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家彰の血 その2


「そんなはず無かろう」


 言い難そうに訊いたシュバルツの言葉に、魔王様はシレっと即答した。


「あの子もラミアだ。威力の落ちた同属性の私の攻撃なら、十分耐えられるはずだ」


「なるほど。それでは、我を呼び戻した理由を問おうか?」


「奥義とはいえ、減衰した威力では心許ないのでな。同属性のお主の技なら相乗効果で威力を底上げ出来るはずだ。何よりもまず、奴にダメージを与えられんと意味が無いからな」


「――フッ、そういうことならいくらでも力を貸そう」


 そう言って、シュバルツが魔王様の横に並び、黒い剣を構える。にしても、やっぱりそっち側の属性だったのか、シュバルツ。勇者なのに。


 それに次いで、魔王様も両拳を腰に溜める。すると黒い霧がぐるぐると渦を巻いて腕から彼女の全身を包み込んで行く。だが、普段魔王様が使うような魔法の発動と比べても、霧は薄い。幾重にも重ねられて、やっと黒い色が際立つ程度だ。


「キツ、そっちの準備はどうだ?」


「もう出来る。周りの連中を下がらせて丁度というところじゃ」


 魔王様の言葉に、振り向きもせずキツが答える。初めて人化して陣を描いたときに比べると、圧倒的に早い。レベルが上がったからなのか、単に人体に慣れたからなのか気になるところだ。


「よし。リム、家彰さんとリルフィーを連れて下がっていろ」


「分かりました。家彰君、ちょっとごめんね。リー君もおいで」


 魔王様に言われ、へたり込んでいる俺をリムが抱き上げる。何故にお姫様抱っこなのかと問いたいが、贅沢を言える立場でもないし、声を出すのもキツい。


 俺を抱いたリムが真っ青な顔のリルフィーを連れて下がったのを確認し、魔王様が宣言した。


「皆聞け!戦術級の広域魔法を使う!威力が下がってようと私の奥義だ、全員離れろ!」


 魔王様の声が廊下に響き渡る。それにより、最初人垣を形成していたギャラリーが、ジリジリと警戒しながら後退していく。蜘蛛の子散らすような撤退を想像していたが、流石魔王城に住む魔物達だ。皆慎重に事を運んでいる。そして全員が俺達の後ろへと下がるのを見届けると、グレイ達が駆けて戻って来る。もちろん、それを追う触手も伸びて来る。


「上手く合わせろよシュバルツ!」


「――フッ、見くびってくれるなよ」


 魔王様が両腕を突き出し、シュバルツが剣に黒い霧を纏わせ突きの構えを取る。


「ディル=ゲルン!!」


「トワイライト・パニッシャー!!」


 二人から黒の奔流が放たれる。魔王様から扇状に放たれるそれが周辺ごと姫を呑み込み、更にそこへシュバルツから一直線に放たれた太い槍状のエネルギーが直撃する。


「すげぇ……」


 俺達の傍へと戻っていた竜牙が呟いた。確かに、圧倒的な威力だ。黒い波動の中で、姫の触手は砕かれ、その身体がボロボロと削られて行く。城の壁も悲鳴を上げ、亀裂を生じさせる程だ。


 これで威力減衰してるって、もうギャグだろ……


 更にその魔王様の攻撃の中を突き進んでいるシュバルツから放たれる漆黒は、エネルギーに回転が加わっているらしく、捉えた姫の腹をゴリゴリと掘削するように進んでいく。


「――ッ、あと10秒がやっとだ!すかさず叩き込め!」


「任せとけ!!」


 辛そうに顔を顰めた魔王様の言葉に、陣を完成させたキツが答える。シュバルツから放たれる槍に吹き飛ばされた姫の体表から、ラミアの少女らしき鱗が覗いた。


「見えた、ミッケ!竜牙、キツの捕縛後に接近して――」



 ――トン。



 魔王様が次の指示を出そうとしたときだった。ソレは、天井から降って来た。誰も気づけなかった。情けなくお姫様抱っこされ、視線が若干上を向いていた俺以外は。


「ミアラ!!」


 人間、もう無理だと思った時程動けるんだなぁと、そんなどうでもいいことを思った。降ってきたソレが伸ばした腕が魔王様を貫くよりも、俺がリムの腕から抜け出してその間に割り込む方が、少しだけ速かった。


「――ッッッ!!」


 ここでまた声が出ない。脇腹を貫かれ、そのまま相手の勢いを殺せず魔王様にぶつかってしまう。


 結構カッコよく決まったと思ったのに、受け止められないとか……


 魔王様は咄嗟に術を中断し、俺を抱き留めてくれる。でも、そんなことよりコイツをどうにかしないと拙い。そんな焦りがあるにも関わらず、俺の身体は動いてくれない。


 毎度毎度、大事なときに動けよ俺!?


 俺に刺さったままの、頭の無い硬質な四肢しか持たないバケモノがもう片方の腕で、驚愕に染まる魔王様の顔を狙う。がーー


「家彰ぃ!!」


 竜牙の剣が、すんでのところで俺に突き刺さった腕の持ち主を真っ二つに斬り裂いた。


「い――家彰さん?家彰さん!?」


「主様!!」


 随分と強く魔王様に抱かれている。キツまでこちらに駆けて来る。こんな状況で持ち場を離れるなんて。折角チャンスらしいチャンスだったのに。


「誰か、回復魔法を!!」


「阿保、魔力は使えんのじゃろが!!」


「なら主が何とかしてくれ!!」


「出来たらやっとるわ阿呆!!」


「二人とも言い争ってないで傷口見せて!!」


 休息に意識が遠のいていく。魔王様とキツが言い合っているのは分かる。最後のはリルフィーか。さっきまで隅っこで戻し続けてたくせに、こういうときは頼りになるもんだ。流石シスター――じゃなかったんだっけな。にしても、声が遠い。視界の隅に竜牙の斬り飛ばした残骸が見えた。それは、カンナ姫がバケモノになった際の腕だった。


 そういえば、壁に縫い付けられた腕が四本残ってたっけ……こいつが、掘り起こしたのかな……腕だけで四本連結とか、出来の悪いロボットの玩具みたいだ……


「ダメ、傷口、ある程度……るけど、アッキーの、りょく……ぜん足りな……!」


「どうに……きんのか!?」


「――これは?」


「なん、?どう、た!?」


「ルーンが……魔力……――!もしか、て!」


 殆ど何の景色も見えないような状況でも、みんなの声は聞こえてくる。しかしそれも、だんだんとノイズが混ざって、どれが誰の声かも分からなくなってくる。


「メ、……り、ない……」


「たし、コレ……どうすん……」


 まぁ、穏やかでないのは仕方ないか……それでもまぁ、こんな声聞いて逝けるんなら、そこまで悪くない人生だったかもしれんな。


「こ、じゃ!」


「はゃく……これ……ぃえ、き……」


 温かい。温かい何かが、急速に身体に流れ込んで来る。


 何か、気持ち良い……右手、から?


 霞んでいた景色が、だんだんと像を結びなおしていく。魔王様とキツの顔がある。涙を拭ってやろうと思い動かそうとした右手は、魔王様の両手に包まれていた。そしてその中の俺の手の中にはマジヴァイスが握られている。


 ――なるほどな。


「よかっ、た……いえあ、き、さん……」


 俺が意識を取り戻したのを見て、魔王様はそのまま背中側へとふらりと倒れ、すんでのところでリルフィーが受け止めた。今、俺を魔王様が抱き留めている為、俺と魔王様の二人分をリルフィーが受け止めていることになる。流石男の子だ。


「どうやら、魔力も回復したようじゃの。すまんがリルフィー、主様は礼拝堂へ運んでくれんか?」


「オッケー。でも――」


「いや、大丈夫だ……」


 よし、しっかり声が出た。次いで立ち上がってみると、立ち眩みはあったが問題なく立てる。傷口も、リルフィーが治してくれたのか随分と小さくなっている。次いで戦場を見てみると、未だ姫は健在。状況はまた振出しに戻り、グレイ達が陽動と攻撃を行っている。


「――ここまでの回復力とはの……」


「これのおかげだろ?」


 リルフィーの抱き留められる魔王様の手の中には、俺の手と一緒に握り込まれていたルーンスキャナーがあった。嵌っているのは、緑色の宝石だ。


「彼奴が気づかんかったら危なかった。ぎゅーふのルーンじゃそうじゃ」


 そんな名前を言われても全くピンと来なかった。


「――なぁ、キツ。完全体になれたら、アイツ倒せそうか?」


「ん?何じゃこんなときに――ほぅ?ミアラがくれた魔力、ベットする気か?」


「ああ、どの道倒さないとダメなんだ」


「そうじゃな。じゃが、もし完全体に届かんかったら、保証は出来んぞ?」


 つまり、完全体になれれば勝てるってことか。


「大丈夫。この魔力――ミアラの魔力とコイツがあれば」


 ルーンスキャナーから宝石を外し、赤い宝石に入れ替える。


 さぁ、ぶっつけ本番。緑の宝石のときは正常に動いたみたいだし、上手くいってくれよ……!


「いくぞキツ!」


 左手でルーンスキャナーを握りしめ、マジヴァイスを起動する。すると普段の光の枕木なんかじゃない。光の奔流がキツを包み込んだ。


「――想像以上じゃ!これならいける!超進化というヤツじゃ!!」


 好感触なキツの声と共に、光に包まれたその身体が成長していく。幼女を過ぎ、中間体である10代らしきシルエットをついに越え、更に成長していく。


「――はは、マジか……」


 思わず、そんな笑いが漏れる程だ。俺は自分の膝が崩れるのも構わず、その姿に見惚れてしまった。


 光が晴れたその先にいたのは、紛う方なき美女だった。普段から魔王様を見慣れている俺からしても、間違いなく美女と言える。更に言うなら、そこにいるのは元々の可愛らしさが無くなり少々険のある顔つきになってはいるが、間違いなくキツだった。


「どうじゃ?主様。ワシは美しかろ?」


 20代の全盛期といった感じのメリハリの利いたその身体でしなを作って訊いてくるその言葉を否定することなど、俺には――いや、特殊な趣味を持っている奴らを除いた全人類が出来ないだろう。


「ああ……綺麗だ……」


 語彙力の無い自分を全力で締め上げたい気分だ。だが、その俺の言葉にキツが浮かべたはにかんだような笑顔は更に破壊力が高かった。


「さて、主様からの高評価も得られたことじゃし、鬼退治と行くかの」


 完全体となったキツが姫をキッと睨みつける。そして、その両腕に炎を滾らせる。


「主ら、全員道を開けよ!!」


 その声は力強く、廊下中に響き渡った。振り返ったグレイ達が全員目を見開き、触手を捌きながらも大人しく道を開ける。そこを、ゆっくりとキツが歩いていく。迫って来る触手を炎を纏った両腕で打ち落としていくその姿は、もはや漫画でよくある初登場時の強キャラのようだ。


「返してもらうぞ」


 姫に肉薄し、ズボッとその腕を巨体へめり込ませ、すぐに抜く。触手を打ち落としながら、地味にそれを続ける。そしてついに、抜き出された腕がズルリと一人の少女を引きずり出した。



「――ん?」



 キツが首を捻った。というか、全員が首を捻った。おそらく皆が思ったことだろう。


 ――コイツ誰?と。


 キツが姫から引きずり出したのは取り込まれたミッケではなく、ここからは詳細が分からないが黒い体液に塗れ、襤褸を纏った人間の少女だった。


「ハズレじゃな」


 キツはその少女をぽいっと投げ捨て――とはいえしっかり竜牙やシュバルツ達がいる方に投げる辺りがキツだ――再び作業へと戻って行く。どうでもいいが、件の少女を抜き取られてから、姫の動きに乱れが生じているように見える。とはいえ、振り回される触手はキツや周囲の猛者によって阻まれ、その巨体と短足故に移動速度は亀のそれだ。人型ですらりと足が伸びたキツから逃れることなど叶わない。


「おお、今度こそじゃ!」


 ズルリと、今度こそラミアの少女を救い出したキツは、自身の傍らに横たえ、再びその腕を姫へと突き立てる。


「これで終わりじゃの」


 そうキツが呟いた瞬間、姫が爆ぜた。肉片と黒い体液を廊下中にまき散らし、それは内側から迸る白い炎と共にバラバラに砕け散った。


「え?終わった――の?」


 リルフィーが呟いたのが聞こえた。信じられない気持ちは分かる。あれだけ苦戦していた相手を、腕一本で吹き飛ばしてしまったのだから。だが、だんだんと周りの認識も追い付いて来たらしく、あまりにも呆気ない終わり方に静まり返っていた廊下に、ちらほらと歓声が上がり始める。それはやがて幾重にも木霊し、熱狂が場を支配するのにそれほど時間はかからなかった。


「完全体……強すぎだろ……」


 これならもう蛭子様が祟っても力づくでどうにか出来そうだ。城の皆がキツの元へと集まり、やがて胴上げが始まった。リザードマンやワーウルフ、オーガといったパワー系の面子が多い魔王城の胴上げは、思った以上に高くまで上がっている。


「主様―!」


 胴上げされながら手を振るキツにこちらも手を振り返すと、次の胴上げのタイミングで彼女自身が何かをしたのか、周りがそれを狙ったのか、その身体が俺を狙ってぽ~んと放り出された。


 一糸纏わぬ美女が、その完成された肢体を惜しげなく晒し、こちらへ――


「「あ」」


 俺とキツの声が完全に被った。俺の期待が最高潮に達した瞬間。漫画ならポンッとか効果音で書かれるくらい、一瞬でキツの姿が美女から狐へと戻り、俺の腕の中へと納まった。


「――」


 周囲の歓声がある為静寂は訪れないが、俺とキツは完全停止で見つめ合うことになってしまった。そんな何とも言えない空気を崩したのは、リルフィーの一言だった。


「まだまだ、アッキーは修行が必要っぽいね!」


 いやまったく、オチが酷過ぎる……


 この後、怪我人の治療と並行して廊下に残った肉片を一つ残らず灰にする作業を終えた頃には朝日が昇っていて、俺達がこの日眠りについたのは、日も高くなってからのことだった。


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