第19話 少年の決意
家彰View
馬車に揺られて早三日。やっとこさ森を抜けたところでウ国の侵攻軍を止めるべくカンナ姫とオマケ二人、そしてソルトがまずパーティーから離脱。途中まで並走していたガルル達陽動部隊の馬車とも別れ、俺達の乗る馬車だけがサ国最端の村、エダドゥへと辿り着いていた。
ちなみに今の俺達のパーティーは、俺とキツ、魔王様、竜牙、シュバルツ、ロベルト、リルフィー、マユラ、リム、アーネ、グレイ、ガイオウ、ルインの十二人で構成されている。
基本的な役割としては、人間の街に居ても怪しまれない俺達人間組とキツ、そして怪しい薬で足を生やした魔王様が外で活動する外部探査の面子となっており、アラクネのリムとアーネが生活面のサポート、リザードマンのグレイ、ガイオウ、ルインの小隊が馬車の守りとなっている。
村に着いた俺達は軽い情報収集も含めて村を回ることに決めたのだが、外部探査のメンバーの中でロベルトは国民に顔を覚えられている恐れがあるということで馬車に残り、リルフィーは馬車に外部と折衝が出来る者がいないと拙いということで、ジャンケンに負けて留守番することになった。
そうして即席の調査パーティーを組んだ俺達は村人と交流しつつも情報を集めていたのだが、流石最端の村。王都の情報など何も無く日が暮れてしまった為、この時間に馬車を走らせると目立つと意見が全会一致。最後にド定番の酒場に情報収集に来たところ、プロローグにあるパーティーの修羅場に出くわしたというわけだ。
「もう離れたとこでやってくれよぉぉぉぉおおおおお!!」
仲間に置いて行かれた少年冒険者が、慟哭と共に机に突っ伏して嗚咽を漏らし始める。マジ泣きだ。これには普段泣きながら命乞いをする人間を鼻で笑って殺す魔王様も、どこか「やっちゃった」といった表情で、少年の肩に手出していいのかどうかその手をワキワキさせながらこちらをチラチラと見て来る。
いや、そんな見られても……てか、何が正解なんだろうな……男よりも女に慰められた方が良い、か?いや、フラれたばっかりだし、むしろ男同士で話した方がいいのか?
――分からない。俺が彼女にフラれたときはyoutubeで好きな芸人の動画を見続けたもんだが……ネタをやればいいのか?いやいや、そもそも俺にピンネタなんて無い。コンビネタにしても、会社の忘年会を共に戦い抜いたアイツはここにはいない。八方塞がりとはこのことか。
「――貴様、勇者じゃないのか?」
そんなとき、思いもよらぬ方向から思いもよらぬ言葉が飛び出した。
シュバルツ!もうワイン飲むだけで完全無視決め込んでると思ってた!!
「だ、だったら、なんだよ……笑うのかよ……付与魔術しか使えなくても、僕は勇者なのに……くそぉ……」
「やはりな。ステータスの低い勇者は、勇者同士でパーティーを組まれ、魔王の討伐に向かわされると聞いたことがある」
「何その鬼システム……」
じゃあ何か?俺がサ国に召喚されてたら、そういうパーティーに組み込まれてたってことか?超コワイ。てかならさっき出て行った女の子達も勇者?男だけじゃないんだな、勇者。
「え?マジかそれ」
「城で情報収集をしていれば、自ずと聞こえて来るだろう。RPGの基本だ」
竜牙も知らない事実だったようだが、シュバルツにとっては既知のことだったらしい。
「アンタ達、いったい……――も、もしかして、その黒い鎧、漆黒の牙の勇者シュバルツ!?それに、青き聖刃の勇者竜牙!?」
「ふっ、久しぶりに聞いた名だな」
「俺そんな微妙な感じで呼ばれてたのか?」
ガッツリ名前入りで二つ名を呼ばれた二人の反応は、随分と対照的なものだった。
シュバルツ、意外とエゴサーチするタイプだったんだな……
「なんて、そんなわけないか……二人とも、魔王と戦うために森に入って死んだって話だし」
サ国ではそういうことになっているらしい。そういえば、シュバルツと初めて会った時、竜牙のパーティーが既に全滅したことになっているみたいなことを言っていた気がする。
「ふん、貴様が信じようが信じまいがどちらでもよい。それより貴様、こんなところで泣いていて何になる?お前にとって勇者として生まれ変わった今生は、その程度で諦めて良いものなのか?」
「勇者としての、今生……」
シュバルツの中身があるんだか無いんだか分からない言葉に、感銘を受けたように少年が繰り返す。
好きな女の子にフられたんだから、泣くくらいはいいだろ……まぁ、慰めていいか迷ってた俺等に比べりゃ、シュバルツなりに元気づけてやってるんだろうけど。
「貴様は、勇者として何をなしたかったのだ?」
「ぼ、僕は……」
学校の先生みたいなことを言うシュバルツに、少年が口篭る。何か思うところがあったのかもしれない。
「女にモテたい。そんな低俗な望みではないだろう?そんなもの、勇者として生きていれば、勝手について来るものだ」
「いやお前も姫の肖像画に踊らされて魔王城来てたろ……」
「姫取り返す為に漆黒の闇から来たとか大声で言っとったしの……」
竜牙とキツの茶々にシュバルツの眉が少しピクついたのが見えたが、なんとか受け流したようで言葉を続ける。
「今からでも遅くは無い。腕を磨いて、あの連中を見返して――」
「――ったらなんだよ……」
小さくて聞き取れない声だったにも関わらず、その声が持つ凄みのようなものが、シュバルツの声を遮った。
何か地雷踏んだろコレ……まぁ、いくつになっても失恋ってそういうもんだもんなぁ……てか何か、背中から黒いオーラ見えるわ何となく。
「悪いかよ……悪いのかよ……期待して!」
そんな無理矢理喉から絞り出したかのような言葉と共に、ドカンッ!と、少年の拳がテーブルに振り下ろされた。そして――
「異世界に転生してハーレム夢見んのがそんなに悪いことかよ!!アラフォーの素人童貞がそんなに悪いのかよ!!クソがぁぁあああ!!!!」
そんな心の底からの叫びが、店を震わせた。
誰も、何も言えなかった。その叫びには、間違いなく彼の前世が詰まっていた。目頭が熱い。
「ん――、なぁ、素人童貞って何だ?童貞と違うのか?」
「私も聞いたことの無い言葉だな」
容赦が無い。というわけではなく、純粋な疑問だった。異世界では通じない言葉もあるだろう。マユラの疑問に、魔王様も首を傾げる。場の空気は、凍っていた。よりにもよってそこを女性陣に訊き返された少年が哀れでならない。
アラフォーっつってたし、少年ってのもアレだけどな……まぁ、呼び名は見た目で判断しとくか。
「マユラ、ミアラ、そっとしといてやってくれ……」
「え?あ――家彰さんがそう言うなら……」
「何だよ、知ってんならお前が教えてくれりゃいいじゃねぇか」
「帰ったら嫌んなるほど説明してやっから!頼むわ!」
両肩を掴んで誠心誠意お願いしたら、マユラも分かってくれたようで、「おぉ」と一言言って黙ってくれた。
しかし、こっからどうしよ……考えうる限り最悪だわ空気……ソルトがいたら、共感して何とかなったかな……
「ま、まぁ、異世界つったら、ハーレムだよなぁ?」
「あ、あぁ……そうそう。俺もそういうラノベ好きだったし……」
竜牙のパスに全力で乗っかってやりたいが、下手なことを言うと後で魔王様とキツが怖い。
「アンタら、勇者なんだよな……」
「え?あぁ……俺と、こっちの二人がな。証拠見せるか?ピカチュウ」
少年に訊かれた竜牙が、ここぞとばかりに場の雰囲気を和ませようとふざけて有名な電気ネズミの名前を言って手で俺にどうぞと示す。
「カイリュー」
意図してるのがこれで正しいかは分からない。だが、これはチャンスだ。早くこの微妙な空気をどうにかしてくて、俺は有名な歌に沿って次のポケモンの名前を言ってシュバルツを示す。
「えと……リザードン?」
「「何でだよ!?」」
俺と竜牙の声がハモった。
「え?いや、何が正解なんだ?」
「ピカチュウ、カイリューと来たら、ヤドランでピジョンだろ!?ポケモン言えるかなって流行ったろ?」
頭に?マークを浮かべるシュバルツに、竜牙が説明するも、やはりシュバルツの?マークは取れない。
マジか。ウチの地元歌えないとクラスでのカーストがガクッと下がるまであったのに!?
「いや、ポケモン言えるかなって、ミジュマル、クルミル、ダルマッカってヤツじゃないのか?」
「何それ、ポケモン?」
「アレも新しいヤツ色々出てたしなぁ……そういや、俺等お互い年齢知らないよな。何となく似たような感じだと思ってたけど。ちな、俺34な」
「それたぶん前聞いたな。俺37」
「我は今年で19だ」
「「若っ!?」」
今日は竜牙とよくハモる。
「いや、まぁ、話し方的には14とか言われた方がシックリは来るけど……え?お前そんな若いの?え?なんで死んだん?病気?」
「色々あったが、最後は交通事故だ。母猫が車道に子猫を落として、子猫の代わりにな」
「「ドラマかよ!!」」
助けようとして巻き込んだ俺とはえらい違いだ……
「のぉ、内輪で盛り上がっとるとこ悪いが、流石に放置は可哀そうじゃろ」
と、キツの指摘で思い出した少年は、テーブルに突っ伏して肩を震わせていた。
すげぇ、あんなヤベェ空気忘れて盛り上がってたわ……やっぱ地元の話って盛り上がんな!
「どうせ僕なんて……」
「あ――まぁ、なんだ?アラフォーつったら俺も似たような歳だし、相談乗んぜ?」
そんな取って付けたような竜牙の誤魔化しの言葉に、顔を上げた少年がじぃっと彼を睨む。
「アンタ達が勇者だってことは分かった。なら、僕をパーティーに入れてくれないか?」
「「「――え?」」」
今度はシュバルツもハモッた。
「――ふむ。私達のパーティーに入り、魔王を倒した功に預かろうといったところか?」
「違う。もう魔王なんてどうでもいい。もうこうなったら、ざまぁを狙う!あいつらを見返して見下して、笑ってやる……!勇者としてハーレムも俺TUEEEも出来ないんなら、転生しての楽しみなんてそれくらいしかないじゃないか!!」
頭に?を浮かべて固まっている俺達の代わりに魔王様が尋ねると、随分と良い顔でクソみたいな答えを返した少年は、握りしめたその右腕を振り上げた。
「どうでもいいと言われるのはそれはそれでムカつくな……」
「主、普通に面倒くさいの……」
「なぁ、ざまぁって何だ?」
「我もそれは知らんな……」
「普通にざまぁみろってことで、まぁ、パーティーとかから捨てられて、その後めっちゃ強くなって、捨てた相手のピンチに駆けつけて優越感に浸る的な……たぶん、そんなヤツ」
魔王様のフォローはキツに任せ、あまり詳しくないが首を傾げている竜牙とシュバルツにふんわりと知っている知識で説明する。とはいえ正直、この説明が正しいかは自分でもよく分かっていない。
「その為には、まずレベルを上げないといけない。アンタ達、この辺で見たこと無いし、勇者同士でパーティ組んでるってことは、最近召喚されたパーティーだろ?なら、僕みたいなナビゲーターがいると助かると思うんだけど」
「ははは、レベル13の小僧連れて魔王退治か。随分面白いことを言うではないか」
早くも皆の興味がまた少年から逸れ始めていることなど露知らず、少年が自分を売り込むと、先程のどうでもいい発言が尾を引いているのか何なのか、そんな頑張りをあざ笑うのが魔王様だ。
「な、なんで僕のレベルを……」
ピタリと自身のレベルを言い当てられた少年が、文字通り目を剥いた。
スゲェな。俺よりレベル低いとか。
「しかしお主、STR8というのは……キツより低いではないか」
「ふん、ワシはお主と違ってか弱いからの」
「子供とはいえ、それを軽々投げ飛ばすような者をか弱いとは言わんだろう?」
「ほう……言ってくれるではないか……」
キツと魔王様の間に、バチバチと弾ける紫電が見えた気がした。
「あ、アンタ、他人のステータスが分かるのか!?」
ざまぁを決意をした少年がそこそこ以上に驚いていようと、結局俺達の間に流れる空気は嫌になるくらいいつも通りだ。このあとキツと魔王様がじゃれ合っている内に皆酒が周り、俺達は揃いも揃って酒場で朝を迎えたのだった……




