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ステージ7-13 女帝蟻

『“毒牙”!』

「そのスキルは防げる……!」


 瞬間的に口へ毒を移し、そのまま噛み付くエンプレス・アント。俺は白神剣でそれを受け止め、横方向に受け流す。

 ハチも噛み付く事はある。有名どころならオオスズメバチはミツバチを毒針で殺すのではなく、噛み殺す事の方が多いのだ。

 その牙には蛇などと違って毒は無いが、エンプレス・アントは毒を移す事も出来るらしい。まあ、基本的に何でもありのこの世界のモンスター。別におかしくはないな。防げたし良しとしよう。


「オラァ!」

『直撃しなければ無問題よ!』


 受け流すと同時に距離を詰め寄り、そのまま剣を横に薙ぐ。しかしそれは飛び退いてかわされ、次の瞬間に眼前に迫る。それは当然攻撃。俺も俺でエンプレス・アントの突進を見切ってかわし、振り向き様に斬り付けた。


『フン、ある程度は追い付けるようになったみたいだが、まだまだ遅いのぅ。二分も三分も持たぬのではないのか?』


「ま、今の俺は遅いだろうな。けど、その二、三分耐え抜いたらレベル差関係無く、アンタの速度を追い越せる」


『面白い。ならばその前に仕留めてやろう……! 端からそのつもりだったからの!』


「ここでその力を見せてみろって言わない辺り、本当に慎重なんだな。群れのボスを努められている訳だ」


 自分の力に自信のある存在は、己を過信して不利な状況を作り出す事もあるが、エンプレス・アントはそうではない様子。

 力に自信を持っている単細胞なら相手にしやすいんだけど、警戒心の強い相手は本当に戦いにくいな。


『何か隠し玉があるならそれを阻止するに決まっておろう。そも、貴様の自信を見れば確かにわらわへの対抗手段になりうる事柄という事も分かるからの』


「成る程ね。苦労しそうだ」


 ある程度の会話と戦闘。それによって残り時間は二分くらいだろう。

 おいおい、まだまだあるな……。フィクションの世界には時間を口に出して、“いや、もう絶対それ以上経ってるだろ”。……ってツッコミたくなるような事柄は多いが、フィクションをリアルに体感すると本当に時間が長い。速度によって時間の流れは変わると言われているし、今現在はステータスによる体感時間の変化だろうし、そのうち一分が一年に感じる程の変化も起きるかもしれない。……軽い地獄だな。本物の地獄は数億年とか数兆年とか平気で経過するけど。


『苦労ついでに死するが良い!』

「お断りだ!」


 加速。同時に背後へと移動。流石に何度も正面から来る事はしないみたいだ。しかしそれも今の俺は見切れる。後半の装備を着用するだけで大きなバフがあるからな。

 避けた俺は跳躍。出っ張り部分を掴んで空中で停止する。握力も強くなっているから俺自身の体重も片手で支える事が出来ていた。


『相変わらず面倒よの!』

「……っと……!」


 その場所にはエンプレス・アントが飛行して到達。飛び降りてそれも避け、直後に落下するよう食い付いて来た。俺はそれを飛び退いて避ける。

 攻撃方法は毒か突進。もしくは口や声。後者に至っては虫感がないな。虫にも口はあるけど、声帯は無いし噛み付くような攻撃をする虫は少ない。前述したようにオオスズメバチを始めとしてトンボ類とかカマキリとか、その他にも色々。……思ったよりは居たな。


 ともかく、この世界の虫達は大きく発達している。元の世界でも全ての生き物が同じ大きさだった時の強さは虫類が上位に多数並ぶらしいし、それに加えて様々なスキルを身に付けているんだ。弱い訳が無かった。


『“射蜜”!』

「んなっ!?」


 ──その瞬間、エンプレス・アントがビームを出した。……って、はい?

 謎の液体? は俺の横を通り抜け、背後の壁に穴を空ける。綺麗な穴。周りにひび割れなどもなく、本当にビームで撃ち抜いたかのような穴だった。


「口から何出した……」

『蓄えていた蜜じゃ』

「あぁ……」


 その正体は蜜。確かに蟻は体内に蜜を溜める。それを高圧水のように射出したって感じか。……いや、感じかって……自分で言ってあれだけどそんな事する蟻なんて居ないぞ……。

 どうやら思った以上に進化しているらしい。思った以上の事が多過ぎるな、この世界。


「俺に当たらなかったのは不意を突こうとして少し焦ったからか。運が良かったよ……」


『そうじゃな。その反応を見るにもう数ミリ狙いを付ければ直撃だったと言うのに。厄介じゃ』


「厄介はこっちのセリフだ」


 近距離の肉弾戦に中距離の毒。守護の息と来て遠距離の蜜。何でもアリだなこの蟻。……ああいや、今のは洒落とかじゃなくて、本当に何でもありな様子から……って誰に説明しているんだ。あまりの驚きに脳の処理が追い付かず虚空に対して思考していたな。もはや蟻とは何か気になるが、気を引き締めなければシメられる。確実に……!


「「……っ」」

「「……っ」」


「……!」

『ほう? わらわの子達もしかと仕事をしているようじゃ』


 余計な事を考えているうちに、ユメ達が吹き飛ばされて俺の側に来た。いや、無理矢理来させられたって感じだ。

 そんなユメ達の眼前には無数の蟻達。やっぱりLv200のモンスター。通常モンスターとは言え、全く油断ならないな。


「大丈夫か? ユメ、ソラヒメ、セイヤ、ソフィア」


「は、はい……何とか……」

「幸い、体力は尽きていないよ……!」

「けどまあ、それも時間の問題かな……!」

「不覚……!」


 何とか無事な様子ではあるが、四人とも体力は半分以下に減っていた。

 マズイな。たった一分ちょいの攻防でこれ程のダメージ。最初は必殺スキルで蟻達を倒せていたが、レベル差的にも“SP”が尽きれば苦戦を強いられる。今回のボスモンスター。仲間が多く討ち死にした竜帝やライフ並みではないにせよ、かなり上位に入る強敵達だ。


「はぁ……キリも無くて一匹一匹が強いって……ちょっと難易度高過ぎない~?」


「そもそもボスモンスターのゲームバランスは最初から色々とおかしいですよ……プレイヤーは基本的にその辺りの通常モンスターと同じレベルですのにその数倍のレベルが出てくるなんて……。ギルドメンバー専用アビリティが使えなければ詰んでいたポイントが多いです……」


「それを考えると、ソフィアが今までどうやってボスモンスターを倒していたのか気になるな……しかもソロプレイで……」


「私か……私は……その……」


 俺達の視線がソフィアの方に向けられるが、ソフィアは言い淀む。また何か意味あり気か。


『話しているところ悪いが、仕掛けさせて貰おうか!』

「悪いって感情があるんだな」


 まあ、今回はエンプレス・アント達も黙って待ってくれないみたいだし、一旦この話は切り上げよう。

 Lv200の蟻達も数百匹以上残っているし、時間稼ぎと討伐に専念だ。


「通常モンスターの蟻なら今のままでも……!」

『『『……!?』』』


 瞬間的に切り裂き、近くの蟻達を消滅させる。やっぱりだ。思った通り、エンプレス・アントに一割ものダメージを与えられる白神剣はLv200の蟻達も簡単に倒せる。

 光剣影狩とかの中級武器で使う必殺スキル数回分の威力があるみたいだからな。必殺スキル二回で倒せる蟻達は一撃で倒せる。


「凄いです! ライトさん!」

「ハハ、武器が優秀なだけだ」

「けど、その武器自体はライトが“AOSO”で入手した物だからねぇ。誇って良いんじゃないかな?」

「そうか。なら、今回は謙遜せず過去の俺に感謝するか」


 蟻達は問題ない。となると残りの問題はエンプレス・アント。まあ、専用アビリティの“停止ストップ”を使えば時間なんて簡単に稼げるんだろうけど、何か気が引けるんだよな。他のプレイヤー達が通常スキルで頑張っている中ズルい気がする。今更だけどな。屍王とかにすら使ったし。けど、やっぱり今回は今のままで倒したいところだ。

 “星の光の剣スター・ライト・セイバー”も他者にはない力だが、それは白神剣・ノヴァのように“AOSO”内で過去の俺が努力して入手したスキル。ある意味本当の“専用スキル”。

 だからこそ、ギルドメンバー専用アビリティと“星の光の剣スター・ライト・セイバー”は根本的な部分が違う。……まあ、ほとんど力の使い方を悩む俺の言い訳だけどな。ともかく今回は耐え抜いて倒したいところだ。


『“射蜜”!』

「……っ。またか……!」


 その瞬間、今一度エンプレス・アントがスキルを使用。今度はちゃんと避ける事が出来た。

 目視出来ない速度なのは変わらないが、直線上にしか進まないスキルなのでエンプレス・アントから目を離さず動き回れば避けられない事もないのだ。


『ハァ!』

「……っ!」


 避けた先に本体が突進。それはちゃんと見切れるようになったので白神剣でガードするがダメージは負う。普通に痛い。直撃は避けられても衝撃は殺せないからな。


「取り敢えず、周りの蟻達は追い払っていた方が良いよね!」

『……!』

『『……!』』


「高台の時のように、距離を離せば良いだけですね……! “ウィンド”!」

『『『……!』』』


 ソラヒメが蟻の一匹を放り投げ、周りの蟻達を巻き込んで吹き飛ばす。それを見やり、ユメは風魔法で蟻達を吹き飛ばした。

 出来るだけ寄せ付けなければ時間は稼げる。まあ、エンプレス・アント相手にはそうもいかないんだけど。


『そろそろ時間も近いの。一気にケリを付けさせて貰おう……!』


「そうだな。後……三十秒くらいだ。……本当に一分が長いな」


 時間も迫り、エンプレス・アントは本気で動き出す。……いや、元々本気ではあったか。言うなれば殺意が強くなったって感じだ。


『“毒牙”!』

「本当に全力みたいだな……!」


 スキル自体は先程使ったものと同じ。だがその速度と破壊力は確実に向上していた。

 それをガードするのは危険と判断した俺だが、触れてない地面が毒によって溶けている。アリハチ系統の基本になる三種類の毒だけじゃなく、消化液。つまり酸も含ませたようだ。


『“風突撃”!』

「守護スキルを攻撃スキルに昇格させたか……!」


 次いで放たれたのは台風のような呼吸からなる突進。スキル名自体は単純だが、その破壊力はとてつもない。

 風が膜の役割を果たし、それがそのまま強力な鎧にもなっている。直撃したらエンプレス・アントの体積からなる重い一撃と暴風による追加攻撃で大きなダメージを負うだろう。

 それなら避けた方が良いのだが、


「……っ! 余風か……!」

「きゃ……!」

「わわっ……!」

「……っ」

「ぐぬぅ……!」


 風の範囲が広く、俺のみならずユメ達まで吹き飛ばされてしまった。

 いや、見れば他の蟻達も吹き飛ばされているな。どうやら敵味方関係無く放った攻撃のようだ。

 だからこその破壊力。本当に殺しに掛かっている。残り時間は十秒。数えていた訳じゃないからあくまで体感だけど、時間が経つのが遅い……遅すぎる……! 何とかさっきの攻撃で距離が置かれた今のうちに──


『これで終わりよ! “アリ斬々巣(キリギリス)”!』

「……!」


 ──離れようとした瞬間、放たれたのはアリとキリギリス。もとい、斬々巣(キリギリス)

 そのスキル名は有名な童話をもじったモノであり、スパイダー・エンペラーの使った蜘蛛の糸みたいなお話シリーズの一つだろう。しかし今回のエンプレス・アントが使うスキルは別に内容を模倣している訳ではない。簡単な言葉遊びみたいなものだ。スキル名も当て字だしな。てか、“巣”ってどこから出てきた?


 まあいいか。この言葉も多分ソフィアには翻訳されているのだろうが、キリギリスは一番無難な英訳でGrassグラスhopperホッパー。つまり斬るの英訳とは掠りもしない。

 首謀者のプログラムの意図が気になる上に首謀者が日本人の可能性も出てきたな。そうなると国際的に見て日本への目が厳しくなりそうだ。


 ともかく、本来の童話名は“アリとセミ”らしいが、今回は“斬々巣(キリギリス)”。その名が示すように切断力のある風で大地を抉りながら直進し、俺達に的確な狙いを定めていた。この風は息によって生み出されるモノだな。つまり大部分は二酸化炭素。本当に何でもありな呼吸だよ……!


(……っ。駄目だな……これじゃやられる……! いや、俺達はコンティニュー出来るから問題無い……けど、ソフィアは違う。この速度と範囲。確実にソフィアも巻き込まれる。俺達が犠牲になってでも、これ以上仲間を死なせる訳にはいかない!!)


 状況が状況故に、脳が高速で回転する。物理的にではなく、思考が早くなっているという事だ。今の俺にはエンプレス・アントの動きがゆっくり見えていた。

 ……しかし、身体はそれに追い付かない。まるで死が訪れるその瞬間を永遠に体験しているかのよう。走馬灯にも近いその感覚は……駄目だ。俺の言葉じゃ表せない。分かる事は一つ。俺達全員、次の瞬間には“GAME OVER”になるという事だ。

 俺は思わずまぶたじた。おそらくユメ達もそう。恐怖から目を背ける為、反射的に目を瞑ってしまった。


「──“ウォール・シールド”!」

「……!」


 その瞬間に届いた声。それは馴染みのあるユメの声。俺が諦め掛けたその瞬間、ユメは巨大な壁の防御魔法を展開していた。

 地形生成は使わなかったみたいだが、この様子を見るに俺があまりギルドメンバー専用アビリティを使いたくないのを理解したからこそ正当な方法で防御してくれたのか。

 ……てか、ダサいな。俺。男なら、最後まで目を見開いて相応の対処をしなくちゃならない。それをユメに教えられた。ユメは最後まで諦めるつもりはなかった。


『消し飛べェ!』

「……ッ!」


 だが、その防御魔法はとてつもない破壊力のエンプレス・アントを止め切る事は出来ず、粉砕。しかし数秒。コンマ何秒かは稼いだ。

 それが功を奏し、俺達全員直撃は避けられた。それでも掠ったが、体力は全員残っている。正直、掠っただけでも滅茶苦茶痛い。だが、お陰でこのライフを捨てずに、生きている状態で“SP”が完全回復した。

 だったらそれを決めるだけだ。ユメの稼いでくれた時間。決して無駄にはしない!


「──伝家の宝刀・“星の光の剣スター・ライト・セイバー”!」


『……!』

『『『…………?』』』


 ──一閃。必殺スキルの発動と同時にエンプレス・アント。含め、周りの蟻達を光の速度で斬り刻む。

 一瞬の閃光と同時に放たれた一撃はまだ一発分。効果が現れるまでにラグがあるので、念の為にもう一度だけ仕掛ける。

 俺は瞬間的に光となって消え去り、エンプレス・アントの眼前へと迫った。


「終わらせる……!」

『……?』


 次の瞬間、目の前に居たエンプレス・アントは俺の背後に居る。いつも通りだ。これで終わった。


『一体何を? ……フン、関係無い。どうやら切り札とやらも既に“切り終わった”ようだな!』


 何が起こったか分からない様子のエンプレス・アント。俺は白神剣・ノヴァを納め、エンプレス・アントから光剣影狩も取り返して言葉を続ける。


「“切り札”じゃない。“伝家の宝刀”だ。……そして……まあ、“斬り終わった”のは本当にそうだな。……アンタを、な?」


『減らず口を──』


 ──刹那、エンプレス・アントの肉体に無数のダメージが入る。その事に本人……本虫? はまだ気付いていない。

 それはヒット数を伸ばし、結果的に500ヒット。同時に、気付く間もなくエンプレス・アントは絶命。光の粒子となって消え去った。


【モンスターを倒した】

【ライトはレベルが上がった】

【ユメはレベルが上がった】

【ソラヒメはレベルが上がった】

【セイヤはレベルが上がった】

【ソフィアはレベルが上がった】


 消えた後に表記されるモンスター討伐の証明。今回は消える前じゃなくてちゃんと後に表記されたか。まあ、それまで会話していたからな。テキストも出るタイミングを計っていたのだろう。テキストにそんな思考が出来るのかは疑問だが、まあいいか。

 何はともあれ、俺、ユメ、ソラヒメ、セイヤ、ソフィアの五人は魔王軍幹部であるボスモンスター、女帝蟻ことエンプレス・アントを討伐し終えた。

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