ステージ7-5 白銀の大陸
『……!』
「脚は……もう避ける必要も無いか」
現れるや否や、即座に放たれる無数の白い脚。俺は避ける事無くその場で切り裂き、白い脚が背後に落ちる。そのまま水飛沫が上がり、地形を踏み込んで大王イカの眼前に直線。
『……!』
クラーケンのように墨が放たれ、無数の脚が覆う。だが問題ない。軟体生物の身体は柔らかいからな。それに、この世界なら押し負けなければ押し通す事が出来る。
「──“連続斬り”……!」
『……!』
刹那に通常スキルとしての“連続斬り”を使い、大王イカの肉体を切断。このまま油で揚げればイカリングが作れるなと、どうでもいい事が脳裏を過った。本当にどうでもいいな。
【モンスターを倒した】
「やっぱり通常スキルだとしても、スキルを使うと簡単に倒せるな。多分強さで言えばクラーケンにも大王イカにもあまり差は無いんだろうけど」
「そうみたいだねぇ。……って、ライトが一人で倒しちゃったからまた私が何もしないで終わっちゃったじゃん!」
「ハハ、悪いな。ソラヒメ」
俺が一人で終わらせてしまい、文句を言うソラヒメ。確かに何もしないで終わるのは思うところがあるかもな。今回は仕方ない。
「ふふ、けど、道のりも順調みたいですね。少しは敵のレベルが上がったみたいですけど何とかなってます」
「そうだな。……けど、気付いたらLv50以上あった敵モンスターとの差がLv30程度の差か。かなり縮んだ感あるな」
「場所が変わったからか、もしくは世界の平均レベルが上昇したからか。とにかく厄介だね」
「その辺も上手くやりたいところだねぇ。何をやるのかは分からないけど!」
モンスターのレベルの上昇。結果的に貰える経験値が増えてレベルが上がりやすくなるが、それはまだそれなりに差がある俺達だからこそ言える事。
今のペースで敵モンスターのレベルが上がり続けると色々と厄介だな。クリアするにしてもレベル四桁は必要だろうが、敵が強くなればなる程相応のリスクも出てくるからな。
だがそれを今考えていても仕方ない。俺達はまた一歩踏み込み、地形を生成して直進した。
*****
「……はあ……やっと大陸が見えてきた……」
「ここまで二、三時間。順調ですけど、道中のモンスターが速かったり奇襲を仕掛けてきたり大変でしたね……」
「お陰で私とライトが1レベル。セイヤとユメちゃんが2レベル上がったけど、対価に合わないくらい疲れちゃうね」
「純粋にモンスターの数も多かったからね。あれ程倒してこのくらいじゃ、割に合わないかな……」
あれから時速700㎞以上で進んだ俺達は、水平線の先に大陸が見える位置にまで来ていた。
掛かった時間は二、三時間。出発時点の時間は見ていなかったから厳密な時間は分からないな。現在の時刻だけなら情報共有端末で確認出来るけど、どちらにしても正確に何時間掛かったのかは不明だ。まあいいけど。
ともかく、ようやく辿り着いた大陸。俺達は早速上陸し、雪原の大地を見渡した。
「ここからもうロシア……いや、旧ロシアか。やっぱりというべきか、イメージは北国みたいだな」
「はい。見た目だけなら北海道とあまり変わりませんね。建物も当然のようにありませんし」
俺達の視界に映り込んだものは、見渡す限りの雪原だった。
まあ、概ね予想通りではあるな。北海道どころか、関東地方ですら自然に囲まれた場所になっていたんだ。建物なんて簡単に見つかる訳もない。
「最近は雪道を進む事が多いねぇ。ライトの装備のお陰で寒さは大丈夫だけど、目がチカチカしてきたよ」
「常に北側方面を進んでいるからな。首謀者の独断と偏見で東北・北海道。そしてロシアは雪の世界になっているらしいし、自然と雪景色も多くなるさ」
辺り一面銀世界。白銀の大地。キラキラと輝く雪。どこかで聞いたようなフレーズがリピートするようなこの景色。悪い景色ではないが、同じ景色だけっていうのも代わり映えしないな。日の光が雪に反射して眩しさもあるが、その広さ故に気が遠くなるような景色だった。
ともあれ、そんな旧ロシア。俺達はその大地を踏み込み、
「オイ、金目の物を寄越しな……!」
「……今度は人間かよ……」
出した瞬間、ナイフを構えた髭面の男が話し掛けてきた。
見た目は濃い髭。こんな世界でも寒くなさそうだな。そして服装は動物の毛皮を剥いでそのまま纏っている。いつの時代だよ。
見れば後ろに何人もおり、気付いた瞬間には俺達も囲まれていた。
「ケヘヘ……逃げようなんて考えんじゃねえぞ……金目の物と女を置いてどっか行け……」
「逃げちゃダメなのか逃げても良いのかハッキリしろよな……」
「僕達だけは逃げて良いみたいだね」
「ライトとセイヤだけずるーい!」
「そう言う問題じゃないと思いますけど……」
逃走を考えてはダメらしいが、逃走を促す盗賊。まあ、それには当然条件があるみたいだけどな。
それはユメとソラヒメを置いて行く事。二人なら残ってもこの連中を簡単に片付ける事も出来るだろうが、それは男として避けた方が良いだろう。
取り敢えず、そんな事より気になる事があるので一つだけ確認するか。
「アンタら……プレイヤーか? それとも“NPC”か?」
「エヌピーシー? 何を言っているんだテメェ……」
「そうなると“NPC”か。元々設定されている、プレイヤーに対して敵意を持った存在が、AIが発達してそう進化したのか……」
「んだよ?」
確認の結果、どうやらこの者達は“NPC”の様子。設定されているのか自分の意思か、前者か後者かはまだ不明。だが“NPC”という単語を知らない事からしてもプレイヤーでは絶対に無さそうだ。
しかしまあ、“NPC”だとしても倒すのには少し気が引けるな。見た目がまんま人間。俺達のレベルだと軽く相手をしても殺してしまうかもしれない。
おかしな話だな。人の形をしているだけで倒しにくくなる。
本来なら敵意も剥き出しなので遠慮無く倒せる存在だが、この世界でのプレイヤーやNPCの死を目の当たりにした今じゃ前みたいにな思考にはなれない。
「チッ! さっさと金目の物と女置いて消えやがれ!」
【モンスターが現れた】
「……! ハッ、そう言うことかよ……明確な戦闘の意識を向けた時にだけその正体が分かる、“人型モンスター”だったって訳だ!」
「そんなモンスターが……」
「ありゃりゃ~」
「やれやれ……」
相手の戦闘意欲。戦う意思によってモンスターと認定される人型モンスター。それがコイツら。
レベルは何れも90前後で海渡りの敵より下がったが、少し珍しいタイプのモンスターだな。少なくとも俺達の国じゃ人型モンスターは居なかった。
「「「ウガァ!」」」
「声がまんまモンスターだな。モンスターなら倒すべきだろうけど、人型ってだけで戦いにくいな」
「獣人。もしくは鬼とかならそうでもないのですけどね。まあ、モンスターも生き物。生き物を何も思わないで殺生するというのにも気が引けますけど」
「見た目だけならゲームの人型モンスターは簡単に倒せるけど、この世界じゃ本物の人を殺めちゃっているからね。どこかでトラウマになっているのかも。私達」
「そうかもしれないね。相手が純粋な悪人だったとしても、人を殺してはいけないと幼少期から教わっていた事。思った以上に効いているみたいだ」
人型モンスターの攻撃を躱しつつ会話を行う。
色々と思うところがある。もしもライフや他のプレイヤー達を殺めてしまったのがこの後なら、今の時点でこの者達くらいは簡単に消滅させる事が何の躊躇もなく出来ただろう。たかがゲーム、されどゲーム、そのゲームが今の現実。自分の意思で動きを制御してしまっているようだ。
「ガァ!」
「動きは見切れるけど、いざという一撃がな」
ナイフを突き刺し、俺はそれを避ける。ユメ達も同様。何となく攻めあぐねている様子。
レベル差からしても一撃与えれば倒せるのだろうが、何で人型というだけでこんなにやりにくくなるのか。……さっきと同じ事を考えているな、俺。
「取り敢えず、逃げに転じてるだけじゃどうにもならないな」
「そうですね。無力化くらいは試みてみましょうか」
「そうだねぇ。“停止”を使うまでもないかな」
「だね」
「「「……っ」」」
動き出し、ナイフを叩き落として拘束。モンスターを倒さない事も可能。さて、コイツらはどうするか。
「……クソッ! テメェら!」
「何しやがる!」
「なにって……襲って来たのはそっちだろ……まあ、AIに組み込まれた思考プログラムだから“NPC”としては正しい動きをしたんだけどな」
拘束され、盗賊達は悪態を吐く。
何しやがると言われても困ったものだが、AIが動かしているモンスター。ある意味正しい動きはしている。
「それで、この人達どうするの?」
「そうだな……このまま倒すのは簡単だけど……見た目が見た目だしな」
俺に向けて訊ねるように話すソラヒメ。
どうするか。それはかなりの悩みどころだ。人型でも所詮モンスター。人型ってだけで倒せなくなるなんて、俺達はこんなに臆病になったのか。この世界に警察なんて無いし、そもそもギルドが警察を含めた公共機関の役割を担っているんだ。
「「「…………ッ!?」」」
「なんだ!?」
──盗賊達の処置を考えていたその瞬間、どこからか矢が放たれ、盗賊達を射抜いた。
セイヤ。な訳はない。拘束してから動いていないからな。そうなると第三者の存在だが……。
【モンスターを倒した】
そして表記されるモンスター討伐の証明。
いや、それよりさっきの攻撃だ。
俺達は攻撃がやって来た方に視線を向けて警戒を高めた。
「……」
「人間……?」
そこに立っていたのは銀髪ロングの女性。
その顔付きは厳格そうな青いつり目。肌の色は白く、分類で言えば美人に値するだろう。年齢は20代前半から中盤くらいに見えるが、この世界で見た目年齢が適応しているのかは不確かだ。“NPC”のみならず、北側ギルドのミティアっていう前例もあったからな。その女性は銀髪を靡かせながら、何も言わずに俺達を見ていた。
「お前達。何者だ? 見たところアジア系の顔付きだが、アジア側……ロシアの東方面に住んでいる者達か、もしくは中国方面からの侵略者か?」
「……。アジアと中国を知っている。それなら“NPC”……じゃなさそうか?」
見た目通りの厳しい声音。
しかし元の世界にあった国の名、“中国”と“ロシア”そして“アジア”という単語を知っている事からどうやら普通のプレイヤー。現地人、ロシア人みたいだな。そして職業はさっきの矢から見ても“弓使い”。
口振りと顔付きからするに、アジア方面じゃなくてヨーロッパ方面のロシア人か。確かロシアは広さ故に国内で結構顔が違ったりするみたいだからな。人口は少ないけど。
ともかく、言葉は自動翻訳で違和感無く俺達の言語に合わせられている。全世界の七割がプレイしているゲームだ。今じゃ全人類がプレイヤー。少なくとも現在の地球に存在している国の言葉は翻訳される。
「答えろ。どこから来た?」
「……ああ、答えるよ。俺はユーザネーム・ライト。職業は剣士。日本から来た日本人だ」
「日本だと? 海を渡ってきたのか……そうなると、日本には海を渡れるだけの乗り物があるのか?」
「いや、俺達はギルドメンバーだ。“地形生成”の専用アビリティを用いてここに来た」
「成る程……」
女性が疑問に思ったのは俺達がここに来た方法。まあ当然か。距離はそれなりに離れている。船や飛行機が無くちゃ、普通は日本からロシアにまでは来れない。
しかしギルドメンバーという事を伝えたら納得はしてくれた。後はギルドを不審に思っている人種か、別にギルドを疑っていない人か。それが重要だ。
まあ、不法入国みたいなやり方でロシアに来た俺達はどう転んでも怪しいけどな。
「まあ、いい。見たところまだ幼いからな。私はユーザーネーム・ソフィア。職業は“弓使い”。年齢は18だ。年上である以上、頼ってくれて構わないぞ」
──やっぱり見た目年齢何か関係無い。それを改めて理解した。
名をソフィア。外国人によく居そうな雰囲気。おそらく自分の名をそのままユーザーネームにしたパターンだろう。向こうは本名とか気にしなさそうだもんな。偏見だけど。
ともかく、だ。ソフィアはどこからどう見ても大人の美人な女性である。それが18歳かよ。確かに俺やユメ、ソラヒメにセイヤよりは年上だが、そんなに離れていなかった。……というか幼いって。
「……あー……俺、年齢は17なんだ。確かに貴女よりは年下だけど……」
「む? 17歳だと!? その見た目でか!? 11~13歳くらいじゃないのか!?」
「貴女がそれを言うか……。俺達からしたら貴女も20代中盤……22~5歳に見えるよ」
「むむむ……国が違うと成長速度も違うのか……」
あ、何か良い人っぽい。
いや、盗賊に襲われているところを助けてくれたし、悪い人ではないのだろう。まあ、あの時点で既に盗賊達は拘束していたけど。
取り敢えず、話せば分かる感じの人ではありそうだ。性格的には、今までに出会った中ならミティアに近いな。
「けどまあ、助けてくれてありがとう。盗賊に襲われて困っていたんだ」
「はい。助かりました。ソフィアさん!」
「ありがとうね~」
「助かったよ。ありがとう」
「ん? ああいや、ふふ、人として当然の事をしたまでだ!」
一応礼は言っておく。勝てた相手だとしても、困っていたのは事実だからな。ソフィアがトドメを刺してくれて本当に助かった。
ソフィアも礼を言われて満更でも無い様子。やっぱりちゃんと助けようとして助けてくれたみたいだな。
何はともあれ、大王イカなどのモンスターと相対した海を渡り、上陸したロシア。そこにて初の人型のモンスターとエンカウントし、ソフィアという人に助けられる。俺達は一先ずの目的地に到着するのだった。




