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第四話 光る未来 その1


 窓から差し込む日差しが眩しい。ベッドからやけに怠い身体を起こそうとして違和感を感じた。


 ああ、よくあるやつか……


「……キツ、起きて」


「――うぅん……ふぁ~」


 軽くゆすると、俺の腹の上で尻尾を枕に丸くなってキツが、少し頭を持ち上げて大きく口を開けて欠伸をする。なんとも見ていて癒される光景だ。


「身体、起こしていいか?」


「……むぅ?おお、主様か……――主様!?主様、身体は大丈夫か?調子はどうじゃ?」


 バネ仕掛けの人形のように飛び起きたキツが、思いっきり顔を突き付けてくる。軽く食べられそうな絵図だ。


「とりあえず、身体がちゃんと動くか確かめるから、降りてもらっていい?」


「お、おぉ、すまん」


 トンッとベッドの下に消えたキツが、にゅッと縁から顔を覗かせる。


「よ――っと。ん――ん?」


 上半身を起こして伸びをしようとして、俺は自分の右手にマジヴァイスが未だに握られていることに気づいた。


「安心して気を失った後も、握って放さんかったんじゃ。その強い意志が、魔王を救ったんじゃろうな。気合だけで状況ひっくり返すほど、奴のことを好いとるということかの?」


 どことなく寂しそうな、拗ねているような口調だと感じるのは、俺の傲りだろうか?でも――


「流石に俺も、何の勝算も無くコイツに賭けたわけじゃないよ。マジヴァイスを使う条件。勇者と眷属を繋ぐって。眷属ってのはよく分かんないんだけど、まぁ、ちょっと思いついたことがあったから」


「――どういうことじゃ?」


「人と人の契りで、一番ポピュラーなのはキスだと思ってな?」


「それであんな気障なことしよったんか!?え?ん?じゃあ主様、全部計算ずくじゃったんか!?」


「まさか。もし何かあったとき、助ける為のキッカケは多い方がいいだろ?あんな状況だったし」


「よぉもあの短時間でそこまで考えよったな……接吻したかっただけではないか?」


「したくなかったって言ったら、嘘になるかな」


「……過ぎたるは及ばざるが如し。顔が良いのも考えもんじゃな。早まったか」


「あ――非常時だったからってことで、許してよ。な?」


 何となくむくれている気がするキツを抱き上げ、その毛並みに合わせて指を滑らせる。


「――もっと丁寧にせぇ」


 ぶっきらぼうな口調だが、どうやらお気に召したらしい。よかった。


「りょーかい」


 キツに聞いた話では、あの後勇者と魔王様が二人で場を収め、俺と勇者のパーティーはそれぞれ、戦いの傷跡が残る魔王城の部屋を借りて一夜を明かしたらしい。


 どうりで見たことあるホテルっぽい部屋だと思った。どうやら昨日案内されたのと同じ部屋らしい。


 更に、今日の晩に改めて魔王陣営と勇者陣営で話し合う場が設けられることになっているそうだ。正直俺はどちらの陣営ということはないので、何を話し合うかは分からないが、上手くやってほしい。


「よう、勇者!起きてるか?にしてもお前の部屋広ぇな」


 キツと一緒にゆるやかな朝を満喫していたというのに、ドンッと大きな音を立ててドアが開き、ビックリする程無粋な大声と共に、ノースリーブのシャツにハーフパンツとどことなく夏休みスタイルの勇者が部屋に入ってきた。


「ノックという文化はないのか……」


 呆れ混じりのキツの呟きに対し、鍵かけてねぇならウェルカムだろと暴論で返し、勇者は部屋にあるテーブルセットの椅子に座って足を組んだ。


「しっかし、本気でもう起きてるとは思わんかった。魔力欠乏がものっそヤバかったって聞いてたけど、バアさんの誤診か?」


「嬉しい誤算じゃったがな。で、何の用じゃ?ただ何となくで朝のひと時を邪魔したわけじゃあるまいな?」


「朝のひと時って……バアさん、若いな」


「灰になりたいか?」


「せっかくここまでレベリングしたんだから簡単に殺そうとすんじゃねぇよ。魔力回復に良いエルフの煎じ薬が見つかったんで持ってきたんだが、ホントにもう大丈夫そうだな」


 そう言って、コトッと勇者が机に置いたビンの中には、毒々しい緑色の液体が波打っていた。どう見ても絶対に飲みたくない類のものだ。しかし、思った以上に心配をかけてしまっていたらしい。


「迷惑、かけたな……完全に足引っ張った」


 あの状況で、俺がどうやっていれば周りを助けられたかは分からないが、あの場で役に立たず、ずっと倒れていたのは紛れもない事実だ。


「まぁ何事も適材適所だ。というか、結果的に助けられたのはこっちの方だ。あの魔王のステータス見た限り、サシでマトモに殺り合ったら今の俺じゃ返り打ちだ。ま、マグレ勝ちしたところで結局待ってたのは地獄だったわけで――感謝してるわ、マジで」


「そう言って貰えると助かる。にしても、勇者は相手のステータス分かるのか?」


 俺の問いに、勇者は苦笑する。


「勇者って、お前も勇者だろうよ。俺は不知火、不知火竜牙だ。不知火に竜の牙な。カッコイイだろ?」


 たしかにカッコイイ。俺の厨二心にビンビン来る名だ。こんな世界でそんな頻繁にツッコミが来るとは思えないし、それなら色々気にせずカッコイイ名前にするのはアリだろう。まぁ、俺はキツがいたから下手なこと出来なかったが。


 でもちょっと、俺も不知火とか名乗ってみたいな。


「ああ。俺は織臣家彰だ」


「織田の織に豊臣の臣、家康の家に――主様、そういえばアキってどんな字書くんじゃ?」


「――彰はアレだ、表彰の彰の字だ」


 改めて、一文字一文字由来を話されるのめっさハズい!あとやっぱ最後の一文字だけ弱い……


「いやスゲェな!全部将軍の名前じゃん!いい名前じゃねぇか!」


 不知火はグッとサムズアップする。どうでもいいが残念過ぎる。


「征夷大将軍、一人しかおらんけどな」


「で、自己紹介が終わったとこでステータスの話だったな。普通に俺にんなもん見れるスキルは無ぇけど、ほら、魔王から借りたステータス見れるあのレースみたいなヤツで見たときに、な」


 しれっとキツの言葉を流し、竜牙が話を元の道へと戻す。


「そういや不知火はあのとき全員のステータス見てたか」


「ああ、こっちの世界みんな名前呼びっぽいし、竜牙でいいぞ?しかし、マジであの姫、バケモンになる前からAPPが4しかなかったんだぜ?……あのレベルになったら流石にマイナス補正入るんだろうな……あのモンスター化も、その辺が原因だったりしてな!」


 ハッハッハー!と楽しそうに不知火――改め竜牙は笑っているが、正直笑えない。俺の初期値は更に1低かったのだ。ぶるりと身体が震えた。


 あのときキツが気づかなかったら、俺もあの姫みたいになってたってことか……


「そういや家彰はAPP表示バグってたけど、アレは?」


「ああ、アレだけカンストしてるらしいんだわ」


「あ、それでか!カンストってスゲェな!ゲームとかでもそこまでやり込ま――カンスト!?え?いや……え?」


「主様は前世で御使いの狐を口説き落としおったからの。転生時の特典でパラメーターを一つカンストさせられたんじゃ」


 口説き落としてたのか俺。新事実だった。


「スゲェな!スゲェけど……何でAPP選んだ!?パラメーター項目見たらもう戦うの分かり切ってたじゃん!!何だ?前世のトラウマか?」


「いや……まぁ、色々あってな……」


「奇跡の3引き当てとったからの」


 隠そうとしていることを、ポツッとキツが呟いた。


・・・・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 丁度さっきあの姫のAPPの話をした後だからだろう。沈黙がツライ。俺の初期値が姫より低かったという事実。そりゃビビるだろう。


「――賢明な、判断だったと思うぜ」


「――ああ、ありがとよ」


 良い着地点が見当たらず、何となく、俺たちは頷き合った。


「暑苦しい絵面じゃのぉ。まぁこれだけ話せば主様も目が覚めたじゃろ。顔洗ったら、彼奴のところへ行って安心させてやれ。昨日もずっと心配しとったからの」


 一瞬、彼奴?と首を傾げそうになったが、俺を心配してくれるような相手の心当たりはそう多くない。俺は別に鈍感系主人公は目指していない。


「そうだな。ちょっと用意して行ってくるわ」


「じゃ、俺はパーティーんとこ戻るわ。薬は一応飲んどけよー」


 それは遠慮したい。


 ***


 竜牙が部屋を出た後、俺も念入りに身支度を整えて部屋を出た。キツによると、昨日の玉座の間の隣が魔王様の執務室兼私室だそうだ。魔王にも執務室ってあるんだなと思ったが、結局部下をまとめる職であることを考えれば、当然と言えば当然な気もする。


 なんか、分かるんだけど、魔王っていうのは常に玉座でふんぞり返ってて欲しいもんだ。いやまぁ、それはそれで考えようによっちゃ激務か。


 そんな取り留めのないことを考えながら一階に下り、通路の角を曲がるとその先に目的の人物――人物?を発見した。何やらシスター風の女性と話している。昨日途中から外していたベールも、今日はその顔を覆っている。


「――お主の話は分かった。今代のサ国の王は愚王であると、私の耳にも入っておる。どうせ使い手の無い部屋だ。好きに使うがいい」


「感謝します、魔王様。王も、貴女くらい寛大であれば、あの国も違ったのでしょうが……」


「お主の所為ではあるまい。むしろその国でお主は人々を救っておったのだろ?もっと胸を張れば良いのだ」


 そんなどこか励ますような言葉に、ふふっと思わず笑みを漏らしたシスターに対して、なんだその笑いはと魔王様は不満を露にする。


「いえ、すみません。マナカ山脈を統べる魔王は、とても恐ろしい蛇の化身だと聞かされていましたが、噂と言うのは本当にアテになりませんね」


「――買い被り過ぎだ。普通に対峙しておれば、今まで通り何も考えず戦っておったはずだ。今回は巡り合わせが良かった。ただ、それだけのことだ」


「確かに、偶然かもしれません。でも、竜牙さんも私も生きていますから。私はもう、魔王様のことを、憎むことは出来ません」


「う、むぅ……そうか……」


 魔王様が言いくるめられて話がひと段落したようなので、二人に近づいて声をかける。


「魔王様」


「ゆ、勇者様!?目が覚めたのですね!」


 こちらを振り返った魔王様が、がばっと飛びつくような勢いで――というか飛びついてきたので、しっかりと抱き留める。耳元で呟かれた、良かったの一言が震えていたのは、きっと聞き間違いではないだろう。


「ご心配をおかけしました。一晩眠って、もうすっかり動けるようになりましたから」


「本当に良かった……」


「ふふ。本当に、噂は宛になりませんね。私はお邪魔でしょうから、お暇しますね」


 そんな光景に、シスターが気を利かせようとする。が、


「お、おお!そうだ――っと、勇者様、一度後ろを向いて頂けますか?」


 と、魔王様は身体を離すと、訊いている割に有無を言わさずくるりと俺の身体を180度回転させた。


「シーナには先に紹介しておいた方が良いだろう。注意事項もあるしな」


「「注意事項?」」


 俺とシスターの声が被った。ハッピーアイスクリーム。


「ああ。とりあえずお主はこれを身に着けてくれ」


「これ……ベールですか?」


「ああ。悪いが少しの間付けておいてくれ」


「は、はぁ……」


「お待たせしました勇者様。もう振り向いて大丈夫です」


 お許しが出たので振り向くと、シスターは魔王様と同じデザインの白いベールを被っていた。シスター服の上にこれだと、首から上の情報量が過多だ。しかし、ベールの向こうは魔王様程の派手さこそないが、これはこれで素朴な美人だ。


「初めまして、シスターさん。俺は織臣家彰。どうも勇者らしいです」


「お初にお目にかかります、勇者家彰。サ国が勇者、竜牙のパーティーに神官として同行しております、シーナと申します」


「よろしくお願いします、シーナさん。そういえば、昨日はドタバタしていて、魔王様にも名乗ってませんでしたよね。すみませんでした」


 まぁ、顔を合わせてすぐ竜牙が来たのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。


「いえ!あ、あのときは、妾がはしたなく迫ってしまったのが、原因ですので……勇者様が気にされることはありません!」


 昨日のことを思い出してか、羞恥に頬を染める美人というのはなかなかに破壊力が高い。


「そう言ってもらえると助かります。そういえば魔王様、シーナさんのベールには、いったいどんな意味が?」


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