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第三話 地下牢獄、血に染めて その1


 1階にある一室から地下の階段を下っていると、そこから空気が変わった。じめっとした、だけどやけに冷たい空気が充満した、暗い通路へと続いている。華やかな城の雰囲気から一転、地下洞窟のような空気だ。


 何か懐かしの悪魔城みたいだな……こっちに魔王の部屋あった方が雰囲気出るだろ。


「ここが地下牢獄だ。ここから先に見張りはおらん。姫もこの先だ」


 俺の腕に抱きつきながら、しっしとあっち行けのジェスチャー交じりに魔王様が勇者に伝えると、


「姫様!貴女の勇者が只今参りました!!」


 聞くや否や勇者は駆けだしていく。あれだけ明確に敵対していたというのに、言葉を疑うというのを知らないのだろうか?


「これが罠なら、彼奴死んどるの」


「あれでよく勇者が務まるものだ」


 女性陣の手厳しい意見など梅雨知らず、勇者の足音が遠ざかっていく。遠くから可愛い声で勇者様―!と呼ぶ声が聞こえるので、おそらくこれが姫様の声なのだろう。


 うん、声はバッチリ可愛い。


「あの、勇者様はこの世界に来たところだと伺ったのですが、今後何処か行く宛はあるのですか?」


「いや、特に考えて無くてな……そもそも、転生だって聞いてたのに突然森の中に転移させられて、頼れる先も無くてどうしようかって思ってたところで、グレイと会ったんだ」


「それは、大変でしたね。よければ、一緒にここで暮らしませんか?使用人は皆出て行ってしまいましたが……妾はこう見えて家事は一通り熟せますので、不自由な思いはさせません!」


「よかったの、主様。転生早々ヒモ生活GETじゃぜ」


「嫌な言い方するなよ……ありがとうございます、魔王様。でも――すみません」


 俺の返答を聞いた魔王様の顔から、サッと色が無くなったのがこの暗がりでも分かった。


「わ、妾、何か気に障るようなことをしましたでしょうか?それとも、やはり……大丈夫です勇者様!この森の奥の方には声と引き換えに人間の足をくれる趣味の悪いババアがおりますので、この下半身がお嫌ならすぐに取り換えて参ります!!」


「いえいえいえ、せっかく綺麗な声なんですから大事にしてください。別に魔王様が嫌なわけじゃないんです。ただ、せっかくこういう世界に来たんですから、冒険してみたいんですよ。やっぱり」


 まぁ、魔王を倒すって目的は早々に無くなったけども。


「ああ、そういうことですか……でしたら、妾もご一緒させて――」


「おぉい魔王!!姫様は何処にいるんだ!?」


「お主どこまで私の邪魔をすれば気が済むんだ!!」


 血走った目でとんぼ返りしてきて怒鳴り散らす勇者に、魔王様がキレる。が、勇者も負けていない。


「知るかボケェ!そんなことより姫様だ姫様!!どこにもいねぇじゃねぇか!!」


「そんなはずないだろうに。ネームプレートも付けておいただろうが。突き当りの右手の牢だ。もっぺんよく見てみろ」


「確認したわ!ブタしか入ってねぇじゃねぇか!姫様をどこにやった!!」


「はぁ?お主何言っとるんじゃ。この牢に入ってる囚人共は私の許可無しで絶対に開放されることなどない。死んでいることはあるかもしれんが、いなくなるなどありえるわけがない」


「じゃあ一緒に来てみろよ!!」


「いや、私たちも今向かっとる」


「ならさっさと――」


 魔王様の手を取って急がせようとする勇者が伸ばす手を、彼女はにべもなく跳ねのけた。


「ならさっさと行くぞ!」


「うぉ!?」


 めげずに間髪入れず律義に言い直した勇者は、魔王様のくっついている俺の腕を引っ張り、ずんずんと進んでいく。そして突き当り。右手の牢にはおざなりに“サ国の姫”と書き殴られている。そんな中から、鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえる。


「勇者様、鍵は見つかりましたでしょうか?早くしないと魔王が――って、ゆ、勇者様、そ、そこに魔王が!!」


「ほら見ろ、何処に姫がいるってんだ!!」


「いるだろ、目の前に。お主の目は節穴か?」


 そう言って魔王が指さした先。それはもちろん件の牢の中。長い監禁生活の末に差し込んだ一条の光に対して、それこそ神に祈るかのように胸の前で手を組んで瞳に涙を溜める女がいた。たぶん、女だ。


「ぅ……ぁ……」


 なんだろう?呼吸が、上手くデキナ、い……震えが、止まらない……


「ゆ、勇者様、どうなさったのですか!?」


 思わず膝をついてしまった俺は、魔王様に抱き留められる形で何とか倒れずに済んだ。人肌――魔王肌だろうか?その温かさから来る安心感に、少しずつ呼吸のリズムが戻ってくる。


 なんだったんだ?今の……


「お、おぃ、大丈夫か?何か身体弱かったりすんのか?水飲むか?」


 何気に勇者も良い奴で、腰から外した竹筒の水筒を渡してくれたので、礼を言って一口だけ頂戴する。牢から聞こえる「今です勇者様!この隙に魔王を!」とかいう声が邪魔だが、何とか平静が取り戻せた。


「ふむ……どうやらSAN値が削れたようじゃの。まさか人間に削られるとは、驚きじゃ……」


「SAN値ってお前――え!?アレ、ネタ項目じゃねぇのか!?」


 キツの言葉に、勇者が結構マジでビビっていた。声には出さなかったが、俺もビビっている。正直俺もネタ項目だと思っていた。


 こんな簡単に削れるとか、下手したら発狂死あるな……


「普通は余程のグロい現場に遭遇せん限り、あんなことにはならんはずなのじゃが……」


「おいおいおい、いよいよもってコレが姫なわけねぇだろ!名状しがたい感じになってんじゃねぇか!!」


 勇者がビシッ!と指さした先。そこにいる存在。オークとガラモンを足して2で割った後に深きものどもを加えた頭を、ドレスを着たボンレスハムに乗せたようなフォルムのそれが、まるで小鳥が囀るような可愛らしい声で何かを叫んでいる。その姿は、どうしようもなく、俺の中の根源的恐怖を煽り立てる。


「醜い醜いと思っておったが、人族からすればこれも個性なのだとばかり……申し訳ございません勇者様。妾のせいでとんだお目汚しを……」


 ぎゅっと抱きしめられると、やっぱり柔らかかった。あと一週間くらいこのままでいたい。


「勇者様!何をしていらっしゃるのです!!何故魔王が、貴方を勇者様などと呼んでいるのです!?貴方は、私を助けに来てくださったのではないのですか!?」


 キーキーと姫が騒いでいるのに誰も取り合わない。どうでもいいけどみんな勇者呼びの所為で分かりにくいな……


「ホ、ホントにコレが姫なのか……?」


「今となっては利用価値が見出せん以上、嘘を吐く意味もないのだがな……お主や勇者様の反応を見る限り、やはり余程のようだな……これを通して見てみぃ。ステータスの確認効果がある」


 と、魔王様が未だ現実を信じたがらない勇者に渡したのは、上の部屋で投げ捨てていたはずの、あの黒いベールだった。いつの間にか拾っていたらしい。


「おぉ、マジックアイテムか。よし」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 勇者は一度ベール越しに姫を見て、確認の為か魔王様を見て、もう一度姫を見て、俺を見て、もう一度姫を見て、キツを見て、最後にもう一度だけ姫を見て、ゆっくりと深呼吸をして、魔王様にベールを返した。


「……疑って悪かった。すまん」


「あ、ああ……そう、素直に謝られると、どうにも、な……」


 一気に勢い――というか精気が無くなった勇者に、ベールを受け取る魔王様も調子を崩されたようで、所在なさげに受け取ったベールをひらひらと弄んでいる。それでも、大事な確認は忘れない。


「で、どうするのだ勇者よ……その、開放は、するのか?」


 その言葉に、勇者は静かに首を横に振って、そして静かに、しかしハッキリと言い切った。


「みんな、上に戻ろう。こんな無駄な戦いは終わりだ」


「な、何をおっしゃっているのです勇者様!私を、私を助けに来てくださったのではないのですか!?勇者様に助けられる私。国に戻る道中に深まる絆。そして、国に戻り救国の英雄となった勇者様と国を挙げての結婚式!そんな未来を……そんな未来を、夢見ていたというのに!何故助けてくださらないのです!?」


「――くっ、ハッ……」


「だ、大丈夫か!?」


 姫の言葉――というか未来予想図に、勇者の膝が砕ける。倒れそうになる身体を、今度は俺が駆け寄って支える。


「今のは破壊力あったの……さっさと戻るぞ。このままじゃと其奴発狂しよるぞ」


 キツに促され、俺達が踵を返すと、背後でガシャン!と大きな音がした。振り向くと、姫がその醜い身体を牢の鉄格子に貼り付け、こちらに手を伸ばしていた。その目は、血走っている。


「勇者様!何故魔王と共に、貴方は、勇者ではないのですか!!」


 悲痛な叫びを聞いていると、流石に不憫になってくる。が、見ただけでSAN値が削れるようなものを、地上に出すわけにはいかない。ある意味、それこそが勇者としての仕事な気もする。


「勇者って、何なんだろうな……」


 勇者が呟いた言葉に、沈黙が降りる。俺達は、誰も答えを持っていなかった。姫も、諦めたのか声が聞こえなく――



 ガシャン!!



 一際大きな音が鳴り、俺達が背後を振り向くと、牢の奥へと引っ込んでいく姫の後ろ姿と、内側から外側へと大きな力が加わり、歪んだ鉄格子が見えた。そんな鉄格子に、またガシャン!!と音を立てて姫がその巨体ぶつける。鉄格子は先程よりも目に見えて歪み、天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。


「おいおい、マジかよ……」


「走った方が良さそうじゃの」


 キツの言葉に頷き、俺達は急いで牢が並ぶ曲がりくねった通路を逆走する。後ろからは、一定のリズムで激突音が響いてくる。それが止んだと思ったら――


「勇者様ぁぁあああああああああ!!待って!助けて!勇者様!ゆうシャ様!ユーシャさま、ゆー、ゃさ、ユーしゃさぁぁぁぁあああああああ!!!」


 突如姫が狂ったような奇声が響き、更には鉄格子を揺する音が混じる。その叫声に、またSAN値が削られたらしく、俺と勇者は二人してバランスを崩す。が、後ろから魔王様に支えられ、そのまま出口を目指す。後ろから迫ってくる姫の声と格子を揺する音は、何処まで行っても途切れることはない。耳を塞ごうにも、勇者に肩を貸している所為でそれもかなわない。いつしか姫の言葉はまた明確な意味を持ち始め、呪詛が混じり始める。怨念が、あの澄んだ声に乗って耳の中で蠢く。前世ですら感じたことの無かった怖気が走った。


「もう少しです、勇者様!お気を確かに!」


「――ありがとうございます、魔王様」


 魔王様に励まされ、俺は逆流してくる胃液を堪えて足を動かす。


 もう少し。もう少しだ!!階段まで、あと10メートルもない。あと少し踏ん張れば――


 そのとき、ピシッと無慈悲な音がした。そして次の瞬間、目の前で轟音と共に落ちてきた天井に、階段が圧壊した。


「まさか!?何が起こった!?」


 魔王様の焦った声。おそらく、皆同じ思いだろう。


 入口がある分そこだけが弱くて、そこにさっきの姫の体当たりの衝撃が伝わったか?んなアホな……


「魔王様、ここ以外に外への通路は!?」


「すみません、勇者様……ここが……この階段が、唯一の通路なんです……」


「――なら、強行突破しかねぇな」


 俺の肩を借りていた勇者が、ふらつきながらも俺を押しのけて立つ。ガリガリと耳を汚染する透き通った呪詛は勇者も同じはずなのに、俺とはえらい違いだ。


「みんな下がってろ!この無駄に強そうな名前の聖剣の力なら――」


 勇者は腰の鞘から黄金に輝く剣を引き抜き、正眼に構える。途端に勇者を中心に風が渦巻き、刃の輝きが増していく。だが、それも数秒の出来事だった。風の勢いで一瞬かき消された呪詛だが、再び俺達の耳を侵食してきたのに合わせ、風は霧散し、刃の輝きもくすんで消滅した。


「――なっ、どういうこった!?」


「何をやっておるのだ勇者!私に代われ!」


 魔王様が勇者の前に出て、その両手にドス黒い光い靄を生み出す。が、それもすぐに霧散してしまう。二度、三度と彼女はその両手に霧を纏わせるが、三秒と保たずに霧散してしまう。


「――くっ、魔王である私よりも上の魔力の支配権だと!?なんだあの姫は!?」


「これはいよいよもって邪神じゃな。退け魔王!魔力の支配権というなら、ワシの出番じゃ」


「――そうか、霊獣の霊力ならば!」


 魔王様と入れ替わり、今度はキツがその尾に青白い炎を纏わせる。それは勇者や魔王様の必殺技と違って強く燃え上がり、振りぬかれる尻尾の勢いのまま階段を塞ぐ瓦礫に直撃し、燃え上がった。


「やるじゃねぇかバアさん!」


 勇者の歓声が上がる。が、石で作られた建造物に対して、炎はどこまでも無力だった。


「ダメじゃ……力は使えるが、この身では……クソッ!」


「おいおい諦めんなよ!なんか他の技はねぇのかよ!?」


「人を年寄り扱いするなら、もっと労わるんじゃな……人化さえ出来れば、陣を刻んで力押しで何とかするんじゃが……今のワシの霊力の保有量では……」


 キツから初めて聞く、悔しさの滲んだ声だった。


「私の魔力を譲渡して、使うことは出来んのか?」


「ダメじゃ……魔力と霊力はまるで違う。そうじゃ勇者、お主御饌津神様の加護を貰ってはおらぬか!?」


「俺?御饌津神――ってのは?」


「食物を司る神々じゃ。お主を転生させた御神の名は分かるか?せめて、どういう身形かだけでも」


「確か……筋骨隆々のおっさんで、アメノタジカラ――とか?」


「天手力男命様か……」


 一度は妙案が浮かんだと上がったキツの頭が、また力なく下を向く。


 打つ手なし――か。


 そう思ったとき、耳を汚染する呪詛に交じって、バキンッと金属質の乾いた音が響いた。


「今の音は……」


「その反応、俺の聞き間違いじゃないっぽいな……クソッ!いよいよもってホラー映画だな!!」


 勇者は輝きを失った聖剣を振り上げて瓦礫を斬りつけるが、刀身が半分程埋まっただけで両断には程遠い。


「さっきから吐き気を堪えるのが精いっぱいだってのによ……このままじゃ、遅かれ早かれ……」


 聖剣を力任せに引き抜き、勇者はその場に座り込んだ。八方塞がり。そんな言葉が、おそらく皆の脳裏に過った。空気が、絶望に呑まれ始める。そんなとき、魔王様がキッと来た道を――姫が囚われている牢の方を睨んで言った。


「――私が奴を倒してくる。このままでは、二人がもたんだろ」


「阿保抜かせ。さっきからお主も呪詛の影響を受けとるじゃろうが。そんな状態で毒も持たんラミアが、しかも魔力を封じられてどう戦うつもりじゃ」


「この身体で絞殺すことは出来よう。それに、勇者様やそちらの勇者よりもまだ動ける。時がたてば経つ程不利になる」


「――なら、行くのはワシじゃ。現状力が無いとはいえ、徒手空拳よりマシじゃ。正体の分からん相手に飛び道具も無しに挑む馬鹿がどこにおる!」


「お主こそ、そんな小さななりで――」


「二人とも、冷静になれ!まだ諦めるには早いだろ!ギリギリまで考えるんだ。玉砕覚悟は、壁際に追い込まれてからでいい」


 俺は言い合う二人の間に割って入り、適当な理由を並べて思い止まらせる。


 キツとはずっと一緒にいるし、魔王様だって短い時間とはいえ、一緒に話して仲良くもなったんだ。危険な真似はさせたくなかった。それに、俺には一つ考えがあった。


「なぁキツ、さっき勇者に言ってた話。保食様――保食神様に転生させて貰った俺は、条件に当てはまるんじゃないか?」


 なぜキツが俺を省いたのか。そこに、鍵があるはずだ。


「――ダメじゃ。確かに主様は保食様の加護を受けておる故、その魔力をワシは自分の霊力として練り上げることが出来る。じゃが、主様は今日この世界に来たばかりで、魔力の扱い一つ知らんじゃろう?譲渡することも、それ以前に、自信の内にある魔力を感じることすら、出来ぬのではないか?」



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