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光る未来 その2


「その様子では、やはり気づいていないのですね……」


 俺の問いに答える魔王様はそこまで言って少し考え込み、何かに納得がいったのか、無言で頷いて続ける。


「勇者様のその目は、非常に強力な魅了の魔眼なのです。それこそ、妾にもレジスト出来ないくらいに」


「ま、魔王を魅了する魔眼ですか!?で、ですが私は――いえ、だからこのベールが必要だったのですね」


 驚きに声を荒げたシーナさんだったが、無事答えに辿り着いたようだ。だが、それでもまだ信じられないのか、いえ、それでも……と、ブツブツ考え込んでいる。


「この目が、魔眼――ですか……?」


 響きはカッコイイけど、効果魅了って……


「ええ。妾も、抵抗する間もなく一瞬で魅了された程です。昨日、勇者様が倒れ、更に距離を置くことで初めてレジストすることが出来ました。生半可な人間なら、それこそ一生その効果から逃れることは出来ないでしょう」


 それが凄いのか何なのかイマイチ分からないが、二人の反応からして、危険であることは間違いないだろう。魅了というなら、間違いなくAPP関連のものだろう。カンストのボーナスだろうか。また随分なものが付属したものだ。


 にしても、魅了か……まぁ、普通に考えりゃこんな美人が俺に惚れるはずもないか。


 期待していなかったと言えば嘘になる。だからこそ、ダメージがデカい。


 部屋に戻ったら、前の世界にいたときみたいにキツに愚痴でも聞いてもらお――お?あれ?でもさっき……あれ?


「えと……魔王様は今、魅了状態が解除されてるんですよね?」


「はい――いや、ああ。その通りだ」


「なら、なんでさっき――」


 抱き着いてきたんですか?と続けようとしたところ、また全力で抱き着かれることで制されてしまった。


「魅了されているときの記憶は、全て残っておる。触手に捕まってこの腹を食い破られ、その上魔力を吸われたときは、正直もうダメだと諦めておった。あのときお主のくれた魔力の温かさは、今でも忘れられん。あの霊獣に魔力を与えて、殆ど空っぽだったくせに。あんな状態で無茶しおって……」


 抱き着く腕にキュッと力が籠る。頭が隣り合う位置にある所為で、表情は読み取れない。


「ありがとうございます、勇者様。お慕い申し上げます」


 離れると共に、告げられる。そして、魔王様はベールを投げ捨てた。


「妾にはもう、こんなものあってもなくても関係ありません。それに、あのマジックデヴァイスが使えたということは、妾はもう勇者様のものですから。これからも、よろしくお願いしますね」


 そう言って浮かべた魔王様の笑顔はとても綺麗で、思わず見惚れてしまい、


「ああ……こちらこそ」


 などと締まらない返事を返してしまった。この顔の熱さが表に出ていなければいいのだが、魔王様の後ろでニヤニヤしているシーナさんを見る限りダメっぽい。


 あ――ハズい。たぶんあとで竜牙に伝わって、イジりに来るんだろうな……


***


 あの後別の用事があるらしいシーナさんと別れ、俺は城の修繕の陣頭指揮を執る魔王様について城を周り、その間にグレイとの再会や、勇者パーティーの残り二人との顔合わせがあり、皆で昼食をとった後は、安静にしているようにと部屋に戻され、今に至る。


「しかし、改めて見てもホントにいい部屋だよな……」


 フカフカのベッドに、テーブルと四脚の椅子、広いクローゼットに、窓際には二人掛けのソファまで用意されている。そして決め手は大理石の広い風呂場だ。ユニットバスでないというだけで相当ポイントが高い。


 まぁ、こんなファンタジー感満載の世界にユニットバスがあるかどうか分からんが。


「ほんにのぉ。極楽じゃぁ」


 窓際のソファーの上でお腹を晒して日向ぼっこするキツは、今にも蕩けそうだ。


「極楽か。そういや、天国と地獄ってホントにあるの?」


 神様の側仕えをしていたキツに、何となく昔から気になっていたことを聞いてみた。


「あ――あるにはあるんじゃが……最近は地獄がパンパンでのぉ、かといって死んだ魂をそのまま天国に送るわけにもいかんし、そもそも今の状態であのお役所体質貫いてどうするっちゅーんじゃ。魂の回転率下がっとんのが分からんのか?出生率と幸福度に相関があるのは証明されとるというのに……オマケに目ぼしい魂は神々が好き勝手転生させて遊んどるし……そもそも、伊邪那岐様と伊邪那美様がお互い素直になってお二柱であの世の舵取りをしてくだされば万事解決なのじゃが……だいたいその夫婦喧嘩で天照様が引き籠もり気味になってる事実にもっと目を向けて――」


 キツが新聞の政治面を見て愚痴をこぼすサラリーマンのようになってしまったので、俺はゴロンとベッドに身を投げ出す。


 まぁ、キツもお役所務めみたいだし、ストレス溜まってるんだろうなぁ。


 そんな俺の予想を裏付けるように、愚痴は直接仕えていた保食神様のことへと移行し、同時に溜息の数が増えていく。キツもなかなかの苦労人――もとい苦労狐らしい。


「相当にお疲れ様だな」


 ベッドから身体を起こし、城を回っている時にワーウルフのガルルに貰ったブラシを用意してソファーに向かう。


「あ――すまん。今生くらいは仕事なぞ忘れてゆっくりしようと思っとったんじゃが、どうにもな……」


「なんとも日本人的な悩みだな。今ちょっと気になったんだけど、俺が前の世界で会ってたこん吉がキツだったんだよな?あれって何か仕事してたの?」


 ソファーの前に座って、寝転んだキツにブラシをかけていく。前の世界で愛犬の為に勉強したのが活きているのだろう、キツの細い目が更に細く垂れ下がる。


「あれは現世の視察じゃ。獣の視点というのも存外大切での。あとついでにあの森の祠の管理じゃな。一応保食様を祀ったもんじゃったし」


「ああ、あの小さい祠か。じゃあ、側仕えしながらちょいちょい視察に来てたってこと?」


 ワーカーホリックの極みだな。


「いやいや、あれは遍在したワシで――えと、つまり同時に二匹存在して、同時に仕事をこなしておったわけじゃ」


 わざわざ気を使って言い直してくれたようだが、正直俺にはあまり理解出来なかった。


「なんかよく分からんが、とにかくすげぇな。てことは今も、キツは保食様のお世話してるってこと?」


 ブラッシングされる傍らで主人のお世話をするというのは、どういう心境になるんだろう?


「んや、この世界は向こうの世界とは基本的に隔絶されておるからの。仕事は休みじゃ。まぁ、この世界の法則に縛られて力が満足に使えん所為で、自由に人化出来んのが玉に瑕じゃが――じゃが、こうやって主様と話して、暮らせる。これはワシにとって望外な幸福じゃ。保食様は自堕落で自分勝手な享楽主義神じゃが、今回のことに関しては、感謝してもし足りんよ」


 本当に喜びを噛み締めるようなキツの声が、なんとも照れ臭い。ブラッシングの手を止めて、そのお腹にモフっと顔を埋める。


「な、なんじゃ!?ご乱心か!?」


 頭の上でキツが騒いでいるが、もう少しこの極上の毛皮を堪能させてもらおう。


「なぁ、キツ」


「……なんじゃ?」


「これからもよろしくな」


「――こちらこそじゃ」


 それから俺はブラッシングを再開し、キツと二人、お互いのことや、これからこの世界でやりたいことを取り留めなく話し、ひなたぼっこをしながら昼寝を楽しんだ。


夜には魔王陣営と勇者陣営の話し合いに出席し、キツと一緒に両陣営の仲介として活躍し、その後に執り行われた魔王と勇者の和解パーティーでは、酒に酔ったシーナさんに魔王様とのことを散々イジられた。


 ***


「――ふぅ、ちょいと飲み過ぎたかの……」


 マジヴァイスの力を借りて人化したキツが、風で遊ぶ髪を袖の余ったバスローブ越しに手で押さえる。


 与えられた部屋に戻った俺とキツはテーブルを挟んで座り、酔い覚ましに窓を開けて風に身を晒していた。今の季節がいつか分からないどころか、そもそもここに四季があるのかどうかも分からないが、まるで初夏のような気持のよい風が、頬を撫ぜていくのが心地よい。


「思った以上に強い酒だったな。今後は気を付けないと」


 なまじ口当たりがよく飲みやすかったので、ビール感覚で飲むと大変な目に遭いそうだ。


「大して飲んどらんかったように見えたがの?」


「ずっと酔っ払いに絡まれてたからな……」


「絡みやすい顔をしとるんかの?」


「絡みやすい顔って……」


 確かに、シーナさんを初め竜牙や魔王様、その他城の女型の魔物の方々にも絡まれたが――それもこれも、話題が話題だからだろう。


「随分、魔王と良い仲になったようじゃのぅ?」


 そう、つまりその話題だ。


「ああ――まぁ……ははは」


 向こうの会場では普通に答えていたし、その場にキツも一緒にいたのだから別に言い訳をする必要も無いはずなのだが、上手い言い訳を探した結果浮かばず、愛想笑いで誤魔化してしまった。


「――なぁ、主様よ」


「うん?」


「ワシが、先じゃからな」


「ん?」


「彼奴よりも――ワシの方がずっと前から、主様のことを想っておったのじゃからな」


 俺達を隔てるテーブルの上で、酔い覚ましに用意した氷水の氷が、カランと音を立てた。


「ああ。御使いの狐を、口説き落としちゃってたみたいだしな」


「なんじゃ、嫌なのか?」


 拗ねたような口調でそんなことを言うのは外見相応で微笑ましいのだが、そんな風に流す場面でないことくらいは察している。


「嫌なわけないよ」


 席を立って、キツの頭を撫ぜてやる。外見の所為だろうか、シリアスな空気が流れているのは分かるのだが、どうにもこういう対応になってしまう。


「――真面目に聞いとらんじゃろ?」


「そんなことないよ。そんなことないけど――その姿で言われると、どうも……」


「まったく、人間はいつの世も見た目に囚われるのぉ。せっかくのムードが台無しじゃ」


「人間は化けたりしないからな。でも、キツの気持ちは分かってるからさ」


「――まぁ、ギリギリ及第点じゃの。ほれ、撫ぜる手が止まっとる」


「はいはい。そういやキツ、訊こうと思って忘れてたんだけど――」


 我ながら、こういうことになってから思い出してしまう。だが、次のチャンスを想定しておくことは悪いことではないはずだ。


「前に言ってた本来の人化って、どうやったら出来るん?」


「それ、今訊くかの……」


 ジト目を向けられるのは想定の範囲内。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だ。


「まぁまぁ、今後必要になることもあるだろうし」


 どんなときとは言わないが。


「――ふぅ、まぁええじゃろ。彼奴に対抗するのに手札は欲しいしの。といっても簡単なことじゃ。ワシ自身の保有霊力を増やせばいい。つまり、RPGゲームよろしくレベリングじゃな」


「ああ、なるほど……いや、ん?レベリングって、レベルとかあんの?」


 そういえば、朝に竜牙もそんなこと言ってた気がする。この世界、常々RPGっぽいとは思っていたが、そこまでか。


「EDUの低さがここで来たの……」


「――どういうこと?」


「初期値のEDUの値は、向こうでの教養にプラスされるこちらの教養じゃからな。あの値では常識にさえ疎くても仕方あるまい」


「酷い……まぁ、初期ステの話は置いといて、レベルって、じゃあどうやって上がるの?」


 キツの話によると、レベルアップのメカニズムは所謂経験稼ぎだった。ゲームに倣って敵と戦っても良いし、トレーニングや勉強でも、とにかく経験を積んでいけばレベルが上がり、パラメーターが更新されるらしい。まさに、読んで字のごとく経験値なわけだ。


「ちなみに、レベルアップ時に上昇するパラメーターは積んだ経験に影響されるから、マジヴァイスでワシを人化させる場合はMENとVITをメインに強化すれば良い。主様、今ワシを人化させても余裕ががあるのじゃろ?それは昨日の経験値でレベルが上がったからじゃろ」


「ああ、なるほど。言われてみりゃ確かに。ならMENとVITを――あれ?MENは分かるけど、VITは?あんま魔法関係なくない?」


 MENはMPに関連してるんだろうし分かるんだけど、VITは……


「パラメーターが設定されとっても、流石にゲームみたく全部割り切れるもんじゃないからの。VITは生命力を司るパラメーターじゃから、ゲームでいうところのHP以外にも、MPや防御力に影響するな」


「意外とヤヤコシイ仕様なんだな……」


 数値化されてても、あくまで目安程度に思っておいた方がいいな。


「何となくで全部規定されてる向こうの世界よりも分かりやすかろ?」


「そりゃそうだけど……まぁ、じゃあ明日からちょっとずつトレーニングしていくか」


「ああ。一緒に、な?」


「うん。一緒に」


 キツが持ち上げた拳に、自分の拳をコツンとぶつける。結果的に色気の無いやり取りになってしまったが、明日からのトレーニングは頑張ろう。


 まずは、トレーニング方法を調べるところからだな。


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― 新着の感想 ―
[一言]  姫が化け物……なんともまあ正気度をゴリゴリ削らされる話でした(笑)  狐娘が大好きなので(というか狐そのものが好きなので)、キツの今後の活躍に期待したいですね。
2020/06/30 07:29 退会済み
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