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第十四話 家彰の血 その1


 震源など分からないが、音がした方なら何となく分かる。俺たちはそれを頼りに廊下を走る。ちなみに今回もシーナさんに留守番を頼み、俺とキツ、魔王様とリルフィーのパーティーだ。


「おぉ、家彰。お前もか」


 廊下の岐路で合流したのは、Tシャツにズボンとラフな格好で愛剣を持って走る龍牙とシュバルツの姿。そして、


「魔王様、我々が先行します。ガイオウ、ルイン、俺に続け。リズ、お前は魔王様の護衛に回れ」


「「応!」」


「分かった。気をつけなさいよ」


 グレイとガイオウ、ルインの、フル装備のリザードマン三人と、寝ていたからか髪を解いているアラクネのリムが合流する。


 断続的に音と振動が尚続く中、途端に大所帯になった俺たちは、そのまま何となく陣形を整えて進んでいく。


 正直あんまり考えたくないけど、この道ってさっきの場所に向かってるよな……いや、でも核になってたお姫様は取り戻したんだし――お姫様、か……まさかな……


 そんな俺の不吉な予想が的中する前に、俺達の進む廊下の突き当りに、そこにある曲がり角の先から、二つの影が文字通り転がり出て来た。


「ズィード!クーレス!」


 それに続いてそんな叫び声が曲がり角から響く。転がっているのは、二人のワーウルフだった。


「二人とも、気を抜くなよ!」


 その光景を見たグレイが他のリザードマンの二人を引き連れ、一足先に廊下を駆け抜けて曲がり角の先に消えて行く。そしてすぐ、怒声と金属音が聞こえて来た。


 明らかに戦闘音だよな……魔王様はいいとして、俺とキツはさっきの一戦で魔力を使った所為でもはや足手纏いだ。リルフィーとリムの戦力はイマイチ分からんし、竜牙とシュバルツも剣以外の装備が無い……今回は下手に前に出ない方が良さそうだな。


 そして曲がり角まで辿り着いた俺達の目に飛び込んで来たのは、正に読んで字のごとくの人垣だった。9割人じゃないから多少どころか大分誤植がある気もするが、通路を埋めるそれはもはや肉の壁と化していた。


「やったれジャック!そんなヤツのしちまえ!」


「ガルル!一旦回復に下がれ!」


「くそっ、魔力が拡散する……!」


「マユラ、無茶するな!」


 まさに喧々囂々。色んな声が聞こえて来る中から、一人のワーウルフがラミアに肩を借りてヨタヨタと集団から離れてこちらに近づいてくる。


「ガルル!その傷はどうした!?」


 その姿に、珍しく声を荒げて魔王様が近づいて行くと、ワーウルフは弾かれたように顔を上げた。その左目に傷のある顔には覚えがある。以前キツのブラッシングブラシをくれた、ワーウルフのガルルだ。


「ミアラ様!?申し訳ございません……力及ばず……」


「ギャババババババババババババババババ!!」


 悔しそうに謝罪するガルルの声に被せるように、人垣の向こうで耳障りな不協和音が響いた。


「――この耳障りな鳴き声は……」


「間違いないの……」


 俺の呟きを拾って、キツが同意する。


「――まだ生きてやがったってか?」


「何だ、どういうことだ?」


 心の底からの嫌悪を滲ませた声でうんざりと呟く竜牙に、シュバルツが問う。


「たぶんじゃが、あの先におるのがお主が助けに来たお姫様じゃ。生きとるとは思わんかったがの」


「――え?」


 竜牙に代わって答えたキツの言葉にシュバルツが人垣を振り向く。その顔は真剣そのものだ。実物を見ていないシュバルツは、未だパネマジに希望を持っているのかもしれない。


「道を開けろ!邪魔をするなら斬って捨てるぞ!!」


 グレイの物騒な怒鳴り声に、城の面々で構成された人垣がザワザワと左右に割れていく。規模が規模だけに漫画のような光景だ。よく見ると、負傷して肩を借りているものも多い。中にはマユラに肩を貸すジャックの姿もあった。


 そしてその先に現れたのは、いつか見たオークとガラモンを足して2で割った後に深きものどもを加えた頭をボンレスハムに乗せたようなフォルムのソレだった。以前と変わった点としては、サイズが二倍近く膨れ上がり、ドレスだったであろう襤褸を纏っていることくらいだ。


 相変わらず夢に見そうというか――だめだ、吐き気が……


「うぁ……」


 何ならシュバルツは静かに戻していた。


「あ、あれが姫だとは信じたくも無いが……オークにガラモンとは、よく言ったものだ」


 俺の渾身の例えが、シュバルツに事実を信じさせたらしい。話が早くて助かる。


「相変わらず、魔力がまともに使えねぇな……閉じ込められたときよかマシだがよ」


 竜牙が鞘から抜いた聖剣が纏う金色の光も、普段に比べてとても弱い。


「醜悪な……ガイオウ、ルイン、遅れるなよ!いくぞぉぉぉおおおおお!!」


 三人のフル装備のリザードマンが抜剣して姫へと駆け出し、瞬時に間合いを詰めて斬撃を加える。一撃離脱の要領で、一人目が一撃を加えて横に抜け、更に二人目が。そして一人目に続いて二人目が横に抜けたところに三人目が斬撃を加える。素人目にも分かりやすく、そして見事な連携攻撃だ。同一箇所への連続攻撃は、大型の敵に対してさぞや有効だろう。実際、攻撃を受けた姫の腹は大きく裂け、ドス黒い体液が流れ出している。だが、今度ばかりは相手が悪すぎた。


 姫が反撃に振るう触腕を隊列を維持しつつも回避しつつ、グレイ達は着実にダメージを与えていく。腹の次は足、そして片腕を斬り飛ばし、今その背を刃が斬り裂いた。


 いや、たぶんな。位置関係的にアレの背中見えんけど、流れ的に。


「やはり、あれでは足りん……」


 魔王様の言葉通りだろう。グレイ達の力はかなりのものだ。しかし、もう既に初撃と二撃目の傷は完治。触手も沸騰した腕の断面から再生している。一応斬るたびに血液らしき黒い体液が飛び散っているのでダメージがゼロというわけではないのだろうが、如何せん、あの回復速度だ。与えたダメージが目に見える形で修復されて行くというのは精神的にキツい。あれを見せつけられて攻め続けるモチベーションを保つのは、容易なことではないだろう。


「まぁ、魔力攻撃が利かないってだけで剣は通るんだ。前の借りもあるしな。俺も参戦するか」


「……いや、無理しない方がいいと思うぞ?」


 カッコイイことを言う竜牙だが、吐き気がヤバいのか青い顔で口に手を当てているのだから締まらない。


「てやんでぇ!負けっぱなしで黙ってられっかってんでぃ!」


 とりあえず、カラ元気なのがよく分かる返答だった。


「――俺もいくぞ……あれは放置していいもんじゃない」


 竜牙に並び、同じく青い顔のシュバルツが剣を構える。俺も今、コイツ等と同じような顔をしているのだろうか?否応なしに上って来ようとする胃液がキツい。


 竜牙とシュバルツが駆け出すと共に、他の面子も動き出す。とはいえ、流石に全員で斬りかかりに行く程、この城の連中は馬鹿じゃない。グレイ達の機動性を阻害しないよう、オーガ達が距離を置いたまま順番にモーニングスターで姫の頭部を揺さぶり、伸びる触手に向けてアラクネが糸飛ばすといったように、遠距離での援護が可能な者が手を出している。魔王様の隣に寄り添うリムも、その両手の指の先から蜘蛛の糸を伸ばしている。


 すげぇな……あの糸どっから出てんだろ?てか、魔物は基本的に人間より強いって聞くけど、それにここまで連携されたら人間勝てなくね?


 とはいえ、今は味方なのだから心強い限りだ。相手の巨体もあり、近距離、遠距離攻撃がしっかりとそれぞれの的に命中している。が、結局モーニングスターのダメージはすぐ回復するし、魔力の通わないアラクネの糸は絡み付いても何の抵抗にもなっていない。


 最高のコンビネーションで戦ってるのに、こうも効果ないと絶望加速すんな……


「キツ、どう見る?」


「ダメじゃ。効いてはおるんじゃろうが、どう考えても連中がバテる方が早いじゃろ」


「だろうな……家彰さん、何か手はありませんか?」


 魔王様……キツに訊くのは分かるけど、俺にいったい何を求めると……


「うーん……いや、まぁ……んや、うーん……ごめん」


 ルーンスキャナーを使えば今の俺の残り魔力でも、キツは少しくらいは戦えるだろう。とはいえ、それで倒せるかと問われると疑問だ。何より、先程のカンナ姫との戦いで呪符を消費してしまったのが大きい。天井に潰されてペシャンコになったはずにも拘わらずピンピンしているようなバケモノを相手に、狐火だけで戦えなどと言えるはずもない。


「ですか……いえ、家彰さんは気にしないでください。私も、いい案が浮かばないのは同じですから……」


「倒せる案は、ないけどさ……」


 このままだと拙いというのは、俺にも分かる。だからこそ――


「ダメですよ。この城は私達の城です。そこで好き勝手する輩を、他でもない私が放置するわけにはいきませんから」


「……だよなぁ」


 魔王城捨てて逃げる魔王とか嫌過ぎるもんなぁ。ゲームとかでも、レベルカンストした勇者が攻めて来てもちゃんと玉座で待ってるし。


 しかし、となると俺も逃げるわけにもいかないよなぁ……さて、どうしたもんか……足掻けって言われたけど、だから選択肢の無い状況で何をどう足掻けってんだ……それに、キツもどうにかしないとだしな……


「じゃがこのままじゃとジリ貧じゃぞ?」


「それも、分かっておる……」


 キツの言葉に、苦々し気に魔王様も同意する。戦場は混沌としていて、グレイのチームに竜牙とシュバルツが参加するも、敵の圧倒的な回復速度を上回ることが出来ないでいる。


「ギョギャギャギャギャギャ!!」


 そんな耳障りな声が響いた。そして、姫の行動パターンが変わる。今まで自身に斬りかかってくるグレイ達を狙っていた触腕が、突如無数に枝分かれし、戦闘を見守っていた周囲へと伸ばされた。


「――ッ!!」


 瞬間、俺は魔王様に抱き抱えられて触手を回避する。しかも彼女は器用なことに、その尾を使って自分を庇って前に出たリムに迫る触手を打ち払い、狙いが逸れた触手はキツの炎に焼かれて砕けた。


 しかし、誰もかれもがそんなに上手くこの突発的な攻撃を捌けたわけではない。


「キャッ!?」


「しまっ――!!」


 大抵の触手はリザードマンの剣やワーウルフの爪に斬り裂かれたが、それでもその守りを破って残った触手が獲物――ラミアの少女を捕らえる。その触手を狙ってグレイが剣を振るおうとするが、ものすごい速度で伸縮する触手によって人質を目の前に晒され、慌ててその剣を止めた。


「――っぶね!?」


 そんな隙を晒したグレイに迫る触手を竜牙が切り払うことで二次災害は食い止められたが、触手に囚われたラミアの少女が本体のすぐ傍まで引き寄せられる。そして――


「マ、う、ま、オウ、ゲバババババババババババババババババ!!」


「た、助け――」


 トプンと、嗤い声らしき音を発する姫の中へと沈み込んだ。


「ミッケ!!」


 魔王様が叫ぶ。俺を下ろし、そのまま姫へと向かって行こうとするのを、リムと二人で抱き着いて止める。


「離して!離してください!ミッケが!!」


「ミアラ、ダメだ!」


「そうです、落ち着いてください魔王様!今の魔王様に何が出来るというんです!!」


 俺達の制止に魔王様は抵抗するが、幸い同程度の体格を有するリムがいてくれたおかげで何とか引き留められている。俺一人ではどうにも出来なかっただろう。


「主様、キツイかもしれんが人化じゃ!陣を敷けば数秒動きを止めるくらいは出来るはずじゃ!」


「分かった!」


 キツに言われ、俺はマジヴァイスを翳す。ルーンの補助があるとはいえ、先程の戦闘でほぼ使い尽くしていた魔力を絞り出した所為で、視界が明滅する。


 気合入れろ俺……流石にこんな状況で寝るのはどうよ……!


「――よし!」


 俺がへたり込むのと同時に、幼女の状態に人化したキツが床に陣を刻み始める。それを見た魔王様は暴れるのをやめえ、静かにリムを離して彼女を守るように立つ。


「グレイ、お前たちは時間を稼げ!シュバルツは一旦こちらへ!」


「御意!」


 仲間が取り込まれた以上、下手に手を出せず触手の妨害に徹していたグレイが短く答え、シュバルツは戦線を離れてこちらへ駆けて来る。


「何か良い手が浮かんだか?」


「戦術級の広域魔法を使う」


 魔王様からの返答に、シュバルツが目を見開いた。


「――なっ、何考えてる!?そんなことしたら周りの連中も取り込まれた子もまとめて吹き飛ぶぞ!?」


 戦術級の広域魔法というのが何か分からなかったが、シュバルツの剣幕と言葉の内容から、どう考えても室内で使うようなものでないことは分かった。


 とはいえ、魔王様の顔は真剣。自棄を起こしてるってわけじゃなさそうだ。なら、大丈夫かな。


「問題ない。どの道この場で使っても大幅に威力は減衰する。それでも私の奥義だ。効果はあるだろう。もちろん、他の者は下がらせる」


「取り込まれた子は……見捨てるのか?」


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