第20話 奴隷に感じる浪漫
アレクView
エダドゥの村を出て早二週間が経過した。勇者やその仲間が、襲ってくる獣や野党を千切っては投げ千切っては投げ、経験値を稼ぎつつ、通過する村々で情報収集を行いながら僕たちは次の中継地点である、貿易都市アリステラまであと少しというところまで来ていた。
そして今日も、僕は御者をしている。
「異世界に来てまでブラックなパーティーにこき使われるとは……」
あの日より、僕は専属御者を任されている。しかも、あれからあの豪華な馬車の内部に入れて貰えず、夜は幌の中で毛布に包まり寒さを凌いでいる。
いやまぁ、説明をちゃんと聞いてなかった僕も悪かったけど、この仕置きはあんまりじゃないか……
以前魔王の正体を明かされた際に家彰が現状を説明してくれていたのだが、色々と考えている内にその大半を聞き逃してしまい、その結果魔王にぶちキレられ、僕は晴れて小間使いとしての立ち位置を手に入れたのだ。
とはいえ夜番は別にいるし、何かが起きてもベルを鳴らせば勇者たちが解決してくれるから、今までを考えれば割と命が保証されている分、そこまで厳しいわけじゃないんだけど。
「信用出来ん限り中に入れるわけにはいかんのでな。なんてさ……美人が凄むと怖いって、ホントだったんだなぁ」
御者台には僕一人だけなので、独り言も言い放題だ。
結局こういうとこ、異世界行く前と何も変わってないな……
「あ――ヒロイン欲しぃぃぃいいいいい……リリィ……」
思わず声に出て、慌てて頭を振って浮かんだ以前の仲間を振り払う。
「頑張れアレク!自分を振った女のことなんて忘れて、新たなヒロインを探すんだ!!」
周囲に他の馬車が見えないからと勢いに任せて叫んでみて、泣きそうになった。
「クッソ、いっそ何か事件でも起きないか――」
「た、助けてくれぇ!!」
フラグを立てたのは僕なのだが、回収速度が優秀過ぎやしないだろうか。
進行方向から、襤褸を纏った男が必死の形相で走ってくる。そしてその後ろには、巨大な狼が三匹。どれくらい巨大かというと、前を走る男と比較するとおおよそ、動物園で見るライオンくらいのサイズだ。たぶん、魔獣だろう。
いやまぁ、異世界だしそういう種類なのかもしれないけど……というか肉食の獣と魔獣の違いって何だろ……魔法が使える云々って言うけど、ちょっと角が光るだけのウサギが魔獣で、人間を襲う狼がただの獣だと言われると、どうにも釈然としない。
にしても、汚いオッサンが逃げて来ても盛り上がらないなぁ……どうしよ?でも、無視したところで狼がこっち来たら終わりだしなぁ……――って、あの男って!?
御者台に備え付けられているベルを、チンチンチンと三回鳴らして馬車を止める。脅威度小のエンカウントサインだ。家彰曰く、五回鳴らしても愛してるのサインにはならないから安心しろとのことだが、何のことなのだろう?
鳴らしてから少しして、竜牙とシュバルツが荷台から飛び降りてくる。大抵脅威度小の場合リルフィーちゃんが出て来るのだが、残念ながら今回は頼もしいことに勇者二人だ。
リルフィーちゃん、可愛いよなぁ……
「あ――あれか。って、おいおいオッサン捕まっちまってんじゃねぇか」
「目障りだな。ダークネス・デッドランサー!」
一匹の狼の首が飛び、それにより残り二匹が俺達を敵と捉える。が、その頃にはもう遅い。
「ブレイブスラッシャー!」「ダークネス・デッドランサー!」
この数日で嫌程見た遠距離攻撃を飛ばす二人によって、斬り飛ばされた。
「ぐ、ぎゃぁぁあああああ!!」
そしてついでに、オッサンの悲鳴が響き渡った。
「竜牙……」
「いや、お前だろ今の。射線よく見てみろ」
「一瞬攻撃がクロスしたが見えた。アレは貴様の攻撃だ」
「嘘吐け!俺のはしっかり直進したっつの!」
狼を倒すついでに、オッサンの腕も軽く斬ってしまったらしい。見た感じ血は流れている
が、腕は繋がっているのでセーフと言えなくもない……か?捕まって食べられるよりはマシだと思ってもらおう。
それにまぁ、丁度いいか。これも恩に着せておこう。
「そんなことより、誰か回復アイテム持ってない?」
「何だ、知り合いか?なんか悪かったな。ほれ」
「認めたな?貴様今認めたな?」
追及してくるシュバルツを完全にスルーした竜牙が腰から外した小袋を投げて来たので受け取る。と、
「ありがと――って、薬草って……」
袋の中には、よくよく見覚えのある葉っぱが沢山詰まっていた。
何で高レベルの勇者が最序盤の回復アイテムしか持ってないんだよ……
「中に戻りゃ他にもあるけど、とりあえず十分だろ」
「いや、乳棒も乳鉢もないんだけど……」
薬草は、すり潰して傷口に塗ることで初めて回復効果を発揮する。葉っぱのままで持っていても、何の役にも立たないのだ。
咄嗟に使えない辺り、ゲームと違って現実は不親切だよな……
「――ああ、そういやそうだったっけ。リルフィー呼んでくるか」
「我が闇の供物を分け与えてやる。コイツを使え」
幌に戻ろうとする竜牙を制するように、シュバルツが小瓶を投げて渡して来る。中には透明の液体が満たされている。おそらく、傷の回復効果のあるモアールのおいしい水だろう。
いっそリルフィーちゃん呼んでくれた方が……なんてのは、言うことじゃないよな。
「サンキュ。大丈夫ですか?」
素直にシュバルツに礼を言ってオッサンに駆け寄ると、思ったよりも出血は軽いようだ。
「え、ええ。あなた方が助けてくださらなければ、あのラージウォルフに食い殺されていたでしょうから、このくらい――」
「傷を見せてください。治療します」
このまま長ったらしく婉曲的な非難とかされても面倒くさいので、傷口を庇う腕を退けさせてさっさとモアールのおいしい水をかけると、焚火に水をかけたときのような音と白い煙を上げ、傷が瞬く間に消えて行った。
「見ず知らずの私をお救いくださっただけでなく、貴重な回復薬まで……もしや、勇者様でございましょうか?」
痛みが消えたからか、警戒が解けたからか、こちらと目を合わせたオッサンの顔を見て、僕のぼんやりとしていた記憶が確信に変わる。
やっぱりコイツ、思った通りだ。僕のことは覚えてないみたいだけど……まぁ、一回顔合わせただけだし、そんなものかな。
「いえ、僕はただの旅の冒険者ですよ。それより、こんなところでどうしたんですか?見た感じ、貴方一人のようですけど……」
「はい、それが――」
聞いたところによると、彼は出先からアリステラに戻る最中にあの狼に襲われ、雇った護衛は全滅し、独り馬車を捨てて逃げて来たのだという。
「それは大変でしたね……どうですか?僕達もアリステラへ向かうところですし、一緒に行きませんか?」
「よ、よろしいのですか?」
「はい、仲間達の説得は僕に任せてください」
と、空手形を切って二人の元に戻って話をすると――
「無理だろ」「不可能だろうな」
すげなく断られてしまった。
「なっ、僕達は勇者なんだろ!?なら、困ってる人を助けるのは当然じゃないか!」
「そう思うんなら国攻め滅ぼそうとしてる俺等と蔓むなよ……」
ド正論だった。
「いや、でも、ほら、目の前で困ってるわけだし……」
「ふむ……訳アリか。そう思うなら、御者台の隣にでも座らせればいい。中にさえ入れなけ
れば、文句は言われんだろう。中の連中には我から話しておいてやろう」
「何であんなオッサンに拘ってんだ?」
「あの男、アルバートは奴隷商なんだ。分かるだろ?」
奴隷商。それを助けるということがどういうことか、それが意味することを分からない男などいるはずがない。
「いや、んな決め顔されても……なぁ?」
竜牙に同意を求められたシュバルツも、黙って首を傾げた。
コイツ等マジか……
「いや、異世界転生といえば、奴隷の可愛い女の子とのラブストーリーだろ!奴隷商から可愛い女の子奴隷買い取って、優しくして、こんな優しくされたの初めて―とかそういうの言われて、ラブラブイチャイチャするやつ!定番だろ!?」
「あ――悪い、分からんわ……俺ドラクエは結構やってたんだけどなぁ」
「我も、いくつかゲームを嗜んだ程度だからな……」
「通じない、だと……?」
マジかよ。異世界に行ったらやってみたいことランキング絶対上位だと思ってたのに!
ていうかシュバルツ、お前はどう考えてもどっぷり浸ってただろ。いや、ジャンルは微妙に違うかもだけど……
「まぁ、家彰ならわかるかもしんねぇし、そう気ぃ落とすなよ。てか、ならなんでお前今まで奴隷買わなかったんだ?」
「――奴隷が買えるほどお金が無かったからだよ……」
まぁ、パーティーにリリィがいたからってのもあるけど……
「なるほど、それで恩を売ってか……セコイな」
「しょーもな……俺等は中に戻って、他の連中に街に着くまで出るなって伝えとくから、適当に怪しまれないようにやってくれ」
そう言って、竜牙とシュバルツは幌の中へと戻って行った。
……同意は得られなかったけど、協力してくれるみたいだし、ここからが勝負だな!
家彰view
「――はぁ、紛うこと無きハズレを引いてしまったな……」
割り当てられた部屋に俺と魔王様、キツ、リルフィーで集まってトランプに興じていたところ、竜牙がアレクの奇行を知らせに来て、それを聞いた魔王様が特大の溜息と共に零した。
「奴隷にされてる女の子を助けて、とかはたまにある気するけど……」
買ってイチャイチャって、それもうただのエロゲだよな……いや、代表的なタイトルは思いつかんけど。そっちのジャンルって、ガキの頃はローファンタジーの方が流行ってたからな。
「素人童貞拗らせた結果と思うと、なんか不憫じゃのぉ……」
「バアさん、それ本人の前で言ってやんなよ?」
相変わらず歯に衣着せないキツの言葉に、竜牙が溜息交じりに念を押す。
そういえばアレク、最初会った時そんなこと叫んでたもんな……
「少々容姿が良くとも、中身がアレではな……」
「僕はアレ君、見てて楽しいから好きだけどなぁ。もうあの空回りっぷりは才能だよ」
「地味にSッ気があんのは、シーナの悪影響かもな……」
楽しそうに話すリルフィーの姿に、竜牙が溜息と共に吐き出す。
うん、あのシスター何気に教育に悪いよな。個人的に、それが魅力だとは思うけど。
「それにしても奴隷か……」
「なんじゃ主様、新しい女が欲しくなったか?」
「家彰さん?」
思わず零れた言葉に即反応するキツと魔王様が怖い。
「いやいや、そういうのがお金で買えるなら、そいつら買って情報集めさせてもいいのかなって」
街での情報収集や、その他やり取り等、何も俺達が顔を晒さなくても奴隷が売っているならそいつ等を使えばいい。
いやまぁ、一人幾らくらいするか知らんけどさ。
「あ――アリと言えばアリじゃの」
「いや、そんなどこの馬の骨とも知れぬ者に任せて良いものではないでしょう。そもそもその奴隷というのもどこまで信じられるものか……」
「何か持ち主に逆らうと苦しくなるみたいな呪文がかかってるし、そこんとこは大丈夫だろ。てか心配だったら女奴隷並べて家彰が魅了すりゃ――すまん、ごめん、マジで許して」
二人で正反対の意見を並べたキツと魔王様に、竜牙が割り込んで視線だけで黙らされた。
なるほど、そういうのもあるのか。
「まぁ女奴隷をどうこうっていうのは無いにしても――いや、無いよ?」
二人の視線が怖い。どんだけ信頼無いんだろう、俺。
「ほら、どうせアレクは奴隷商のとこ行くだろうし、どうせなら一通り見て使えそうなのを見繕うってのもアリじゃない?軍資金の為の換金用装備も山程積んでるんだし」
「まぁ、確かにそうですが……」
魔王様の踏ん切りがつかないのは、やはり奴隷が人間というところで引っ掛かっているのだろうか?
基本魔物――特に叡魔は戦闘能力特化型の人間みたいなところあるし、完全な上位互換としては人間の奴隷なんて魅力薄いか……
「いいんじゃね?大抵すぐ売れちまうって聞いたけど、イケメン奴隷もいるらしいぞ?」
「――くっ!」
竜牙の言葉に、ミアラが悩む。出来ればそこで揺らがないで欲しかった。が、あまり人のことが言える立場で無いことは自覚している。
動物としての本能だもんね!それに普段からそこそこ許して貰ってるしな……いや、そりゃ嫌だけどさ……!!
「分かった……小僧一人を単独で動かせんからな。私達も同行しよう。仕方なく!仕方なくですからね?家彰さん!」
そんなこんながあって、俺達は街に着いたら奴隷商の店に行くこととなったのだった。




