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第十三話 さよなら姫 その1


 俺の知っている化け物という言葉は、本来妖怪変化を指す日本語だ。それを考慮すれば、この言葉はキツにこそ相応しいものだ。だが、広義の意味でのバケモノと言うなら、百人が百人、キツよりも今目の前にいるコイツを選ぶだろう。


 目の前でカンナ姫が変じたバケモノは、本来のサイズの二倍以上の大きさがある。その灰色の肌の表面はまるで古びた樹皮のようになっており、生えている六本の腕は昆虫のそれのように節があり、光沢のある甲殻に覆われている。そしてその頭に当たる部分には、樹皮を突き破って生々しいイカのような眼球が二つ、互い違いの位置から飛び出してギョロギョロと蠢いている。


 心がざわつく見た目だ。あの姫のときみたいな吐き気は無いけど……あの見た目は嫌悪感を詰め込んだような酷いもんだったからな……思い出しただけで気持ち悪くなって来た……


 とはいえこちらのバケモノも、十分な恐怖感を振り撒いているのも確かだ。リルフィーなんか俺の後ろに隠れてガタガタと震えている。


 まぁ、俺も男として頼られるレベルにはなれたってかな?


「マオ……まォウ……魔、オう、許……なぃ……!」


 バケモノの六本の腕が蠢き、その節の部分が伸びて三節棍のように襲い掛かってくる。


「一宿一飯の恩を仇で返すとはな。良い教育を受けたものだ」


 冷静に皮肉を返している魔王様だが、敵の手数が六に対して、彼女の腕は二本だけだ。しかも、その腕が纏う瘴気は普段よりも薄い。そもそも、魔王様は肉弾戦が不得手なのだ。一つ一つの要素を並べると、正直なところ絶望しか感じられない。


 でも、敵が魔王様に固執してくれてる今がチャンスだ!


 ペンダントから赤いルーンの宝石を外し、ルーンスキャナーに差し込もうとして――手を止めた。


 流石に、テストも無しで本番に使うのは拙いか……


「いくぞ!キツ!!」


 スキャナーは使わず、マジヴァイスをキツに翳すと、手の中のルーンが光り、いつもの光の枕木がマジヴァイスから彼女へと届く。同時に、ゾクリと悪寒が背を駆け抜け、力が抜けて膝をついてしまう。が、十分な成果を得られたようだ。


「主様、随分腕を上げたの!」


 キツの身体が光に包まれて、そのシルエットが成長していく。小柄な少女だったシルエットにメリハリがつき、およそ思春期くらいまで成長して光が霧散する。そして残ったのは、およそ15、6歳くらいまで外見が成長したキツの姿だった。


 成長しても大丈夫なように、余裕のある服用意して貰ってて正解だったな!折角成長したのに身体のラインが分かりにくいのが難点だけど!!


「さて――ガラ空きの本体を狙わせて貰うぞ!」


 キツは狐色の長い髪を靡かせながらバケモノへと駆ける。これだけ目立つことをしていても、バケモノの標的は相変わらず魔王様一筋だ。


 これ、いよいよマジで操られてるっぽいな……


 だが、一撃を加えるという点では好都合だ。薄情と言うなかれ。遠回りだが、ミアラを助けるという点でも隙と取れるのだ。


 キツの加速力は、単純に成長した分歩幅が伸びて上昇している。狐の状態に比べればまだまだだが、それでも隙を突くには十分過ぎる。全力疾走のキツに気づいたバケモノの腕が彼女を捉えるよりも前に、その額に呪符が貼り付けられる。そしてキツはその背後へと走り抜け――


「酉に一歩、巳に三歩、巽潜って辰登れ!――救急如律令!!」


 振り向きざまにキツが唱えると、カッと呪符が光を放ち、まるで火薬のように爆発する。バケモノの顔の樹皮と黒い液体が飛び散り、呪符が貼り付けられていた周辺が大きく抉れた。


「ギュアァァアアアアアアアア!!」


 バケモノの絶叫が轟く。ついでに両の目も潰れたようで、バケモノの腕の狙いが全く定まらなくなっていた。


 顔面が潰されても攻撃しようとする辺り、もう完全に人間やめてるな……ムカデとかが近いか。


「今じゃ!」


「――っふ!!」


 キツの掛け声に、身を伏せて敵の腕をまとめて躱した魔王様が、その尾でバケモノを思いっきり打ち据える。魔王様は肉弾戦が不得手だといったが、この身体全体の約二分の一を使った尾の一撃は隙が大きい分威力は一級品だ。以前着替え中に乱入した竜牙が吹き飛ばされ、軽く数本骨を折っていた。


「ギョベァ!?」


 バケモノはそんな謎の音と共に吹き飛ばされ、しかしその長い腕を両の壁に突き立てて空中に止まる。それと同時に吹き飛ばされた顔の表面が沸騰し始める。


「戌に三歩、子に二歩、牛に四歩!」


 相手の停止した身体に向けて、キツが薄っすらと光る四枚の呪符を投げる。しかしそれは本体を逸れ、バケモノがたくさんの両腕を突き立てる壁に貼り付く。


「――救急如律令!!」


 そしてキツが起動の言葉を口にすると呪符の光が強くなり、同時にバケモノが腕を突き立てた壁の穴から白い光の紐が伸び、その腕を四本だけだが拘束する。


「ゴガ!グギ……ま、オう……!!」


 バケモノが藻掻くが、拘束された腕はどう引っ張っても壁から抜けないらしく、無事な二本の腕と足をぶんぶんと振り回している。何となく、木にぶら下がって威嚇する猿の様だ。


 てか、もうあの頭は再生してやがんのな……こっちの行動制限した上でワンキル推奨とか、理不尽の言葉も生温いわ。


「いっそ腕全部止められんのか!?」


「ちょっと特殊な呪符での、数持っとらんかったんじゃ……」


 そんな魔王様の尤もな言葉に、キツは少し気まずげに目を逸らす。


 まぁ、一枚につき手足一本拘束なら、四枚持ってりゃ普通は両手足拘束して完全に動き止められるはずだもんな……


「まぁ、動けないみたいだし、時間が稼げりゃ十分十分。これだけ煩けりゃ、応援も来るだろ。それより、現状でアレを一撃で消し飛ばすような方法ってある?」


 小さいことをうだうだ言っている場合ではない。軽くキツをフォローして、建設的に撃退案を募る。


 くらいしかどうせ俺に出来ること無いし……


「防音性は随一ですけどね、この城。あと、一撃で相手を消し飛ばすような威力は、基本的に魔法でしか実現出来ません。どれ程の聖剣も、魔力が通わなければただの鉄の剣ですから……」


 魔王様の説明が端的過ぎて色々と絶望しか感じなかった。


「そこでワシの出番じゃな!霊力を使用した攻撃が彼奴の妨害を受けんのは、前回と同じらしいしの」


 ドヤ顔で張られたキツのその胸は、身体のラインが目立ちにくい服の上からでも自己主張をしている。この中間形態はなかなかに夢を感じさせてくれる形態だ。


 ――いやいやいや、今はそんな場合でなく……


「ならキツ、単刀直入に訊くけど、出来そう?」


「正直分からん。ある程度の火力は出せるとは思うが、本来のミアラの力には遠く及ばんしの。ワシと彼奴のレベル差はどんなもんなんじゃ?」


 俺の問いに対し、真剣な顔でビックリする程正直な回答を返してキツが魔王様に訊くと、魔王様は難しそうな顔で首を横に振った。


「あのバケモンのレベルは人間だった頃から変わっておらん。パラメーターもそのままだ」


「その顔のヤツ、壊れとらんか?」


「分からん。が、その姿のお主がレベル56とそこそこ強いことは分かる」


 キツのレベルに関しては新事実だった。森の魔物相手なら、割と戦えるレベルだ。


 俺の今のレベルが21だから、ダブルスコアだな……


「比べる相手のレベルが分からんで、自分のだけ分かってものぉ……」


「贅沢言うな。とにかく、最大威力を頼む。もはやお主に賭けるしか無さそうだしな」


 キツの不満をピシャリと遮り、魔王様は全てを託す宣言をする。


「ふむ……少し不安ではあるがな……」


 そう言ってキツは懐から札束みたいな呪符を取り出した。今度服の構造がどうなってるのか教えてもらおう。四次元ポケットとか付いてるかもしれない。


「ミアラ、お主は離れとれ。これも神聖魔法といえば神聖魔法じゃ」


「分かった。ちなみに分かっとると思うが――いや、思いっきり頼む」


「何を当たり前のことを……其は父の厳しさを知らず。其は母の優しさを知らず。其は水底の冷たさを知る――」


 何を言おうと思ったのか、頭を振った魔王様が離れるのを確認し、キツが呪符を虚空にバラ撒く。そしてそこへ向け手を翳し、詠唱を始めた。俺も邪魔にならないよう、魔王様についてリルフィーと一緒に後ろに下がる。


 キツの使う呪符は、蛭子様を祀ったあの祠がある部屋で作ったものだ。本来呪符はそういった神域でしか作れないものらしく、キツ曰く、こちらの世界で作れる日が来るとは思っていなかったとのことだ。この世界で魔王と呼ばれる存在すらメタれるバケモノを倒すのに、世界の外側の理を持つ武器があったのは、まさに運が良いの一言だ。


 キツにもだけど、この謎だらけの魔王城にも感謝しとかないとな。


「凄い……力が、膨れ上がってる……」


「まさか、これ程とはな……」


 宙を舞い、バケモノを幾重にも覆うリング状に整列した呪符を見てリルフィー呟き、魔王様もそれに同意する。残念ながら俺には飛んでいる呪符以外何も見えないが、彼女達の目には何か凄い光景が見えているのだろう。ちょっと羨ましい。


「其は涙流す目すらなく、流れる水に独りたゆたふ。其は捨て去られし不具の神――神呪結!嘆き蛭子!!」


 キツの詠唱が完了すると、甲高い女性の悲鳴のような音を立てて呪符のリングが高速で回転する。そしてそれぞれのリングが微妙に角度を変え、球を描くようになると同時に、その中にどこかで見た気がする薄緑色の水が溢れ出す。


 あれ、胎児スライムと同じヤツか……?てことは――


 球状に展開する呪符の中が水で満たされる様は、まるで輪っかの増えた土星のようだ。とはいえ中央に出来た透き通った球体は、緑色の水晶玉のように綺麗だ。と、思ったのだが、中にバケモノが入っていることで、昔遊んだ怪獣の玩具が入ったスーパーボールがふと頭に浮かんだ。


 壁に縫い付けられた四ツ腕を除いた四肢が、ジタバタと藻掻く。ボコボコと頭から泡が出ているので、どうも溺れているように見える。


「あんなのでも、呼吸してたんだ……」


 リルフィーも同じことを考えていたらしい。口はいったいどこにあるのだろう……


「しかし、窒息か……確かに、これならば復活も何も、生命活動を停止させることが出来る。考えよったな。年の功というヤツか」


「よぉ言ぃおったな?お主も疾うに薹が立っとるじゃろが!」


「巫山戯るな!私はまだ27だ!!」


「ほぅ?この世界の人間の成人年齢知らんのか?」


「――ぐぅ……」


 ギリギリぐうの音は出たらしい。薹が立とうが何しようが、美女ならそれだけでいいじゃない。


 あまりにも苦しいからか、バケモノが壁に刺さった腕を抜こうと引っ張る素振りを見せるが、その拘束も解ける気配を見せない。そしてやがて――


「あ、とれた」


 リルフィーの言葉通り、バケモノは力を掛け過ぎたのか、水中と外との境界線の辺りでボロッと腕が千切れた。しかも、一本が千切れると共に、二本目、三本目と次々に千切れ、四本目も本体と泣き別れする。しかしバケモノの身体は濁った水の球体の中に閉じ込められたまま、今も苦しそうに藻掻いているが、そこから落ちる気配はない。


「俺も、あの胎児スライムに呑まれたとき、あんな感じだったんかな……」


「んや、主様は早い段階で諦めとったぞ?もうちょっとくらい生き汚くなれんか?正直心配なんじゃが……」


「それは私も思ってたことなので、是非ともお願いしたいところです」


 何となく思ったことを口にしただけなのに、キツと魔王様の二人から文句を垂れられてしまった。これでも相当程生き汚いつもりなのだが。


 まぁ、あのときは詰んだと思ったから諦めてたけど……


 水の球体の中で、千切れた腕の断面が沸騰するが、復活するどころかそこからボロボロと形が崩れ始める。よく見ると、身体の方も木の幹のような体表面が剥離し始めていた。洗剤のCMで分解される汚れのCGを見ているようだ。あんな緑色したパッと見緑茶みたいな水に除菌効果があるかは知らないが……


「効果は抜群だな」


 魔王様の言葉に、頭の中を黄色い電気ネズミが走り抜けていったがそれは置いておくとして、確かにキツが掛けたこの術は非常に有効なようだ。


 そして、ボロリと顔を覆う幹が剥がれたとき、俺は――というか俺達は言葉を失った。


「――どうしたい?主様」


 難しい質問だ。正直、このまま目の前のバケモノを倒してハッピーエンド、という流れを想像していたのだが……でも、崩れた幹の下から随分と綺麗なカンナ姫の顔が覗いたとなれば、少し躊躇ってしまう。


 あれはカンナ姫が中にいるってことなのか、それとも苦し紛れの擬態的なものなのか……まぁ、考えて分かるこっちゃないか。とりま、選択肢を絞ろう。


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