戦場は魔王城 その2
「は、はい……」
俺は一歩、また一歩と魔王様へと近づいて行く。距離が近づくにつれ、だんだんと巨乳以外にも目が行くようになってくる。魔王様は顔に黒いベールを纏っていて、その顔はよく分からない。ウエストはきゅっと絞られていて、そしてその下は、まさしく蛇だった。所謂ラミアというやつだろうか。
「すまぬな。このベールの所為で近くでなければよく顔が見えんのだ。まったく、美しさは罪――」
ふと、魔王様の声が止まった。その口は、続きを言おうと開いたままで固まっている。
「どうかしましたか?魔王様」
よし、普通に会話が出来る余裕が出てきた。しかし、近くで見ると本当に良い乳だ。これならば下半身が蛇だろうが関係ないどころかお釣りがくる。
「お主……私のものにならぬか?贅を尽くした食事も、服も、部屋も、望むものは全て用意させよう!いや、私のものなどと大それたことは言わん!私を――妾を嫁に貰ってくれぬか!?」
フリーズから復帰した魔王様がベールを投げ捨てて迫って来た。これまたドえらい美人だ。
会社にこんな美女が入ってきたら、玉砕覚悟でもとりあえず飯に誘うな。
そんなことを考えている間に、先手を奪われる。
「勇者様……」
魔王は勇者の手を取ってその谷間に誘った。痛恨の一撃。
そんなシステムメッセージが頭にふと浮かんだ。
「主様、デレてないで反撃した方が良いのではないか?」
心なしかキツの声が冷たい。
「いや、反撃っつってもなぁ……」
こちらの手を取り、潤んだ瞳で見上げて来るこの相手に対して何をしろと言うのだろうか。今攻撃したら罪悪感で潰される未来しか見えない。メダパニでも食らったのだろうか?
「――分かりました。勇者様の傍に置いていただく為なら、魔王の座など惜しくありません!」
魔王がお嫁さんになりたそうにこちらを見ている!お嫁さんにしてあげますか?
なんか戦った記憶も無いのに、戦闘後っぽいメッセージだ。
しかし、お嫁さんか……いくら巨乳美人でも、魔王だしなぁ……でも、巨乳美人なんだよな……半分蛇だけど。いや、でも巨乳美人だ。
「正妃でなくとも、側室で構いません!どうかお慈悲を、どうか――」
ドッカ~ン!
おジャ魔女どれみじゃあるまいし、またしてもそんなベタな効果音と共に、魔王様の背後の壁が吹き飛んだ。
「危ねッ!」
思わず魔王様を抱き寄せて玉座の影に隠れる。
「勇者様参上!魔王、姫様は返して貰うぜっ!!」
正直、玉座の影に隠れたので声しか聞こえないし、それどころではない。主に、俺の腕の中が。
「――勇者様、身を挺して妾を守ってくださるなんて……このミアラ、一生貴方様について参ります」
キラキラとした瞳で見上げて来る魔王様はとても可愛い。ついでに、とても柔らかい。
「心配して上って来てみれば……随分親しげじゃのぉ?魔王だろうと美人に言い寄られては悪い気はせんか?」
いつの間にか傍にいたキツの言葉が棘だらけだった。
「いや、だって顔に傷とかついたらダメだろ……こんな綺麗な顔してんだし」
「そ、そんな、綺麗だなんて……」
顔を真っ赤にして照れる仕草は正直可愛かった。
「さっき美しさは罪とか言っとったくせに、白々しいのぉ」
「なんだお主は!さっきから無礼だぞ!」
「お前ら無視してんじゃねぇ!!」
玉座の影で色々やっていた俺達に、それを回り込んで現れた鎧姿の男がツッコミを入れる。精悍な顔立ちと鍛え上げられた肉体は、いかにも勇者然としている。装備している全体的に青い鎧も、有名なあの装備っぽく見えなくもない。
「お主、その鎧……勇者か!?兵達は何をやっておったのじゃ!?」
魔王様が立ち上がり、素早く俺達を庇う位置に立つ。俺も立ち上がって確認すると、どうやら舞台の袖にいたであろう三体のリザードマンが、青い血を流して倒れていた。
あれだけいた執事はもぬけの殻か……アレがお姫様を人質に集められたイケメンだったんだろうな。
「――へっ、あんな雑魚、ものの数じゃねぇよ。仲間達との合流を待つまでもねぇ。さぁ、魔王。ラストバトルと洒落込もうぜ」
勇者が金色に光る剣の切っ先を魔王へと突きつける。今まさに、勇者と魔王の戦いが始まろうとして――
「ふん、随分と威勢がいいな。その自信のほど、確かめてやろう。――さぁ勇者様、このような無礼物はすぐに灰に致しますから、しばらくの間隠れてお待ちください。待っていて、くださいます……よね?」
「え、ええ。逃げたりなんてしませんから、安心してください。それより、怪我しないように気を付けてくださいね」
早く戦いなさいよと思うのだが、ダメだ。ただでさえ破壊力の高い胸を寄せての上目遣いは防御貫通付きらしい。
くそ、これは突き放せない……
「ご安心ください。嫁入り前のこの身体、けして傷つけさせはしません!」
「おぉ――おいおいおい、ちょっと待てちょっと」
と、いい感じに話が纏まって戦闘に入ろうとしたとき、今度は勇者から横槍が入った。
「なんだ、せっかく盛り上がっておるというのに、無礼な上に無粋な男だな。女にモテんぞ?」
「やかましい!それよりお前だお前!」
「え?俺?」
勇者が剣の切っ先で指し示すのはまさに俺だった。それに魔王が食って掛かる。
「おい!私の勇者様にそういうことせんでくれんか?」
「それだよそれ!なんだ私の勇者様って!お前魔王だろ!?んでお前勇者だよな!?その鎧最初に神から貰えるヤツだし!なんで魔王側にいんだよ!?」
至極真っ当なことを言われてしまった。しかしそれを、魔王様は鼻で笑い飛ばす。
「ふん、愛の形は人それぞれだろうに。狭量な男だ」
「お前人じゃねぇだろが!!お前こんなんがいいのか!?」
「いやお前、女の子に向かってこんなんはないだろ……」
少なくとも美人なのは覆せん事実なのだ。
「勇者様、ステキ……!」
「あ――!!クソ!!なんかめっさムカつくー!!」
「まぁ、あの勇者の言いたいことは痛いほどよく分かるんじゃがの……」
癇癪を起して地団駄を踏む勇者に、キツが憐憫のまなざしを向けていた。
「お前!コイツ魔物だぞ?てか魔王だぞ!?こんな蛇女より、この城に捕まってる姫様を助け出してゴールインってのが真っ当な思考だろ!?」
ああ、そういえば姫様捕まってたんだったな。でも、今更この魔王倒してっていうのも抵抗あるしなぁ……美人にここまで好意向けられて、無視できる程枯れてねぇもんなぁ。
「なんだお前、あんなのがいいのか?B専とは難儀なものだな」
「え?姫様実はそんな可愛くないの?」
魔王様の言葉に素で訊いてしまった。
「あのような者が勇者様と並ぶなど、美への冒涜です!あ、お前とはお似合いかもしれんがな」
書く必要もないかもしれないが、後半は向こうの勇者に向けられたものだ。
「いちいちムカつくなこの女……ふ、ふん!見え透いた嘘を。そっちの勇者も騙されるなよ!魔王の言うことなんて当てになんねぇよ。そいつはテメェの醜悪な見た目の腹癒せに、姫を攫って男を要求するような女だぞ?お前もその内の一人ってこったろ。まさに蛇女だな」
「違う!違うのです、勇者様!!確かに妾は、かの国より顔の良い男ばかり集めておりました……ですが、勇者様は違うのです!!勇者様にお会いして、この方だと直感したのです!信じてください!!」
魔王は勇者に言い返すのも忘れ、涙を浮かべて形振り構わず必死に縋りついてる時点で、嘘でないのは明白だろう。最初の印象からして、プライド高いタイプだろうし。
「おぅおぅ、名演技だな」
「黙れS級B専!!」
「んだとコラァ!!おいそっちの勇者!お前こんな女のどこがいいんだよ!?」
勇者の言葉に、場に沈黙が降りる。それもそのはず。今まで言い合いをしていた魔王様がこちらをじっと見つめてくるのだから。
「いや、つってもまだ会ったとこだしな……でも美人だしスタイルいいし、可愛いし、あとやっぱりすごい好かれてるのは感じるし――な?」
「勇者様ぁ!!」
俺は抱きつれた上にグルグルと蛇の尾で絡めとられていく。おそらく、それ程嬉しかったということなのだろう、たぶん。暑苦しい。
「なら、囚われてる姫様が更に美人でスタイルが良くて可愛かったらどうする?」
「だ~か~ら~、勇者様をお前みたいなB専と一緒にするなと言うに!あぁもう良い!なら返してやるから一緒に来い!」
「ふざけんな――って、え?いいのか?」
「このままやってたら日が暮れてしまうだろう。妾は勇者様ともっとお話したいのです!それに、勇者様には直接妾とあの不細工姫を比べて頂いて、そして改めて、妾を選んで頂きたいのです」
そう言って見上げて来る魔王様の頬は赤く染まり、潤んだ瞳はどこか色っぽい。たぶんだが、自分の台詞に酔っている。
「お前半分蛇のくせにスゲェ自信だな……」
「お主は黙っておれ!!」
勇者の嫌味を一蹴し、最後に「いいですよね、勇者様?」と訊かれたので、頷いて俺達は魔王様に続いてお姫様の囚われている牢屋へと移動する。部屋を出ると、遠くから怒声や金属がぶつかる音が響いて来たので、城の各所で戦っている勇者の仲間と魔王の配下に一旦の休戦を伝えて回るのも忘れない。
無駄な血は、流さないに越したことないしな。もちろん、玉座の傍に倒れていたリザードマンも、魔王様が治療済みだ。