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さよなら姫 その2


「むしろ、どう出来る?」


「そうじゃな……こういうのも出来る」


 訊き返す俺に、キツは球体に手を翳し、その形を変形させて姫の顔だけを外に出して見せる。


「いるなら気道に入った水も抜き出せる」


「万能か!?まぁ、ならどうするかだな……」


 話を聞く限り、助けるのは簡単だ。とはいえ、あれが擬態だった場合、酸素を与えると再復活の危険がある。


 リスクを取って人助け……うん、ないな。


 昨日今日知り合った姫様一人助けるのに、キツや魔王様を危険に晒すなんて阿呆のすることだ。何事にも、優先順位を忘れるべきじゃない。


 とはいえ、良心は痛む……こんな子供犠牲にしないとってのは、何ともツライ世界だ。とはいえ、姫様なんだよな……てことは、この後あの騎士二人と、あの勇者もどうにかしないと、か……


 色々と考えていると、肩にそっと手が乗った。そちらを見ると、魔王様の優しい笑顔があった。


「無理しないでください、家彰さん。キツ、それにはまだ利用価値がある。とりあえず、試してくれると助かるんだが?」


「――そうか。家主がそう言うんなら仕方ないの」


「――ゲホ、ゲホッ、ガッ……!!」


 そんなキツの言葉と共に、カンナ姫が水を吐いて咳込んだ。蘇生めっちゃ早いな。


「うん、大丈夫そうですね」


 そう言って、魔王様が微笑んだ。カンナ姫が蘇生したにも関わらず、水の中では相変わらずバラバラとバケモノの巨体が解体されていく。どうやら、中にいるのは本当にカンナ姫らしい。


「――ごめん、気ぃ遣わせたな……」


 そんな顔に出ていたんだろうか?普段役に立たないからこそ、こういう決断くらいは責任持ちたいというのが本音ではあるのだが……俺もまだまだ、日和見な日本人だ。


「綺麗な女性が目の前に現れたときにこそ、熟考して欲しいのですが?」


「善処する……――ありがと」


 気を使ってくれる魔王様に礼を伝えて、球体に目を向ける。


「さて、キツ。あれって全部剥がれるまでどれくらいかかる?」


「だいたい半日かそんなもんじゃろ」


 思った以上に長かった。深夜に出張ってここから半日ってのは、オーバーワークもいいところだ。とはいえ、放って帰るわけにもいかない。面倒くさいことこの上ない状況だ。そんな思考が顔に出ていたのか、キツがニヤリと笑った。


 俺、そんな顔に出るのかな……


「まぁ、やり様はあるがの?」


 そう言ってキツが再び球体に手を翳すと、球体の中に水流が生まれる。ギュルギュルと、球体を囲んで舞う呪符のように、円を描く水流だ。


 何か、洗濯機のCMみたいだ。ドラム式かな?まぁ、それ以外の様式の名前知らないけど。


「お主、大丈夫なのか?」


「最悪、主様が魔力を分けてくれるじゃろ?のぉ?」


 そう言ってこちらへと向けられるキツの視線に、グッとサムズアップで返す。


「さて、一気に洗い流すとするかの!」


 水流が勢いを増し、その流れでバケモノの殻を砕いていく。心なしかキツの顔が辛そうだったので、マジヴァイスを翳して魔力を送り込む。


「ふむ、驚くほど順調だな」


「キツ姉って、やっぱり凄いんだ……」


 魔王様もリルフィーも見守る中で、バラバラとバケモノの身体が分解され、水に溶けて消えて行く。


 スゲェな……とはいえ、この疲労はヤベェわ……


 キツに魔力を注ぐのに限界を感じ始めた頃、丁度水流が弱まり、パンッと強い破裂音と共に水の球体が弾けた。


「うぉ!?」


 思わず焦って声を出してしまったが、だからといって間に合ったわけでなく、ドサッと大きな音がして水から解放されたカンナ姫が廊下に転がった。


 俺が駆け寄って息を調べていると、生まれたままの姿になったカンナ姫は、薄っすらとその目を開いた。なので、意識を確認する為にも優しく話しかけてみる。


「やぁ。どう?調子良い?」


「――!」


 色々と誘惑に流されそうになる視線を頑張って固定しつつ、努めて何でもないように話しかけると、ガバっと勢いよく抱き着かれた。


「おーおー、良い身分じゃのぉ」


「ここまで来るともう病気だな……」


 こちらからは指一本出してないのにこの言われ様である。キツは力を使い果たしたのか、狐に戻っていた。


「いや、こんな震えてる女の子無理やり引き剥がすような男ってどうよ……」


 お前ら自分の想い人がそんなんでいいのか。


「ならしっかりと抱き留めんか。さっきから手がいやらしいぞ?」


「い、いや、背中摩ってただけで……」


「手が随分下まで下がってますよ?」


 おっといけない。紳士的に対応しなくては。平常心平常心。にしても魔王様、笑顔に殺気乗せるのやめて……


「ほらアッキー、イタズラしてないで礼拝堂に運んであげて」


 リルフィー、お前もか……


 とはいえ、こんな格好で放っておくわけにもいくまい。折角なのでお姫様だっこで抱き上げて礼拝堂を目指す。チクチクとキツと魔王様からの視線が突き刺さるが、ここは我慢だ。


 しっかしカンナ姫、長いこと囚われたりしてた割に肌めちゃくちゃ綺麗だな……


 必死に邪念を頭から追い出しながら、俺はカンナ姫を抱く両手に全神経を集中させて礼拝堂へと向かった。


 ***


「――彼の者を癒し、お救いください。フェミリア・リキュアリス!」


 礼拝堂にシーナさんの詠唱が静かに反響し、カンナ姫の身体が光に包まれる。ちなみにカンナ姫は今、シーナさんの普段着を着ている。胸元のダボダボさにロマンを感じるようなシチュエーションが欲しかったのだが、残念ながらシーナさんが用意したのはトレーナーだった。


 どうでもいいけどお姫様がトレーナー着てるのって、普通にドレスのお姫様見るより現実感ないな。


「これで大丈夫だと思います。もう悪いものも感じませんし」


「ミアラー、もう大丈夫じゃぞー」


 シーナさんの神聖魔法がひと段落着いたところで、キツが礼拝堂を出ていた魔王様を呼ぶ。流石に、礼拝堂での神聖魔法の使用に居合わせるのは遠慮したいのだそうだ。


 にしても、今更だけど神聖なのに魔法なんだな。まぁ、この辺にツッコミ入れるのは野暮なんだろうけど。


「これで安心して眠れそうだな。家彰さん、折角ですから今日は私の部屋で――」


「おお、よぉもワシの前で堂々と誘いよるな。主様はマジヴァイス使って疲れとるんじゃ。無理させるでない」


「だからこそだろうが。お主も当分人化出来まい。なら、私が入浴やら食事やらのお世話をした方が安心だろう?」


「そんくらい今でも問題なく一人で出来るじゃろ!のぉ?」


「無理しなくてもいいんですよ?家彰さん」


 と、キツと魔王様の言い合いの矛先がこちらを向いた。キツには悪いと思うのだが、そんな提案をされてしまうと、どうしても体調が悪くなってきてしまう。


「――うぅん、どうだろ……ちょっと、疲れたかな」


「わざとらしさがもの凄いですね……」


 ちょっとダイコン過ぎただろうか?シーナさんに呆れられてしまった。


「主様、この際じゃから訊くが、ワシとミアラ、どっちの方が好きじゃ?」


「あ、それ聞いちゃう?」


 一番究極的なヤツ。


「キツ、それを聞くと惨めになるだけだぞ?」


「この状況でそこまで自信満々でおられると腹立つな……」


 こんな状況でも、キツと魔王様は普段通りだ。


 さて、どう煙に巻いたものか……いや、よくよく考えれば、別に煙に巻く必要は無いよな?


 前の世界だと、それこそ二股かけているときは必死に隠したものだが、今キツも魔王様も、俺が二人と関係を持っていることを知っているわけで、表立ってそれを咎められたことはない。何なら、二人して搾り取りに来たこともある。ならば――


「俺は二人のことが好きなんだけど……どっちの方が、とかなくてさ……それじゃ、ダメか?」


 これが最善解だ!とばかりにマジトーンで言ってみた。が、


「誰が一番か選べと言ったんじゃ。聞こえんかったか?」


 ラスボスは許してくれなかった。随分と面倒くさいことになったものだ。とはいえ、こういうのはインパクトで流すのが正解だ。平たく言うと、話題を逸らそう。


 さて、どうしようか……定番だと第三者の名前を出すんだけど、シーナさんはガチな空気になるよな……そうなると――


「俺が一番好きなのは、やっぱりリルフィーかな」


 と、俺が答えたところ、シーナさんが噴き出した。が、今はそれについて言及しているときではない。気にはなるが!


「いやいや、ワシかミアラかと言ったじゃろうが」


「諦めろキツ。お主言い直したとき、誰が一番か選べと言っとったぞ?それに、あんまりしつこくして面倒くさい女だと思われて、愛想尽かされても知らんぞ?」


「むぅ……」


 俺の誤魔化しを引き際と取った魔王様が諭してくれて、キツが可愛らしく唸って上手い具合に話が途切れた。なので俺は、反応が気になっていたシーナさんに話を振ってみる。


「で、シーナさんは何でそんなことになってんのさ……」


 シーナさんはお腹を抱え、プルプルと肩を震わせて笑いを堪えている。


「い、いえ……そうですか……ププ、リ、リルフィーが大好きなんですね、家彰さん……プフッ」


 いつもの清楚だったり淫靡だったりする姿は微塵も見えず、シーナさんがここまで素で笑いを堪えているところは初めて見たかもしれない。


「えー、アッキーボクのこと好きなの?」


「ん?ああ、お前は素直に可愛いしな」


 普通に返したはずなのに、シーナさんはまた噴き出すし、リルフィーはボクもなかなかのものだね!とか勝手に盛り上がっている。


「シーナ、お主大丈夫か?」


「い、いえ……まさか、みんな本当に気づいてないんですね……フフ」


 流石に不振に思ったのか、魔王様がシーナさんの背中を摩りながら訊くと、シーナさんは必死に笑いを堪えながらそんなことを零した。


「ボクももうみんな気づいてると思ってたよぉ」


 リルフィーもそんなことを言って、ニコニコと嬉しそうに笑っている。微妙にシーナさんと反応が違うのが更に謎だ。


「なんじゃ、どういうこっちゃ?」


 もちろん、俺達同様話について行けないキツも首を傾げる。


「あ――面白い!薄々気づいてるものと思ってましたけど、意外と気づかないものなんですねぇ」


 やっと腹の痙攣が収まったのか、シーナさんが深呼吸してそんなことを口走りつつ浮かんだ涙を拭った。


「おいシーナ、話せるようになったんなら状況を話せ。流石に気になって仕方ない」


「あはは、そうですよね。いえ、家彰さんがリルフィーを選ぶから……プフ……」


「こりゃ話が先に進まんな。リルフィー、お主も知っとるんじゃろ?なんでこんな爆笑しとるのか」


 魔王様に促され、答えようとしたシーナさんがまた噴き出したのを見て、キツはリルフィーへと矛先を向けて真相の究明に乗り出す。


「いやぁ、ボクとしてはいつ気づくか見てみたかったんだけどなぁ」


「リルフィー、そろそろネタバラシしてくれ。このままいったら俺ら気になって寝るに寝れんて」


 俺がそう頼むとリルフィーは心底楽しそうに、仕方ないなぁと言って、ゴソゴソと突然シスター服を脱ぎ始める。


 お、生着替えか!?


「全く読めんな……」


「じゃな」


 もはや何かを言うと益々解決しないと悟ったのか、魔王様もキツもリルフィーの奇行を見守っている。そして、バッと勢いよくリルフィーが服を脱ぎ捨てると――


「お――ん?」


 ロリッ子の裸で喜ぶような性癖は持ち合わせていないが、とりあえず視線を走らせて思わず首を傾げてしまう。リルフィーはだいたい中学生くらいだろうか?それにしては真っ平だ。淡い膨らみすらない。そして視線を下へ向けると、履いている下着に見覚えがある。こちらの世界で主流のトランクスっぽいパンツだった。俺も今履いている。


 ……おお、マジか。シスター服がいくら身体のライン出ないからって、数カ月気づかんて凄くね?


 キツも魔王様も固まっている。実は発育不良?などと訊く気にもなれない。リルフィーが好きだと言ったとき、シーナさんが爆笑したのが何よりの証拠だ。


「まぁ、こういうことだから、ごめんね?アッキー」


 可愛く舌を出して手を合わせるリルフィーが、とても憎たらしかった。


「いやぁ、残念でしたね、家彰さん。どうです?私が代わりに今日付き合いましょうか?」


「マジで!?」


 未だ面白そうに笑っているシーナさんの提案に脊髄反射で訊き返し、キツと魔王様に詰め寄られた時だった。


 地面が揺れた。


 それも地震ではない。断続的に、床が揺れる。


「な、何じゃ!?」


「何が起こっておる!?」


 狼狽えつつも出入口に向かうキツと魔王様に続いて礼拝堂の扉を開けると、ガラガラガラと何かが崩れる音と、断続的に何かを爆破するような大きな音が耳に飛び込んで来た。


 防音性すげぇな……てか、今度は何が起きてるんだ……?


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