スペース・オンライン”に送り込んだんだが……あっさりとやられたゴミだ。つまらぬ退屈な存在。今から彼で実験をしてみるとしよう》
「昨日の……チーターか……!」
その者は、首謀者曰く昨日“AOSO”に送り込まれたチーター。俺が倒した相手で今日処罰を与えるつもりだったが、ゴタゴタですっかり存在を忘れてしまっていた者だ。
しかしそれを知るのは俺と同じ管理者だけ。今から首謀者が彼に何をするのか、分かってしまったが分かりたくなかった。
《命とは金持ち、貧乏人、有名人、一般人、誰も構わず平等だ。世間ではどうしても上の立場に居る者が優遇されるが、上の立場に居る者の一部を除いた者は相応の努力をしてきたのだから仕方無い。だが、私が思うに全ての命は真の意味で平等でなくてはならないと考えている。つまり、自分の命を増やす為には……────他の者から命を貰う事が重要にして最良の事だと常日頃から思案しているんだ》
《……ッ!》
──瞬間、首謀者が拳を昨日の“チーター”に叩き付け、頭と床が密着する。そして生々しい嫌な音と共に、そいつの頭がぐちゃぐちゃに潰れた。
全年齢対象ゲームなので血は出ていないが、映し出されていた体力ゲージを見れば空になっており、先程騒がしかった潰れた本人は“GAME OVER”の文字と共に光の粒子となって消え去る。その粒子は首謀者の身体に吸い込まれ、代わりにそんな首謀者の上に+1の文字が浮かんでいた。
首謀者は不敵に笑い、言葉を続けて説明する。
《どうだろう。察しの良い者は気付いたかもしれないな。そう、この表記は“命”が一つ増え、コンティニュー出来るようになる事の表れ。つまり、人が人を殺せば自分の命が増えるという訳だ》
その場に居た全員が数度目となる絶句した。
命を一つ消し去る事で、代わりに自分の命が増える。確かに様々なゲームで用いられた機能だが、それはあくまで敵モンスターを倒した場合の話。
この首謀者は、人が人を殺す事を強要させているのだ。──全プレイヤーの命をダシに使って。
相も変わらぬ態度を見せる首謀者は絶句した俺達を無視し、更に言葉を続けて説明する。
《近くに居る何の関わりもない赤の他人。もしくは自分が消えて欲しいと望む存在。その者を殺すだけで“命”が一つ増えるんだ。簡単な話だろう?》
先程“チーター”を殴り殺した拳を見せ、首謀者は不敵に笑う。いや、顔はローブで深く隠れているので笑ったかどうかは分からない。笑ったような声音でそう告げた。
《因みにこれは“プレイヤー”にしか適応されない。“ノンプレイヤーキャラクター”を殺したとしても“命”は増えないから悪しからず。そうだね……全人類を殺したとして最大で数十億回のコンティニューが出来るようになるね。それだけの“命”があればクリアも容易いだろう?》
その言葉と同時に、下方に居た者達。そして俺達管理者は俺やユメのような一部を除いて互いの距離を置く。
誰でも自分の命は惜しい。だからこそ誰かに自分が殺されて他人の糧になる可能性を考え、自然と身体が動いてしまったようだ。
《まあ、別に必ず人を殺せと言っている訳じゃない。プレイヤーが減るのは私としても思うところがあるからね。先程も言ったように他人の殺し合い等と言う、自称快楽主義者の変質者が好むようなつまらないモノを見たい訳ではないんだ。そうだな……一人辺り十万。十万匹のモンスターを倒せば命が増えるように設定しておこう》
十万。そんな数のモンスターを倒せばようやく増えるという命。それに返す言葉は出なかった。
だが、おそらくこれも首謀者の考えなのかもしれない。遥か遠くにあるモンスターを倒せば増える命が、隣の人を殺すだけで手に入るという事。それは他人の死が如何に魅力的か分かるだろう。
加えて十万と言う、多くも少なくも思える絶妙な数字のライン。実際に行動に移せば多く感じるが、言葉だけでは出来るかもしれないと錯覚する数。そして無理だと悟り、プレイヤーは別の行動に移る。よく計算された言葉だ。
しかしながら殺し合いを見たい訳ではないとも言っているのが気掛かりだ。当然この場で実行する者は居ないが、もしかしたら既に全員が何かを考えているかもしれない。
《さて。これくらいにしておこう。一番って訳じゃないが命の増やし方は重要だからね。ゲームクリアはこの世界の至るところに居るボスモンスターを倒し、最終的に何処かに居る魔王を倒せば良い。ボスを倒せばこの世界が変わるかもしれないよ。後は基本的に従来のRPGと同じさ。細かいルールやギミックなどはプレイしながら覚えてくれ。……魔王を倒した英雄になるも良し、冒険には出ず強化された肉体と職業で気儘なスローライフを送るも良し。一層の事、自分が魔王になってみるも良し。全ては君達の自由さ。──では、楽しい楽しい“アナザーワン・スペース・オンライン”。その完成品を是非とも皆楽しんでいてくれ。またいつか会おう》
それだけ告げ、スクリーンは再び闇を映す。明るい声の首謀者とは裏腹に周り、下方を含めたこの場全体に重い不穏な空気が伝わる。スクリーンの映像が映し出されるまでの喧騒は当の昔に消え去っており、誰も言葉を発しない。
“アナザーワン・スペース・オンライン”。その完成品。どうやら俺達は、とんでもないゲームに巻き込まれてしまったようだ。




