ステージ1-12 この世界でやれる事
──“アナザーワン・スペース・オンライン・管理所、日本支部”。
上に浮かんだ居場所を示す文字を眺めつつ、俺は日本支部管理所内を先へ進む。
流石にここでは敵などのモンスターも出て来ないらしく、楽に進む事が出来た。
確かに従来のRPGでも魔物に世界が侵食されている割にはストーリーを進めない限り何時間同じ場所に居ても現れないものが殆どだからな。時間制のゲーム以外。
など、安心からか関係無い事を考える余裕が生まれていた。我ながら集中しなくてはならないな、うん。
「さて、行くか」
一人で呟き、見慣れた廊下を先に進む。
取り敢えず向かう場所は他の管理者が居るであろう部屋。何が何だか分からないこの世界だが、そこに行けば分からないなりに何かを掴めるかもしれないと単純にそう考えたのだ。
そのまま先を進み、周囲に変わった物やアイテムなど無いかと探しながら数分で管理者用の部屋に到達した。
「皆ー! 居るか!?」
全自動の扉を潜り抜け、中に誰か居ないかを訊ねるように叫ぶ。
俺は当てを探してここに来たので、誰も居なければ目的が達成されないからだ。
それでも何らかの成果はあるかもしれないが、とにかく一番の目的が優先だ。
「光野か!」
「流星……!」
「流星さん!」
「空! 静夜! 星川! 無事だったか! ……あれ?」
管理者部屋に入った俺の視界に映ったのは、七姫空と七姫静夜の姉弟。そして星川夢の姿だった。
しかし、俺は何やら妙な違和感を覚える。今、俺は確かに名を呼んだ筈。だが、名前を呼んだ気がしなかった。
いや、確かに厳密に言えば名前だが、名前であって名前じゃない。いや、それも違う。……駄目だ、俺の語彙力じゃ説明し切れない違和感。
そしてそれを悟ったのか、星川達は俺に説明をする。
「ライトさん。ライトさんの考えている事は分かります。私達も始めは……といってもついさっきなんですけど、名前に違和感があったのです」
「ああ。一体これは……」
「見ての通り、今のこの世界は“AOSO”と現実が混ざり合ったような世界です。なので、どうやら名前を呼ぶ時は“AOSO”に登録したユーザーネームで呼んでしまうみたいなんです……!」
「成る程、それでか……!」
星川の説明を聞き、俺は納得した。
確かにその通りだ。ここが“仮想現実”と本来の世界が混ざり合った世界なら、“仮想現実”。“AOSO”仕様になるのは必然的。
実際問題、ゲームに居たモンスターが現れている時点で既に“仮想現実”の方に偏っているという事。
なので元の世界にあった物など、街並みや景観くらいしか無いようになってしまったのだろう。それが原因でユーザーネームが正式な“名”になってしまったという事だ。
「今はそんな事より、優先すべき事が沢山あるからな。先ずは管理所前に集まっている人達を何とかするのと、その後此処に集まっている管理者達で原因とかを調べなくちゃならない」
「あ、ああ。そうだな。セイヤ。他の皆は?」
「会議室。一番遅くに来るのがライトって考えていたから説明も兼ねて僕達がこの部屋に居たんだ」
「成る程」
どうやら既に他の管理者は全員来ているらしい。モンスターが蔓延っていたのによく短時間で来れたな。
とまあそんな疑問は捨て置き、俺とユメ、ソラヒメ、セイヤの四人は管理者達の会議室へと向かって行く。
*****
──“管理者用会議室”。
上に出てきた文字を無視し、俺達は会議室へと足を踏み入れた。
確かに午前、午後。夜勤問わず全ての管理者が揃っており、巨大な丸テーブルを囲んでいた。
「遅れてすみません。ライト、来ました」
「おお。来たか、ライト。俺達の中でもお前が頭一つ抜けた実力者だからな。お前の実力が必要になるかもしれない」
「あ、そうですか。やっぱ俺って凄いんですね」
「ああ。お前のゲームの腕は買っているからな!」
「“は”……かよ。まあ否定はしないけど」
どうやら今回の件にはゲームプレイヤーとしての実力も必要らしく、ゲームの腕は立つから俺を待っていたようだ。
自分で言って悲しくなるが、自分の取り柄を使えるというのは何も出来ないよりマシだろうと自分に言い聞かせる。
「さて、それを踏まえた上で話し合いだ。事態は一刻を争う。モンスターが多数現れているだけで被害が出ているだろうからな」
「ええ。おそらく、昨日のライト君とユメさんが見たという映像が関係しているのでしょう。二つの世界の融合……それの答えがコレという事ですね」
俺達も席に着き、早速会議が始まった。
その内容は当然、突如として現実世界に現れた“AOSO”のモンスターやゲームデータについて。
昨日見た映像。その内容が現実となった今。早急に対策を練らなければ世界が今以上に混乱してしまうだろう。
「それで、皆は何か情報を掴んでいるのか?」
「「「…………」」」
俺はなんとなく、気になった事を訊ねた。しかし全員が一斉に沈黙した事から手懸かりのようなモノは掴めていないらしい。
俺も手懸かりは掴めていない。強いて言えばこの世界の仕様くらいだ。おそらく他の皆もそれは同じ。ならばと俺は言葉を続ける。
「俺が見たり聞いたりしたのは、服を着替えた時にどこからか声が聞こえた事と、木の枝が武器になっていたり、自動販売機もゲーム寄りになっている事くらいだ。それとステータスだな。今の俺は“AOSO”内より下がってレベル5だ」
話し合いを先に進ませなければ意味が無い。なので自分の体験を綴る。
その効果があったのか、それに便乗して他の管理者達も俺に続くよう自分達が見たり聞いたりした事を話す。
「俺の行き付けの店には見た事が無い店員が居たな。話し掛けてみたら定型文を淡々と綴る、昔のゲームによく居たキャラみたいだった」
「俺が見たのは通行人だ。ただの通行人じゃなくて……いつも通る道に見たことない奴が居たんだけど、話し掛けたらそいつも定型文のような事を淡々と話していた」
「私はペットのエン……犬なんだけどエンが使い魔って言うのかな……何て言うか、従順な幻獣や魔物みたいになっちゃった……。ステータスを見たら“炎犬”だって……。ちゃんと言う事は聞くけど……」
『バウワン!』
「あ、それ私もー! ペットのヒョウ……あ、ヒョウっていう名前の蛇なんだけど“氷蛇”になってたよ!」
『ヒュシャー!』
「紛らわしい名前だな……」
この様に、色々と世界の変化はあるようだ。
俗にいうノンプレイヤーキャラクター。“NPC”の目撃報告が多かった。そして特に気になったのは、ペットなどはモンスターとなり使い魔として働いてくれるという事について。
俺はペットを飼っていないが、最初からパートナーが居るのは良い事かもしれない。そしてふと、他にも気になる事を訊ねてみる。
「そう言えば、お前達……フレアとスノーだっけ。……の職業は? ペットが何らかのモンスターになっているなら、やっぱり“召喚師”とか、“獣使い”になっているのか?」
それは職業について。
俺は“AOSO”内では“剣士”。この世界でも多分“剣士”である。
しかし、ペットだとしても動物を連れる彼女達の職業が気になったのだ。
なので俺は二人の女性、知念火穂。ユーザーネーム・フレア。と、虹川雪。ユーザーネーム・スノーに訊ねた。
「うーん私は“超能力者”だって。“AOSO”内でもそうだったから、そのまま引き継がれたのかな?」
「私は“狩人”! 私も“AOSO”内では“狩人”だったから多分それが原因!」
「成る程。職業的には“狩人”はまあ、動物と触れ合う機会も多いけど……“超能力者”は別にそうでもないか……いや、一応“アニマルトーキング”って言う動物と話せる超能力もあったけど……あまり大きく関与はしなさそうだな」
二人の職業は、間接的には動物と繋がりを持つ事も出来るものだったが、基本的に関係の無いものだった。
となると、自分の適正……というより勝手に選ばれた職業でも、ペットを飼っている者は無条件でパートナーが付いてくるという事か。
他にも猫や鳥、虫などを飼っている者が居ればそれぞれにモンスターと化したペットが仲間になると考えて良さそうだ。
「ねえねえ、ライトの職業は?」
「うん? ああ、俺は“剣士”だ。多分、多くは“AOSO”内と同じ職業になっていると推測出来るな。種族は分からないけど」
俺の言葉に他の者達も頷いて返す。その反応を見る限り他の者達もゲーム内と同じ職業になっているのだろう。
俺やペットを飼っているフレアとスノーの職業を聞き、自分の職業を当て嵌めてその可能性が高いと判断したようだ。
そしてその後、他にも色々話し合ったが結局原因は分からず仕舞い。昨日見た映像の事も話題に上がったが、犯人を特定出来ないので一旦保留。徐々に集中力も無くなっていき、一先ず休憩を取る事になった。
「いやー、結局よく分からなかったな。この世界はどうなる事やら」
「そうですね。やはり……と言っても私もですけど、皆さんと同じような発見しかありませんでした」
「ああ。全員のレベルもリセットされて3~5前後。“スキル”も初期のモノしかない」
話し合いの結果、主な発見はノンプレイキャラクターの存在とペットの変化。世界がゲーム仕様である事とステータスのリセットについて。
俺とユメは昨日の俺達が体験した映像以外の事を話そうかとも思ったが、言い出せる空気では無かったので一旦保留にした。そして他の皆もレベルや装備、“スキル”は初期のモノらしい。
そんな“スキル”についてユメと話したところで、ふと俺は一つの事柄が気に掛かった。
「そう言えば、“管理者専用能力”ってこの世界でも使えるのか? アレは“AOSO”内での管理者だけに与えられた特権。それの有無は大きいと思う」
「あ! そう言えばそうですね。もし使えるのならそれだけで大きく有利に運べますけど……どうなんでしょう?」
それは、“治療機能”や“転移”のような管理者専用の“アビリティ”について。
ユメの言うように、それが使えるだけでこの世界を自由では無いにせよ効率的に調べる事も出来る。
そう判断した瞬間、俺とユメは急いで他の管理者達にその事を話した。
「成る程。確かにそれを考えていなかったな。本来の俺達は“管理者”だ。完全に“プレイヤー”目線の話し合いしかしていなかった」
「こんな状況だから仕方無いと言えば仕方無いけど、気を抜いていたのかもしれないわね……」
その結果、試してみる価値ありという事で、一旦俺達“管理者”は実験してみる事になる。
実験方法は簡単。現在必要無い“治療機能”は捨て置き、最も原因捜査の効率を上げられる“転移”を使ってどこかへ移動してみるという事。
そうと決まれば善は急げ。少々管理所内が騒がしくなりつつ、管理者達が一斉にステータス画面を開く。そして通常プレイヤーでは登録されていない管理者用の“アビリティ”選択画面を探した。
「あ、あったぞ! 管理者用の“アビリティ”選択画面だ!」
「本当か!? 使えるのは!?」
「えーと、ああ。大丈夫だ。現在必要無い能力以外なら使える!」
そして見つけたのは、嬉しい発見。管理者用の画面がちゃんとあったのだ。
前述したような“治療機能”などは“※現在使用不可”の文字が出ているが、他の“アビリティ”は健在のようだ。
だが、全員が移動したら混乱が広がるだけ。俺を含めた殆どの管理者はまだ使わず、一部の管理者達が実験をするらしい。
「じゃあ、使ってみるか。場所はどうする?」
「此処は日本……仕様が“AOSO”と同じなら、思い付いた地名を示せば良いんじゃないか? 自国だし、他県でなければ地理は大体頭に入っているだろう」
「そうだな。なら、近場のショップにでも行くか」
開いた選択画面から“移転”を選択する。“AOSO”と同じなら、知っている場所には行けると判断したようだ。
そしてそいつはその“アビリティ”を使用した。
「“転移”! ……。…………。……あれ?」
「……?」
──そして、その“アビリティ”は発動しなかった。
俺を含め、その場に居た全員が困惑の表情を浮かべる。それもそうだろう。知っている場所なら行ける筈。それが発動しなかったのだから。
「おかしいな。“AOSO”では一度行った場所なら自動的にインプットされる筈なんだが……」
「……。いや、それが原因かもしれないな。お前、今の世界になってからそのショップに行ったか?」
「……? いや、別に……ハッ!?」
その言葉を聞き、全員が理解した。
そう、“AOSO”の“移転”機能では、一度行った場所やモニターで見た場所が自動的にインプットされる。そうする事で移動出来るのだ。
しかし、元の世界と仮想現実が混ざり合ったのは昨日から今日の間。つまり、今日以降に行った場所や見た場所にしか移動出来ないという事。おそらく殆どの者は世界の異変を感じて真っ直ぐこの日本支部管理所に来た筈。となると、今日以降の移動範囲は各々の自宅からこの管理所までだろう。
何人かは近場のショップに行けるかもしれないが、行ける場所は限られてしまっているという事だ。
「なんか、マズイ事になったな……」
「はい……。それと、そろそろ外の皆さんにもある程度説明しないといけませんよね……」
「ああ。けど、なんて言う?」
「「「…………」」」
俺の言葉に、全員が黙り込む。それもそうだろう。結局の所何も分からず仕舞い。そして俺とユメは昨日の事を言い出すタイミングが見つからない。
“管理者専用能力”にも制限がされているなど、様々な不安を残しつつ俺達はステータス画面を閉じるのだった。




