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魔王城の午後 その2


「死んどったら、寝覚め悪いのぉ……」


「もしそうなってたら、庭の隅に墓作って良いってさ」


「夏のザリガニみたいな扱いじゃな……まぁ、手くらいは合わせとくかの」


 そんなどうでもいい話をしながら、俺は魔王様から預かった鍵で件の部屋を開け、階段を下っていく。すると、いつぞや感じたじめっとした、だけどやけに冷たい空気が充満した地下通路に出た。


 姫がいた地下牢獄と、ほぼ同じ作りっぽいな……


 暗い通路を、またあの蝋燭型の照明が照らしている。どうやら、中に人がいる場合は証明を点けっぱなしにしているらしい。魔王様のささやかな優しさが見える。


「お、アレっぽいの」


 尻尾を振りながら駆けていくキツについて行くと、ネームプレートにソルトと書き殴られた牢があった。


「おーい、生きてるか―?」


 声をかけつつ牢の中を覗くと、ゴソゴソと何かが動く気配があった。


「……ふ、ふふ……な、なかなかに、厳しい拷問を、するじゃないか……」


「よし、生きてる。良かったな、ザリガニ回避だ」


 牢の中は暗くて視界が悪いが、随分と弱々しい掠れた声が返って来て、一先ず胸を撫でおろす。


「――ザリガニ?」


「こっちの話だ、気にすんなよ。あと、ごめんな。あの後色々あってこんなことになっちまったけど、拷問しようとかは考えてないから。たぶん。とりあえず、飯な」


 俺が牢の格子の下にあるスペースから、食事の乗った盆を差し入れると、奥から随分衰弱したソルトが飛び出してきて、箸を取って白いご飯をかき込みはじめた。


 ……一応大盛りにしてもらったけど、このペースだとおかわり取って来ねぇとだな。まぁ、三日食わなきゃそんなもんか。どことなく頬もこけてるっぽいし。


「で、これが水筒な」


 竹筒を基に作られたやけに和風っぽい水筒を五本、スペースから中に入れると、ソルトはそれを引っ掴んで栓を抜き、一瞬で一本を飲み干した。


「ぷはっ……あ――生き返ったぁ……いやもぅ死ぬかと思った……」


 それだけ掠れた声で呟いて、またご飯をかき込み始める。その後、予想通り俺は食堂へ戻ってもう一人前の食事を取って来ることになり、その二人前の食事をソルトは米粒一つ残らず平らげた。


「はぁ……何か悪いね、おかわりまで貰っちゃって」


「元々飯は出る予定だったんだ。気にすんなよ」


「うーん……何かやりにくいなぁ……いや、それよりもか。あれから殿下はどうしてるの?僕と同じように軟禁?」


「いや、暴走した日からまだ寝たきりだ」


「寝たきり!?それに暴走!?殿下は、今どうしてる!?」


 そういえば、軟禁されていたのだからあの事件を知るはずもないか。いきなり伝える話題でもなかったな。さっきまで満腹感を身体中で表現しているようなダレ方だったのに、今は泡を食ったように鉄格子にしがみ付いている。


 とはいえ、話の流れで口にしてしまったものは仕方ない。


「とりあえず、今は礼拝堂で寝てるから心配ない。シスターの性格以外は信用できるから」


「礼拝堂!?こんな辺境に教会なんかあんのか!?」


 そこ今訊く?いや、すごい気になるとは思うけど……


 どうせ時間もあるのだからと、俺はあの日の出来事を掻い摘んで話していく。気になるところはソルトの方から訊いて来るので、詳細な説明はそこだけに留めておく。


 まぁ、詳細説明は殆どキツがやってるんだけどな。未だに魔力とか魔法の細かい事柄とかは難しいんだよな……マジックアイテムの作成やらでだんだんと分かって来ちゃいるけど、未だに自分の中の魔力は扱えんしな……


「そんなことが……殿下のお見舞いに行きたいところではあるけど――流石に無理、だよね?」


「流石に、な」


 俺のレベルだと抵抗されたら即死だしな……


「そういえば、さっきから思ってたけど、結構ちゃんとカンナ姫のこと心配してんだな」


 助けに来たとき随分と皮肉を言っていた気がするが――


「――!?ま、まぁ、自分の国の王女だからな……そりゃ、大事だろ」


 どうやら照れ隠しだったようだ。顔を赤くし、ソルトはプイっと顔を逸らす。なんとも分かりやすい。


「こんだけ想われとるのに、お主が負けたとき彼奴めちゃくちゃ喜んどったぞ……」


 キツの言葉に、横を向いていたソルトが今度は下を向く。何かしら良く思われていないという自覚はあるらしい。確かに、あのときカンナ姫は笑顔で歓声を上げていた。改めて非道い。


「……自覚はあるよ……でも、もうそれは手遅れだからね……だから、影から守るのさ」


「カッコイイな、なんかそこはかとなく!」


 こういう男気を感じさせる展開は個人的に好きだ。惚れた女の為に単身魔王城に乗り込む勇者。普通にカッコイイじゃないか。


「これ、勝った方の台詞なら間違いないんじゃがな……」


 が、キツの一言が色々と台無しにした。


「そこはもう、ほっといてよ……」


「あんな状況で飛び出さんでも、もうちょっとタイミング考えられたじゃろ……」


 キツの指摘に、ソルトはうぅ……と唸るだけで、何も反論が出来ないらしい。


「美味しいシーンじゃからってあそこで逸らんかったら、もっと好感度も上がったかもしれんものを」


「ぃぃょ……もぅ……」

「まぁ、劇的に救い出して点数稼ぎたかったのは分かるんじゃが、勇気と無謀を履き違えとると言うか――」


「あーもう!うっさいなぁ!!あんなん出てくに決まってんじゃん!あそこで敵倒して救い出すとか絶対カッコイイじゃん!!間違いないパターンじゃん!てか勇者が魔王の側近やる!?普通無いって!!やられた後操られたしょっぱいヤツらだと思ってたわ!!マジふざけんなよぉ……しかもなんか横にいた女の子は見たこと無い技使うし……俺あれだぜ?国の近所に住んでた魔王まで倒したんだぜ?魔王相手ならまだしも、あんな中ボスポジで出て来たヤツらに負けるとか思わねぇじゃん……」


 キツの言葉を遮って勢いよく不満を捲くし立てたソルトだったが、自己嫌悪にでも陥ったのか途中から軽く泣きが入り、最終的にまた下を向いてしまった。が、まだまだ彼の話は続く。


「俺さ、異世界ものの小説とかゲームとか好きでさ?実際に異世界に行ったらどんなキャラで行こうとか色々考えててさ?ああ、まぁ、素はこんなんなんだけどさ?最初の時みたいな、ちょっとSっぽい戦闘狂?みたいなキャラで行こうって思ってさ……こういうキャラってさ、何かカッコイイじゃん。大抵強い立ち位置だし。女の子人気もあったりしてさ……なのに実際は全然でさ?殿下には嫌われてるっぽいし、仲間は出来ないし……でも途中で性格変えるってのも何か負けた気するし……――てか、強けりゃモテるんじゃねぇのかよ異世界!!」


 たぶん、心の底からの慟哭だった。まぁ、気持ちは何となく分かる。


「まぁ、異世界といえばハーレムだもんなぁ」


 俺も最初はちょっと期待したもんだ。でも実際、キツと魔王様でいっぱいいっぱいの俺には荷が重い。あとまぁ、いつでも実現出来るってなると、どうも魅力がな……


「だろ?なのに現実は厳しいって言うかなんつぅか……黄金パターンで攻めてるつもりなんだけどなぁ……」


 大きく溜息を吐くソルトの顔は、男の評価ではあるがそこそこ整っているように思える。糸目だって、好きな奴は好きだろう。まぁ、こっちの美的感覚はイマイチ分からんが。


 一応魔王城では俺の感覚は通じるっぽいけど、こっちの人間社会がどういう感覚を持ってるかは分からんし、美醜の基準なんて流行次第だしな。平安美人だって当時は美人だったわけだし。


「まぁ、現実なんてそんなもんだって……上手くいくもんじゃねぇよ」


 せっかくの魔眼が宝の持ち腐れになったりな……


「異世界行けるとか言われたときはワクワクしてたのにさぁ……魔王倒そうと思って必死にレベリング頑張ったのになんか仲間は離れてくし、魔王倒したら倒したですげぇ皆遠巻きから見て来るし……もうどうすりゃいいんだよ……」


「いや、Sッ気のある戦闘狂が一人で魔王倒したらそりゃ怖がって近づかんじゃろ。ある意味キャラめっちゃ立っとるぞ?」


 言われてみると、確かに……同じことを思ったのだろう。キツの言葉に、愚痴っていたソルトもはっとした顔を上げている。


「――いやでもさ、こういう主人公の周りってさ、気づいたら仲間がいっぱいみたいなさ?」


「お主自分で言っとったじゃろ?現実は厳しいもんじゃ。物語で主人公がアレな性格でも仲間が出来るのはタイミングが良いからじゃ。というか、お主はそれを良く知っとるから、あのとき出て来るタイミング計っとったんじゃろ?あの小娘のピンチじゃったもんなぁ?」


「――でもさ、俺負けて殿下大喜びしてんじゃん……んだよ、こっちの気持ちも知らないでさ……誰のために魔王倒したと思ってんだよ」


「いや、国民の為に戦え勇者」


 キツの言葉など聞こえないといった風にソルトは続ける。


「もう俺じゃなきゃ悪落ちしてるぜ?こんなの……まぁ、俺がいなくなったら末の第七王女なんて、誰も真面目に守ろうとはしないだろうしな。仕方ない……」


「男だねぇ。やっぱ俺、そういうの好きだわぁ」


 竜牙とは別方向で勇者っぽいな。シュバルツ?ノーカンだろ。


「お主、報われんのぉ……なんか笑えるくらい不憫じゃわ」


「お前、犬のくせに口悪いなぁ。もっと尻尾振って愛想良く――」


 ソルトの声を遮るように、ジュッと音がした。まぁ、キツの火球がソルトの頬を掠めざまに焦がした音なわけだが。


「――誰が犬じゃって?」


 今まで聞いた中で、一番冷たい声だったような気がする。炎で照らされたことで、暗い地下牢獄にいるにも関わらず、キツの瞳孔はキュッと鋭く細められている。


「ぅ熱っ!!」


「のぉ?誰が犬じゃって?正直に言うてみぃ」


 火傷した頬を抑えるソルトを、じっと見つめてキツが促す。何だろう、背後にゴゴゴゴゴゴゴみたいな効果音が見える。分かりやすく言うと、めっちゃ怖い。


「あ、いや……その……い、犬じゃ、ないの?」


 ソルトは明らかに動揺している。彼としては、揶揄したとかではなく、純粋にそう思って言ったことなのだろう。なんだろう、さっきから話を聞いていて、今回のコレだ。コイツ実は、めちゃくちゃ運が悪い質なんじゃなかろうか。


 まぁ、都会育ちだと狐なんて見る機会無いもんなぁ……にしても、犬扱いは地雷か。覚えとこ。


「神の御使いの狐を犬呼ばわりとは恐れ入る。口添えしてやった恩も忘れたか。三日で恩を忘れるとは、犬にも劣るの」


「口添え……――その声、あのとき魔王の隣にいた女の子!?ていうか、神の御使い!?」


 白い炎を纏った尾をゆらゆら揺らしながらキツが皮肉ると、記憶の中で色々と一致したらしくソルトが驚いて目を見開いた。


 口添え?そういえば、最初の尋問は魔王様とキツでやったって言ってたな……魔王様的にはさっさと殺すつもりだった感じかな。まぁ、それが普通か。でもならキツがソルトを助けたのは――あとで訊くか。


「ほぉ、覚えておったか」


「ああ、あのときは助かったよ……――ごめん。狐って見たこと無くて……間違って悪かった」


 うん、やっぱり素で間違えてたっぽいな。


「――ふん、分かれば良いんじゃ」


「でも、神の御使いって、ゲームとかでもよくある神様の使いだよな?なんでこんなところに?」


 確かに、普通疑問に思うよな。てか神の使いであること自体に疑問は無いのな。まぁ、こういう世界観だけどさ?この世界。勇者と魔王がいたら神様くらいいるか。


「元の世界じゃと人と添い遂げられんからな。まぁ、なんじゃ……愛しの主様と一緒に、世界を越えた愛の逃避行じゃ」


「――リア充爆発しろ……」


 はにかむような気配で告げられたキツの言葉に、ソルトは分かりやすい怨嗟の声を返した。


 しかし、異世界に来てまで聞くとは思わんかったな、その台詞。


「こんな世界にまで来てその言葉聞くとは思わんかったの」


 キツも俺と同じことを考えていたらしい。その後、空腹を感じるまで世間話をして、俺とキツが地下牢獄を出る頃にはすっかり日も暮れていた。


 カンナ姫のお見舞いに行こうと思ってたけど、明日にするか……今日はなんやかんやで日中魔王様に付きっきりになっちまったし。晩ご飯の後の時間は、キツのブラッシングに使うとするか。


***


 平和な一日が、また過ぎていく。とはいえ、これもカンナ姫が目覚めるまでだろう。


 今、俺達のいるマナカ山脈を挟んで国が戦争を始めようとしていて、しかも片一方の国はどうにもきな臭い空気を漂わせている。戦争など、あの国で育った身としては知識でしか知らないし、そもそも文明レベルも全く違うのだから、その結果がどうなるかなんて想像も出来ない。


 なんてな。んな難しいこと考えても、どうにもならんわな。漫画の主人公みたいにスゲェ頭脳戦が出来るような頭は持ってないし……


 まぁでも、出来れば楽しい毎日が続いて欲しいよな!


 したくない後悔ってのもいくつか出来たことだし。とりあえず、出来ることはやっておくか。


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